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壬生周長

 下野国 村井城 壬生周長


 儂が小山家に仕えようと考えはじめたのは小山家の捕虜として西林寺に預けられたときだったか。


 壬生との戦に勝ち、儂と藤倉尾張守を捕虜にした小山家は祇園城へと帰還し儂は祇園城下の西林寺という場所に預けられた。捕虜として身柄を拘束された身であったが、西林寺では比較的自由に過ごすことができた。監視の者はつくが、城下の様子を見ることもできたし、民からも話を聞くこともできた。そして監視の者から小山家が捕虜の返還を条件に壬生家と交渉していることを聞いた。そしてそれを兄上が拒絶したことも。兄上は儂や藤倉尾張守を見捨てたのだ。


 見捨てられたことに対する恨みなどはなかった。戦に敗れたばかり兄上の立場からすれば捕虜を取り返すために小山家に何か譲歩することはできなかった。それは長年兄上を支えてきた儂にも理解できる。けれど同時に儂の存在は兄上にとってその程度の存在なのかと思い知った。


 予兆はあった。綱雄が元服してから兄上は儂のことを疎ましく思いはじめた。儂を壬生城代から解任して綱雄を後任に据えたときは事情があったとはいえあまりにも周囲の不信を買った。それから儂と兄上の間に距離が開きはじめた。兄上はおそらく壬生家内で自分に次ぐ権力をもっていた儂とその派閥に危機感を覚えたのかもしれない。


 事実、儂に従う者の中には兄上より儂に忠誠を誓っていた者も混じってはいた。そういった者は危険分子として儂も重用しなかったのだが兄上はそう思っていなかったようだ。また兄上は兄上が老いてから生まれた子供である綱雄を後継者として決めていた。そして儂はその障害になると判断されたらしい。


 当主である兄上にそう判断されればもう儂に壬生家での居場所はない。儂は不満こそあれど兄上を支えることが生きがいでもあった。兄上とともに壬生家を盛り立てることこそが儂の役目だと自負していた。だが兄上はそう考えず、後継者である綱雄の障害として儂を切り捨てた。


 そう理解した時点で薄情ではあるが儂の中で壬生家に対する情は失せた。もはや兄上直々に帰参を求められても首を縦には振らないかもしれない。


 西林寺で儂が見捨てられたと知ったとき、儂はそのまま頭を丸めて余生を過ごそうかと考えた。だが気晴らしに城下に出かけているうちに次第に城下の発展ぶりに目が惹かれるようになった。城下の様子を観察していた際にも小山晴長の手腕に感心していたが、壬生より発展した祇園城下がこのままどこまで成長するのか興味が湧いてきたのだ。


 そこで儂は西林寺の住職に小山晴長について色々と尋ねてみた。住職は度々小山晴長と対談することがあったようで以前城下で聞いた話よりさらに晴長の人となりや功績を聞き出すことができた。



「御屋形様は小さい頃から民のために様々な施策を考えてくださった。儂らにはどういう理屈なのか理解できなかったが実際に言うとおりにすれば米がよりとれるようになって驚いたものだった。たしか御屋形様が五つになったか、なっていないかのときじゃの」


「それはにわかに信じ難いが、嘘はおっしゃっていないようだ。たしか隼人佑殿は八つほどの頃に家督を継いだと聞いていたが、まさかそんな歳から政に関わっていたとは」


「それに御屋形様は実力主義者じゃ。力を示せば外様でも新参でも積極的に登用してくれる。その中での出世頭で言えば山本殿かの。流浪の牢人が今や軍師兼城代じゃ」



 話を聞くたびに小山隼人佑晴長がどれだけ傑物なのか再認識することができた。斜陽だった小山家を下野屈指の勢力に拡大させた手腕は壬生家にいたときも厄介だと理解していたが、まさか本当に小さい頃から政に参加して小山家の改革を進めていたとは。先代の頃に持ち直したかに見えたがその背後には幼い隼人佑がいたのだろう。



「興味深い話を聞けた。住職よ、感謝する」


「それはなにより。しかし、目つきが変わったのう」



 住職にそう指摘されたが儂はそれに答えることはしなかった。その代わりに住職にある頼み事をした。


 後日、儂は祇園城に登城していた。監視の者はついていない。なぜなら今回は捕虜として祇園城にきたわけではなかったからだ。



「久しいな、治部少輔」



 本丸の大広間の上座に小山隼人佑晴長その人が座っていた。そして儂の周囲には小山家の重臣の者が居座っている。



「住職から話を聞いたときは驚いたぞ。まさか治部少輔が小山家に仕官したいと申し出るとはな」


「拙者もまさか召し抱えていただけるとは思いませんでした」



 住職の話を聞いたあの日、儂は住職を介して小山家への仕官を申し出た。とはいえ、現在小山家と対立している家の捕虜だ。この話は断られるとも思っていたが、結果は召し抱え。そしてその日のうちに目の前にいる隼人佑に呼び出され、今に至る。



「改めてそなたから話を聞きたい。なぜ小山家に仕官することにしたのだ?」


「そうですな。一言で表すならば祇園の城下に鹿沼と違った未来が見えたから、でしょうか」



 祇園城下はかつてない速度で成長している。下野の一田舎から下野屈指の街へ。そして今は下野だけでなく北関東屈指の街になろうとしている。それを導いているのが目の前にいる小山隼人佑晴長。彼は獲得した領土も積極的に開発しており皆川も壬生も儂らが支配していた頃より発展していた。悔しいという気持ち以上に素直に感嘆した。小山家は儂らと違う道を歩んでいる。それが王道なのか覇道なのかはわからない。けれど兄上に切り捨てられて壬生家での居場所をなくした儂にとって小山家の歩む道は酷く輝いて見えた。


 藤倉尾張守は壬生家への義理立てのためにいまだ捕虜のままらしい。本来なら壬生家の人間である儂も藤倉尾張守と同じように義理立てすべきだったかもしれない。けれどたとえ壬生家と相対してもそれを間近で見たいと思った。儂から答えを聞いた御屋形様は満足そうにうなずき小山家へ歓迎する。


 小山家は実力主義だ。御屋形様は実力がある者はいつでも歓迎する。外様だろうが譜代だろうが関係ないとおっしゃった。


 実際、村井城に配属になったが黙々と能力を示すと瞬く間に城代の塚田殿をはじめとした周囲から信頼を得ることができた。


 外様でも排他的ではない小山家の空気に早くも儂は居心地の良さを覚え、仕え甲斐のある家だと実感することができた。


 儂の判断は誤りではなかったかもしれん。一度すべてを失った身ではあるがどこまで足掻けるか試してみようではないか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 リクエストに答えて頂きありがとうございます! 家臣領民目線で晴長を、客観的に見ている話しは凄く好きですので、今後定期的に家臣領民目線の回があると嬉しいです!
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