晴長と平兵衛
遅れましたが、明けましておめでとうございます。
下野国 祇園城 小山晴長
例の製鉄の村に向かわせていた治部らが村長である踏鞴戸平兵衛という鍛冶職人を連れて祇園城に戻ってきた。鳩ヶ森城からの早馬で事前に平兵衛という男が俺に会いたいと希望し、治部に同行していることは把握していた。家臣らは俺が平兵衛に会おうとすることにあまり好意的ではなかったが、平兵衛が治部に預けた図面に興味を抱いていることや俺が平兵衛らに色々とやってもらいたいことがあったので平兵衛と会うことを決める。
長旅の疲れを癒してもらうために数日間はゆっくりしてもらい、その間に色々な準備を整える。大広間には俺を含めた小山家の重臣らが十名前後控えている。今回は少し機密情報を話すので一部の重臣以外には席を外してもらった。残った面々の中には治部の兄にあたる谷田貝民部も含まれていた。
「お、お初にお目にかかります。踏鞴戸村が長、た、踏鞴戸平兵衛連武とい、申し……ます」
第一印象は大男。そして服の上からでもわかるほど隆起した筋肉。小山家でもここまでガタイがしっかりしている者はそう多くない。おそらく治部の教えてもらったのだろう。平兵衛と名乗る大男はたどたどしい挨拶を述べると一瞬末席に座る治部に視線を送る。
「はるばるよくきてくれた。俺が下野守護で小山家当主小山下野守晴長だ。治部からは軽く話は聞いてある。ここでの無礼は咎めん。普段どおりの話し方で構わんぞ。どうやら随分と話しづらそうだからな」
俺の言葉に平兵衛はハッと顔を上げて周囲を見る。治部は黙ったまま頷き、他の面々は若干俺に呆れてそうだ。
「そういうことなら、儂もこの喋り方にさせてもらうぜ。堅苦しいのは苦手だから助かった」
途端に態度を崩した平兵衛の言葉に家臣らが反応しそうになるが、俺は手を挙げて制止する。
「よせ、普段の話し方で構わないと言ったのは俺だ。余計な物言いは無用ぞ」
民部や勝定、側近の助三郎は冷静だったが、高規あたりは少し反応しそうになっていた。まあ、一土豪が守護相手にする口調ではなかったから仕方ない面もあるが。
「すまないな。早速だが用件に入ろうか。治部からは小山家との取引に応じてくれたと聞いている。そして俺に会いたがっていたともな」
「おうよ、ちゃんと対価が支払われる限り、踏鞴戸村は小山家に鉄製品を納品することを誓おう。いや、しかしまさかちゃんとした取引をしてくるとは思いもしなかったわ。てっきり武力で無理矢理従わせてくるかと」
「物を望むなら対価は必須だ。それが土豪だろうが守護であろうとな。無理矢理やらせたところで反発を生むだけだ」
「へっ、その言葉、今まで威張り腐っていた山本の連中にも聞かせてやりてえぜ。やっぱり小山家について正解だったな」
「話を戻そうか。平兵衛、俺に聞きたいことがあるのだろう?」
平兵衛は途端に姿勢を正し、子供が見たら泣き叫びそうなギラついた視線を俺に向ける。空気が張り詰め、家臣たちにも緊張感が生まれる。
「守護様、あの図面に描かれたやつ、ありゃあ一体なんなんだい?」
今までの声とは違って低く重く響く声音で例のあれについて尋ねる平兵衛。
「儂らの一族は古来より鍛冶をこなしてきた。時には都に行って新たな技術も学んできた。だからこそ下野一の鍛冶職人という自負もある。だが、あれはなんだ。描かれていたのは見たこともねえやつだった。最初は餓鬼が思いついた落書きかと思ったが、よく見りゃそんな代物じゃねえ。間違いなく何かの意図があってできたナニカだ。治部の旦那に聞いたが、あれは守護様自ら描いたってな。だからこそ言わせてもらうぜ。ありゃあ、なんだ?」
家臣の一部は話についていけないとばかりに頭を傾げる。それもそうだ、平兵衛が話した図面に描かれていたもの。それは治部といった一部の人間しか知らないからだ。
「治部、例の図面を」
「はっ」
俺の言葉を合図に治部は俺と平兵衛の間に例の図面を広げる。それを知らない家臣も覗き込むように図面に視線を向ける。
治部によって広げられる図面。そこに描かれていたものは棒状の何か。
「平兵衛」
「お、おう」
「お前の疑問に答えようか。その図面に描かれているもの。それは、大陸で開発されたという──螺子というものだ」
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