第六話 レオセヴンの日常
私は優桐ななみ。大洋高校の1年生。
どこにでもいる普通の女子校生――
のハズだったんだけど、私には誰にも言えない秘密があるの。
「――これで一気にたたみかけるポン!」
レオポンからマーズストーンを受け取り、バックルのサブコネクタにセット。
深紅の鎧、炎のタテガミをもつ、レオセヴン・マーズフォームにフォームチェンジする。
二足歩行の気持ち悪い昆虫ノイヅとはこれでおさらばだ。
ノイヅの後方にむかって弧を描くように炎の壁を放ち、敵の退路を断つ。
すかさず距離を詰め、炎の拳でアッパーカット。
火ダルマになって、宙へと舞い上がるノイヅ。
「トドメだ」
バックルのサンストーンを右手で回転させてエネルギーを開放。
両腕の炎を推進力にしてノイヅを追って空に跳ぶ。
「情焔・パッショーネアロー!!」
全身に炎をまとい、キックを繰り出す。
落下を始めたノイヅを、一直線につらぬいた。
空中で爆散するノイヅを見届け、呟く。
「イコライズ完了」
変身を解除して空き教室からでたところで、ばったり親友のチエにゃんと出くわした。
チエにゃん……沙苗チエちゃんは、小中高とずっと一緒で、いわゆる幼馴染ってやつ。
「あら、ななみ。公務員の叔母さんの手伝いに行ったんじゃなかったの?」
「え?あ、うん!そう!いま帰ってきたところ。ここで着替えてたのよ」
公務員の叔母さんの手伝い。そういえばそんな設定だった。
公務員のお手伝いなんて、女子高校生に何ができるんだろ……
本物の女子高校生を使ったおとり捜査とかかな……
「チエにゃんこそ、ここで何してたのさ。まさか私の着替え覗いてたんじゃあないでしょうね」
こういう時は冗談でごまかすのが一番なのだ。
「バカ。あんたの着替えなんて覗いて私に何のメリットがあるのよ」
と、チエにゃんが心底興味なさそうな顔で言ったあと、
ちょっと考えるような素振りをしてから、いつものニヤニヤ笑いを浮かべて、言う。
「……いや、メリット、あるわね。録画して男子に売りつけようかしら」
「ゼッタイにやめてね。週刊誌の表紙になる自信あるから」
お昼を食べに行く途中だったチエにゃんに先に行っててもらって、
ダッシュで教室に戻ってお弁当をとって、いつもの場所に向かう。
高校生になって、いつも一緒だったチエにゃんとクラスが離れてから、
こういうちょっとした時間が大事だなっていつも思う。
「おまたせー」
いつもの場所。
特別教室棟、屋上につづく階段。
屋上はカギがかかってて出れないけど、
そのドアの前は来る人がほとんど居ない絶好のおしゃべりスポットなのだ。
「今日は先輩は?」
この場所を最初にキープしてたチエにゃんの部活の先輩。
なんだっけ、読書部だか音読部だかそんな感じの文科系クラブだったはず。
「受験の準備とかナントカで今日も来れないらしいわ」
「ふうん。3年生だもんね」
実は先輩とはあんまり仲良くないし、そんなに興味はない。(ごめんね!
受験だってまだ1年生の私達にはずっと先の話だしね。
お弁当を食べながら、他愛ない話を続けてて、
ふと、チエにゃんがいつものニヤニヤ笑いを引っ込めて、真面目な顔で訊いた。
「で?今日はどんな仕事だったの?」
今日は虫みたいな敵だったからマーズフォームで燃やしてやったわ。楽勝よ!
