鹿沼城攻め
下野国 鹿沼城下 小山晴長
鹿沼城を包囲している中、日光方面の諜報を担当していた者から伝令が届く。何か動きがあったのか。
「申し上げます。板橋城の遊城坊殿が日光本山からの援軍を得て、宇都宮方の猪倉城の奪回に動いたとのことです」
遊城坊綱清、動く。
宇都宮の一族ながら日光勢の綱清がかつて塩谷宇都宮に落とされた猪倉城を攻めたのだ。猪倉城は多気山城と塩谷領をつなぐ重要な拠点であり、この城が落ちれば多気山城は退路が断たれ孤立無援の状態に陥る。資清に牽制されている良綱もこの状況では猪倉城の救援に向かわなければいかなくなり、鹿沼城を助ける余裕はなくなった。もし綱房を優先して猪倉城を見捨てれば塩谷義尾と分断されて多気山城は孤立してしまう。逆に猪倉城を優先すれば鹿沼城は後詰を得ることができない。おそらく良綱は猪倉城を優先することだろう。
これで良綱が後詰にくる可能性が低くなったわけだが、こちらも悠長に構えている余裕があるわけではなかった。良綱がこなくても問題を対処した昌念や義尾が救援に駆けつけてくることも十分にあり得る。
とはいえ、鹿沼城は西が崖状になっており、その先には坂田山、南は堀が幾重にも巡らされている。下野の中でも堅固な部類に入る城で真正面から攻めるのは骨が折れそうだった。力攻めをするならば相応の犠牲が出てしまうだろう。
そこで俺はまず鹿沼城内に後詰がこないという情報を流させることにした。状況を把握している綱房ら上層部は後詰がくる可能性が低いことを知っているだろうが、末端の兵はそうではない。自分たちの状況が絶望的だと知った場合、はたして士気はどれだけ保たれるのか。
それに加えて城内には投降や内応を呼びかける矢文を多く撃ちこむ。士気が下がった中でこの誘いに応じる者はいるだろう。多くの矢文を撃ったことで城内は誰か寝返るのではないかと疑心暗鬼になっているという。
また同時に城下に残る民たちから金銭で兵糧を買い集め、兵が狼藉を働かせないように指示を出し、小山が相場以上の値段で兵糧を買ってくれるということを城内に流す。そうすることで投降や内応した兵士たちが駄賃代わりに兵糧をくすねて金銭を得ようとしてくれた。兵糧の横流しができている時点で鹿沼城の規律はかなり低下していることがわかる。内応者が続出した鹿沼城は総攻撃を仕掛ける前にすでに脆くなっていた。
「さてそろそろ攻めどきか。治部少輔、たしか西側に抜け道があると言ったな。三〇〇の兵で奇襲をかけてくれ」
綱房の弟である周長は鹿沼城の構造を熟知していた。そんな彼は西側の断崖絶壁に通路があることを知っており、内応者からの話も聞いてその抜け道が今でも使用可能であることが判明した。俺は重臣ではなくその周長に兵を預けることを決意する。
「承りました。必ずやご期待に応えてみせましょう」
周囲の目が周長に集中する中、周長は臆することなく俺の命に従う。
「期待しているぞ。加藤一族から五郎を付けさせる。彼なら周囲の罠に気づけるだろう」
周長率いる別動隊が出立し、ついに鹿沼城を攻めるときがきた。内応も順調で綱房らは裏切りが明らかになった者を手討ちし、恐怖で統制しようとしているらしいが効果は芳しくないようだ。
「小太郎殿に準備が整った、坂田山を攻めてほしいと伝えよ」
「ははっ」
「これより鹿沼城を攻め落とす。狼煙の準備もせよ」
約三〇〇〇の兵が鬨の声を上げる。その轟きは鹿沼城の士気をさらに落とすことになるだろう。小山の主力が鹿沼城の東と大手がある南から攻めかかる。そして坂田山を包囲していた佐野も動き出す。
「助三郎、よく見ておけ。散々小山を苦しめてきた壬生綱房との決戦だ」
「はっ、父もこの戦でしっかりと学べと申しておりました」
「違いない。助三郎は知らぬだろうが、小山はかつて壬生に祇園城を攻められたことがある。あのときは宇都宮も健在で小山家の滅亡も覚悟したものだ。それ以来壬生は宇都宮に次ぐ小山の怨敵よ」
史実のことを置いても綱房は厄介な存在だ。この戦で息の根を止めておきたいところ。
幸い本日は雲一つない晴天。堀の土は完全に乾いており、意外と簡単に乗り越えられることができた。鹿沼の城兵も迎え討とうとするが、士気が低いことと内応した者が多かったこともあり、少人数での抗戦を余儀なくされる。後方からは木砲の援護射撃があり、鹿沼側は抵抗ができずにあっという間に堀を越えた小山の兵は城門に殺到していく。それと同じ頃、城の西側から鬨の声と城側の悲鳴が聞こえてくる。周長率いる別動隊が西側の郭に侵入してきたのだ。断崖絶壁という予想外の場所からの奇襲に鹿沼の兵は完全に混乱していた。
三方からの同時攻撃に鹿沼は為す術がなかった。そして突如城門が開く。内側から内応した者が門を開けたのだ。開いた瞬間、小山の兵が城内に突入する。怒号と悲鳴が飛び交う中、門を守っていた城兵は総崩れとなる。その勢いのまま小山の兵は城内を蹂躙する。西側の別動隊も西の郭をふたつ落として主力部隊と合流を果たす。
この日のうちに小山は二の郭、三の郭、西側のふたつの郭を落とすことに成功し、残りは本丸と詰の郭である大夫殿郭のみとなった。
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