#8 オレの心臓は打ち上げ花火のように破裂した!
観客たちが拍手すると、道化人形は自分の入っていたスーツケースをぱかっと開いて差し出した。みるみるうちに、硬貨が投げ込まれる。銅貨だけじゃなくて銀貨もちらほら。銀貨を投げたやつは、きっとブランカを狙ってるんだ。だったらオレは金貨を投げ込むぜ!(持ってないけど)
スーツケースがいっぱいになったところで、道化人形はぺこりとお辞儀してスーツケースに入り、ぱたりと閉じた。ひときわ大きな拍手が鳴り響いて、観客たちは満足そうに去っていった。
「へー、すごいな、ブランカ。その糸で操ってるんだよね? 本当に生きてるみたいだった」
するとブランカはふふっと笑ってウインクした。オレ、死んじゃう。
「私の中に流れている魔力を、糸を通して少しだけ送り込んでいるの。指示は与えるけど、このコは自由に動いているのよ」
魔力ってそういうものなの? なんか電気みたい。じゃあ、ブランカの電気……じゃない、魔力が尽きたら……? もしもブランカが普通の人形に戻ってしまったら、オレは……
「どうしたの、ハヤ。行きましょう。そろそろ食事の時間でしょう?」
オレの心配をよそに、ブランカはまた大通りをまっすぐ歩き出した。今は食事なんて気分じゃないんだけどな。
と、思ったのも一瞬で、食堂というか居酒屋みたいなところに入ったとたん、オレの腹は盛大にぐーぐー鳴り出した。身体は正直。
昨日の飯屋よりも広くて明るくて、大勢の客が笑って酒を飲んだり料理を取り分けたりしてる。さすが商業都市なだけあって、いろんな国のいろんな服装のひとがいるから、誰もオレのことなんて気に留めなかった。
ちょっとざわっとしたのは、ブランカが可愛すぎるからだ。一緒に席に着いたオレを、男たちはうらやましそうに見てる。いいだろ、へへ。
「どうぞ、好きなだけ食べて。何がいいかしら?」
そう言ってメニューを見せてくれるけど、字が……読め……る? あれ? 読める。なんで。
この都合の良さは、やっぱり夢なんだろうか。ま、いいや。とりあえず唐揚げとかスープとか、無難そうなのを注文してみた。ウエイトレスのお姉さんはすごく愛想よかった。
料理はまあおいしいんだけど、なんていうか、食べにくい。だって目の前でブランカがにこにこほほ笑んでじっと見ているんだから。
そりゃ、人形なんだから食えないのはわかるけど、なんていうか、寂しい。
一緒においしいねとか言えたら、どんなに楽しいだろう。
「ハヤ、具合が悪い? さっきから、なんだか様子がおかしいわ」
「え、そんなことな……」
ブランカは手袋をはずし、オレの腕を掴んだ。ひやりとした感触、なのにオレは全身に火がついたみたいに熱くなって、もう息ができない。
「……ほら、脈が乱れてる。疲れたのかしら。それとも、あの大きな魔法のせい?」
「そそそそんなんじゃないよ! オレ、元気! ほらっ!」
何が「ほらっ!」だ、あわてて唐揚げをほお張って、思いっきりむせた。かっこ悪……
ブランカは驚いて水を注いでくれて、そしてちょこっとだけ楽しそうに笑った。
「ねえ、ブランカ。オレが食ってるの見てるだけって、退屈じゃない?」
「どうして? とても興味深いわ。ハヤは今まで会った人間の中で、一番よく表情が変わるもの。きっと、感情が豊かなのね。とても勉強になるわ」
そうだった。ブランカの旅の目的は、人間の心を得ることだ。もっと人間らしくなって、たくさん笑ってほしいな。
「ねえ、ブランカ。恋って知ってる?」
水だと思ったのはきっと酒だったんだ。そうじゃなきゃ、オレがこんな大胆なこと言えるはずがない。
「恋? ……異性に心を寄せること、で合ってるかしら?」
まるで辞書を暗記してるような、正確な答え。
「オレね、ブランカに恋してるんだ」
あ、またぱちぱちと瞬きしだした。いつもより回数が多いぞ。大丈夫かな。
「え……っと、ハヤが、私に、心を寄せている……の?」
どこにあるのと言わんばかりに、自分の周りを確認する。本当に見せてあげられたらなあ。
「あの、ハヤ? 私に心を寄せてくれても、私はあなたの子供を産めないのよ?」
オレは椅子ごとひっくり返った。隣の席の若いにいちゃんが、気の毒そうにオレを見てる。てか、聞いてんじゃねえよ!
「ちが、あの、ブランカ! そういうのじゃなくて。えっと、オレはブランカのそばにいたくて、もっとブランカのこと知りたくて、ブランカに楽しいって思ってほしいだけ。ああ、もう、びっくりした……」
今度こそ水だと確認して、一気に飲み干した。やばい、動揺しすぎて手が震えてる。汗は止まらないし、心臓は破裂しそうだし。
ブランカはまたぱちぱちと瞬きしてる。ぱちぱち、ぱちぱち……長い睫毛だなあ。
「ねえ、ハヤ。それなら私……私もあなたに恋してるのね」
オレの心臓は打ち上げ花火のように破裂した。