鹿沼の異変
下野国 茂呂山 小山右馬助
「申し上げます。小倉城に動きあり。小倉城の兵が鹿沼方面を目指して南下しております」
「小倉城だと?昌安め、一体何を考えている?」
斥候からの報告に儂を含めて周囲も困惑している様子だった。こちらへの増援なのか、あるいは漁夫の利を狙いにきたのか。しかし増援だとしてもこちらに何も言ってこないのはおかしい。一体何が目的なのか。
「右馬助殿、これは御屋形様に報告するべきか?」
小山土佐守の言葉に儂はすぐに頷かなかった。
「待て。向こうの目的が何か明らかにしてから報告すべきだな。増援なのか漁夫の利なのかはっきりしてから御屋形様に判断を委ねるべきだろう」
小倉城の動きを不審に思いつつも昌安の真意を探りざるを得ない。儂は鹿沼を目指している小倉城の兵に使者を遣ることにした。奴が何を考えているのかわからないが勝手に動かれては増援だとしても迷惑だ。
我々の役目はあくまで牽制。もちろん壬生に動きがあれば対処する必要があるが、第三勢力の登場は予期していなかった。
「右馬助様、東にて狼煙が上がっております」
使者を向かわせて少し経った頃、物見の兵から東から狼煙が上がっているとの報告を受ける。その方向を見ると複数の狼煙が確認できた。それを機に鹿沼城の壬生も動き出した。鹿沼城周辺が騒がしくなる。
しかし昌安のもとに向かわせた使者が戻ってこない。いくらなんでも遅すぎないかと周りも思い始めたそのときだった。加藤一族の五郎が血相を変えて駆け込んできた。
「一大事です。桜本坊殿のもとに使者として赴いていた大村殿が殺されました!」
「なんだと!?」
五郎は斥候として鹿沼の北側を担当していたが、使者が殺される一部始終を目撃していたのだ。大村殿は小山の旗を掲げながら昌安のもとを訪れたそうだ。最初は向こうも歓迎した様子だったらしいが本陣に連れていかれる途中で突然取り押さえられて首を刎ねられたという。大村殿に従っていたわずかな兵も共々殺されてしまった。たまたま五郎が目撃していなかったら判明することはなかっただろう。
「腐れ坊主共め。一体何を考えている!?」
「もしや昌安殿は壬生と通じていたのか」
儂だけでなく他の者も昌安に不信感を抱いていた。どんな理由があったとしても小山の使者を殺すということは許されることではない。さらに追い打ちをかけるかのように壬生も動きを見せる。鹿沼城を出陣して村井城へ進軍を開始したのだ。それに同調するかのように昌安の軍勢も鹿沼城ではなく村井城へ進路を定めていた。
この時点で確信した。昌安は壬生に通じており、村井城攻めに参加するために出陣していたのだと。
「急ぎ御屋形様に伝えよ。小倉城が壬生に通じ、村井城が攻められると」
「ははっ」
伝令は儂の言葉を受け取ると本陣を後にする。儂はすぐに出陣の準備を伝えると周囲は慌ただしく動きはじめる。
その間にも斥候からどんどんと情報が入ってくる。鹿沼城を出陣した壬生の兵力はおよそ七〇〇、そして小倉城から出陣してきた桜本坊の兵力が三〇〇ほど。その数、合わせて一〇〇〇。こちらの兵力は茂呂山にいるのが五〇〇だからその半分しかない。村井城の兵力はかき集めても三〇〇前後ほどだろう。村井城代はたしか塚田美濃守殿だったな。悪くはないがこの相手では少々荷は重いか?
「右馬助殿、これからどうする?」
「茂呂山を下りて村井城の後詰に入る他ないだろう。ここから動かなければ村井城は落ちるぞ。五郎、急ぎ村井城に向かい、我らが後詰に入ることを伝えろ。お主の実力ならば包囲される前に城に辿り着けるはずだ」
「かしこまりました!」
すでに敵は村井城を包囲するために動いており、壬生の軍勢と昌安の軍勢は合流を果たしていた。これは確定だな。
「これより茂呂山を下りて村井城へ向かう!皆の者、続け!」
「「「応」」」
そうして茂呂山を下る途中、加藤一族の者から報せが入る。
「右馬助様、山麓にて敵が待ち伏せております。別動隊でございます」
「ちっ、数は?」
「ざっと三〇〇ほどかと」
「左様か。おい、前方に敵がいるぞ。警戒して進め!」
やがて山麓に辿り着くと情報どおり敵が待ち伏せていた。しかし事前に周知していたことでこちらは混乱することなく敵に襲いかかる。敵は奇襲ができなかったことに動揺するもすぐに切り替えてこちらの攻撃に対応してくる。
斜面を下る勢いをもって敵を押し込むが兵力差があまりないこともあり、山麓での戦いは儂のもとに矢が飛んでくるほどの激戦となる。
「押せえ!押し込めえ!」
必死に兵たちを鼓舞している最中のことだった。
「ぐはっ」
隣で矢で射抜かれた味方に気をとられた一瞬のこと。
「右馬助殿、危ない!」
味方の声でふと前に視線を向けると目の前に一本の矢が迫っていた。気づいたときには時遅く。回避する暇なく射抜かれると激痛の中で儂は馬上から崩れ落ちた。
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