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再始動勇者10

「ヒロカズこっちだ!」

 声がした方に走る。

「どうした? 捕まえたか?」

「逃げられた。追うぞ」

 真っ白い服装をした人間が逃げていくのが見えた。

「随分目立つ格好だな」

「そういうポリシーなんだろう」

「潔白、純真――とか、そういう?」

「中身は真っ黒さ」

 全力で走ってみてわかったが、アルトは結構足は速い。

 自分は――走るのだけは結構、というか人一倍やってたから、自信はあった。

 アルトが遅れ始める。

「逃げ足が速いということは――追いかけるのも速いんだよ!」

 僕はあっという間に追いついて白服に飛び掛かった。

 アルトも後から追いついて、二人がかりで拘束する。

「やったな、ヒロカズ」

「ああ」

 白服はしばらく無言で暴れていたが観念して動かなくなった。

 何もしゃべらないそいつは――しかし――目は据わっている。

「どうする?」

「ここじゃダメだな。教会でいいか」

 男を逃がさないように何とか教会の一室まで連れていき、椅子に縛り付けた。

 最初に逃げようとした以外、殆ど抵抗は無い。

「自己紹介をしてもらいたいんだが……無理か」

 泣きも笑いもしなければ、抗議もしない。

 かといって、怯えているわけでもない。

「ちょっと調べさせてもらう」

 白服の持ち物が何かないか探るが、完全な手ぶらだった。結局、その特徴的な服装以外で、その男を特定する手段が何もない。

「複製人間だと思うか?」

「どうかな……その可能性はあると思うが……」

 この男に何か、喋らせる必要がある。

 でもどうやって?

「アルト。こういう場合、どうすればいい?」

「私に訊くな。私がそういうことに詳しいように見えるか?」

 正直、ちょっと見える……。

「じゃあ、何で捕まえようと思ったんだよ」

「怪しい奴が居たら捕まえる。当たり前だろう?」

「まあ、確かに……」

 このままじゃ、らちが明かないし、この白服の男は長期戦の覚悟を決めてしまっている様子だ。

 何か手を打たないと……。

「こいつの写真を撮って……その写真から身元を特定するっていうのは?」

「悪くないんじゃないか? こいつがこの街の住人ならそれほどかからず特定できるだろう」

「写真機は家にあったはず。おじさんが趣味で使ってるやつだけど……」

「連れて来る」とアルト。「それまで逃がすなよ」

 アルトが居なくなると、部屋がしんとなる。

 白服の男は、中空を見つめたまま動かない。

 僕は、仕方ないので……一方的に話し掛けることにする……。

「勇者ってさ……僕自身も、よくわかってないんだよね」

 ゆっくりと……何かを確かめるように語りだす……。

「生まれた時から勇者と呼ばれ、勇者であることを強制されてきた。実際、勇者にしか現れない身体的特徴があり、僕にもそれが現れていた。最初は、人と違うことが恥ずかしかったんだ……そう、それが最初の印象だった。それから、少しずつ、周りの人との扱われ方が違ってきて、どうあがいても自分が勇者であるということが浮き彫りになってきた」

「……」

「何をするのも特別、というのが、とにかく恥ずかしかった。その頃、剣も始めたけど、それに関しては、素直に自分の自信になって――少し調子に乗ったりもした。でも、あまり目立ちたくない、というのもあって、そういう気持ちもすぐに沈み込んでいった」

「……」

「その頃、勇者というのはこうしなければならない、という義務感が襲い始めた。もちろん、世界を救う、ということは、とても気持ちのいいことだろうと思う。だけど、自分自身の性にあっているかどうかといわれれば、あっていないといわざるを得なかった。陰ながら世界を救う、とか、そんな感じならしっくりくるかな……と、今は思うけど」

「……」

「とにかく、僕と勇者という概念との付き合いは、それほど良好とはいえなかった。一々目立たなければならなかったし、多くの人の期待を背負わないといけない。脱ぎ捨てられるものなら脱ぎ捨てたいと思っていたんだ。そんな日々が続く中――僕は、その手で母を殺した」

 男が、少し反応したように見えた。僕は話をつづけた。

「その事件を外側から見れば――勇者という押しつけに反発した子供が、母親を殺害したように見えなくもないと思う。実際僕は勇者であることから逃げたかったし、逆らえなかったんだから」

「……」

「でも、現実はそうじゃない。あんたはそれを知ってるんじゃないか? あんたは、勇者っていうものをどう捉え、どうしたいと思っているんだ? あんたの信念はそうやって黙っていることしかできないものなのか?」

