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第75話:既存工程の高度化、隙のないシステムは芸術のようだ

 本館を出た俺たちは、石畳の中庭を歩きながらラテリスの案内を受けていた。


「時間帯別の混雑予測データに基づき、常に最適化された人数の鑑定士を配置しております」

「混雑予測に基づいた配置ですか。合理的なアプローチですね」

「はい。不要な人件費は、組織の効率を損なう要因となります」


 彼女の口から語られる言葉には、一切の淀みがなかった。

 だが、同時に『うちの支部の自慢は』といった類いの、組織の長としての熱や誇りといった感情が微塵も感じられない。

 まるで、精密に設計された工場の生産ラインの仕様書を読み上げられている気分だ。彼女にとって、部下の働きも処理件数も、全てはただのデータでしかないのだろうか。


 中庭を抜けた先に、本館よりも一回り小さな木造の建物があった。

 別館は、本館と同じ木組みの造りだが、蔦や植え込みといった装飾はなく、飾り気のない外観をしている。

 扉を開き、査定所のロビーへと足を踏み入れた。


 広い空間には、クエストで指定された素材を納品し、品質の鑑定を受けるための窓口が等間隔に並んでいる。

 『査定状況掲示板(ステータスボード)』もあった。かつて俺が構築した業務改善の仕組みが、こうして遠く離れた第7支部でも風景の一部として当たり前に運用されている。


 本館のロビーと同様、ここでも職員同士の雑談や笑い声は聞こえてこない。窓口の処理フローは滞りなく回っていたが、冒険者との会話は必要最低限の事務連絡に限られていた。


「あれで等級落ちなんだ……」


 不意に、隣の窓口から、戸惑いを含んだ声が漏れた。


「ジャイアントリザードの皮ですが、腹部に剣による貫通傷が確認できました。依頼主が求める製品としての完全性を損なっているため、規格に基づき『B等級』とし、報酬を減額して査定いたします」


 執事服を着た職員は淡々と告げた。

 冒険者は特に食い下がることはなく、提示された明細を受け取っていた。

 この第7支部が管轄するダンジョンは比較的危険度が低く、採取クエストがメインとなるため、所属しているのはEランクからFランクの初級者層が多いとのことだ。


 ラテリスの案内で、窓口の奥にあるバックヤードへと通された。

 壁1枚を隔てた向こう側は、鑑定士たちの作業領域だった。

 採光用の高窓から差し込む柔らかな光の下、等間隔に配置された作業机が整然と並んでいる。鑑定用の器具や参照資料が几帳面に揃えられ、壁際の棚には査定済みの素材が種別ごとに仕分けされていた。

 数名の鑑定士が、それぞれの作業机に向かって黙々と手を動かしており、窓口と同様、会話はほとんどない。作業音と羽ペンが紙を走る音だけが、規則正しく部屋を満たしている。


 作業机の一つに近づくと、俺が第9支部で作成した『査定チェックリスト』のフォーマットが置かれていた。

 俺が設計したチェックリストは『レ点』を入れるだけのシンプルな形式だったが、ここでは品質に対してABCの等級が設けられているようだった。属人化を防ぎ、査定のベースラインを揃えるために導入したツールが、ここではさらに細分化され、厳格なマニュアルとして徹底されているらしい。


 その机の上に広げられていたのは、ジャイアントリザードと呼ばれる大型爬虫類の魔物の皮だった。艶やかな深緑色の鱗がびっしりと並び、素人目にも上質な素材であることが分かるが、腹部の中央あたりに、剣を突き立てたような刺し傷が一つだけあった。


 窓口の職員は『B等級』だと言っていた。

 ジャイアントリザードのような巨体で硬い鱗を持つ魔物を倒すには、首を切り落としでもしない限りは、どうしても鱗の薄い腹部などの急所に致命傷となる一太刀を入れる必要があるように思える。命がけの戦闘で倒す以上、この程度の傷がつくのは避けられないのではないだろうか。いわゆる、現場のリアルだ。


「素材の品質が等級分けされているようですが、基準が厳格なのではありませんか?」


 俺は後ろに立つラテリスに、あえてストレートに疑問をぶつけてみた。

 彼女は俺の問いに対して、瞬き一つせずに即答した。


「品質を保証できないものを依頼主に納品して市場に流通させることは、ギルドの信用問題に直結いたします」

「確かに品質管理は重要ですが、戦闘で避けられない傷まで減額の対象にしていれば、冒険者の実入りは下がりませんか?」


 組織の監査官として、当然突くべきビジネス上のリスクだ。

 だが、ラテリスは表情一つ変えずに、俺の懸念を先回りして口にした。


「仰る通り、基準を厳格化した最初のひと月は、納品される素材の総量が一時的に減少しました。ですが、当支部が『品質を担保した素材しか流通させない』という実績を作った結果、高品質な素材を求める業者からのクエスト報酬額が、以前よりも引き上げられております」


