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強まる雨風

 下野国 祇園城 小山晴長


 富士らが祇園城から避難して半月が経過した。幼い竹犬丸を含めた女子供を連れた移動には苦労があっただろうが、幸いにも竹犬丸や富士らは体調を崩すことなく多功城に到着することができた。叔父上によると竹犬丸は環境の変化に動じることなく叔父上の子供たちに可愛がられているらしい。我が息子ながらなかなか肝が据わっているのかもしれない。


 下野では時折晴れ間が覗かせているが、依然雨が降り続いており、日照不足や水の多さなどの点から発育不良が心配される。ここに蝗害が発生すれば今年の収穫はかなりの打撃を受けるだろう。


 そして半月の間に鬼怒川と中川で氾濫が起きてしまった。中川が氾濫した松ヶ嶺城では領民を城や付近の山に避難させているらしい。鬼怒川沿いの船生城なども氾濫の被害に遭い、こちらも避難などを余儀なくされている。俺は各地の家臣たちに家臣や領民の安全の確保や洪水後の病の発生に気をつけるよう呼びかける。思川と違い、鬼怒川は河川工事があまり進んでいなかったため、早い段階で氾濫が発生した。このまま雨が続けば上流から下流まで被害が出始めるだろう。


 問題は思川でも起こりつつある。連日の雨の影響で祇園城のすぐそばを流れる思川の水位が徐々に上昇していた。雨と水位の上昇により思川の舟運は完全に停止しており、商品の流通に支障が出始めていた。思川沿いの領民には早い避難と無闇に川に近づかないことを呼びかけている。


 雨は次第に強さを増していく。祇園城上空では雷鳴が轟き、雨風は徐々に大きな音を立てていく。まるで野風のような雨風で祇園城の建造物はガタガタと音を鳴らし、時折木材が軋んだ。城内の家臣たちの表情にも不安が垣間見える。



「こんな大雨、ここ数年なかったぞ……」


「思川もいつ氾濫してもおかしくない。祇園城のあちこちから軋む音も聞こえてくる。本当に城が壊れるのでないか」



 たしかにここまで酷い嵐のような天候はこの時代に生まれてきて初めて経験することだった。一応いざというときには薬師寺城か多功城に避難することは決めているが、まだ領民の避難が終わっていない中で俺たちだけ逃げるわけにはいかなかった。


 城内にある小山家の菩提寺万年寺の本堂からは住職とその弟子たちが外の雨風の音に負けず劣らずの声量で雨が静まるように祈りながら念仏を唱えている。


 轟く雷鳴、屋根に強く叩きつける雨音、唸る風音、それに負けない住職たちが唱える念仏の音が入り混じる。外では城兵が蓑を着込んで物見櫓から夜目を利かせて思川の様子を随時注視している。


 しばらくして住職たちの祈りが通じたのか、野風のような雨風は次第に弱まっていき、朝日が昇る頃になると今までの悪天候が嘘のように雲一つない快晴へ変わっていた。久々に見た日の出の神々しさに家臣の中には涙ぐむ者もいた。



「申し上げます。思川の様子ですが幸いにもまだ氾濫は起きておりません。しかしながら水位はかなり上がっており、依然として油断はできませぬ」



 物見櫓で監視していた兵によると祇園城周辺では氾濫は確認されていないようだ。だが水位はギリギリのようでいつ堤が決壊してもおかしくなかった。俺は城兵たちに引き続き思川を警戒するよう指示を飛ばすと自らも物見櫓に登って思川の様子を自分の目で確認する。


 そこで目にしたのは普段の穏やかな思川ではなく泥色に変色し荒々しく岸に波を打ちつける思川の姿だった。もしこの川が氾濫したとなればこの水流の勢いが周囲に流れこむことになるのか。間違いなく周辺の集落は濁流に巻き込まれ、人を簡単に呑みこんでしまうことだろう。田畑どころか多くの人間の命を奪うモノに変貌した思川に思わず背筋がゾッとする。



「いいか、しばらくは物見櫓や城内から監視を続けろ。間違っても川に近づくな。河童がどうだとか言わないが、川に呑まれるぞ」



 いつ氾濫してもおかしくないということもあるが、不用意に増水している川に近づけばちょっとしたことで川に引き込まれるのは今も昔も変わらない。



「まだ思川が決壊する可能性は十分ある。いざというときに備えて避難できる準備も怠るな」


「「「「「ははっ」」」」」



 それから数日、俺の警告もあったからか城兵たちは城内からの監視を続け、不用意に川に近づかなかったので川に引き込まれるという情報はなかった。また天気も快晴が続き、思川の水位も少しずつ下がっていった。決壊に耐えてくれた堤などに痛みがあるようなので情勢が安定したら修復工事もおこなうことにしよう。


 水位の低下と同時に川の増水によって足止めを食らっていた各地からの伝令が祇園城に集まりはじめる。


 各地の情報を整理すると、鬼怒川の近くにある大久保城が氾濫により半壊、上三川城、船生城、松ヶ嶺城は城下の浸水被害が確認された。やはり少なからず犠牲者は出てしまっていた。鹿沼城では坂田山で土砂崩れが起き、また鬼怒川の東側に位置する飛山宇都宮領も氾濫による被害が確認されたという。



「ふむ、今回の水害で飛山宇都宮も被害が出たか。飛山宇都宮領は鬼怒川沿いなだけに被害も尋常ではないだろう。もし蝗害が発生すれば作物は致命的な打撃を受けるはずだ」


「那須についても情報を探っておりますが、飛山宇都宮と似た状況にあるでしょうな」


「ああ、そうなれば間違いなく両者とも秋になれば飢饉で苦しむ。食糧を求めて小山領や他の親小山派の大名の領土へ略奪をはじめるはずだ。いや飛山宇都宮や那須だけではない。飢饉になれば飢饉に備えて食糧を貯めている俺たちは他国からにも標的にされるだろうな。上野の赤井、武蔵の成田にも注意しなくては」



 兵糧を消費したくはないが向こうからの略奪に黙っているわけにもいかない。もし来るのであればそれ相応の報いは受けてもらわなければならない。略奪によって被害を受けるのは自領の民だ。俺は博愛主義者ではない。他領の民が飢えようが、最も優先しないといけないのは自分たちの民なのだ。


 俺は各地の他領に接している城代らを中心に復興作業と一緒に他勢力の動向を常に監視し、いつでも略奪に対応できるように準備を怠らないように警戒を強めさせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 天文の飢饉の最中なのにきな臭くなってきましたね・・・ このまま他家と戦に発展するなら、政景叔父上を総大将に、武勇の君島広胤と知略の大俵資清を布陣させれば大事…
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