一五三八年、秋の策謀
下野国 祇園城 小山晴長
待望の嫡男が生まれてからも俺は内政に勤しんでいた。しかし同時に重臣らと話し合い、秋に綱房がいる鹿沼城を攻めることに決めた。綱房とは祇園城に攻め込まれて以来、因縁があるがそろそろ終止符を打とうと思っている。やはり史実のことを考えると早めに綱房を排除してしまいたかった。
とはいえ鹿沼城は現在の壬生家の拠点。そう簡単に攻略はできない。そこで段左衛門らに綱房の弟で今は小山家に仕えている周長に近く、綱房・綱雄親子に冷遇されている人物を中心に調略させた。すると壬生の家中には親周長派の人間も多かったのか、元鹿沼城主である鹿沼一族のひとり鹿沼五郎兵衛や南摩舎人といった有力な国人が寝返りに応じてくれた。
次にとりかかったのは前回の戦で壬生家に寝返った小倉城の昌念への対策だった。昌念は村井城攻めで痛い打撃を受けているが、桜本坊の戦力は油断ならない。そこで俺は日光に使者を送り、権別当である石若丸を通じて日光に敵対する壬生家に寝返ったことを理由に昌念を破門にすることを求めた。日光側はさすがにすぐ首を縦に振らなかったが、昌念が乱を起こした昌膳と繋がっていたことを明かすと昌膳の関係者であることは許されなかったのか昌念の破門を了承する。
昌安が死亡し、その死を秘匿している昌念が小倉城主として君臨している今、昌念が日光から破門にされたとなると混乱は避けられない。昌念が排除されるか、昌念自ら反発する者を排除して自身の権力の強化に努めるか。どちらにせよ内部分裂は必至。そこを上手く刺激してやれば更に状況は混沌とするだろう。
そうやって各地で工作を進めつつ、秋に向けて軍備を整えている最中のことだった。十月の下旬、同盟を結んでいた益子勝宗が病死した。昨年頃から体調を崩していたようで、一時は持ち直したが季節の変わり目に再び風邪を拗らせてそのまま病状が悪化してしまった。せめて三郎太の婿入りまではもってほしかったのが本音だが人の寿命はそう思い通りにはいかない。
勝宗の死に伴って益子家の家督は嫡男の太郎左衛門勝高が継承することになる。生前勝宗は嫡男の勝高については三郎太ほど高く評価していなかった。また益子家の兄弟の不仲についても不安はある。主に嫡男の勝高と次男の安宗が三郎太を一方的に嫌っているのだが勝宗の存命中は勝宗が彼らの不満を抑え込んでいた。だがその勝宗がいなくなったことで不仲が悪化してしまえば益子家は一気に不安定になり得る。
勝宗の葬儀には使者を送らせてその死を悼む。だが同時に派遣した使者に三郎太への密書を持たせていた。表向きは婚約者のいぬからの手紙ということにしてその中に俺からの文書も混ぜておいた。
その文書の中身は単純に三郎太の身を案じたものだ。三郎太は来年小山家に入る予定だが、兄弟仲の悪化は懸念材料だった。勝高の器量がないとはいわないが、彼が憎しみのあまり三郎太を害す可能性は捨てきれなかった。もし三郎太を害せば小山家との同盟は水の泡となるのだが、彼がそこまで理解できているのか不安だった。小山家が欲したのは三郎太であって益子家の人間だからというわけではない。
だから文書には勝高が三郎太に刃を向けてくるのであれば同盟や婿入りの時期など気にしないで小山家に逃げてきてほしいと書いている。そういったことが書かれているので当然勝高を誤魔化す必要があった。
その後、俺は晴氏の仲介で足利長尾家と和睦を結んだ佐野家に対し鹿沼城攻めの援軍を求めた。書状を受け取った歳上の義弟である豊綱は一族間で話し合い、小山家に援軍を出すことに決めたそうだ。しかも当主である豊綱自身が大将として軍勢を率いてくれるらしい。佐野家の援軍を得た小山家もついに鹿沼城攻めのために出陣を果たす。
出陣と同時期に俺は壬生城の資清に工作を進めるように話をつけていた。進軍途中に資清からの使者が到着し、彼からの報告を受け取る。
資清は鹿沼城攻めに伴って多気山城の宇都宮良綱と川崎城の塩谷義尾に飛山城の宇都宮元綱が壬生の救援の隙を狙っているという噂を流した。宇都宮家の家督を争う元綱の動向に気をとられて良綱は身動きがとれなくなっている。そこにちょうど元綱の兵が塩谷領である岡本城下で狼藉を働いたという。これは資清も想定していない完全なる偶然だったらしい。塩谷家の重臣で岡本城主の岡本内膳の訴えでこれを知って元綱が動くと踏んだ良綱は鹿沼城より飛山城の元綱に完全に照準を定めてしまったようだ。
「ははは、まさか宇都宮弥三郎がここでいい働きとしてくれるとはな」
すでに川崎城の義尾が岡本城以下勝山城、中里城に兵を動かすよう指示を飛ばしたという。良綱もそこに追随しようとしているそうで鹿沼城方面の警戒が薄くなっている。小倉城は昌念の破門の影響で混乱が続いている。いまだに主導権争いをしており、援軍を出すのは難しいだろう。
ただ元綱の動きにも警戒はしなくてはならない。那須はこの間小競り合いを起こしていて塩谷や飛山に介入する余裕は残っていない。
周辺の勢力が何らかの要因で満足に動けない中、今回が鹿沼城を落とす好機だ。策謀を巡らす綱房親子を討ち滅ぼすのは簡単ではないかもしれないが、今度こそ追い詰めてみせてやろう。
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