第四章 祝賀会の惨劇
すみません、更新忘れていました……。
数日間、伊織は八雲と泳いだり、S海岸や下田の名所をめぐったりして過ごした。下田港では漁船を眺め、道路を這っているかにを踏みそうになって飛びのいた。寝姿山では、汗だくになった体を風にさらしながら、伊豆七島から天城連山までを見渡した。伊豆最古と言われる白浜神社では、幹がうねうねと波打っている、前衛芸術めいたご神木の柏槙に目をみはった。
そして、八月五日――。多喜や女中たちは、朝から準備に大わらわであった。千里が柱や床を磨いたり、料理や皿を運んだりしている姿を、伊織は何度も目にした。せわしなく立ち働いている人々のそばで、のんびりしているのも心苦しいし、労働していたほうが気がまぎれてよかったのだが、手伝いを申し出ても断られるに決まっている。下手に動いて怪しまれても困るし、邪魔にならないようにという口実を作って、八雲と夏休みの宿題をしていた。勉強を教えたり、写生に付き合ったり、二人でなら憂鬱なはずの宿題も楽しい。おやつには、女中の一人が水ようかんを運んできてくれた。
夕方、邸内が招待客でにぎわってくると、
「ねえ、ちょっと玄関の様子を見に行かない?」
八雲が誘った。黒揚羽がいつ来るのか気になっていた伊織は、二つ返事で承諾する。
紋付き袴を身につけた、総一郎と同年代の老人から、両親に挟まれた、亜弓くらいの年頃の少女まで、客層は幅広い。一人一人、あるいは一家族ごとに、佐々木が招待状を確認している。
丸刈りで詰め襟服の少年が訪れると、八雲は楽しげに話しかけた。
「一段と黒くなったねえ」
「そりゃ、毎日練習してるからな。おまえも焼けたじゃないか」
「僕は毎日泳いでるから」
他愛ない会話を交わす二人の傍らで、伊織は招待客の流れを目で追っていた。と、とうとう目当ての人物に出くわす。彼女は装飾の少ない、清楚な白いワンピースに身を包み、華奢な銀縁眼鏡をかけ、髪の一部を空色のリボンでまとめていた。綿でも口に含んでいるのか、あのときより頬がふっくらとし、眼鏡のせいか目も小さく見える。化粧で演出しているのだろう、顔色も心持ち蒼い。勝気な印象はどこにもなく、代わりにいかにも神経衰弱の少女らしい、弱々しくはかなげな風情があった。注意を払っていなければ、黒揚羽だとはわからなかったかもしれない。
戸の向こうには、仏像を思わせる柔和な顔つきの、三十代後半と思しき男が控えていた。黒揚羽が振り向くと、
「それではお帰りの際に、また」
男は一歩退いておじぎした。代議士令嬢の運転手か世話係という設定だろうが、実際は黒揚羽の手下なのだろう。
黒揚羽は丁重に招待状を差し出し、
「雨宮薫と申します。本日は、お招きくださりありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、ようこそおいでくださいました」
佐々木はうやうやしく頭を下げ、あっさりと彼女を通す。
問題といえば、庭で遊んで戻ってこない子供たちがいたくらいで、祝賀会は定刻に開会した。
「このたびは、父、鈴倉総一郎の古希を祝って、かくも多数の方々にお集まりいただきまして、厚くお礼申し上げます……」
数馬がスピーチをする。
二間分の座敷を開け放した会場。いつもは一人一人に膳があてがわれるが、堅苦しくないようにという配慮だろう。今日は座卓で、大皿に盛った料理を取り分けるという形式だ。伊織の歓迎会のときと同じ、刺身の盛り合わせや天ぷらといった定番のほかに、舟盛りの伊勢えびや尾頭付きのたいのお造り、丸ゆでのたらばがに、焼いたほたて、さざえ、あわびなど、さらに豪勢な、慶事にふさわしい料理が並んでいる。
