第8話 影神団の妖姫④
その晩、招待された天神のライブハウスで総帥と共に夕星城のパフォーマンスを堪能した武彦は舞台と客席の異様な熱気と一体感、そして何よりも聴衆の夕姫(亜美紗)への崇拝に近い熱狂に強い感銘を受けた。
なお、五人編成のバンドにおいて北崎は霊壱を名乗りベースを、犀原はリーノ(犀の英語名)としてドラムを担当し、ギターは亜美紗の元恋人と噂される沖縄出身のkazuこと上原一矢が、そして音楽マニアの景之をも唸らせた超絶技巧のキーボードは腰まで届く紫色のロングヘアが印象的な巳琴(広野由紀子)によって奏でられていた。
そもそも性別も思想も異なるが、決別した帯刀匡三郎と同じく、常人とは明らかに異なる過剰なカリスマ性を帯びた人物を目の当たりにして、改めてその魅力と危険性を再認識したといってよい。
後で知ったことだが、これは亜美紗らの影神団参入を隠蔽するために案出された1年間の海外留学(当然行先はファンにも伏せられている)直前のラスト公演であり、それであればあの信者たちの号泣を伴う凄まじい熱狂も合点がいくというものだが、忝けなくも誘われた打ち上げもむろん(部外者たることに恐れをなして?)辞退して、景之と共に夜の街を彷徨いながら武彦は熱した脳内でこの点について反芻していた。
『帯刀と亜美紗嬢の共通点──それは自己信条化された美学を他者に伝染させられるだけの、容姿を含む肉体的能力を備えている点だ。
しかしこれほどの熱い讃美を我がものとしながら、彼女の心が些かも満たされていないことは昼間の話からも、そしてステージ上の所作からもひしひしと伝わってきた……。
つまり、亜美紗は渾身のパフォーマンスが単なる娯楽として消費されている事実に心底憤り、崇拝者たちに命懸けの戦いに身を投じ、本物の血を流すことを望んでいるのだッ!そして、それを成し得る者だけが自分を愛する資格があるのだと無言で呼びかけているッ!!』
影神団総帥が予約しておいてくれたモツ鍋屋に彼に従いて入店しながら、武彦は胸中で断言した──『そして、オレにはその覚悟があるッ!そして天の、いや闘主の導きによって邂逅したということは、この紺堂武彦こそが彼女が真に求めている“運命の牡”であるに違いないのだッ!!
今この時は万象の奥底に深く秘められていようとも、その厳然たる事実はいずれ明らかとなるだろうッッ!!!』
この灼熱の決意を知ってか知らずか、入団後初となる主従水入らずの食事を楽しみながら阿津間景之は早速新遠征長を奮い立たせる提案を持ちかけてきた。
それによれば、武彦自身も闘主が発生させた【時空転移波動】によって初めて闘幻境に足を踏み入れた際、真っ先に身を寄せた全異空遠征軍が共同で使用する【超空大母艦】へ亜美紗を筆頭とする“第一候補生”のダークネスリングメンバー六人を伴って赴き、入念な基礎訓練を指導してやってほしいというのだ。
「むろん私も同行するが、彼らの並々ならぬ覚悟と端倪すべからざる準備を鑑みるに基礎訓練に関する限り脱落者は出ないはずだ──だがくれぐれも拙速は禁物だぞ……その後、2週間ほど実際にシャドーロックに搭乗して実戦感覚を掴んでもらう予定だが、実に2カ月半もの遠征延長を強いられる鳳凰陣には迷惑な話だろうにさすがは帯刀君だ、盟友の昇格と新チーム旗揚げを心から祝福し、喜んでこの緊急措置を受け容れてくれたよ……」
「そうですか、ありがたいことです……」と神妙に応じつつも、本心は全く逆でただただ迷惑なだけであった──というのも、最悪の別れ方をした鳳凰陣の連中と再び顔を合わせる気の重さに加え、亜美紗という“世界の中心”を得た以上、たとえ味方だろうとも、闘幻境に関わる男という男は全て潜在的な敵となったからである!
