君島広胤と芳賀孝高
下野国 船生城 君島広胤
「かしこまりました。その条件でなら、我らは孫四郎様にお味方いたします」
小山からの使者が城を後にすると、家臣たちが儂に詰め寄ってくる。
「殿、よろしいのですか。いくら相手が下野守護とはいえ、あっさり条件を呑んでしまわれて。彼らは我らを尖兵にするつもりなのですぞ」
「重々承知の上だ。たしかに小山は我らに小山への従属を表明した孫四郎様に味方してほしいと言った。だがその見返りとして米などの物資の提供、鬼怒川の治水の援助、日光への牽制を申し出てくれた。これは敵対勢力下の一国人に対して破格の待遇だ。領土の事を考えれば断るという選択肢はなかった」
もしその援助が空手形ならば儂も簡単には首を縦に振らなかった。しかし使者は前払いとして米を持参しており、こちらの思惑を見抜いていた。また今回舅殿が小山の使者と同席していたのも大きい。元々小山に従属していた舅殿を通じて小山とつながることになったわけだが、その舅殿からは小山を侮るべからずと忠告を受けていた。
実際前払いとして少なくない米や麦の提供だけでなく日光が塩谷領に手を出さないという書状も渡していただいたときは顔が引きつりそうだった。まさか一国人に対してここまで手厚い援助をしてくれると誰が思う。逆に言えばここまでやったのだからと断らせる気をなくさせる手段でもあるが、それにしても豪快というか大胆というか。
儂も元々塩谷が那須と結んで小山に対抗することについて疑問を抱いていた。内紛状態の那須のどちらと結ぶのかはっきりしていなかったし、実際結んだところで那須に良いように扱われるだけだ。だが塩谷の重臣らは小山への反抗心のみで動いているため、そんな現実は見えていない。天的様はすでに塩谷の将来が見えていたというのに。
方針を巡って塩谷で内紛が勃発した際は孫四郎様につくつもりではあったが、日光で怪しい動きが報告されたので身動きがとれずに支援要請を断らざるを得なかった。しかし今回小山のおかげで日光の動きは封じ込むことができ、小山の要請に従ったという体で孫四郎様の救援に向かうことができる。状況はあまり良くはないが大宮や玉生、風見などの周囲の者などにも話をつけて味方についてもらうとするか。鬼怒川沿いの国人らが軒並み孫四郎様に味方すれば状況はかなり変わるはずだ。
「しかし舅殿もお人が悪い。小山を侮るなとは言われていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ」
「御屋形様はいい意味で普通の人間とは違っているからな。従属の身であるゆえ、小山家の詳細は知り得ないが、御屋形様は船生城を、そして備中守殿を高く買っているらしい」
小山の使者には同行せず船生城に残った舅殿は緊張の糸が解けたのか大きく息を吐いて肩を回す。
「おそらく小山は小山に従属の意思を示した塩谷孫四郎殿に勝ってほしいのだろうな。だがすぐ動けないのか先に備中守殿を動かしてきた」
「ええ、小山も戦続きでしたから。来年からなら動けるでしょう。我らはそれまでの時間稼ぎに過ぎません」
「そこまでわかっているのならなぜ引き受けた?」
「ただ働けと言われたら相手が守護だろうと断ったでしょう。ですが小山は我らが欲しかった物をすべて用意してくれました。それも空手形ではなく。治水に関してはこれからでしょうが、ここまでしてきた小山が翻意にすることはないでしょう。君島の家を考えれば断ることはできませんでした」
さすがは自力で勢力を拡大し、守護に返り咲いただけある。元主家の宇都宮家も塩谷家もここまで施しを与えることはなかった。
「舅殿のところは小山に従属して何か変化はありましたか?」
「変化か。一言で表すなら豊かになったな。小山との通商で高経のときより商業が活発になったわ。領土は狭くなったが、小山はこちらに干渉してくることはあまりないな」
「次郎右衛門殿が人質になったとは聞いておりますが」
「あれは儂の独断で送ったもので小山からは求められていない。だが小山も送り返すことはせずに側近として働かせているようだ。待遇も悪くないらしい。ああ、そういえば」
そこで言葉を区切ると、一度咳払いをして先ほどより小声でこう漏らした。
「これは儂の推察だが、小山は塩谷をそのまま従属させる気はなさそうだ」
「っ、それはどういった意味で……?」
舅殿は周囲を見渡して人がいないことを確認するとさらに小声になる。
「御屋形様は内紛を収められずに小山に助けを求めた塩谷を良く思っておらん。従属の意思を示したからこそ、こうして骨を折っているが、いざ従属したら塩谷領は削られるだろうよ。塩谷には資源があるからな」
「まさか……」
「他人事ではないぞ、備中守殿。そなたもその渦中にいるのだから」
「それは、我らの領土も削られるということですか」
舅殿は黙って首を横に振る。ではどういう意味だ?
「事が上手く運べば君島は塩谷家から独立できるかもしれない。そういうことだ」
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