塩谷義尾からの使者
下野国 祇園城 小山晴長
塩谷義尾からの使者が祇園城に到着すると、俺は大広間にて使者が案内させるまでじっと待機していた。小姓に大広間に連れられてきた使者は俺へ深く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。塩谷孫四郎が臣、大竹新右衛門貞元でございます」
「下野守護の小山下野守晴長だ。孫四郎殿は今、家臣に牙を剝けられていると聞いているが、大竹殿は前当主民部大輔殿の敵である小山家に何用で参った?」
少しだけ凄むと新右衛門は顔を強張らせながらもなんとか声を発する。
「わ、我が主は、塩谷家は小山家の傘下になることをお望みでございます。しかしながら……」
「反対勢力が謀反を起こした、か」
今回の謀反の中心人物は重臣の松ヶ嶺城主である岡本内匠頭正重という者だった。岡本家は父重親の代に天的に従って塩谷にやってきた。重親は天的が当主に就任すると側近として重臣の一角を占め、その座は子の内匠頭正重に受け継がれていった。天的と子の良綱からの信用を得た正重は自身の娘を良綱の側室として嫁がせ、自身の権力をより高めていったらしい。
そんな正重は天的に可愛がられたにもかかわらず、天的の小山に降るべきという遺言に従わずに小山との徹底抗戦を叫んだ。元々小山に降ることを良く思わなかったのもあるが、家中でも力があった正重に呼応して多くの者が反小山に傾いたらしい。
天的の遺志を尊重した義尾は初めこそ反対派を穏便に説得にあたったようだが、すでに正重らは動き出しており、喜連川塩谷家当主塩谷惟朝を担いで謀反を起こした。初動で出遅れた義尾はすぐに家臣らに正重討伐を命じたものの、重臣の多くが反小山派で正重に味方していた。一部の者が義尾派につき、居城の川崎城などの死守には成功したが、戦況は後手を踏んだ義尾側の不利。
「それで救援を求めてきたわけか。つい最近まで争っていた小山家に」
新右衛門は力なく首肯する。当主が小山に降ることを決断していたとしてもまだ和睦もしてない敵対勢力に謀反の鎮圧を願い出る。塩谷家としての誇りが地に落ちたようなものだ。
「本当に塩谷家が小山家に降るというのなら力を貸すのもやぶさかではない。だが思い出してほしい。小山家は塩谷宇都宮家と壬生家との間で戦続きだということを。お前たちの窮状は理解しているが、正直なところ、年内に再び兵を動かせる余裕はない。年明けになれば援軍は出せるのだがな」
俺の言葉に新右衛門は悲痛な声を上げる。
「そ、そんな。今のままでは年明けまで持ち堪えるのは難しいかと。どうにかなりませぬか」
「残念だが小山の兵についてはどうにもならん。だが、策がないというわけではない。船生城の君島は知っているだろう?」
「は、はい、君島殿には我が主も声かけしましたが、良い返事はもらえず。しかしなぜここで君島殿の名が?」
「君島が孫四郎殿に味方できなかったのは日光の動きを警戒してのことだ。そこで小山家は君島に物資等の支援と日光の牽制を条件に孫四郎殿の力になってほしいと交渉するつもりだ。小山の代わりに君島が味方になれば年明けまで抵抗できるどころか、運が良ければ内匠頭らを破ることもできるだろう」
「たしかに君島殿が味方になれば心強い。しかしそのことを私に明かしてしまってもよろしいのですか?」
「本当なら話すべきではないかもしれん。だが小山としてもこちら側に降ろうとしている勢力を見捨てる真似はとりたくないのでな。代わりの支援策というわけだ」
君島との交渉はこれからだが、段蔵から船生城周辺の情報を得ている。米や治水の支援があればこちらに靡く可能性は高い。そして日光についても石若丸を通じて色々と便宜を図ることもできる。それ相応の利点を見せれば日光の動きを牽制することも可能だ。日光からの脅威がなくなれば君島も後顧の憂いもなくなるだろう。小山としても自兵を消耗せずに塩谷を手に入れられる可能性があるならば手間も惜しくない。
新右衛門は深く考え込んでいた。小山からの直接の救援は断られたが、君島を味方にするように動いてくれるのなら悪い提案ではない。問題は君島との交渉が成功するかどうかにかかっているわけだが。
「かしこまりました。塩谷家は小山家に降りますので、君島殿を我が主の味方にしていただきたく」
「わかった。そして交渉の是非にかかわらず、年が明ければ小山の兵も救援に向かわせることにしよう」
「あ、ありがとうございます」
「だがここまで動いてやるのだ。塩谷家には色々と働いてもらうことになるぞ」
せいぜいただの従属で済むとは思わないことだ。まだ開発されていないが塩谷には質の良い鉱山がある。その利権はいただくとしようか。どうせ塩谷単独では開発もままならないだろう。
さて次は君島との交渉か。ここは当主君島広胤の舅の芳賀刑部大輔にも働いてもらうとするか。
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