八雲の友人たちに紹介され、当たり障りのない程度に会話に加わりながら、伊織はそれとなく黒揚羽を観察していた。黒揚羽は真弓と歓談しており、時折亜弓もませた表情で口を挟んでいる。
「どうしたの?」
少し気を取られすぎたのか、八雲に不思議そうな顔をされてしまった。
「えーと……あの女の子、真弓さんの友達?」
伊織は単刀直入に訊いてみた。
「うん。どうして?」
八雲は無邪気に問い返す。
「いや、ちょっと……」
決まり悪そうに言葉を濁すと、八雲は伊織の思惑どおりに解釈してくれたらしい。それでも、この年頃の少年らしくもなく、冷やかしもせずただにこにこしているのが八雲らしかった。
「可愛い人だもんね。何でも、代議士の娘さんで、ちょっとした病気でこのあたりで養生してるんだって。慣れない土地で道に迷ってたところに、真弓が通りかかって道案内してあげたらしいよ。馬が合うみたいで、最近よく一緒に出かけてるんだ」
八雲の説明に、伊織はふんふんとうなずいてみせた。
宴もたけなわというころ、総一郎の様子に異変が起こり始めた。こくりこくりと船をこぎ、数馬や佐々木が呼びかけても、一瞬目を開けるだけで、すぐにまぶたを下ろしてしまう。
「変だな。お祖父さんお酒に強い人だし、いつもは絶対に飲み過ぎたりしないのに」
八雲が心配そうに首をかしげる。伊織はもしやと思って黒揚羽に目をやったが、その想像が当たっていればなおのこと、彼女が人目につくようなことをしているはずがない。ほかの人々と同じく、不安と戸惑いの視線をちらちらと総一郎に向けている。
不意に、総一郎はふらりと立ち上がろうとしたが、力尽きてくずおれてしまった。数馬と絹枝がにじり寄り、佐々木が駆け寄る。
座敷は水を打ったように静まり返り、一同はかたずを呑んで総一郎の様子を見守った。だが、主人の呼吸や脈を確かめていた佐々木が、
「おやすみになっていらっしゃるだけです。お話に興じられるあまり、珍しくお酒を過ごされたのでしょう」
と診断したので、誰もがほっと胸をなで下ろした。
「どこか静かなお部屋へお運びしましょう」
数馬が上半身を、佐々木が両足を支えて、総一郎を運び出していった。
数馬は間もなく戻ってきたが、佐々木は総一郎のそばで介抱しているとのことだった。酔いつぶれただけと聞いてはいても、主役を失った宴会は盛り下がらざるを得ない。八雲も何でもないようにふるまってはいたが、空元気なのは明らかで、時折気遣わしげに障子に目を走らせている。
そんな中、黒揚羽はうつむきがちになり、伊織が見るかぎりほとんど口を開かなくなった。真弓が心配そうに声をかけると、一瞬ためらいを見せたあと、口元を押さえて耳打ちする。真弓はさらに顔を曇らせ、ささやき返した。と、二人そろって席を立ち、兵馬の席へ赴く。真弓と兵馬、それから数馬が二言三言話し合った。そのまま二人は座敷を出ていき、やがて真弓だけが戻ってきた。おそらく黒揚羽は、「気分が悪いから少し休ませてくれ」とでも頼んだのだろう。
やはり黒揚羽が総一郎に一服盛り、その隙に暗号文を盗もうと計画しているのか――。だが、佐々木はどうするのだろう? 薬の効くのが遅かっただけで、彼も今頃、総一郎と枕を並べて眠りこけているのだろうか。
そろそろお開きというころになって、数馬も兵馬に何やら声をかけ、さりげなく座敷を出ていった。黒揚羽のことで頭がいっぱいで、伊織は大して気に留めずにいたが、十分、二十分と時が過ぎるとさすがに胸が騒ぎ始めた。ほかの人々も同様らしく、あからさまに騒いだりはしないものの、いぶかしげな空気が流れ始める。
