イエローって何者
この世界の謎が、少しばかり判明してしばらく経った。
しかしそんな中、謎のままの存在が居る。不思議な行商人、イエローだ。
今日も今日とて、俺はロア君達を指導しつつ、今なお続けている、あの流通管理の資料を読み込んでいた。
当然の事だが、こんな流通状況はおかしいからと、いきなりそれをすべて止める事は出来ない。どれだけ歪でも、なんとか国を守ろうと、必要だからやっていた事だ。まずは現状の把握を完全にする。それが重要だと言える。
俺の横では、アンシアとロア君が二人で作業を続けている。もうすっかり馴染んだ様子だ。
そして、この様子を見て、他の子たちはアンシアを気に入らず、険悪な雰囲気が…と言う事も無く、特に諍いは起こっていない。どうやら、どうでもいいと思っているみたいだ。それに今日はなんだか、皆作業に集中出来ている。
そうなると、俺が一人で把握を進めている間、ずっと二人の世界みたいなものが出来ている訳で。
アンシアに対して恋愛感情は無いし、当然嫉妬とかは無いのだが、非常に気にはなってしまう。さらに、今日は気になる要素がもう一つ…。
俺はそっと、視線を反対側へと向けた。
「うん? どうかした翔君?」
「どうしたの今日は。珍しいね、ここへ顔を出すなんて」
そう、アンシア達の反対側には、なぜだかイエローが鎮座していた。
そもそも彼女、もはやただの行商人では無い事は明らかだ。一方、非常に忙しいのは確からしく、ほとんど城内に居る事は無かった。確認するたびに、俺の知らない土地を転々としていて、時には行方不明の時さえあった程だ。一体何をしているのか、ただただ謎である。
そんな彼女が、久しぶりに会ったと思ったら、こうして隣に居座ったのである。
「ようやく一つ、片を付けて来たからね。ちょっとやりたい事でもやろうかなって」
「その割に、何もしてないと思うけど」
「何か手伝う?」
「…いや、それはいいけどさ」
作業と言っても、今やっているのは物流の歪みを把握し、現状の制限を取っ払った時に、起こりうる事象と対策、それにかかる費用の精査などだ。短期的に、これをまとめといて、みたいな作業は、俺が来てからすぐに終わらせてしまった。
それはもうひどかったからな…。資料自体も、どんないざこざがあったのか、紛失していた物があったくらいだ。こんな事、元の世界で起こしていたらと思うとゾッとする。大問題だ。
いや、この世界においても大問題なんだが。
俺はそこを追及しなかったし、とにかく現状から出来る事を目指したけど。
「ところで、どう? 何とかなりそう?」
「なんとかって言うと、やっぱり現状をって事だよね」
「そうそう」
「まあねえ…実際、最初の補填だけ何とかすれば、そんなに現状打破は難しくないと思う。本来は、価格競争が自然に行われて、ある程度勝手に、価格なんて落ち着くんだからね。話に聞いた、過去に担当したって人が、無闇に国の力で介入すべきじゃなかったね」
「まあ…その頃は色々、殺伐としてたみたいだからね。その人も、わからないなりに頑張ったんでしょ」
「うん、そこは俺も仕方ないと割り切ってる」
今の会話、当たり前のようにしていたけど、明らかにイエロー、この城の関係者だよな。そうで無いと、こんな内部事情に関する話を、しれっとかわす事なんて出来ない。
「ねえ、今度はこっちが聞きたいんだけど…ずばりイエローって何者? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
気になる事を放置しておくのは、どうにも落ち着かない。
だと言うのに、この城の様々な人に、イエローの正体について聞いてみた結果、口を揃えて話せませんと来た。指切りの事と言い、この世界の人たちは、秘密を作るのが好きなのだろうか。しかし、この城中の人が“話せない”と口を揃える事実。これこそが只者では無い証明でもある。
さてイエローの方はと言うと、何とも無邪気な笑顔を浮かべてくる。
「まーだ内緒かなー?」
そしてこれだ…。なんだか、いたずらを楽しんでいる様に感じられて、特に悪い気はしないけど…。
「せめてそろそろ、名前くらい教えてくれない? イエローって呼び名、微妙に違和感があるんだけど」
「え、そうなの? 変かな?」
「いや、変とか、悪いとかって事は無いよ。でもイエローって、俺の居たところだと特定の色を指す単語だから、それで少しだけね」
「へー…イエローってそういう意味だったんだ」
知らずに使っていたのか? 何か訳有って、自分以外が付けた偽名なのかな。まあ、そもそも偽名を使う時点で、何か理由があるのは当たり前か。
「ちなみに、どんな色?」
「ああ…黄色だよ。イエローの髪みたいな、綺麗で混ざりの無い、単色を指してる言葉かな」
黄色は黄色でも、色々あるしな。
「…」
「…?」
どうした?