……って、言いたい。
でもハカセからは正体は絶対秘密って言われてるし、
なにより、チエにゃんに心配かけたくない。
だから、冗談まじりにごまかす以外に選択肢はなかった。
「えーと、シュヒギムがありますので……」
「へぇ。まさかあんたの口から守秘義務なんて言葉を聞く日がくるとはねぇ」
「どういう意味よ!」
いつものニヤニヤ笑いに戻った。やっぱりチエにゃんはこの顔でなきゃね。
「まあ、いいんだけど、危ないことはしないでよね。あんたすぐ無茶苦茶するんだから」
「無茶苦茶ってなによ。まるで私がテキトーにいきてるみたいじゃないの」
「外れていて?」
「そのとおりです」
ふたりしてケタケタ笑う。
やっぱりチエにゃんと話しているときが一番楽しい。
このあとも、ドラマの話とか、ドーナツの話とか、
なんてことない話をしてたらあっという間にお昼休みがおわった。
「じゃあまた放課後ね」
そう言ってチエにゃんは自分の教室に帰っていった。
私も自分の教室に戻って次の授業の準備をする。
あーあ。チエにゃんとおんなじクラスだったら良かったのに。
――それで、あっという間に放課後。
授業?記憶に無いわね。
一緒に帰る為にチエにゃんのクラスまで迎えに行こうとカバンを掴んだら、
カバンにつけたトラのぬいぐるみ、レオポンがヴーヴー小刻みに震えていた。
学校ではしゃべれないからってマナモード機能をつけてもらったのだ。
カバンを机において、
中身を探るふりをしながら、小声でレオポンに話しかける。
「なんかよう?もしかしてまたノイヅ?」
いままで一ヶ月に一回ぐらいの頻度だったけど、一日に2回なんてこともあるのかな。
「ちがうから安心して欲しいポン。」
なぁんだ。じゃあチエにゃん優先しちゃお。
さっとカバンを掴み直してチエにゃんを迎えに行く。
レオポンがまたヴーヴー言い出したけど、気にしない。
「――じゃあまた明日ね」
いつもの交差点でチエにゃんと別れる。
チエにゃんが見えなくなるのを確認してからレオポンに話しかける。
「で、なんのようだったの?」
「今から研究所にきて欲しいポン」
「えー!反対方向じゃないの!もっと早く言いなさいよ!」
まあたぶん言われててもこっち来てたけど。
「――ねえ、ゆらぎの中を高速で移動できる乗り物とかできないの?」
研究所に行くために、今来た道を引き返しながら、ふと思いついた事をきいてみる。
「たしかにあると便利ポン。……バイクとか?」
「うーん。なんか、乗ってシートベルト締めるだけでノイヅのとこまで自動運転で連れてってくれるようなやつ」
「できなくはないけど、運転できた方が便利じゃないポン?」
「そんなものかなぁ?」
「ま、なにか考えておくポン」
――この街の県庁舎は7階建てで、地下は3階までって話なんだけど、
実際には3階よりもっと下があって、その場所に
私達の所属してる「超常現象研究対策機構」の研究所がある。
いわゆる秘密基地ってやつね。
この建物自体は1階がカフェとか図書館とかになってて、一般の人も自由に出入りできる。
だから私もいつもそれに紛れて中に入る。
そしたら、ちょっと奥のほうにある従業員用エレベーターに乗って、
ハカセにもらったカードキーを差し込むと、自動で行き先が変更されて地下に直通。
扉がひらくと、セキュリティゲートが目の前にあらわれる。
ここではハカセの姪ってことになってて、
私がレオセヴンってことはハカセくらいしか知らないらしい。
で、そこの警備員さんに
「お、ななみちゃん。今日も諏合博士のお手伝いかい?えらいねぇ」
なんて、女子高校生に対して大変失礼な言葉を投げかけられながら、通過。
長い廊下を通ってハカセの研究室へ。
人類の命運をかけて戦ってる組織の割には、なんというか、庶民的?
セキュリティーゲートって言っても半分ただの守衛室だし、
この廊下だって、学校の部室棟みたい。
なんでも、もともとはノイヅと戦う組織じゃなくて、
オカルトとか心霊とかを真面目に研究する組織だったとかっていう話。
ハカセの研究室のドアをノックする。(親しき仲にも礼儀あり!)
