遠出する勇者3
朝起きると、昨日の吹雪が嘘のように止み、空が晴れていた。
カーテンを開くと、雪かきをしている人々の姿が見える。
目が覚めるまで、ぼんやりとその様子を眺める僕……。
今日の予定はまだ決まっていない。
まあ、焦ったところで仕方ない……。
それが僕のポリシーだから。
それはどこに居ようと変わらないし、変えるつもりはない。
そして……その方針を貫いたまま、僕はアルトの心の壁を取り払い、そして、ついでに複製人間も何とかする。
まあ、それくらいの考えでいく……。
気張ったところで何も変わらないということは、嫌でも体験してきたことだからな。
失敗から学ぶ。
そして、あとは、何とかなるさという気持ちさえあればいい。
不思議なことに……それでいいと思う。
よし……行くか。
「おはようアルト」
廊下でたまたまアルトに会う。
「よく寝れたか?」とアルト。
「ぐっすりだ」
「今日は、良い顔をしているな」とアルトがいう。「何事も順調に進みそうな顔をしている」
「アルトも、昨日ほど憂鬱そうじゃない気がする」
「別に憂鬱じゃないぞ」
「そうだったか?」
「面倒くさいだけだ」
「仕事が?」
「仕事がだ」
「どんな仕事?」
「婚約相手と会う仕事だ」
は? と思ったが――そりゃそうか。
「どうだ、楽な仕事だろう?」
「それってやっぱり憂鬱じゃない?」
「もう諦めているから憂鬱さはない。面倒なだけだ」
嘘は無い。
アルトは何でもないことのようにそういうが、実際それは何でもないことだし――やはり面倒なだけなのだろう。
「どんな奴?」
「比較的まともだよ。顔もいいし、性格も普通だ。私は幸運だな」
「そうなんだ……」
「複製人間の件は、他の人間に一任することになるかもしれない」
「仕方ないね……。何にしろ、なるようになる、という考えだけど。僕は」
「お前も協力を求められるかもしれないぞ。誰が来るかはわからないが仲良くやってくれ」
「まあ、善処するよ」
「聞きわけがいいな。やけに」
「そういう主義だから」
「いい傾向だと思うぞ。それは」
ひとまず、アルトのいう通りにして――誰か別の人間と調査することになるというならその通りにして――それからどうするか考えていけばいい。
それでも遅くはないし、早すぎるということも無い。
何もわかっていない今の状況で、アルトの態度から推測して、無理やり何かしようというのは、逆に早とちりの元になるだけだと思う。
本人は面倒だといっているけど、もしかしたら、婚約相手とも上手く行っているのかもしれないし……そうじゃなかったとしても、これから上手く行くのかもしれない。
何にしろ、まず、この場所に根を張ることが重要だと思う。そういうことに関しては、焦りは禁物なんだと僕は自分にいい聞かせるようにする。
そして、アルト以外の誰かと共同して――ということなら、それはむしろ望むところであり、それもここに根を張ることの大切な一環になるだろうと思う。
一つ確実にいえることは、アルトから僕へアプローチして来た方法と、僕のそれとは全く違うということだ。
僕はアルトに変えられてしまったわけだけど――それと全く同じ方法をして返す、ということは、あまりにも間違っていると感じる。
僕はアルトではないし、アルトも僕ではない。
だからそんな方法は成立しない。
それに――もし、そうしてしまったら、アルトが酷く嫌がる気がして――僕には出来そうにない。
僕が受け身の人間だったから、アルトという人間に突っつかれて――初めてまともに会話が成立した、というだけのことなんだよな……結局は。
「アルトを尊重し、しかしアルトを変える」
「なんだそれは」
「目標……かな」
「何か嫌な目標だな」
「アルトはすぐに身構えちゃうからな。中々変えるのが難しそうだ」
「本人の目の前でそんなことをいうと、余計私は身構えるんじゃないか?」
「なんでだろう……いいたいんだよ。先にいって、それから、目と目を合わせた状態でアルトを変えたい」
「いわれた方は相当複雑なんだがな……」
「まあでも、おもしろいでしょ? そういうのも」
「私は今のままでいい。少し……迷惑だ」
「それはわかってるんだけどね……これは、アルトに対する復讐さ」
「そういう意味なら、これは宣戦布告だな」
「そうなる。正々堂々とアルトを変えたい」
「お前の心理がわからん……といいたいところだが、私にも心当たりがある」
「でしょ?」
「まあ、好きにしろ。止めはしない」
アルトの許可も出たことだし、思い切り頑張ろう。
といっても……今のところ、自分から何かをしようっていうわけじゃないけれど。
「今日、私が城へ行って話をつけてくるから、お前は今日一日は自由にしてていいぞ」
「じゃあ、いざという時まではのんびりさせてもらうか……」
「ペースはお前に任せるが、やることはやってくれ」
「まあ……のんびり調査するよ。その……アルトが寄こした誰かと」
「心配だな」
「大丈夫。アルトが変えてくれたからね。僕を……」
「……」
朝食の時間になると、全員集まってきて……そこでざっくりと今後の話をする。
アルトは今日は城へ向かい、その後は「仕事」があると話した。
僕は城から誰かが来るのを待ち、その人と調査を始める。それまでは暇だ。
バヌガスとシアーは、今日から早速二人で動き始めるらしい。
僕とは別で行動して、何かあれば報告し合う、ということになりそうか……。
残りの3人は、呑気なものだった。特に仕事もないし、今日は3人で連れ立って、街を観光してまわる予定だそうだ。
僕は今日に関しては特に予定がないので、アキ、メイ、ミライの3人について行くことにした。
まあそれだって仕事といえなくはない。街の構造とか、実際に歩きつつ、大体把握しておきたい。
ついでに、女性陣の機嫌を取って、仲を取り持つ。
ただ敵を探して倒す。みたいなことだけを考えて、それ以外のことを軽視し始めると、結局何が幸福か見失う。
僕はこのパーティーの中で、そういった意味合いでの中心を維持するような、そんな存在であるべきだ。それに関しては、しつこく再確認していくことにする。
「世界を救えば何でもいい」の極端な例を最近見たばかりだしな……。
理論上は救われるけど、実際はそうじゃない、みたいな……そういう乖離が、やっぱり起きそうじゃないか?
