#29 人生、何が起こるかわからない!
新しい研究所の建設は、プレーナが言ってた秘密の工房をベースにして進められた。なんとこの工房、プレーナが自分で作ったんだって。
「ずっと研究所にいたもん。毎日見てたら覚えるよ」
けらけら笑っていうけど、まさかそんなに頭が良かったなんて。いや、ただ記憶が劣化しないだけなんだろうけど、なんていうか、キャラのイメージと違ってて。
プレーナが指揮をとり、ブランカが学びながら手伝ったおかげで、一ヶ月も経たないうちに完成した。
その間にオレはというと、王様がブランカの『心の器』を作るのを見ながら魔法の練習をしていた。全くできなかったけど。
「魔法酒を飲めば、少しずつ魔力が増えていくよ。大丈夫、これはもともと人間の飲み物なんだから」
そう言われても、二度も嫌な目にあったからやめておいた。間違ってブランカ達が飲んだら困るし。
いよいよ研究所と『心の器』が完成し、プレーナの情報の複製も無事に終わって、あとはこの情報からブランカの記憶だけを取り出してブランカに戻す……一番難しい作業だ。
「ハヤ……」
前日の夜遅く、ブランカはオレの部屋を訪ねてきた。
「どうしたの?」
「……不安で」
いちおう、今のブランカの記憶のバックアップはとっておくんだけど、どんな予測不能なことが起こるかわからないもんね。不安でも仕方ない。
「ねえ、ブランカって、夜はどうしてるの? 眠るの?」
「活動を停止して各機能を休めるから、人間でいう眠っているのと同じね」
「……意識はあるの?」
ブランカは静かにうなずいた。
あの王様が子供の頃に作られたらしいから、二十年は経っているだろう。その長い夜を、何を想って過ごしたんだろう。
「意識がなくなったのは、情報量が限界に達したとき……おそらく、三回か四回はあるわ。目覚めたときには、記憶が旅に出た朝の状態に戻っているのだけど、なんて言ったらいいのかしら、何かが欠落したような空白部分があって。それはきっと創造主を失った悲しみなんだろうと思っていたの」
オレの知らないブランカ。ブランカ自身も知らない。どんな思い出を抱えていたのかな。
「全部、戻ってきたらいいね」
「もしも……私が変わってしまっても、ハヤは側にいてくれる?」
「へ? もちろんだよ。なんだ、そんなこと心配してたのか。安心して、オレはブランカが大好きで、もう離れるなんて考えられない。ずっと側にいるよ」
運転ミスって谷底に落ちて、知らない世界に来ちゃって、本当なら困るはずなのに。ブランカがいてくれたからオレはここで生きていく希望を持てたんだ。
呑気に美少女とデートできるなんて浮かれていたのにね。魔物と戦ったり、王様と仲良くなったり、まるでゲームの主人公みたいに冒険してる。人生、何が起こるかわからない。
「今夜はオレも起きていようかな」
「ううん、ハヤはきちんと寝てちょうだい。起こしてごめんなさい」
ほほ笑んだブランカは穏やかで、きれいで、思わず抱きしめちゃった。オレの温度、わかる?
窓から差し込む優しい月の光に、ただ成功を祈った。