「どうぞ。」
言われて、中に入った私に、
ハカセ、こと「諏合ティスホールド」博士が声を掛ける。
「まってたわよ。」
諏合博士はノイヅにいち早く気づいた人で、落ち着いた雰囲気の女性科学者。
イギリス人とのクォーターで、年齢不詳。
私のカンだと三十代後半ってとこだと思う。
頭良くて、美人で、おまけにクウォーターですごいモテそうなのに独身らしい。
まあ、そんな話はおいておいて、さっそく話をきりだす。
「それで?わざわざ呼び出すなんて珍しいね。どういう用件なの?」
「ちょっとだけ込み入った話をするだけよ」
うっ。込み入った話はニガテだ。ただでさえ学生は覚えることが多いのだ。
頭がショートしちゃう。
露骨に嫌そうな顔をしてみたけど、かまわずハカセは話を進める。
「近頃、急速にノイヅが進化している傾向が見られるのよ」
「あ、それは私も思ってた。新しいのが出てくるたびに前よりちょっと強くなってる気がする」
意外と私にもわかる話だったから一安心。
「進化とは突然変異の繰り返し、最適解の模索だから、
一概に強くなってるとは言い難いのだけれど、概ねそうね」
うっ、やっぱりだめかも。
ハカセの話は難しい単語が多いのよ。
「直近の研究で、ようやく奴らの目的は人間の肉体を捕食することではなく、
人間の精神、主に恐怖の感情を体内に取り入れることだと判明したっていうのはこの前話したわよね」
「え。あ。うん、そうだったね」
そうだたっけ?覚えてないけど今知ったからいいよね。
「で、奴らはより、人に恐怖を与える形状に進化しているようなのよ」
「あー。たしかに。どんどん気持ち悪くなってる気がする。
この前倒したやつだって、泥から人間の手足が生えてるみたいなやつでさ、めっちゃくちゃキモかった」
「そう、それよ。人間の手足。
人は、自分たちと同じカタチをしているけれど、
どこか違うそういうものに根源的な恐怖を感じるわ。
このまま進化をつづけると、外観はより人間に近づき、
知能を持ち、話術で人の恐怖を煽り、捕食する。そんな存在になると私は予測しているの」
「ふぅん。なるほどね。」
わかったようなわかってないような。
「何か質問は?」
「ないです!」
「……ねぇ、ななみちゃん。一度変身しておいたらどうかしら」
ハカセが呆れた表情で言う。
「あ、もしかして今私のことバカにした?」
「いいえ、一度知能指数をあげて頭を整理しておいたら、と言っているだけよ」
「なんだ。それもそうね」
たしかに頭を整理するのは大事だよね。
納得したし、ベルトとストーンを取り出して装着。
「チェンジ!レオセヴン!」
身体が急成長し、金色の鎧が装着される。
その瞬間、俺は"知能指数"が上がり、ここまでのハカセの話を全て理解する。
「……やっぱり馬鹿にしてんじゃねーか!」
「――つまり、レオセヴンのスーツはストーンという呪術的なシステムに頼っているところが大きいの。呪術とはいわば、科学とは違う理論に基づいて発展したもう一つの科学」
「なるほどな。呪術の基礎がない我々が、
利用するだけならまだしも複製するとなるとさらに膨大な時間が必要というわけか。」
変身した俺はハカセと議論を交わしていた。
もちろん。変身していなくてもこの程度の会話はできるが、変身したほうが効率がいい。本当だぞ。
「それから――」
「まってくれ。」
ハカセがさらに話を続けようとするのを遮る。
「どうしたの?」
「もうすぐ夕飯の時間だ。ママが怒る。」
それに、俺のようなか弱い女の子が暗い夜道を歩くのは危険だからな。
「あら、そうだったわね。親御さんには私から連絡を入れておくわ」
「助かる」
ハカセは一瞬、俺が女子高生だと今思い出したような表情を見せてから、何食わぬ顔をしている。
そのあと、変身を解除した私はハカセにしつこく頼み込んで、
ハカセの車で家まで送ってもらって、なんとか夕飯に間にあった。
ママ、普段はおっとりしてるくせに怒ると怖いのよ。
それからお風呂に入って、
上がってきたら、弟がリビングで録画した日曜の特撮を観ていた。
弟にお風呂に入るように言いながら、
私も髪の毛をタオルで乾かしながら特撮ヒーローの活躍を見守る。
もともとは、
子供向け、それも男の子が観るような番組なんて興味もなかったけど、
実際に自分が特撮ヒーローみたいな存在になっちゃって、
なんかの参考になるかと思って見始めたら、
これが意外と面白くて、なんだかんだ言いながら、ちゃっかり毎週欠かさず観てしまってる。
実は、レオセヴンに変身した時、
ふと主人公の動きなんかを思い出して実際にやってみると、