放ってはおけないと判断したらしく、兵馬が立ち上がった。それを見て、座はひとまず落ち着きを取り戻す。
だが、人々の期待に反して、兵馬はひとりで戻ってきた。安達を呼んで何事か耳打ちしている。
「僕、ちょっと行ってくる」
八雲は二人に近づき、話しかけた。兵馬は二言三言答えただけのようだったが、八雲が引かないのを見て、しかたなさそうに言葉を交わす。
「何だって?」
戻ってきた八雲に、伊織が声をひそめて尋ねると、
「うん。父さん、どこにもいないんだって。お祖父さんの様子を見に行くって言ってたらしいんだけど……」
「佐々木さんは何て? 総……いや、お祖父さんに付き添ってるんだよね?」
「うん。おじさんも訊いてみたらしいけど、ちょっと顔を出しただけだって言ってたって……。多喜さんも、五分くらい前に寝室に行ってみたらしいんだけど、やっぱりいなかったって」
気がつけば、兵馬と安達の姿はなかった。座敷中の人々が、再び不安を顔ににじませている。
伊織たちが気が気でなく待っていると、あわただしい足音が近づいてきた。縁側に通じるほうの障子が、礼儀も忘れたように勢いよく開く。見れば、兵馬が顔を引きつらせ、肩で息をして立っていた。
「何があったの、おじさん!」
八雲が悲痛な声で、ほとんど叫ぶように問う。
「みなさん、落ち着いて聞いてください」
兵馬は、彼自身取り乱すのをこらえているような、押し殺した声で切り出した。
「実は……実は、兄が庭で……」
兵馬は言葉を濁したが、その先はたやすく想像できた。誰もが呆然と目をしばたたく。
「しかも、はなはだ言いにくいのですが、どうやら殺されているようで……」
人々のショックが倍増したのがわかる。非現実が現実となることに、そろそろ慣れつつあった伊織にも、殺人となると重みが違う。まして、被害者は仮にも伊織の父親なのだ。
「そんな……」
八雲が魂の抜けたようにつぶやいた。傍らの志摩子は息を呑み、手で口元を覆っている。
「今、佐々木が警察に連絡しています。遺体のそばには安達がついている。それから、空き部屋で休んでいるという薫さんの安否を確かめに行ったところ、彼女も姿を消していました」
薫の名を聞き、真弓がはっと息を呑む。
「嘘! ねえ、こんなの嘘でしょう?」
突然、八雲が立ち上がって兵馬に駆け寄った。日頃の彼に似合わぬ乱暴さで、兵馬を押しのけるように縁側へ出ようとしたが、腕をつかまれて阻まれてしまう。
「落ち着くんだ、八雲! 警察が来るまで現場をいじっちゃいけない」
兵馬は八雲の肩をつかんで言い聞かせた。八雲は糸の切れた操り人形のように、がくんと膝を折る。兵馬が抱きかかえ、ゆっくりと座らせた。立ち上がりかけた伊織だが、
「八雲……!」
志摩子が声を上げて先に駆け寄ってしまったので、気をもみながらもそろそろと腰を下ろした。
一同の顔は夜目にもわかるほど蒼ざめていった。もはや騒ぎ立てる余裕さえもないらしく、凍りついたように固まっているか、歯を鳴らして震えているかのどちらかだ。悲しみおびえる子供たちの嗚咽だけが、いやに大きく響く。八雲は涙も出ないらしく、死んだような目を虚空に据えていた。
やがて警察が到着した。数名は現場に向かい、残りの数名は事情聴取を始める。伊織にとっては人生二度目の、だがたった一月前に味わったばかりの経験だ。
警官と入れ替わりに安達が戻ってくると、尋問が始まった。座敷に残っている人々は一緒に、数馬の部屋で総一郎に付き添っている佐々木はそのあとで、給仕に飛び回っていた使用人たちは個別に、ということになる。総一郎は前後不覚に寝入っているので、目覚めるのを待つことになった。
