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8:改変された回帰 下



「これも、これも…腑抜けた連中ばかりだ。」



煙が各所で焚きあがる"魔鉱石"を操る国家。夜の帳が下っていく中でも関係なく、人々の生活音や、工業、鍛冶の鉛を打ち込む音などが鳴り響く。

ある者は、魔鉱石を用いて戦闘を行い、またある者は、魔鉱石を生活の必需品として使ったり…。

"魔力"の分野において、圧倒的な技術力を蓄えた国…それこそが帝王の統べる"マイカス帝国"である。



「ふむ…くだらんな。この程度で勇者を囲おうなんぞ、甚だしい。忌まわしい国よ。

かの国の処遇は今後考えねばならぬ。次!」



「はっ、アグル帝王。こちらが最後の書類です。」



"マイカス帝国"皇帝兼、現帝王"アグル・マイカス帝王"は、書類の山を迅速かつ丁寧に対応していく。



「これも…却下だな。あの商談は将来性が無い。こちらの不利益になる前に切れ。」



「はっ、直ちに。」



万を超える帝国民を引き連れる彼は、外部から独裁国家、支配国家など言われていてもおかしくない行動力と、決断力も兼ね備えている。

細かい作業や帝国の方針など国に関わる決断は、全て一人で行う絶対主義者でもある。



彼の右腕であり、責務を確実にこなす存在"クレマリオス・カルシ"は、日々大量に処理された帝王からの指示を基に、

今日も仕事を迅速かつ完ぺきにこなし続けている。


……ただ、そんな彼でも目の前の仕事の速さに困惑している。

まだ初めて少ししか経っていないのに、山ほどあった書類の最期の1枚まで見切っている。

その姿を見て、帝王の能力値の高さに、静かに敬意と称賛を送る



「…アグル帝王、商談を取り消しました。関わった商人たちはいかがいたしますか?」



「あぁ、追放では機密事項に引っかかる。処分しておけ。」



処分という言葉を察していたかのように、クレマリオスは右耳に2回、左手で触り、右手で左耳を触る。



「……完了しました。魔鉱石の製造方法を知った商人7名、無事処分しました。」



クレマリオスの冷たい視線が、帝王の部屋にある窓を見つめる。




「ふっ、いつもどのような手段で作業を行っているかわからんが、仕事が早くて助かる。

して、クレマリオスよ。次の指令を言い渡す。急ぎ、アクアパレッサ王国に向かえ。

かの国が勇者譲渡による契約を渋っている。原因はわかりきっているが、念のため確認しに行け。

食料、交易品…他に隠している情報がないか、探ってこい。」



「もったいなきお言葉。

えぇ、このまま向かいます。

恐らく往復含めても4日かかってしまうと思われますが、問題ないでしょうか?」



「問題ない。大きい契約だ、確実に物にしたい。

それに、今回の一件は頭の固いハスティ王女とて、見過ごせない。"深淵なるもの"が侵攻を進めているのだからな。」



"深淵なるもの"という単語を聞き、クレマリオスは生唾を飲んだ。

何を隠そう、"深淵なるもの"は非常に危険な存在で、1個体だけで国を亡ぼせる力を持つ魔物の1種である。

"深淵なるもの"が近づいているという情報は、ハスティ王女にも届いているはずだ。

防衛魔法も永遠ではないことは明白。有人ありきの防衛手段で、対抗できるほど"深淵なるもの"甘くない。




「わかりました。では、経過報告は1日おきにご連絡します。」



「あぁそれで問題ない。

何か契約に結び付かない理由があるはずだ。絶対に探ってこい。」



クレマリオスは深々と一礼すると、帝王が執務を行う執務室から静かに退室した。

ドアを閉める微かな音ですら、部屋に鳴り響く。

執務室では音という音が存在しないといわれるほど、緊張という静寂に包まれる。

帝王が執務を行う…という行為そのものが行われる場所、ということもあるが、アグル帝王の存在感も原因の一つ。


並みの子供では泣き出したくなる強面と、鍛え上げられ肥大化した筋肉、ぎょろっとした瞳といった威圧感を感じる風貌は、

結果として周囲を黙らせる、トップとしての器を体現しているかの様である。



執務室で書類を処理し終えると、アグル帝王は、静かに執務室を後にする。



(帝国で抱える問題は山積み…。一番の問題はいまだ未解決のままであるか…。)



執務室から持ってきた1枚の黒い紙。

白い文字で『勇者召喚の経過報告について』と書かれた紙を見ながら、目的地へと歩みを進める。


(勇者を商品…兵器化するのは我が裁量で決めたこと。今更慈悲などはないが…。女性だけに絞られている現状、多少だが心が痛む。)


勇者には、我が国が技術の限りを尽くした"魔鉱石"を投与させ、身体能力、魔力ともに人を超えた存在にしている。

人の命とはいえ、別の世界の人間だ。"魔鉱石"と適応せず、命を落としたものも少なくはない。

多少消耗しようが、また別の世界から呼び出せばいい。


(この国が今後も生きていくための犠牲だ。何も問題ない。)



暫く歩くこと数分。アグル帝王は目的地に着くと、黒い紙を懐にしまった。

この先には新しく別世界から呼ばれた勇者候補がいる。

ここ連続、適応せず禁断症状を起こし、絶命する事態が多い。



「今回はどうか。久々に見ものだ。」



目的地の部屋の扉をそのまま開ける。

白い壁と白い床の中央に、天井と床から鎖でつながれている女性が目に入った。



(あれが今回の勇者候補か…。暴れた形跡はないな。指示に従ってつかまっているような状態だ。)