 彼女の金色の瞳が、冷たく理知的な光を放った。


「一時的な供給の減少や現場の不満は、想定の範囲内でございます。例外を認めず基準を厳守させることが、当支部の査定に対する信頼を確立させ、最終的な利益の最大化に繋がります。事実、現在の当支部の総利益は、以前の緩い基準の時を明確に上回っております」


 ラテリスの説明(ロジック)は、一分の隙もなく筋が通っていた。

 俺が想定した『現場の不満から生じる供給減のリスク』すら、彼女は『厳格な査定による信頼の確立』と『クエスト報酬額の上昇に伴う手数料収入の増加』という経営的な見地で完全に相殺し、すでに結果を出していたのだ。

 22歳という年齢で、ここまで精緻な経営判断を組み立てられる人間はそういない。彼女の能力は、率直に認めざるを得なかった。


 隣のヴェリサを見ると、彼女は鑑定士の作業を鋭い目つきで観察していた。今朝の萎縮した様子は完全に消え去ったようだった。


---


 査定所の視察を終えた俺たちは、用意されていた馬車に乗り込み、本館から少し離れた場所にある倉庫棟へと向かった。


 車窓からは、第7区の豊かな街並みが見える。太陽が高く昇るにつれ、街路樹の緑はより一層濃さを増し、風に揺れる葉のきらめきが目に鮮やかだった。

 だが、外の長閑な風景とは裏腹に、馬車の中は事務的な空気が流れていた。

 向かいの席に座るラテリスは、馬車の揺れに身を任せることもなく、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま倉庫の管理体制について説明を続けている。


「倉庫内の在庫は、独自の識別番号によって一元管理しております。各素材の保管日数を日ごとに算出し、基準値を超えたものは近隣の区へ優先的に移送する流れを確立させました」

「在庫の滞留を防ぎ、回転率を上げているわけですね」

「はい。これにより、倉庫の在庫の入れ替わりは早まっております」


 俺からの質問にも、必要な情報が過不足なく即座に提示されていく。

 数字に一切の隙がない。ラテリスの頭の中には、この支部の全てのデータが格納されているのだろう。人間というより、美しい容姿を与えられた歩くデータベースだ。

 馬車内の空気は徹頭徹尾、事務的だった。彼女との会話は業務の範囲を1ミリも出ることはなく、ヴェリサもただ静かにその説明に耳を傾けていた。


 やがて馬車が到着したのは、本館や別館よりもひと回り大きな木造の建物だった。素材の保管と出荷を担う、第7支部の物流拠点だ。

 重い引き戸を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。天井が高く、広大な空間には天井近くまで届く頑丈な木製の棚が何列も並び、木箱や麻袋が整理整頓されている。


 棚の並びを少し見渡して、俺は目を細めた。

 木箱や棚の側面には、赤や青といった塗料が塗られている。俺がかつて、文字の苦手な作業員でも直感的に判別できるようにと導入した『カラーシステム』だ。

 だが、棚の配置自体がどうにも不自然だった。同系統の色や、同じ種類の素材が必ずしも一箇所にまとまっているわけではないのだ。


「素材の種類や色ごとではなく、かなり偏った配置をされているようですね」


 俺の疑問に、ラテリスは歩みを止めずに答えた。


「あの色分けは、直感的な判別において非常に優秀な仕組みでした。ですが、それだけでは検索性に限界があります。そのため、すべての棚と木箱に独自の識別番号を割り振り、帳簿上のデータと完全に紐付けました」

「なるほど。馬車の中で仰っていた、在庫の一元管理ですね。では、この配置は?」

「作業動線の最適化です。過去の出庫データに基づき、頻繁に出し入れされる需要の高い素材ほど入り口付近の棚に固め、長期保管となる素材は奥へと移してあります」


 彼女の口から語られたのは、計算された物流のロジックだった。

 出庫頻度に応じた配置の最適化。それは『ABC分析』を用いたロケーション管理そのものだ。巨大な物流センターで採用されているようなノウハウに、彼女はこの異世界で、自らの合理性だけで辿り着いたというのだろうか。

