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飢饉への備え

 下野国 祇園城 小山晴長


 天文の飢饉。


 それは史実で一年後の一五四〇年に起こったこの年代でも大規模な飢饉だ。その原因は今年に起きる大雨や洪水、そして蝗害だといわれている。さらに一五四〇年の春には再度大雨と洪水が起き、疫病も流行り多くの死者が出たという。


 すでに天文の飢饉の前兆はあった。塩谷救援の際、大雨の影響で鬼怒川が増水していた。地元の者によると、あの時期に大雨は珍しかったらしく、大雨によって田畑に影響が出たところもあったと聞く。あのときは氾濫こそしなかったが、雨季に入ったときにそのときのような大雨が続けば一体どうなるか。小山領も思川が近くに流れているので他人事ではない。


 洪水と蝗害は飢饉の原因ではあるが、さらに疫病も流行るのがかなり厄介だ。この時代はまだ医学が進歩しておらず、そもそも疫病である天然痘が病だと認識できているものが少ない。多くの者が疫病を仏罰や神罰によるものだと信じている。だから疫病が流行るときに加持祈祷や祭礼などがおこなわれていた。


 飢饉に病、もはや戦どころではない。早急に対応しなくては小山領が死者で溢れかえることになる。本当ならもっと早くとりかかりたかったが、塩谷が問題を持ってきたせいで少し後手を踏むことになった。だがまだ間に合う。



「神棚に祀った毘沙門天様よりお告げがあった。今年と来年は災厄の年。今年は洪水や蝗害に襲われ、来年は飢饉が起きて疫病も流行るそうだ」



 俺は家臣らを集めると開口一番にそう告げた。毘沙門天様のことを騙るのは罰当たりかもしれないが、未来からの知識で飢饉と疫病が起きるといっても誰も信じないので仕方なかった。


 家臣たちは俺の発した言葉に動揺を隠せずにいる。当たり前だ。いきなり来年飢饉と疫病が起こると言われれば誰でもそうなる。



「そ、それは真なのでしょうか……」



 家臣を代表して小山大膳大夫が震えた声で尋ねる。声の震えは歳の影響だけではないだろう。



「信じるしかなかろう。鬼怒川で大雨による増水が起きたことを覚えているだろう。お前たちには飢饉や疫病が起こることを前提に動いてほしい。俺もできる限り対策を考えるつもりだ」



 家臣たちは沈痛な面持ちになっていたが、俺の言葉にわずかながら明るさを取り戻す。飢饉と疫病は避けることはできないが被害を最小限にすることはまだ間に合う。



「俺の考えでは今回の飢饉の原因となるのは大雨による洪水と蝗害だ。小山領には思川が流れている。あそこが氾濫すればこの祇園城を含め、至る所で被害が生まれるだろう。だが以前より進めていた河川工事のおかげで堤防や支流を造ることはできた。工事以前よりは被害は抑えられるはずだ。だが過信もできん。谷田貝民部、お前は今進んでいる工事の速度を上げられるか確認してくれ。それともし氾濫したとき被害が大きくなりそうな場所を探してほしい」


「ははっ」


「蝗害については残念ながら根本的な解決策がないのが現状だ。そこで農民たちには米や麦以外の作物の栽培を強く呼びかけるだけでなく、水田の見張りの強化を伝えさせる。理想を言えばイナゴが増える前に捕まえてほしいところだが注意喚起はすべきだろう」



 家臣らにある程度命令を下したあと、次に手を打つのは同盟勢力への呼びかけだ。飢饉と疫病が起きるのならばできるだけ味方への被害は抑えておきたい。一応毘沙門天様のお告げがあったと前置きしたうえで飢饉と疫病に備えるように注意喚起する手紙を送る。今年はできるだけ戦を控えて食糧の備蓄を優先すべきとは書いたがどこまで通じるかは不透明だ。結城あたりは信じてくれるだろうが、佐野や益子はどうだろうか。だが注意はした。もしこちらの言葉を信じなかったらそのときは残念ながら助けることはできないだろう。


 食糧の備蓄に関しては以前設置した非常用の倉のおかげでなんとかなりそうだが、念のために倉の確認はすべきだろう。中身の米などが駄目になっていたら目も当てられない。倉自体は思川から離れた位置に設置しているので洪水が起きても被害はさほど受けないはずだが、いざというときに備えて食糧の調達も並行して進めるべきだな。理想としては国内で調達するより大陸から調達できればいいのだが、下野から大陸は離れすぎているので大規模な調達は難しいかもしれない。国内の方が簡単に調達できるだろうが、飢饉が起きた際に小山が買い占めたせいで食糧がないという悪評が生まれる可能性が高い。守護になった手前、そういったことはできるだけ避けたい。


 飢饉もそうだが洪水も厄介だ。特に問題はこの祇園城だ。祇園城のすぐ西には思川が流れている。一応城も高さはあるがそれでも平城の範囲でしかない。もし洪水が起きれば間違いなく祇園城は浸水あるいは損壊の危険が高い。それは思川沿いに築かれた鷲城、長福城も同様だ。もしもの際の避難先の城も検討すべきか。そうなると候補はどこになるか。祇園城に近い国府館(こうやかた)は史実においても小山家の避難先になっていたが、思川の対岸に位置しており思川の氾濫の際に避難は難しい。であれば祇園城と同じく思川の東に位置する城が良さそうだが、結城領との境にある岩壺城は西仁連川(にしにずれがわ)江川(えがわ)が合流する地点の近くの丘陵に築かれているので不安もある。城がある場所も微高地でしかなく向こうも氾濫が起きれば無事ではないかもしれない。避難先としては心細いか。


 国府館と岩壺城が除外となると候補は距離があるが薬師寺城か多功城になる。どちらも川から離れており氾濫の被害を受ける可能性は低いだろう。思川が怪しくなってきたら妻子をそちらに避難させるべきだな。


 後は疫病──天然痘の対策か。こればかりは俺だけではどうすることもできない。あの人物に協力を仰ぐ必要がある。祇園医学校の田代三喜に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 晴長の登場で史実と出来事がかなり違って来てますが、天文の飢饉を上手く乗り越え下野統一したら古河公方が強大になった小山を危険視して敵対の恐れもあるのかと考察して…
[良い点] 菩薩と如来ってどっちも尊格なので「菩薩如来」ってなんだか違和感があるんですが、万年寺にはそういう御本尊があるんでしょうか?
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