表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三章 藤原清衡編

奥州藤原氏初代・藤原清衡。


天喜4年(1056年)、藤原清衡は、前九年の役のさなかに生を受けた。父は安倍氏に与した豪族・藤原経清、母は安倍頼時の娘・一乃末陪いちのまえ。清衡は、蝦夷の誇りと貴族の血を併せ持つ存在だった。


しかし、康平5年(1062年)、前九年の役が終結すると、父・経清は源頼義によって処刑され、母は敵方である清原武貞に再嫁。清衡は清原姓を名乗ることとなる。彼の人生は、誕生の瞬間からすでに「戦乱の子」として刻まれていた。


清衡の継兄・清原真衡は、清原氏の惣領として出羽と奥六郡を支配していた。嫡男が生まれず、桓武平氏の青年・成衡を養子に迎え、さらに源頼義の娘を妻に迎えることで、平氏・源氏との縁戚関係を築いた。


しかし、真衡の叔父・吉彦秀武が婚礼の場で無礼を受けたことから、土産の砂金を庭にばら撒いて退出。清原氏内部に亀裂が走る。秀武は怒り、清衡と異父弟・家衡を味方につけて真衡に反旗を翻す。


真衡は出羽へ出撃するが、途中で急死。その死には源義家による謀殺説が囁かれた。真衡が平家源氏との縁戚を強め、清原氏を中央貴族に近づけようとする姿勢は、義家にとって脅威だった。さらに、義家の意向を無視して軍事行動を起こした真衡を、義家は奥州支配の障害と見なし、密かに排除したのではないか――それが謀殺説の根拠である。


真衡の死後、源義家は奥六郡を清衡と家衡に分割。清衡には和賀・江刺・胆沢、家衡には岩手・紫波・稗貫が与えられたとされる。

一方、真衡が支配していた出羽の地は、清衡・家衡のいずれにも与えられず、朝廷の直轄地として再編された。これは、義家が奥州の内紛を抑えるため、出羽を中立地帯として確保し、軍政的な緩衝地帯とする意図があったとも言われている。


しかし、家衡は「我こそ清原の正統な後継者」としてこの裁定に不満を抱き、応徳3年(1086年)、清衡の館を襲撃。清衡の妻子・一族は皆殺しにされた。


清衡は命からがら逃れ、源義家のもとへ駆け込む。義家は激怒し、清衡と共に家衡討伐に乗り出すが、初戦では敗北。家衡は武貞の弟・武衡と合流し、金沢柵に籠城する。


寛治元年(1087年)、清衡・義家連合軍は金沢柵を包囲。飢餓に苦しむ女子供が投降するも、義家はこれを皆殺しにし、投降は途絶える。やがて食糧が尽き、家衡は城に火を放ち逃亡を図るが、討ち取られた。


この戦いを朝廷は「私戦」とみなし、源義家には恩賞も戦費の支払いも与えられなかった。義家は官職を解かれ、年貢の未納分を10年間請求され続けた。


この冷遇の裏には、清衡の巧妙な政治工作があったとされる。清衡は戦後すぐに藤原姓に復帰し、奥六郡を掌握。京都の藤原摂関家に馬や砂金を献上し、中央との関係を築いていく。


清衡にとって、義家が「公戦」として認められることは不都合だった。義家が恩賞を得れば、奥州の支配権を源氏に握られる可能性があったからだ。そこで清衡は、後三年の役を「清原氏内部の私闘」として位置づけるよう朝廷に働きかけたと考えられている。


結果として、義家は冷遇され、清衡は源氏の影響力を排除し、自らが奥州の支配者として立つことができた。戦争だけでなく、政治においても清衡は勝利したのである。


清衡は、戦乱で失われた命の鎮魂と、争いのない世界を願い、平泉に中尊寺を建立を祈念する。このとき、清衡は三十代半ば。戦の果てに立ち、彼は祈りの都を築こうとしていた。


そして、中尊寺落慶供養、大治元年(1126年)。このとき清衡は71歳であった。


中尊寺の象徴ともいえる金色堂は、清衡の思想と願いが凝縮された空間である。堂内の仏像配置は、他に類を見ない独特な構成を持つ。


• 中央には阿弥陀如来。

• 向かって左側に勢至菩薩、右側に観音菩薩。

• 手前左側に増長天(南方守護)、右側に持国天(東方守護)。

• 周囲を六体の地蔵菩薩が囲む。


この配置は、単なる宗教的様式ではない。四天王のうち、なぜ南方の増長天と東方の持国天のみが選ばれたのか――それは、奥州から見て、南にある朝廷平氏、東にある源氏の勢力からこの地を守りたいという清衡の切なる願いの表れである。


彼の祈りは、ただの供養ではない。蝦夷と呼ばれ、蔑まれた者たちの魂を、等しく浄土へ導くための深い願いだった。


藤原清衡の中尊寺願文


二階建て鐘楼一棟。

鐘楼に二十鈞(約360Kg)の大鐘一口を吊り下げます。

この鐘の音は、あらゆる世界に響きわたり、誰にでも平等に、苦悩を去って、安楽を与えてくれます。

攻めてきた都の軍勢も、蝦夷とさげすまれて攻められたこの地の人びとも、戦いに倒れた人は昔から今まで、どのくらいいたでしょうか。

いや、人間だけではありません。

動物、鳥、魚、貝も、このみちのくの国にあっては、生活のため、都への貢物のために、数えきれない命が今も犠牲になっています。

その魂はみな次の世界に旅立っていきましたが、朽ちた骨は今なおこの地の塵となって、恨みを残しています。

鐘の音が大地を響かせ動かすたびに、心ならずも命を落とした霊魂を浄土へと導いてくれますように。


この願文に込められた思いは、単なる供養を超えている。

それは、戦に倒れた者だけでなく、都への貢物のために犠牲となった動物や魚、貝にまで及ぶ。

清衡は、みちのくの地に積もった無数の命の塵に向き合い、その魂を浄土へと導こうとした。


藤原清衡は、一人北天の星々を見上げる。

その瞳には、戦で失われた者たちの姿が映っていた。

彼は願う――この鐘の音が、すべての魂に届きますように。

争いのない世界が、いつかこの地に訪れますように。


そして、星々は静かに瞬いていた。

それは、阿弖流為あてるいの祈りが、一乃末陪いちのまえの祈りが、清衡の手によって再び天へと昇った瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