螺子
下野国 祇園城 小山晴長
「す、すくりゅう?」
平兵衛が聞き慣れない言葉に困惑しているが、俺はそのまま話を進める。
「大陸ではそういった名称の部品が存在しているらしい。平兵衛、お前にはこれを造ってもらいたい。できるか?」
平兵衛はそぐに返事をせず、図面とにらめっこしながら眉間に皺を寄せている。しばらくしてようやく顔を上げるが、難しい表情を浮かべている。
「できるとは断言できねえ。見たこともねえ形をした代物だからな。だが一族の誇りと儂の腕にかけて最善を尽くすことを約束する。見たことねえから無理だなんて泣き言は踏鞴戸の名が廃るからな」
「その言葉が聞けて嬉しいぞ」
「だが時間はくれ。ここに描かれてるやつはちと特殊な造りをしてやがる。この形に、螺旋状の切り込み。そして問題はそれに合うように内側に螺旋状の切り込みがされているやつだな。実現するには骨が折れそうだ」
平兵衛は一度踏鞴戸村に戻り、開発に専念するという。祇園城下にも鍛冶の工房はあるが、踏鞴戸村の方が砂鉄もとれ、設備が整っているからだ。俺は連絡係として加藤五郎を平兵衛に貸し与えた。五郎は若いが優秀だ。それに踏鞴戸村の地理を理解しているので適役だった。そのためしばらく加藤の諜報網から五郎を外すことになるが、加藤一族は小山領土内の孤児を引き取って忍に育てているので代役が不足することはない。
小山家の領土が広がったことで戸隠にいた加藤一族だけでは人材に限りがあったので、忍の養成は俺の許可のもとおこなっている。数年かかったがようやくそこから優秀な人材が育ってきた。
平兵衛が大広間を後にすると、家臣らの視線が一斉にこちらに向く。
「御屋形様、すくりゅうとは一体どういうものなのでしょうか?」
図面の存在を知らなかった高規が家臣を代表して俺に問いかける。図面のことを知っている治部や助三郎らもあれがどういったものなのかまでは知らされていなかったので、彼らからの視線も感じる。
「スクリューとは大陸で発明されたという物を締めつけるときに使うものらしい。捻じるものだから日本の言葉で訳すなら螺子とでも言い表そうか。そちらの方がわかりやすいだろう」
とは言ったものの、家臣らは不思議そうな表情は変わらない。
「御屋形様は一体いつこの螺子という物を存じ上げられたのですか?どうやらあの図面を知っていた重臣の方々ですらご存知ではない様子ですが」
「まあ、知らないのも無理はない。小山家は大陸との取引はしていないからな。向こうの情報、それも螺子の存在を知る術がないのだから」
俺の言葉に重臣たちも頷く。噂程度には話が入ってくるが、基本的に東国にいる俺たちは大陸とのつながりは薄く、交易もしていない。当然螺子の存在など誰も知らないのだ。未来の知識をもつ俺以外は。
だからこそ家臣たちからなぜ俺が螺子の存在を知っているのかという指摘が入る。素直に未来の知識があるからと答えるわけにもいかないので、俺は夢で見たとだけ口にする。そう答えることで家臣たちは毘沙門天様からのお告げなのかと勝手に納得する。彼らを欺くのは心苦しいが、仕方ないことだ。
俺がなぜ平兵衛に螺子を造らせるのか。それはいずれ日本に伝わる火縄銃に欠かせない部品であるからだ。
史実ではポルトガル人商人から伝わった火縄銃を国内で生産する際に一番苦労したのが螺子だったという。当時日本ではヨーロッパのようにハンドタップで加工するという技術がなかった。そのため火縄銃の銃口側の雌螺子を造るのに苦労したらしい。
図面には雄螺子と雌螺子の両方が描かれていた。もし平兵衛がこの螺子の製造に成功できたのなら将来的に下野で火縄銃の生産も可能になる。史実の火縄銃の生産は種子島や近江の国友、堺、根来、雑賀など西国に偏っていた。それが東国でも生産可能になれば火縄銃の購入コストを大幅に抑えることができる。もちろん今の段階では取らぬ狸の皮算用に過ぎない。だが平兵衛側も螺子に関するノウハウを身につければ火縄銃が持ち込まれたときに構造を早く理解できるかもしれない。
とはいえ、今現在それを家臣たちに説明したところで余計に混乱するだけだ。俺はなぜ平兵衛に螺子を造らせるかという問いに、いずれ必要になるときがくるとだけ答えた。
家臣たちは完全には納得できていないようだったが、俺の言葉を信じたのかこれ以上言及しなかった。
後日、俺は小山領内に拠点を置く下野屋という商人を呼び出した。下野屋は元油商人で幼い頃の俺と菜種油を巡って交渉したことがあった。この下野屋がいち早く俺の商いに応じてくれたことで他の油商人との交渉も上手くいき、菜種油の生産に大きく寄与してくれた。彼は菜種油や石鹸などに興味を抱くと油商人をやめて様々な商品を扱いはじめ、まだ知名度がなかった焼酎や小山袖の流通に一役買っていた。その先見性もあって次第に大きくなった彼は今では下野屈指の大商人となっていた。
「久しいな、下野屋。そなたに頼みがあるのだ」
「ははっ。守護様のお頼みであれば、この下野屋蔵右衛門、お力になりましょう」
まだ若かった油商人の頃と比べて皺も増えてきた下野屋はまだ三十過ぎながら大商人としての貫禄も漂わせる。
「ふむ、実は今度大陸に人を向かわせたくてな。そのために大陸とつながりがある者の力を借りたいのだ。下野屋は大陸との交易はやっているか?」
すると下野屋は平身低頭したまま力なく声を出す。
「申し訳ありませぬ。某は大陸との交易はしておりませんゆえ」
下野だけでなく各国にも商いの手を伸ばしている下野屋だが大陸ととのつながりはなかったらしい。
しかし、と下野屋は続ける。
「某と交流している商人の中に大陸との交易をおこなっている者がおります。その者ならばきっと守護様のお力になるはずでございます」
「その者は信用できるか?」
「間違いなく。某とは付き合いが古く、人柄も実直でございます」
「そうか」
一度会ってみる必要はあるが、下野屋が信用できるというのなら外れではないか。
「ところで守護様は大陸に何か御用でも?」
「ああ、ある物が欲しくてな」
俺が欲しい物、それはすでに明にも伝わっているはずの火縄銃。マラッカ式火縄銃だ。
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