「わたくし、下田警察署長の菅原と申します。このたびはとんだことで……。心からお悔やみ申し上げます。ああ、こちらは部下の新田でございます」
頭のはげかけた小太りの警官が、汗を拭き拭き名乗った。傍らの、二枚目だが目つきの悪い青年刑事が、
「新田です」
無愛想に頭を下げる。
この場にいる鈴倉一族の中で、もっとも立場が上である兵馬と、発見者だという安達が、代表でいきさつを語った。菅原はしきりにあいづちを打ちながら耳を傾け、新田はただ手帳に鉛筆を走らせる。
「なるほど。今のお話でよろしいですかな?」
菅原が座敷を見回すと、まだぼんやりしている八雲や何人かの子供たちを除いて、一同こくこくとうなずいた。
「わかりました。では、私は残りの方々と、使用人たちに話を聞いてきます」
言い残して、菅原は廊下へ出ていった。新田は見張りよろしく正座して、社交辞令の一つも口にしない。
人々の顔に、恐怖や悲嘆よりも疲労の色が濃くなったころ、菅原が興奮を隠さず踏み込んできた。
「みなさん、大変なことがわかりました」
菅原はえらの張った大きな顔を、酒に酔ったように赤くして、
「佐々木さんがおっしゃるには、数日前、総一郎さんのもとに黒揚羽の予告状が届いたそうです。祝賀会の日、家宝の鏡に隠された暗号文を頂戴すると……。世間の好奇の目にさらされるのを嫌って、総一郎さんが口止めしていらっしゃったらしい」
「黒揚羽? 暗号文?」
憔悴した人々の間にも、さすがに動揺が走った。
「ええ。鈴倉家に、家宝の手鏡があるという話は、みなさんご存じでしょうか? この鏡に、暗号文を記した紙片が隠されていることを、つい最近総一郎さんが発見なさったそうなのです。警戒の甲斐なく、まんまと盗まれてしまったそうですが……」
「家宝の手鏡の存在は、もちろん知っていますが」
兵馬は、伊織にちらと好ましからぬ視線を向けて、
「暗号文の件は、私でさえ初耳です。黒揚羽が盗むくらいですから、何か価値があるものなのでしょうか?」
さりげない口調だったが、今まで殺人という事態におののくばかりだった目が、貪婪な光を帯び始めている。
「さあ、それは佐々木さんもわからないと」
菅原は首をかしげる。納得したとは思えないが、兵馬はそれ以上は追及しなかった。
「総一郎さんが眠ってしまわれたのも、黒揚羽に睡眠薬を盛られたためかもしれません。残った飲食物と、使用された食器を調べさせましょう」
菅原は気負って言ったが、ふと声のトーンを落とし、
「黒揚羽の正体は女だといいます。もしかすると、いなくなった雨宮薫という少女が……。真弓さんのお友達だそうですが、長年のお付き合いではなく、近頃親しくなったばかりなのでしょう?」
「はい。で、でも……」
友人が怪盗かもしれないということがショックだったのか、自分がとがめられたと思ったのか、真弓は泣きはらした目に新しい涙をためた。
「あの子は代議士のお嬢さんで、身元がはっきりしています。しかも、十八歳とおっしゃっていて、実際そのくらいに見えました。黒揚羽にしては若すぎるでしょう」
兵馬が娘をかばうようにあとを引き取る。
「いえ、思い込みは禁物ですよ。身分を詐称するくらい、あの悪賢い女泥棒にはお手のものでしょうし、やつが成人した女性とも限りません。お友達を信じたい、真弓さんのお気持ちはわかりますが……。」
菅原は気の毒そうに眉根を寄せたが、
「家政婦の多喜さんによると、ほかにもまりという女中が姿を消しているそうなのです。この女中も黒揚羽の一味かもしれません。全力を挙げて二人の行方を捜索し、身元を徹底的に洗い出すつもりです」