 俺が構築した色分けというアナログな土台を見事に吸収し、本格的な物流倉庫へと進化させている。これには、素直に感心するしかなかった。


 その機能美に圧倒されながら棚の間を進んでいくと、頭上の薄暗い空間で何かが動く気配がした。

 見上げると、小柄な人影が棚から棚へと、まるで重力を無視したかのようなアクロバティックな動きで飛び移っているところだった。

 その影は木箱を抱えたまま、空中で身を捻り、俺たちの数メートル前の床に音もなく着地した。


「あっ、ラテリス様。お客様ですか?」


 着地の勢いでふわりと揺れたのは、本館でも見たメイド服のスカートだった。

 そして、彼女の艷やかな髪から突き出ているのは、紛れもない、ピンと張った『猫耳』──。


「……猫耳メイド、だと?」


 思わず声が出てしまった。

 この異世界に来て以来、俺を落胆させていた事実の一つは『この世界に猫という動物が存在しない』ことだった。

 だが、猫に似た特徴を持つキャット族という獣人は存在する。その事実に、俺はずっと複雑な感情を抱き続けてきた。

 そして今、目の前にいるのは、猫耳を備えた獣人の女性であり、あろうことかメイド服まで着ている。俺の世界のサブカルチャーから飛び出してきたような存在が、第7支部の倉庫で働いているのだ。


 待て、落ち着け。相手はれっきとしたギルドの職員だ。安易にその耳を撫でようとすれば、コンプライアンス的に重大なセクシュアルハラスメント事案として認定される危険性がある。獣人に対する偏見やステレオタイプな視線は、最も排除すべきノイズだ。


「倉庫担当のセリウです」


 ポーカーフェイスを死守していると、ラテリスが短く紹介してくれた。

 セリウと呼ばれた女性は、20歳前後の年頃に見えた。小柄ながらも均整の取れた体躯で、栗色のロングヘアをツインテールにまとめており、猫耳が好奇心を示すかのようにぴょこんと立っている。メイド服のスカートの裾からは、髪と同じ栗色のふさふさとした長い尻尾が覗いていた。

 そしてその顔に浮かんでいるのは、これまでの第7支部の職員たちには見られなかった、明るく人懐っこい笑顔だった。


「はーい、セリウです! 視察の方ですよね、お疲れ様です!」


 彼女の頭の上の猫耳が、言葉に合わせてリズミカルに動いている。

 堅すぎない、親しみのある敬語だ。彼女はこの第7支部の中で、数少ない『人の温度』を持っている存在に見えた。


 俺が倉庫内を見回っている間も、セリウは作業を続けていた。

 獣人である彼女は、小柄な体格からは想像もつかないほどの身体能力を発揮しており、木箱を片手で軽々と持ち上げては棚の足場を蹴って跳躍している。


「よし、オッケーニャ」


 不意に、棚の上からそんな言葉が降ってきたのだが──。


 今、ニャって言ったよな?

 幻聴ではない。確かに聞こえた。狙ったあざとさではなく、作業の完了を自分自身で確認するための、極めて自然な語尾の処理としての『ニャ』だった。

 俺の内に燻っていた『猫への渇望』が一気に膨れ上がったが、我慢だ。


 今度は、棚から飛び降りたセリウが自分の手の甲をぺろりと舐めた。

 それはまさに、猫が毛づくろいをするような仕草じゃないか。

 俺の理性を司る機能がエラーを吐き出しそうになったが、彼女が動物ではなく人であることを説得材料にして、歯を食いしばることで何とか耐えることができた。


 ……尻尾を触るぐらいなら許されるだろうか。


---


 倉庫の視察を終えて、馬車が本館前に着いた頃には、日が傾き始めていた。


 ラテリスは背筋を伸ばしたまま、こちらに向き直った。


「本日のご案内は以上となります。何かお気づきの点はございましたか?」


 その金色の瞳には、「あなたが指摘できるような不備はない」という確信が宿っているかのようだった。


「いえ。引き続き、明日も見させていただきます」

「承知いたしました。明日もよろしくお願いいたします」


 それ以上の言葉を交わすことなく、ラテリスは馬車から降りると本館の中へと戻っていった。


 彼女が提示したデータの数字に綻びはない。

 『警告色視』を使っても、不正は見つからなかった。品質保証による単価の引き上げに、動線を計算したロケーション管理。彼女は数字で判断を行い、無駄を排除して、確かな結果を出している。

 横展開された業務改善を土台にしながら、さらに高度なロジックへと昇華させていた。

 

 隙のない数字に裏打ちされた組織を目の当たりにすると、あの寡黙なロビーすらも、精巧に設計された芸術作品のように見えてくるから不思議なものだ。

 ラテリスは、俺以上の合理性を持った人物なのかもしれないな。


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