これが意外とうまくいっちゃって、直感だけで戦ってた頃にくらべて格段に強くなっちゃった。
特撮ってすごいわね。
結局、今回も弟と一緒に最後まで観ちゃってから自分の部屋に戻った。
――で、何の気なしにカバンに目をやったら
プリントがはみ出てるのに気づいて、宿題の存在を思い出した。
宿題にも二種類あって、
やらなくても怒られない宿題と、やらないとものすごく怒られる宿題。
これは後者。
「まずいわね……」
とりあえずノートとプリントを取り出して、机に広げる。
先週もらった数学のプリントで、明日提出。
習ってない計算問題がたくさんあるタイプのやつで、
今日までの授業を聞けば全部解けるようになる…って先生言ってたけど、
ただでさえ「公欠」したうえに、
半分くらい寝……体力を回復してたから、肝心なところのノートをとってなかった。
仕方なく、教科書をパラパラやって、
それっぽいところを見つけたものの、さっぱり理解できない。
ぼぉっと、問題を解いてるんだか考え事してるんだかわからないような状態をしばらく続けているうちに、
ふと、思いついた。
「変身すればいいじゃん」
そうだ。その手があった。
カンニングとかじゃなくて、れっきとした私の力だもんね。
と、いうわけでベルトを腰に巻き、
サンストーンをかざして「チェンジ!レオセヴン!」
はたしてこれは本当に俺の為になるんだろうか……
まあ、今は考えても仕方ない。とにかく宿題を終わらせてしまおう。
プリントに目を通すと、見た事のない数式が並んでいた。
つまるところ授業を一切聴いていなかったということだ。
レオセヴンは記憶力に優れている…といっても、流石に見た事のないものはどうしようもない。
さっきと同じように教科書をパラパラとめくり、該当する箇所を見つけ出す。
「なるほど、そういう意味か。で、この方程式を使うんだな」
こんな簡単な問題を解けなかったとは……我ながら悲しくなってくる。
全ての問題を解き終わり、カバンにしまう。
レオセヴンになって解いたは良いが、「私」の脳の容量には限界がある。
変身を解除しても内容を覚えていられるだろうか。
やはり元の姿で問題が解けなければ宿題の意味がない。
今後のために、要点をまとめたメモを残しておいた方がいいかもしれない。
「はぁー!おわった!おわった!」
さすが私。一瞬で終わったわね。
なんだかさっきまで妙に自分を過小評価してた気がするわ。
こんなメモまで残して。こんなの別に解けなくてもなんともないのにね。
変身すると自信がなくなるのかしら。
宿題なんてその時できてればいいのよ。
……だれよ、宿題なんてその時できてればいいなんて言ったのは。
翌日、プリントを提出した途端に、先生が宿題と全く同じ内容のプリントを配りはじめて、
「では、抜き打ち小テストを始める」
なんて言い放った。
なんとか覚えている問題もあるんだけど、
なぜか答えは思い出せるのに途中式がさっぱり。
解ける問題もある。だけどなんで解けるのかわからない。
これって変身の副作用ってやつ・・・?
なんとか半分以上は埋めたし、まあ大丈夫よね。
頭をつかってすかっりつかれちゃった。
こんな日はおとなしく保健室のベッドで寝てるのが一番。
なにかあったときのためにレオポンも連れて行こう。うるさいけど。
「またサボりポン?言っておくけど、サボってるときは公欠にはならないポン」
「わかってるわよ!"公欠"に備えて英気を養うの!」
保健の先生に適当に言い訳して保健室のベッドを使わせてもらう。
ちょうどタイミングのいいことに、先生はこれから外出だって。
保健室ってなぜか落ち着くのよね。
しかも今は保健室のベッドにひとりきり。
これはまさに安息の地。禁断の聖域。
「――そ、そんな。これは!大変だポン!」
突然、レオポンが大声を上げる。
レオポンが大変だ!なんて言う理由はひとつしか無い。
「やめて、その続き言わないで」
レオポンにお願いしたところでどうなるものでもなく。
「ノイヅの反応だポン!今すぐ行くポン!!」
「もう!ノイヅは一ヶ月に1回じゃなかったの!!」
「そんなこと誰も言ってないポン」
さよなら私の安息の地……。
「私がゆっくり休めるのはいつの日になるの……」
「少なくとも授業中ではないと思うポン」
ま、出てきちゃったものはしょうがないわ。
これはこれで公然と授業をサボれるし!
ちゃちゃっと片付けて家でぐっすり眠りましょ!
「レオポン!ベルトとサンストーン!」
「ここにあるポン!」
それじゃあ、
「チェンジ!レオセヴン!!」
第一部「チェンジ!レオセヴン編」終