「……」

「僕自身、勇者ってものが何なのかまだわかっていないんだ。それなのに、あんたなんかにわかるわけがないよな」

 男の目はこちらを向いているが、口は開かなかった。

 ただ、勇者というものに関しては、興味があるらしい。

「あんたが口を開けば、勇者というものが少しははっきりするかと思ったが……残念だよ」

「――ヒロカズ、写真機だ」アルトが部屋に入って来て――おじさんが続けて現れる。

「早かったな」

「そいつを撮ればいいのか?」とおじさん。

「ああ」

 おじさんは何枚か写真を撮り、それから直ぐに現像しに行った。

「こいつ、何か喋ったか?」

「いや――」

 アルトが耳打ちする。「外に斥候を用意した。一度解放して後を追わせる。いいな?」

「どこから連れて来たんだよ」

「私が一人でノコノコお前に会いに来たと思うか? 元々居たんだよ」

 ずっと黙っていたことに少しいらっと来たが、いわれた通りにする。

「ほら、解放だ。いけよ」

 男は一度睨みを効かせてから、歩いて帰って行った。

「いったか?」

 窓から、男が歩いていく姿を確認する。

「後は成果を待つのみだな」とアルト。

「……で、斥候ってのは?」

「紹介する気はない」

「ずっとアルトを陰ながら見守ってるわけ?」

「プライベートの時は居ないぞ。今日も、祭りのときはお前と水入らずだったから安心しろ」

「ホントかよ。剣が盗まれた時は?」

「あの時は、お前が来る方が早かった。手分けして探させていたんでな……。それでも、タッチの差だったがな」

「そうだったのか」

「でもそれは、ピンチの時にお前の駆けつける速度が異常に早いことを意味しているわけだ。私はお前のそこを高く評価しているといえるな」

 自分でも……そういう自覚はある。さすがに。

「まあでも、助かるよ。自分じゃどうすることもできなかっただろうから」

「まだ、取り逃す可能性がないわけじゃない。ただ、どちらにしろ、写真から身元も割り出せるだろうからな……。何にしろ、手を尽くすしかない。お前が、出来ることをやろうとしているわけだから、私としても、出来る限りの協力はする。といっても、私もバヌガスもほぼ独断で動いているから、動かせる力は限られているんだが……」

「いや……十分だよ。こんな勇者に手を貸してくれる人がいるだけで凄いことだと思う。ありがとうアルト」

「感謝するのは早いぞ。お前は、世界を救わなければならないんだから」

「まあ、そうだね……それに関しても、もう、そこまで強く否定はしないよ。出来るかどうかは別として、やらなければならないし……多分、今僕がケリをつけようとしていることとそれは、どこかで繋がっている」

「それが運命さ」

「そうかもしれない」

「やっと認めだした……か」

「でも、全てが仕方ないって思えてきたのは、どこかに沈み込んでいた『自分自身』みたいなものがやっと浮上してきたからで……やっぱり昔の自分は、運命っていうものを、受け入れ切れてなかったと思う」

「お前なりの、勇者の受け入れ方が見えて来たのさ。そしてそれは、一人きりで受け入れられるようなものじゃなかった。だけど、仲間が居れば……お前はお前自身を保ったまま、それを受け入れられる。今のお前は無理をしてそれを受け入れようとしているわけじゃない。準備が整って……お前自身が壊れることなく、それを受け入れられるようになったからそう思い始めたんだよ。それが進歩じゃなかったら、一体何なんだ、って話さ」

「僕は一度壊れ……シスターに癒されて、少しずつ修復され、それからアルトに奮い立たされた。そして仲間が増える度に、ある種の『器』が大きくなっていった。その実感はある。今の僕には、以前とは違って、余裕がある。だから、僕は受け入れることができる……。ただ、それは……周囲の期待に応えるというよりは……あくまで自然な……運命に従った行動でしかない。結果的にそうなることになるのかもしれないけど、それが原動力というわけじゃない。僕は誰かにいわれて世界を救うわけじゃない。どうしてもそうしなければならないという、必然性に駆られてそうするだけなんだ」

「結局のところ、それが勇者なんじゃないか?」とアルト。「結局勇者なんて、誰かに創られるもんじゃない。あえていうなら、それは運命によって創られる。その運命に、お前が応えることによって……」

「また、勇者談義になっちゃったね」

「それもまた必然性さ。お前は、勇者というものをはっきり認識しないとダメな性格なんだろう。そうしないことには気が済まないのさ。なんとなく力を発動して、それで、気分がよくなって――それだけで終わらない。それが何なのかを、お前自身は、知りたい」

「そうかもしれない。でも……そこまででもないよ。ちょっと気になるくらいでさ。何というかさ、そこは僕らしく……中途半端なんだと思う」

「ほどほどな勇者か」

「そう……それは的を射てる。そんな……凄さとかはいらないよ。何か、疲れそうでさ」

「そういう勇者でいいのかもな……勇者であることが疲れすぎる世界じゃ、勇者になったせいで、幸せになれないってことになる。そう考えると、お前は勇者の革命家じゃないか?」

「だから、そんなんじゃないって――」

「すまない。また、お前を疲れさせることをいった……。癖なのかもしれない」

「とにかく、少しずつ、自分の勇者像が見えて来たのは確かで……それは、自分ではない別の勇者像を追いかけていた頃より、随分楽だし、なんとかなりそうな気がし始めている……。だから、変に凄さとかはいらなくて、自分自身に合っているかどうかが重要で……僕は、僕の考える勇者を目指していこうと思う。自分らしく、ね……」

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