「いきなりそういう事言うなんて、翔君も隅に置けないね?」
そういうとイエローは、自分の髪を弄り、サッと視線を逸らしてしまう。
…そ、そうか。普通に黄色だって言えばよかっただけなのに、さっき、イエローの事をわざわざ引き合いに出してた。これでは、君の髪…綺麗だね、みたいなキザなセリフになっていたかもしれない。普段から思ってたから、つい口を突いてしまった。
「ご、ごめん。そういえば、前にこういうの、嫌いだって言ってたっけ?」
「え? なんの事…?」
「ほら、初めて会った時、そういう質問は無しだよ、みたいな事」
「あー…って、それはもっとあれな質問の事でしょ! こういうのは別に、良いんだよ!」
「そうなんだ。そういうの興味無いって感じなのかと」
「ちょっと! 翔君あたしをどう見てるの!?」
なんだか、少し涙目になっていた。なんだろう…少し楽しいかもしれない。
「いやあ…。でもやっぱり、イエローは俺なんかじゃ釣り合わない美人だし、さっきみたいな事を言うのは失礼だったかなー?」
と、魔が差して慣れないお世辞みたいな事を言ってみる。
「…翔君、今のはわざとでしょ」
「あ、すぐばれた」
「はー…。マリーちゃんも言ってたけど、本当に子供なところあるね。翔君は」
「まあ確かに、普段はこんな事口には出さないし、悪乗りしたところあるけど」
「そういう事、されたら嫌がる子も居るんだから、気を付け…て………」
「どうしたの?」
「さ、さっきの…つまり口には出さないけど、本当にそう思ってるって事…」
どんどん声のボリュームが落ち、途中からは全く聞こえなかった。でも確かに、何となくでやってしまったけど、よくは無かったよな。
どうにも最近、こういう軽口を交わしていない気がするし、その反動かもしれない。
イエローは、なぜだかじっとこちらを見つめてくる。
「えーと、ごめん」
「…謝る必要は無いけどさ」
「そう?」
「そう。あーもう、本当に翔君には、今までされた事無いあれやこれを、どんどんされちゃってるなー?」
「そんな意味深な…って、あれ? さっきのはともかく、そういうネタが嫌いだったんじゃ…?」
「……あ、あれ? 本当だ…」
「どうしたの。やっぱり、ずっと各所を回ってるらしいし、疲れてるんじゃない?」
「それは…関係無いと思う」
「無理してないなら、良いけどね」
「…人によるって事…かな?」
「え?」
「何でもない! あたし、出発の準備があるから行くね!」
「えっ。もう次の場所へ行くの? すごい体力…って、そういえば結局何も答えて貰ってないんだけど!」
俺が声を掛けた時には、すでに部屋の出口まで行っていたイエローが、くるりと振り返り、横目でこちらを見た。そして一言。
「ヒミツがある方が、なんだか気になるでしょ!」
そう言って、止める間もなく行ってしまった。
そりゃあ、秘密があるのは気になる。…けど、今は仕事に集中したいし、他に気になる事を残したくなかったんだよな。
俺は少し困りつつも、そんな思考を隅へ押しやり、再び資料と向き合い続けた。




