蝗害
来週から忙しくなるので更新頻度が落ちるかもしれません。
下野国 祇園城 小山晴長
秋が深まるにつれ、蝗害の被害が多発していた。ただ以前より田畑の巡回を強化し、蝗害の危険性を説いて回った効果があったのか、早い段階でイナゴの大量発生を確認できたので繁殖される前に捕獲することができた。しかし水害に遭った地域では蝗害により農作物への被害が深刻化していた。川の氾濫で一部もしくは大部分の田畑が駄目になり、無事だった僅かな田畑もイナゴに食われてしまっていたのだ。早くから手を打っていたとはいえ、人力での捕獲には限度があり、無傷というわけにはいかなかった。
船生城の君島広胤や松ヶ嶺城代である大川民部の請願により事態がより明確となり、俺は評議を開いて農作物への被害の実態や今年の年貢について話し合った。
「やはり鬼怒川や中川沿いの土地では収穫が激減しそうだな。水害と蝗害で二重に痛手を受けている。例年どおりの年貢を課せば下手すれば民は冬を越せなくなるぞ」
「捕まえたイナゴは民が焼いたりなどして色々調理しておりますな。今年のイナゴの量ならば冬も越せるのではないでしょうか?」
「無理だな。イナゴだけでは栄養失調で冬は越せん。今年は来年の種籾を確保するのも難しいのだぞ。例年どおりの年貢にしたら飢えるだろうし、逃散も増える」
「では……」
「ああ、今年の年貢は引き下げだ。一律でな」
俺の一律で年貢を引き下げるという言葉に家臣たちがざわめく。
「一律ですと?被害に遭った土地だけではなく?」
「御屋形様、お考え直しを。一律で引き下げてしまえば小山家に入る米の量が大幅に減ってしまいます」
家臣たちは一律の年貢引き下げに反対の声を上げる。多くは水害に遭った土地にだけ適用して水害に遭わなかった土地からは例年どおりの年貢を徴収しようという意見だった。
「お前たちの意見は理解できる。だがどこがどこまで被害が出ているか特定できないうえに一部だけ引き下げすれば他の土地から不公平だと不満が出るだろう。下手すれば同じ村でも納める年貢に差が出てきてしまう。そうなれば起こるのは身内同士のいがみ合いだ。そういった問題を避けるために小山領内で一律に年貢を引き下げるべきだと考えている」
今年は水害に加えて蝗害も発生している。被害の大小はあれど、被害を受けていない農民は皆無だ。それならば一律で年貢を引き下げれば年貢の格差が生む不満が生じることはない。年貢の量が減るのは痛いが、飢饉で一番苦しむのは食べる物がない農民たちだ。彼らが飢えれば餓死したり食糧を求めて土地から逃散したりする。農民たちがいなくなり、田畑を耕さなければ次に飢えるのは俺たち武士だ。だからこそ民たちを飢えさせるような施策はとるべきではない。
家臣たちは俺の言葉に思うところがあるのか、渋々ながら一律での年貢引き下げに納得してくれた。家臣たちも民から搾取したいと考えているのではなく、小山家のことを思っての発言なのであまり何か言うことはなかった。
そこから幾日が経ち、加藤一族による情報収集の結果、小山領以外でも蝗害が発生していることが判明した。特に山岳地帯が多い那須では蝗害が深刻だったようだ。元々多くない水田がイナゴによってやられてしまったという。しかしながら那須高資も政資も年貢を引き下げるつもりはなかったようで無理矢理農民から年貢を徴収するらしい。
そしてさらに深刻なのは飛山宇都宮だった。鬼怒川の氾濫で田畑の多くが駄目になった挙句、蝗害で無事だった僅かな稲などがやられてしまったのだ。家臣の自発的な行動もあり、飛山宇都宮は水害に対する処理を進めていたが、今度はそれに集中するあまり蝗害に気づくのに遅れたのだ。気づいたときにはイナゴは稲を食い始めており、農民や地侍たちが一致団結してイナゴを捕獲したときにはそれなりに繫殖してしまい、農作物に被害が出てしまっていた。
水害と蝗害で二重の打撃を受けた飛山宇都宮はついに動き出した。早速飛山城に兵を集めると当主元綱自ら出陣して小山領への侵攻を開始したのだ。狙いは小山領の食糧で城より村を襲うことを念頭に置いていたようだった。
だがその飛山宇都宮の動きは蝗害が発生したときから想定していたことで、事前に宇都宮城の政景叔父上らに飛山宇都宮の監視を命じていた。そのため敵の動きをすぐに察知し、政景叔父上を総大将にした宇都宮城付近の小山勢は鬼怒川の対岸に位置する薬師寺に本陣を置き、村が襲われる前に鬼怒川を渡河しようとしてくる飛山宇都宮勢を迎え討った。
敵は飢えに恐れており、決死の攻勢を見せるが、僅か五〇〇あまりだった飛山宇都宮勢は一〇〇〇を超える小山勢を前に渡河すらできずに飛山宇都宮領に敗走した。叔父上は追撃も考えていたようだが、飛山宇都宮が総崩れする前に撤退を決断したことや殿を務めた多功房朝の奮闘ぶりを見て追撃を諦めて兵を引き上げたらしい。仮に追撃して飛山城を落としたところで飢えた民を多く抱えるだけだ。自領のことで手一杯なことを考えると叔父上の判断は正しい。
飛山宇都宮の狼藉を未然に防げたことは非常に大きい。元綱も手痛い敗戦を喫したことでしばらくは大人しくなるだろう。だが警戒は解くつもりはない。今回は飢饉に備えるために見逃したが、何度も狙ってくるようならば話は別だ。多功房朝が厄介だが、こちらも歴戦の猛者が揃っている。対応はできるだろう。
問題は水害と蝗害による凶作で他勢力の動きに変化が生じたことだ。まず長年対立していた那須高資とその父政資が和睦を結んだという。それが一時的なものかそうでないかは判断がつかないが、この和睦により那須家は身内同士でいがみ合うことがなくなり、互いに視線を他の勢力に向けることになる。掴んだ情報によると狙われているのは小山とその小山と同盟を結んでいる益子だ。政資と結んでいた佐竹は今回の和睦によって一時的に下野から手を引くようだ。益子家の当主勝高にはすでに和睦の情報を流している。先代当主勝宗死後はどうも頼りない益子だが戦力は那須に劣ってはいないので一方的にやられることはないはずだ。
そして下野西部にも動きがあった。関東管領山内上杉家の家宰である足利城主長尾憲長が同じ山内上杉家傘下の上野国新田金山城主岩松氏純・横瀬泰繁の援軍を得て小山と同盟していた佐野に侵攻してきたのだ。佐野家当主で俺の妹婿である小太郎豊綱は古河公方に仕えている佐野一族である上野国柄杓山城主桐生助綱に応援を求めて足利長尾勢を挟撃しようとしているという。佐野からの援軍要請が届けばこちらも動くつもりだが、那須の動きもあるゆえ、そう多くは動員できないかもしれない。
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