再び力強い口調を取り戻す。
「それで、刑事さんは、数馬さんを殺したのは黒揚羽だとお考えなのですか?」
今度は、安達が半信半疑という表情で尋ねた。
「ええ。おそらく、黒揚羽はまりに命じて総一郎さんに薬を盛り、気分が悪いと偽ってひとりにしてもらい、鏡を盗もうという魂胆だったのでしょう。ところが、総一郎さんの書斎を出て、縁側から庭に下りるところを数馬さんに見とがめられ、あとを尾けられた。それに気づいたか、あるいは数馬さんが声をかけたかで、黒揚羽は駆け出した。いよいよ不審に思った数馬さんは追いかけて捕まえたが、もみ合いになったあげく殺されてしまった。数馬さんのお召し物には争ったような形跡があり、草履も片方脱げていましたから」
「ですが……あの怪盗は人を殺さないはずでは?」
どこか失望したような口調からして、安達は黒揚羽に好感を持っていたらしい。菅原は、「自分は泥棒を信用するほど甘くはない」という、自信とも優越感ともつかぬ感情を、ちらと目の奥にのぞかせ、
「世間ではそういう噂ですが、所詮は犯罪者です。追いつめられれば何をしでかすかわかりませんよ」
それこそ探偵小説に登場する、頭の堅い刑事のような台詞を吐いた。
「もう犯人は決まったも同然、あとは捕らえるだけです。ここにいらっしゃる方々にはアリバイもおありですし、招待客のみなさんはお帰りになってかまいませんよ」
菅原の言葉で、張りつめていた空気がようやくゆるんだ。ある者は志摩子や八雲を気にかけながら、ある者は恐縮しながらもほっとしたように、またある者は、黒揚羽の名に好奇心を刺激されたのか、いささか名残惜しそうに去っていく。屋敷の者だけが取り残され、座敷はがらんと寒々しくなった。
「君、見かけない顔だが、八雲君のお友達ではないのかね?」
伊織が腰を上げないのを見て、菅原が不審そうに尋ねた。
「え? あの……」
自分の立場を伝えるのに、伊織が気後れしていると、
「中野伊織君じゃないのか?」
どういう風の吹き回しか、横から新田が口を挟んだ。
「は、はい、そうです!」
今まで無口だった新田に話しかけられたのと、名を言い当てられたのとで、伊織はちょっと驚く。
「僕……そんなに有名になってしまっているんですか?」
「ああ。町じゃもっぱらの評判だよ。鈴倉家の跡取りと、昔の恋人との間にできた子供が帰ってきたって」
シニカルな口調ではあったが、「庶子」でも「落としだね」でもない、「昔の恋人との間にできた子供」というやわらかい言い回しに、伊織は自分への配慮を感じた。見かけによらず、根は優しい青年なのかもしれない。
「ああ、例の……」
対して菅原は、差別的な感情からか、伊織が鈴倉家をよく思ってはいないだろうという憶測からか、どこか冷ややかで疑わしげな目を向けた。伊織は内心むっとする。
「まあ、よろしい」
そんな伊織の胸中など露知らぬように、菅原は尊大にあごをしゃくってから、八雲と志摩子のほうに向き直った。
「では、みなさんにももう特に質問はございませんし、めいめいのお部屋ででもお休みになっていてください。我々は総一郎さんが目を覚まされるまで待機しております」
「わかりました。ではお言葉に甘えて」
志摩子は儀礼的に言うと、八雲を抱き起こすように立たせた。二人は寄り添いながら頼りなげに歩き出す。八雲に慰めの言葉一つかけられなかったこと、親しくなったつもりでもこういうときは無力だということに、伊織は一抹の淋しさを覚えながら、わざと少し遅れて席を立った。