「これはこれは、アグル帝王。首を長くしてお待ちしておりました。

今回はなかなかの上ものですよ。精神性、身体性共にへい…"勇者"になりえる素質があります。」



針のような獲物が付いた容器を持ちながら、話しかけてきたこの女。

"魔鉱石"研究の第一人者、マグナ・モノペディ。こいつとは、古くからの付き合いであり、唯一気心知れる存在でもある。

帝国ができるずっと前にアグル帝王より前の帝王が、壊滅した国で見つけた人間だ。



「ふん、そういって前回は失敗して頭部が破裂しただろう。まさか、忘れたわけではあるまいな?」



帝王の言葉を聞いたマグナは、誤魔化すかのように目線だけアグル帝王から逸らす。

非情にわかりやすいやつだが、だからこそ信用に値する。

もともと彼女が鉱石に魔力を込めるという発想を始めて実行した。

反射魔法を半永久的に持続するように鉱石に込めた後、閉じ込めたい魔法や能力をもった人間から血液を採取し、鉱石に入れ込んだものが"魔鉱石"と呼ばれる。




「わ、忘れていませんよ~?固いこと言わないでくださいよぉ…。

ま、今回はマジのマジで大丈夫ですよ。"魔鉱石"の副作用に問題なく耐えられるかと。ささ、いつもの問答と投与…やってしまいましょ。」



反射魔法で半永久的に閉じ込める…ということは、能力を持った血液も常に反発している。

反発している血液を投与して適応するかの実験を行っている為、マグナがいう"副作用"とは、人体の血管が耐えられず爆発するということ。



「ならばよろしい。お前の言葉は帝王を前にしても変わらない。昔馴染みだから許しているが、立場をそろそろ考えろ。


……ほう、なかなかのいい女だ。耐えられそうな雰囲気は感じる。」



目つきは鋭く、黄色い髪の毛、碧眼…。

この国にはない容姿が静かにこちらをにらみ続けている。

今の会話も聞かれていただろう。それでも静かに殺意だけ向けているあたり…。



「貴様、元々軍人か?それとも何か諜報活動でもしていたか?」



「…。答える義理はない。」



「ふん、その度量は認めよう。だが、この国で生きるしかないお前に、その返答は悪手だ。」



帝王は発言の後、間髪入れずに腹部に重い一撃…拳を一発叩き込む。



「んごぉ…おぉ……」



流石に痛みが脳に回ったか、少しの間気を失ったようだが、直ぐに立て直した。



「ふぅー…ふぅー…。」



項垂れる様子はなく、血反吐を一度吐いただけで、すぐさま帝王に殺意を向ける。

何故私が囚われなければいいけない?と言わんばかりに。



「ほほぉ~、あの帝王の一撃を喰らったのに、直ぐに意識を取り戻すなんて!

それに敵意を一切緩めないとは!すごいなぁ、私なら次の日ぐらいまで、その辺で転がってるよ~」



マグナが感心したような口調で近づく。

ニコニコしながら近づいていく彼女に、"勇者候補"は冷や汗をかきながら敵意を向ける。



「ま、そのうざい態度がいつまで正気を保てるか、見ものだね。」



マグナの非情な投与が、"勇者候補"本人の意志とは関係なく打ち込まれた。

"勇者"にするには至ってシンプル。



「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



この暴れる女を5回…無事に見終われば完成だ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふひひ…なるほど、なるほどねぇ…。まさか類を見ない外道とは…。兵器という噂は本当のようですねぇ」



時は遡り、鳴上が建物の2階へと上がった後。

アクアパレッサ王国の中でも3本指に入る名店、"アクアインガ亭"では、

閉店後の作業をする猫耳のウェイトレスを横目に、


時折酒を飲みながら、"誰か"が席に座っている。



「ふひひひひひ」



「…不気味な笑い声だ。」



野太くも、鋭い声はウェイトレスの閉店作業を眺めつつ、酒を煽る。

まるで、閉店作業を監視しているかのように。



「ふひひ。これから楽しくなりそうだなぁと、思いまして。」



「なるほどな、楽しくなりそう…か。

まぁでもあんたは喋りすぎだ。そのあたりの自覚はあるか?」




「ふひひ…不穏なお言葉ですねぇ…。自覚があったら口止めするのでしょうか?怖いですねぇ…。」



「茶化すな。今はアクアパレッサの精鋭部隊に身を置いているとはいえ、恩人のお前に対して、何かしようだなんて思ったことはない。

それに、お前があの時に情報をくれたから、生き残ることができた。口止めなどするものか。」



ウェイトレスは酒を飲む御仁に、一切畏怖する様子無く淡々と話す。

それに応えるように、その男は、酒を飲みつつ、ウェイトレスの話の流れをただす。



「王国と帝国間の機密情報を簡単に提供しちゃ駄目だろう?国民に知られないように秘密裏で進めていた条約なのだからな。」




「ふひひひ、すみませんねぇ…。あの様子では現状を何も知らなそうだったもので。



それにしても、よくここに来れましたねぇ…。

私のあの一言だけで、どうやってこの時代まで生き残ったのか私にはわかりませんが…。ひひひ…。

まぁ…まずはお疲れ様です、ということで。



アンザさん。次は何をお召し上がりになります?」




「ちっ、もうこれ以上は食えねぇよ。って、おい!注がないでくれ!」



不敵な笑みを浮かべながらウェイトレスは、半ば強引に酒をジョッキについだ。

嫌な顔をしながら酒を少しずつ飲むアンザを見て、猫耳のウェイトレスは安どの表情を浮かべる。



「ふひひ、20年前も同じことがありましたねぇ…。アンザさんは相変わらず押しに弱い。」



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