疫病と三喜
下野国 祇園城 小山晴長
祇園医学校の田代三喜に疫病もとい疱瘡対策の協力を仰ぐため、三喜には祇園城に足を運んでもらっていた。本当は俺の方から医学校に出向いて知恵を借りるつもりだったが、今の自分の立場の問題もあり、三喜の方から祇園城に来てもらうことになった。
三喜は弟子の一渓を引き連れて祇園城を訪れる。早速三喜一行を大広間に案内させる。控えていた家臣の視線を気にすることなく三喜は大広間で待っていた俺に平伏した。
「わざわざ城まで足を運んでもらってすまないな、三喜殿」
「いえいえ、下野守様からの要請でしたらこの三喜、喜んで参りましょうぞ」
「そう言ってくれると助かる。医学校の方は順調とは聞くが実際どうだ?」
「生徒は皆勉強熱心で教え甲斐がありますぞ。儂も他の者から刺激を受けるときもあるので年甲斐もなくはしゃいでしまっております。いやあ、まさかこの歳で探求心に再び火が灯るとは思いませんでした」
「それはなによりだ。さて本題に入ろう。三喜殿、そなたには疱瘡に関する知恵を借りたいのだ」
そう言って俺は毘沙門天様からのお告げとして来年疫病が流行ることを三喜に伝える。三喜は真剣そうに俺の話に耳を傾け、時折何か考え込むような仕草を見せる。
「まずは三喜殿の意見を伺いたい。三喜殿にとって疱瘡の正体は何だと考えている?」
「一般的には仏罰や神罰、祟りなどと考える人が多いと聞きますが、儂は疱瘡はまさに病なのではとないかと考えております」
三喜の答えに周囲がざわめく。三喜の言ったとおり、この場にいる多くの者が疫病を仏罰や神罰だと捉えていた。だからこそ三喜の発言に驚きを隠せずにいた。さすがに妄言だと切り捨てる者はいなかったが、信じがたいという表情をする者は幾人かいた。
「そうか、三喜殿も病だと認識しているのか」
「も?ということは……」
「ああ、俺も疱瘡は仏罰ではなく病であると考えている。大陸に伝わるような邪気とかではなくてな」
俺の言葉に三喜は今日初めて驚愕の表情を浮かべる。家臣たちも驚いていた。
「これは驚きました。まさか下野守様もそのような考えをお持ちだったとは。明の医者でも儂の考えに同調してくれる人はほとんどいませんでした」
驚いたのはこちらの方だ。俺は現代知識として疫病が病であることを知っている。しかし三喜はこの時代の人間でありながら独力でそこに辿り着いていたのだ。
「俺がなぜ三喜殿と同じ考えなのは一度置いておこう。そのうえで尋ねたいことがある。明では疱瘡患者の膿を健康者につける治療法はあるか?」
「……本当に下野守様はどこからそのような知識を得られたのでしょうか。たしかに大陸では古来より疱瘡患者の膿を健康人に接種させ軽度の疱瘡を起こし耐性を得るというものがございます。儂が聞いたのは銀の管を使って粉末状にした膿を鼻へ吹き入れるというやり方です」
「膿を粉末状にだと?」
「しかもそれを健康人に吹き入れる?なんとおぞましい……」
三喜の説明を聞いて数人の者がそのやり方に恐れや忌避感を示すが俺はそれらを睨んで一蹴する。
「たしかそれで軽度の疱瘡になった者は再び疱瘡にかからないと聞いたな」
「左様でございます。絶対かからないとは断言できませんが、儂もそれをやって疱瘡に罹らずに済んだ人もいると明で聞いたことがあります」
「大陸では管で粉末を鼻に吹き入れるのだったな。もっと簡単な方法もありそうだが」
「ええ、儂はこのやり方を聞いたとき、木製のへらに盛った粉末を鼻孔から吸引させる方が良いと考えました」
それは名案だった。そのやり方なら確実に鼻から粉末を摂取できるだろう。
「三喜殿、その治療法とやらをこの国でも実施することはできるか?」
俺の質問に三喜は難しそうに表情を歪ませる。しばらく考え込んだのち、呻くような声を絞り出す。
「はっきり言ってかなり厳しいかと。いえ、疱瘡患者さえいれば実施自体は十分可能です。ただ下野守様のようなお方ならともかく、今の民衆の疱瘡に対する認識を考慮いたしますと反発する者が多いと思われます」
三喜の言葉に心当たりがあるのか幾人かが三喜から視線を逸らす。先ほど三喜の説明を恐れていた者たちだった。
「たしかにな、今の民衆は疱瘡のことを仏罰や神罰だと信じ切っている。それは庶民だけでなく貴族や大名もそうだ。信仰を蔑ろにするつもりはないが、俺は疱瘡を仏罰などとは考えていない。だからこそここで宣言しておこう。疱瘡は病だ。人から人に移る形のな」
大広間にどよめきが生まれる。恐れ、驚き、歓喜様々な感情が入り混じっている。
「三喜殿には疱瘡対策として医学校でも治療法についてを生徒たちに学ばせてほしい。いざというときにそれが助けになる」
「かしこまりました」
「それと少し話は変わるが、一度病になった牛や馬も疱瘡に罹らないと聞いたことがあるがそれは真か?」
「たしかに聞いたことはありますな」
「もしそうならば牛や馬の膿からでも疱瘡に罹らない可能性があるということか?」
「……牛や馬の膿。それは盲点でした」
「もし可能なら粉末状にしないで膿を体内に植えつけることもできるのではないだろうか。それができれば上手く粉末を吸引できない赤子にも効果が出るかもしれないとは考えているのだが」
俺の言葉に三喜の目がかっ開く。三喜は筆と紙を要求するとその場で何かを走り書きし始める。その決死な表情に家臣や一渓は三喜の行動を咎めることができなかった。
「その様子だと何か考えついたようだな」
「……はっ、失礼いたしました。下野守様の御前であんなことを。はい、まだこれからではありますが、何かがひらめきそうなのです。疫病対策の件、是非ご協力させてください」
「心強い言葉だ。俺もできる限り支援することを約束しよう」
こうして田代三喜の協力を取りつけることに成功した。まだ医学が発展していないこの時代に三喜ほどの人物に出会えて本当に良かった。
疱瘡に対する考え方などこれから変えていかなくてはいけないことがたくさんあるが、人から膿を接種させる人痘法を普及させて牛痘法などが開発できるようになれば疱瘡による死者を減らせるかもしれない。愛する家族を、家臣を、民衆の命を決して理不尽に奪わせたりさせない。
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