鹿沼城の戦後処理
下野国 鹿沼城下小山本陣 小山晴長
壬生の方向を向いた綱房の首が身体から離れる。その死に顔は宇都宮家簒奪を企てた梟雄とは思えないほど安らかな表情だった。
「首は丁重に弔え。それで彼に従っていた者は?そうか、後を追うか」
最後まで綱房と共にいた数名の旧臣は小山に投降することなく、散った綱房に殉じることを選んだ。綱房が斬られたすぐ近くで横並びになった旧臣たちはそれぞれ辞世の句を唱え、綱房への言葉をつぶやきながら順番に首が刎ねられていく。誰もが苦悶ではなく、どこか満足そうな表情で散っていく。
綱房も幸せ者だな。黄泉の国まで従ってくれる家臣がこんなにいるとは。俺にとっては史実のこともあって厄介な梟雄で難敵だったが、家臣からは信頼されていたのだな。
彼らの首を回収させて桶に仕舞うように命じる。綱房と彼に殉じた勇士は丁重に弔ったあとに彼らを祀る祠を壬生に、この戦いの死者の首塚を鹿沼に造ることにした。鹿沼ではなく壬生に綱房の祠を造らせることに決めたのは壬生家を大きくした綱房の遺言に応えるためでもある。彼は最期に壬生の方向を見ていた。ならば死後は故郷に帰らせてやるのも好敵手としての礼儀ではなかろうか。
鹿沼城の落城と同じ時間帯に豊綱が攻めていた坂田山出城も落城していた。戦後、坂田山から退いた豊綱らが本陣に帰還してくる。坂田山出城は鹿沼城より規模は小さいがその分標高が高く険しかったのでそれなりに激しい戦になったようだ。
「義兄殿、この度は鹿沼城陥落おめでとうございます」
「小太郎殿、感謝するのはこちらの方だ。佐野家の援軍がなければこれほど上手く事は運ばなかっただろう。坂田山も激戦だったと聞く。まずは鹿沼城で身体を休めていただきたい」
佐野家が坂田山を攻めてくれたおかげで小山の兵が鹿沼城を集中して攻めることができた。佐野勢の活躍ぶりは弦九郎から聞いており、豊綱とその配下の戦功は並々ならぬものだという。
「心遣い、感謝する。それより壬生に中務少輔の祠を造ると聞いたぞ」
豊綱がそう切り出すと俺は綱房の首が入った桶に視線を向ける。
「ええ、彼が最期に壬生の方角を向いて死にたがっていたので、死後くらいは壬生に首を帰してやろうと」
「素晴らしい。儂は義兄殿のその高潔な姿勢を好ましく思うぞ」
「高潔か。それほど大層なものではないと思うが、その言葉は嬉しく思う」
祠造りには壬生や鹿沼の民の心象を良くさせるという思惑もあるため、単純に美談として語れるものではないが、豊綱はいい意味で武人らしく高潔な振る舞いを好む人間らしい。俺は改めて豊綱が妹の相手でよかったと思えた。
鹿沼城に入城を果たしたあとも俺の仕事は終わらない。豊綱には休むように伝えていたが、俺には城の修繕や戦後処理などやらなければならない仕事が待ち構えていた。
「段蔵は塩谷宇都宮の動向を探れ。日光が猪倉城を攻めたことで奴が猪倉城に向かったことは助九郎の報告で判明している。猪倉城がどちらに転んだのか明らかにしてきてほしい」
「かしこまりました」
「弦九郎は動ける兵を使って城下に潜んでいる壬生の落ち武者狩りをせよ。綱房が死んだことを公言してもこちらに投降しない者は容赦なく殺せ。壬生の力は徹底的に削ぎ落せ」
「わ、わかりました」
「綱房の嫡男である綱雄の行方がまだ判明しておらん。城兵によれば綱房より前に城を脱出したらしいが、まだ捕まっていないらしい。おそらく多気山城あたりに逃げたとは思うが、誰かが匿っているかもしれん」
綱雄もあの隠し通路から逃げたと思うのだが、かなり早い段階で逃げたようなので刑部丞が包囲する前に脱出に成功したようだ。綱雄自体は綱房ほど脅威ではないが壬生の後継者が生き残っているというのは今後の統治に影響が出るかもしれん。壬生と同様に鹿沼も大人しく小山に従わない国人もいるだろう。そういった勢力の気概を折るためにも綱雄の身柄を確保するか、小山に反抗的な勢力の一掃が必要になってくる。
家臣に反小山の人間の粛清を伝えたことで内応してきた壬生の旧臣たちにも緊張が走ったのは都合がよかった。ひとりだけ明らかに他人事のように感じていた者もいたがな。
翌朝、鹿沼城に悲鳴が轟く。悲鳴の主はあの壬生刑部丞の家臣だった。その者は朝になっても刑部丞が目を覚まさないことに違和感を覚えて彼の眠る部屋に入るとそこにはこの世の者でないような狂気の表情で自らの首を絞めて絶命している刑部丞の姿があった。
その不可解で壮絶な死に様はすぐに城内に広まることになる。刑部丞は昨夜から綱房を捕らえた自身が戦功第一で褒美に鹿沼城と壬生家の当主の座を俺に求めると妄言を吐いていたことが明らかになる。不相応な願望を口にする刑部丞を快く思っていない者は多く、皆はその死を当然のものと思っていたが、中にはその死に様から綱房の祟りではないかと噂されていた。
「祟りか。そういった噂があったらしいではないか。同時に綱房の祠を造ることを決めた俺は素晴らしい判断をした、とも。いい演出をしてくれたではないか、なあ段左衛門」
「御屋形様の命であればあれくらいは容易いものでございます」
段左衛門は無表情のまま頭を下げた。
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