だから僕は、大切な何かを置き去りにしないようにする……。
僕が目指すべきなのは、そういう世界の救済なんじゃないかな、と思う。
救済、っていうのは、何となくだけれど……そういった、曖昧さや、ある種の、ゆったりとした感覚……そういうものの中でしか訪れない様な気がする。
それが違う、というのなら、その救済は、きっと、何かをゆがめた上で成り立っていて――いつか崩壊するんじゃないかと思う。
それはあくまで感覚的なものでしかない――だけど、どこか真理に手の掛かったような感覚だと思うし、僕はその感覚を信じる。
よくアルトが語る真理とは別のものだけど、それはようやく僕なりの真理をそこに見出しつつある、ってことなのかもしれない。
そしてそれは人それぞれに辿り着く場所が違っていて、自分なりの場所を目指していくべきだということ。
アルトを変える、ということに関しても、同じことがいえて、それも、僕なりにやらなければおかしなことになる。
僕はそう思っている。
もちろん自分が納得した上で、他人の語った真理を信じたり、他人の語った方法論を実践するのは構わないと思う。
ただ、それは僕には合いそうにないし、納得もできない。
そして上手く行く気がしない……。
単にそういうことなんだと思う。
「ヒロカズさん、考えごとですか?」とアキ。
「アキ、メイ、ミライの3人の重要性について考えていたんだ」と僕はいう。「何というか、それって、ある意味帰る場所がある、みたいなものに近いのかもしれない。3人の持つ、その、『何か』っていうか……」
「本当に、私達に価値はあるんですか?」とアキ。
「ある。あるよ。それが凄くあるっていうことを、今考えていて行き着いた。むしろ3人が居なければ、何のために戦っているのかわからなくなるくらいにそれはある」
「じゃあ私達もついて来てよかったですね」
「もちろんだよ。居なかったら、多分、相当味気ない旅になってただろうな」
「あんまりやることがなくて、ちょっと申し訳ないですけどね」と今度はシスター、メイがいう。「ここではお仕事はやらせてもらえませんし」
「もしかして、やろうとしたんだ?」
「迷惑がられてしまいました」
「仕事を奪われると、困りそうだよね……」
「そういうわけで、ここはお言葉に甘えて、私達にはそういう存在価値がある、ということにしておいて……」とメイ。
「遊びに行っちゃいますか」とアキ。
「全然いいと思うよ。というか、僕も今日はそんな感じだし」
「せっかくなので楽しみましょう」とアキ。
「こういう時、アキは元気でいいよね」
「本当ですか?」
「なんか、救われる、というか……」と僕。「そうか……これが救済……」
「そんな大それたものじゃないと思いますが」
「大それたものだけが必要という考え方は浅はかだよ」
「そうですよね」とメイ。「救われるってそういうものだと思います」
「私が浅はかでした」とアキ。
「元気出せ」
……。
ミライはずっと無言で僕達の様子を眺めていたが、彼女がどんな心境なのかはわからなかった。
よく考えると、ちょっと複雑だよな。
この、母親の前で、仲のいい女の子と喋ってるみたいな感じ……。
いや、まだ母になったわけじゃない。
しかも複製された母がまだ他にもいて……そっちは完全に母の姿をしている。
でも、僕としては、ミライの方が……。
じゃあ、向こうの母は?
よく、わからなかった。その先は……。
少なくとも、僕自身が殺した複製人間の父に対しては、これといった感情が湧いていなかったのは確かだった。
それはあの父が、生命の定義からどこか外れてしまっているからなんだろうな、と……僕は改めて思うのだった。
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