返り咲き
下野国 祇園城 小山晴長
この日、小山家はかつてない緊張に包まれていた。祇園城に晴氏の名代である一色直朝が訪れたからである。用件は間違いなく以前晴氏に嘆願したあの話だ。
「お待たせいたした、一色殿」
「いえ、小山隼人佑殿、こちらが公方様よりお預かりした書状でございます」
そう言って直朝は一枚の書状をこちらに差し出す。俺は自らその書状を受け取るとゆっくりとそれを開いて中身を検める。やはり、そうか。
「一色殿はこの中身についてご存知なのだろうか」
「はい、存じております」
「そうか、そうか、ではこれは間違いないのだな?」
直朝は表情を変えることなく淡々と答える。
「はい、公方様は小山殿を下野守護および下野守に任じました」
その言葉に家臣たちから無言の歓喜が聞こえてくる。本当は大声で喜びたかっただろうが使者の手前必死に声を漏らさないように我慢しているようだった。
「是非公方様にお伝えいただきたい。この晴長、下野守護、下野守、喜んで拝領いたします」
「そのお言葉、必ず公方様にお伝えいたします」
それから役目を終えた直朝が祇園城を後にすると、城内は祭りのような大騒ぎとなった。
悲願の下野守護と下野守の任命。長い間宇都宮家に辛酸を舐めさせられていた小山家がついに下野守護の座に返り咲くことができたのだ。しかもこの下野守護はかつて小山家が下野守護を務めていた時代と違って宇都宮との半国守護ではなく単独での守護だ。
家臣たちは守護任命を大喜びしていたがその中でも大膳大夫をはじめとした長老格の者たちは涙を堪えきれずにいた。彼らは持政公以降の厳しい時代を知っていた者たちだからその思いもひとしおだろう。
「御屋形様、下野守護就任おめでどうございまずうう」
「ありがとう。だが大膳大夫よ、顔が酷いことになっておるぞ」
大膳大夫の顔は涙と鼻水などでもう滅茶苦茶になっていた。孫の弦九郎に連れられて一旦下がったと思ったら手ぬぐいで顔を拭かれたのか綺麗になってまた俺の前にやってくる。しかし大泣きした影響か目は赤いままだった。
「改めましておめでとうございます、御屋形様」
「ありがとう大膳大夫。だが小山家がここまでくることができたのは大膳大夫たちのおかげだ。こちらこそ今までついてきてくれて感謝する」
そう言うと、大膳大夫は無言で再び大粒の涙を流しはじめてしまったではないか。しかもそれにつられて他の家臣たちも涙を流してしまう。
最初はびっくりしたが今が日頃の感謝を伝える好機だと思い、俺は口を開く。
「大膳大夫だけでなく皆の者もそうだ。皆が小さい頃からおよそ子供らしくない俺の言葉を戯言として捉えずに真剣に受け止めてくれたおかげで今俺はここにいる。病弱だった父上を支えて戦ってくれたおかげで、父上から家督を受け継いだ幼い俺を見限らずについてきてくれたおかげで今の小山家があると思っている。だからこそこの下野守護の拝領は小山家全ての者の功績だ。俺は皆の思いに恥じることない守護として振る舞うことをここに誓うとしよう」
俺の言葉を聞き終えた家臣たちは次々と大声で俺と小山家に忠誠を誓うことを表明していく。この日は小山家の一同が再度絆を深めることとなった特別な日となった。
小山家の下野守護就任が周囲に知らされるようになると各地からお祝いの言葉が届くようになった。同盟相手である結城や佐野、益子からもお祝いの使者が祇園城を訪れる。
驚いたのは結城からは政勝義兄上自らが祇園城に駆けつけてきたことだった。まさか結城家の当主が来るとは思わなかったので城内では多少混乱も見られたが、妻の富士の一声で混乱は一瞬で収まった。富士も当主の妻としての貫禄が出てきていることに俺も嬉しい気落ちになる。
「小四郎殿、下野守護就任おめでとう」
「ありがとうございます義兄上。しかしまさか義兄上自ら祇園城にいらっしゃるとは思いませんでした」
「なに、義弟が下野守護となったのだ。こんなめでたいことを使者に任せるのはもったいないだろう。留守は父上に任せているので問題はない。それに久しぶりに富士にも会いたいからな」
「富士なら時間をいただけたら会うことは可能でしょう」
「そうか、それは助かる。しかし小四郎殿が下野守護か。あの幼子が、小山家がここまで大きくなるとはな。それに比べて我が結城家は小田との小競り合いで手一杯。不甲斐ないものよ」
「しかし義兄上は混乱した結城家を纏めて多賀谷も降ろしたではないですか。並の者ならそこまでできませぬよ」
義兄上は溜息をつくと力なく笑う。
「そう言ってくれるのはありがたい。どうやら自信を失っていたようだ。小田には手を焼いておるが、たしかに小田の城はいくつか落とせていたな」
ようやく義兄上の表情が戻る。義兄上も父政朝が中興した結城家を大きくできないことに悩んでいたのだろう。俺に気持ちを吐き出したことで多少はすっきりしたかもしれない。本当なら家族に弱音を吐きたかったのだろうが、先の内紛によって義兄上の兄と弟は処されてしまっていた。
「さてここからが本題なのだが、儂の倅をしばらく祇園城で預かってはくれないか」
「どういうことです?たしか義兄上の子供の若王はまだ十にも満たなかったはずでは」
「ああ、言葉が足りなかった。実は祇園城下にいるという医聖と呼ばれる田代三喜殿に若王を診てほしくてな。小四郎殿も知っているだろうが若王はこの間大きな病に侵されていた。幸い奇跡的に回復できたが、彼の体質の弱さが問題でな。このままだと普通に生きられるかも怪しい。だから三喜殿に診てもらい、体質が多少でも強くなってほしいのだ」
「なるほど、いわゆる静養ですか。三喜殿はもう高齢で医学校のこともありますからな。しかし若王のことについては三喜殿に話を通す必要があるので即答はできませぬ」
「それは承知している。面倒な話で申し訳ないが、もし診てもらえることになったら祇園城で若王の世話もお願いしたい。必要な物はこちらが用意させていただく」
「結城家の跡取りですから城下で過ごさせるわけにはいきませんからね。それも後日返事いたします」
「かたじけない。儂にとって大事な跡取りなのだ」
そう義兄上は深々と頭を下げる。
後日、三喜に話をしたところ治療について快諾してもらった。そして義兄上にも治療ができることを伝え、城内でも世話をすることも決めた。ただしもしも急病に侵されても小山家の責任はないことも言っておいた。結城家は渋っていたが若王丸のことを思えば仕方ないとその条件を呑んだ。
こうして結城若王丸が短期間ながら祇園城に滞在することが決まった。
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