そしてそれは、ある意味最大の脅威といえる眼前の影神団総帥すら例外ではなかった!
『万一、亜美紗さんが総帥に想いを寄せるようなことになれば(杞憂であると信じたいが、彼女の視線や言葉の端々から少なくとも好意を抱いていることだけは如実に伝わってくる)……いずれはこの人と矛を交えることになるやもしれん……!』
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1週間後、景之が借りている一時滞在者用のワンルームに文字通り身一つで集結した(戦闘服や通信用デバイス等のライフアイテムは現地で支給されるという)ダークネスリング勢はそこで初めて闘主と相見えたのであるが、景之はあえて金色の燐光に包まれた球体がその正体であることを明かさなかった──というのも、現在の堂々たるサイズとは異なり4年前のそれは僅か30センチ超の直径しか有しておらず、これを軍団のマジカルアイテム以上のモノとして認識させることにはムリがあったからである……。
参加したのは亜美紗を筆頭に北崎、犀原は順当として、最終公演の会場整理を担当していた北崎と並ぶ長身にして横幅では遥かに凌駕するDR随一の巨漢で実戦空手黒帯の松島朋徳(パイン)、ミリタリーマニアの元自衛隊員・吉岡 保(ウルフ)、そして現役バックパッカーで数々の武勇伝を有する三浦雄蔵という面々であった。
『元カレのギター野郎をメンバーに加えなかったことに彼女の本気と覚悟がビンビン伝わってくる……最高だぜ。
とはいえ後の連中も親衛隊気取りであろうことは間違いねえし、そもそも総帥が同行する本遠征じゃさすがのオレ様も告白はおあずけだろうが、それなりのキッカケは掴んどかねえとな……!
かくなる上は、史上かつてない大暴れやらかしてドーンと最強者アピールでもカマしてやるか……』
遠征軍の〈出陣タイム〉である午前零時のおよそ15分前に総帥から促されて靴を履いたままミステリアスな球体を中心に車座となった一同は、互いに手を握り合って〈出立〉に必要な意識集中のボルテージを高めるための最終段階に入る。
およそ7〜8分が過ぎた頃だろうか、まるで彼らの想いに応えるかのように闘主がふわりと1メートルほど浮き上がり、光度を高めながら緩やかに回転を始める。
されど事前に総帥から情報を得ていた亜美紗らはこの超常現象を前にしても些かも驚かず、いよいよ目前に迫った転移への期待から集中力は更に高まってゆく……。
「遠征を重ねるに従ってこの時間は短縮されますが、記念すべき第1弾においては当然それなりの時間を要します──とはいえ過剰な緊張は必要ありません……要は配布したマニュアルに従い、深い腹式呼吸によってリラックスし、中心の〈転移装置〉が発する波動に意識を溶け込ませることのみを意識すればよいのですから……さあご覧なさい、球体の回転がますます加速し、それにつれて光の渦もぐんぐん外側へ広がってきたでしょう──やがて我々を包み込んで心地よい眠りへと誘うと、労せずして闘幻境へと送り届けてくれるのです……さてここで皆さんはいきなり戦場の真っ只中に放り込まれるのではないかと懸念されておられるかもしれませんが、これもマニュアルに記しておいた通り絶対にそういうことは起こり得ません──何故ならばあなた方は闘主にとって宝に等しい存在であるゆえに、到着地は異空遠征軍の“真の拠点”ともいうべき超空大母艦の内部なのですからね……!」
こう言い終えた瞬間、阿津間景之は右隣の久堂亜美紗が絡めた手指により強い力を込めてきたことに思わず微笑んだが、左横の新遠征隊長に気兼ねしてかそちらに顔を向けることはなかった。
されど神々しいまでの光の奔流に呑み込まれる寸前、彼は紺堂武彦が燃えるような殺意の視線を突き刺してきたことを完全に把握していたのである……。




