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出産と祝言

 下野国 祇園城 小山晴長


 複雑な関東情勢を表しているかのように今年は雨が多くなっている。今のところ増水とまではいってないものの雨季になれば増水の危険は高まっていく。史実どおり雨の量が増えていることに警戒の色が濃くなっていく。河川工事は順調に進んでいるが、上流で大雨が降れば思川も簡単に増水することだろう。今年は野風にも気をつけなければならないな。


 そして田植えの時期に入りはじめた頃、佐野家から報せが届く。はじめは何事かと思ったが内容をよく見てみると佐野と小山にとっての吉報だった。



「皆の者、喜べ。佐野に嫁いださちが男児を産んだそうだ。母子ともに健康とのことだ」



 その報せに家臣たちも安堵や喜びの表情を見せる。この時代の出産は命懸けだ。周囲にそういった者はいなかったが、やはり出産に耐えきれずに命を落とす者は少なからず存在した。小山にいたときからさちは健康ではあったが、慣れない佐野の地での出産は大変なものだっただろう。極稀に豊綱経由でさちの状況を知るときもあったが、さちは佐野の人間に気に入られていたようなので、十分な支援があったと思われる。


 俺にとってさちは大切な妹だ。まず彼女の無事に安堵した。もちろん今後容態が急変する可能性も否定できないが、今の段階だと健康だという。さちの無事だけでも嬉しい話なのにさちは跡継ぎになる男児を出産してくれた。最初の子供が男児だというのは佐野家にとって嬉しい話のはずだ。さちは当主豊綱の正室という立場なので男児がいるということは今後の立場をより強固にすることだろう。女児が駄目というわけではないが、やはり正室には跡継ぎが求められる。願わくば母子ともに健康に育ってほしいものだ。小山の血を引く者が佐野家の当主になれば小山と佐野との絆はより強くなることだろう。


 絆と言えば我が小山家でも他家との絆を深める機会が迫っていた。それは俺のもうひとりの妹であるいぬと益子家の三男三郎太勝定の祝言である。今回は妹が益子家に嫁ぐのではなく勝定を小山家に迎え入れる。いわゆる婿入りだ。


 そして祝言当日、益子から勝定らが祇園城を訪れ、ようやく嫁になるいぬと顔を合わせる。ふたりは俺やさちのときと同じように以前から文をやりとりしていたので当日に初めて顔を合わせたが思ったより雰囲気は良い感じだ。その後は祝言の儀を済ませてふたりは閨に消えていく。


 数日後、俺は勝定を自室に招いて小山産の焼酎を振る舞う。



「改めてよく小山家に来てくれた。いぬのことをよろしく頼むぞ」


「はい、いぬ殿は私が幸せにしてみせます」


「それは嬉しい言葉だ。いぬはやや物静かだが良い子なんだ」


「ええ、たしかに口数は多い方ではないですが、むしろそれが心地良いのです。それに文で彼女のことは色々と聞いております。趣味も合いそうです」



 初めはやや緊張していた勝定だったがいぬの話題になると饒舌になる。どうやらふたりの仲は良好なようだ。勝定は焼酎を口に含むと驚いたように目を見開く。



「やはり口にすると酒精の強さが全然違いますな」


「そうだ、三郎太には色々益子家について聞きたいことがある」



 俺は今の益子家の情勢について勝定に聞き出す。勝定は最初こそ話しづらそうにしていたが、やがて意を決したのか口を開く。




「はっきりと申しまして今の益子家は義兄殿の警告について半信半疑でございます」


「まあ、普通はそうなるな。仕方あるまい。俺も他家から飢饉が起きるというお告げがあったと聞かさせても少しは考えるからな」


「しかし飢饉の可能性があるならば備えなければなりません。私も兄に備えるべきだと言いましたが、兄は動こうとしませんでした」



 話を聞く限り、益子家当主勝高は勝定の進言があったにもかかわらず、自身が勝定を嫌っていることもあり、飢饉への備えに手を出していないようだった。それどころか勝定の次兄である安宗は露骨に勝定を嫌っており、勝定の意見を無視するよう勝高に働きかけているらしい。


 俺は先代当主である勝宗は高く評価していたが、勝高についてはあまり評価していない。勝宗が勝高より三男である勝定の方を評価していたこともあったが、個人的な好悪で判断を鈍らせるところを問題視していた。



「三郎太、小山と益子は同盟関係だが、もし飢饉が起きた際、小山は益子を助けることはできない。こちらは対策しているが、だからといって他家を助けられるほど余裕があるわけではないのだ」


「それは重々承知しております。このことは私から益子家に伝えておきます」


「そうしてくれ。それでも何も動かないということであれば、もうこちらから打てる手はない」



 おそらく勝定の頭の中でも意見が無視されれば益子家が苦境に陥るだろうと予期しているはずだ。


 小山からすれば勝宗の軍事力と勝定との縁を得るためという意味合いが強い益子家との同盟。那須への対抗手段のひとつでもあるが、勝宗が亡くなっている今、益子家の軍事力は以前ほど頼りにはならない。その中で家の舵取りを誤るのであればその価値はさらに下落する。


 勝高は決して無能ではないが勝宗や勝定と比べると物足りなさはある。ただそれを本人が理解できている点が厄介だ。父や父に認められた勝定にコンプレックスがある勝高は勝定を嫌っている。勝定が益子を離れるので今後は勝定憎しで判断を鈍らせることは少なくなるだろうが、今回の勝定の忠告を聞かないようだと先は思いやられるな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 勝定は小山家に初外交の際に清酒を飲んでいますが、書き間違いでしょうか? 史実の芳賀高定は、知略を使う事を得意としてましたから、晴長が推し進めてる現代知識を使…
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