第34話 鬼を討て
「さあ、お前さんのおもちゃは壊した。次に壊れるのはあんたの体だ。」
アベルは、凶器ではなくなってしまった剣のグリップだけを握りしめながら恐怖した。
強者が捨て身になるということ。
これほど恐ろしいものはない。
(落ち着け……! 逆に考えるんだ……! それだけ奴に余裕がないと……!)
だが、彼はこの恐怖に打ち勝った。
最後の策があるという事実が彼を支えたのである。
(しかし、なぜだ……? 奴に掴まれた瞬間俺は確かに攻撃を弾くようにしたはずだ……。それなのになぜ奴は俺の剣を破壊できたんだ……?)
なぜアベルはこの攻撃をはじき返せなかったのか。
それは彼自身も想定していなかった弱点が原因である。
彼を守っている薄い膜のような防御壁には一つだけ通してしまうものがあった。
それは彼自身が攻撃を加えようとする物体に対してである。
弾いたままでは彼自身の攻撃すらも弾いてしまうため任意の物質だけは通過させなくてはならないのだ。
(そうか……! 奴はあえて攻撃させ膜の内側に入ってきたということか……! 手を犠牲にすれば中に入ってこられると考えたのか……!)
戦闘経験の少なさがここでも悪い結果を招き入れた。
仮に彼が何度も戦闘を行っていたならばこの弱点に気付き何かしらの対策を考えることができたであろう。
しかし、今さら何を言っても無駄である。
過ぎ去った結果を変えることは出来ない。
(クソが……! こんなデタラメな行動なんて予想できるはずがねえだろ……! なんだよ、握力で鉄を握りつぶすって……!)
悔しさと苛立ちで歯を食いしばるアベルであったがオルガにこの作戦のヒントを与えてしまったのは彼自身の行動が原因であった。
それは彼がオルガに死体を投げられた後、何気なく落ちていた死体を蹴ったことである。
その時に彼の足に血が付着したことがオルガにこの推測を与える結果に繋がってしまった。
(アホ騎士め! 自分の能力ぐらい完璧に把握しておけってんだ! どうせ強力な能力にかまけて弱点なんて考えたことがなかったんだろうが殺し合いの場ではそれが命取りになるんだぜ! 地獄でしっかり復習して来な!)
オルガは手に刺さったロングソードの身を抜き投げ捨てながら不敵に口角を吊り上げた。
アベルにもう武器はない。
つまり彼がどうやっても自分の命に届くことはありえないのだ。
(しかし、うまくいって良かったぜ……。あの膜の中も能力射程内だったら俺が地獄に送られるはめになっていた……。やっぱり女神ちゃんは俺のことを好いているようだぜ。)
この攻撃も彼にとってはかなりのリスクを背負っていた。
失敗すれば無意味に傷を負うだけではなく最悪の場合は右手ごと持っていかれることすれ考えられた。
それだけの悪条件がありながら頼れる情報はアベルの足が汚れたということだけ。
確証どころか推測としても全く成り立たない条件であったが彼はそれに賭けた。
そして、見事にその賭けに勝利したのである。
(賽の目は俺に勝ちを示した! だが、油断はしねえ。こいつだけは最後まで気を抜いちゃいけねえからな。)
オルガは穴の開いた手を構える。
もう彼からは攻撃に転じることはないであろう。
彼はもう待つだけでいい。
蜘蛛が巣にかかる獲物を隠れながらじっと息を殺しているように静かに、穏やかな心でただその瞬間を待てばよいのだ。
(手を失ったこいつはどう出る? 諦めるか? 泣いて懺悔してくるか? ありえねえ。そんな腑抜けだった俺がここまで追い詰められるはずがねえからな。)
その瞬間はすぐに訪れた。
アベルは使い物にならなくなったグリップを捨て右手で持っていた小型ナイフで斬りかかってきたのだ。
だが、当然の如くオルガは今度は左手のひらを差し込みその一撃を止めた。
「なあに企んでいるのか知らねえがもう手は打たせねえぜ!」
先ほどと同じようではあるが小型ナイフには小さなガードしかついていない。
つまりガードを越えアベルの右手はオルガに掴まれてしまったということだ。
これが意味することはただ一つ。
鉄すら粉砕するオルガの握力がアベルの指と手のひらの一部を巻き込みそのままナイフごと千切ったのだ。
戦いが始まって10分と2分が経過し始めて触れ合った二人は史上最悪の握手をした。
「ぐおおおおおおおおお!」
しかし、アベルはその痛みをこらえ空いていた左手で別のナイフを手に取りオルガの頭部を狙う。
右手を犠牲にしたこの一撃であるがその対価はあまりにも安すぎた。
とっさに守りに入ったオルガの右前腕に阻まれそこに刺さっただけであった。
アベルは刺さるとその手を放しよろよろと後ろに下がり尻餅をつくように座り込んだ。
「……完敗だ。打てる手はすべて打った……。だが、そのどれもがお前に届かなかった……。俺は……前に進めなかった。」
そして、両手を上げ降伏したとアピールする。
だが、オルガは近づかなかった。
すでに先ほどの爆発という前例がある。
仮に身動きが取れなくなったとしてもこの男に近づくのは危険だと彼の本能が告げていた。
「……警戒しているのか? この剣すら握れなくなったこの俺をか……? 馬鹿馬鹿しい。大体降伏したんだ。呪いの効果で俺の負けは決定している。」
「アホ言え。てめえがそんなタマかよ。世界中の美女がお前を安全だと言っても俺は信用しねえぜ。」
残念そうに一度左手で指を鳴らすと手を下げオルガに向かって呟いた。
「あと十秒だ。」
「ああ?」
アベルはそういうとニヤリと笑った。
その笑みにオルガは初めて彼に対して恐怖した。
虚勢やはったりではない。
この目の前の男は本当にオルガが死ぬという確固たる自信に満ち溢れた目をしていたからだ。
背後にいた死神の鎌がオルガの喉に突きつけられそのひんやりとした感触が全身に広がる。
「死ぬんだよ、お前がな。前に進むのはこの俺だ。」
その言葉がかき消される様に後ろから爆発音が聞こえた。
だが、オルガはその方向を振り向くことが出来なかった。
そして、その音の正体について考察する必要もなかった。
なぜなら、大砲の玉がアベルに着弾する瞬間を目の当たりにしたからである。
オルガのバンダナは赤く染まりながら宙を舞った。
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