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第四話 カミサマ



私がいじめられてるわけじゃない。


私がいじめてるわけじゃない。


だから。


関係ない。


「えー!そうなんだ!だったらね……」

おしゃべりがピタッと止まる。

賑やかな教室が一気に静まり返る。


クラスメイトの桜木(さくらぎ)さん。彼女が教室に入ってきたからだ。


彼女はうつむきがちに自分の席に歩いて行く。

それを誰もがチラチラとみやる。


どうしてこんな状況になったのか、今となってはもうわからない。


クラスで一番影響力の強い、女子グループ。

そのグループ入りを断っただとか、

彼女たちの校則違反を告げ口したからだとか、色々噂はあるけど、

そんなことはどうでもよくて、


重要なのは

"彼女に話しかけてはいけない"

という暗黙のルールがあるということだけ。


別に暴力を振るうだとか、机に落書きするとか、そんなことは誰もしない。

"ただ、話しかけないだけ"


元々私は 桜木さんとは話したこともない。


だから。


何も悪いことはしていない。前からそうだっただけ。


もし、この状況をなんとかしようと行動を起こしたりすれば、

今度は自分にそのルールが適用されるだろう。

まだこのクラスで文化祭も体育祭もやらないといけない。


楽しい学生生活のために――




「ねぇ、知ってる?カミサマのうわさ」


ある日、友達からこんな話を聞いた。

曰く、


夕暮れ時、午後4時44分。

隣町の神社の境内。

そこに生えている御神木に体当たりをすると、

御神木をすり抜けて、誰もいない世界に行ける。


そこにはカミサマがいて、どんな願いでも叶えてくれるらしい。


その話を聞いてから、つい考えてしまう。

夜寝る時。

ひとりでぼんやりしてる時。


桜木さんが目に入った時。


"もし、カミサマに会ったら何をお願いするか"


自分には関係ないクラスメイト。

話したこともないクラスメイト。


私は悪くない――


だけど。


"みんなが普通に桜木さんと話ができる様にしてください"




 別に本気で信じてる訳じゃなかった。

たまたま近くまで来ただけ。

そしたら噂の神社が目に入って、時間を見るともうすぐ4時30分。

行くなら今しかないと思った。


日の暮れはじめた神社の境内は、シンと静まり返っていて、

ひんやりとした空気が流れていた。


そこそこ大きな神社なのに、参拝客どころか、神社の人の気配もない。


「御神木……」


あまりの静けさに、思わず独り言をつぶやいてしまう。


目の前に腕を回しても届かない様な太い幹の木が生えていて、

否が応でもそれとわかる。

幹には紙でできたしめ縄が巻かれているだけで柵も何もなかったが、

その存在感は強烈だった。


携帯を取り出し、時間を確認する。

4時41分。

時計を見ながら深呼吸する。


時計の表示が42に変わる。

あと2分。


心臓がまるで耳の中にあるみたいに大きな音で鳴っている。

カラスや虫の声が妙に大きく聞こえる。


43。

あと1分。


……

なかなか表示が変わらない。


やっぱりやめようか。

木をすり抜けるなんて冗談もいいところだ。


ためらい始めた矢先、

スマホの液晶に数字の4が並ぶ。


4時44分。


気づけば私は、

御神木に向かって走り出していた。

緊張のあまり、

かなりの勢いで飛び出した私の体は――



――御神木にぶつかって、しりもちをついた。


「いったたたぁー」

ごく当たり前の結果に自分が情けなくなる。


「なにやってんだろ、わたし」


自嘲気味のつぶやきが

オレンジに染まり始めた神社の境内に漏れる。


帰ろう。

急げば完全に日が沈むまえには帰れる筈だ。



神社の階段を勢いよく下りきり、

呼吸を整えているうちに、


――違和感に気づいた。


さっきまで、

うるさいくらいに鳴いていた、カラスの声がしない。


――カラスだけじゃない。


鳥も、虫も、

人の声さえも。


この路地の数本先が大通りだというのに

あたりは不自然に静かで、

ただ、風の音だけが不気味に鳴り響いている。


――だれもいない世界。カミサマの世界。


友達の言葉を思い出して背筋に冷たいものがはしる。


思わず今降りてきた神社の方を見上げる。

成功した?

でも御神木はすり抜けなかったし、きっとただの気の所為だ。

たまたま静かになっただけ。

考えすぎだと、自分に言い聞かせて、大通りのほうに向かう。


きっと、大通りに出ればいつもどおりの賑やかな光景が広がっていて、

私の気のせいだと証明できる。


冷静に冷静にとつぶやきながら、路地を進む。

次第に私の歩調は早くなって行く。

大通りがみえる頃にはほとんど小走りになっていた。


最後の路地を抜け、大通りに飛び出す。


「うそ……でしょ……?」


いつもなら車が途切れることなく走っていて、

時折渋滞になっているような道路に、一台の車も無い。


道向こうによく行く人気のハンバーガー屋さんがある。

無人の道路をはしりぬけて、ハンバーガー屋さんに入る。

期待とは裏腹に、お客さんも、店員も居ない。


「だれかー!誰かいませんかー!」


震える声で叫ぶ。

もちろん返事はない。

元はと言えば自分の意思でここに来ようと思っていた筈だったが、

普通ならありえない状況を前にして、すっかりパニックに陥っていた。


他の場所に行く勇気はなかった。

行けば、そこに居た人を消してしまう。

そんな錯覚にとらわれていた。


私は来た道を引き返す。

"来た"所から帰れるはず。そう思った。


何かに追い立てられるように大急ぎで神社まで戻り、

境内に一直線に続く長い階段を全力で駆け上がる。


……だが、帰りたい気持ちとは裏腹に身体がついてこない。


階段の中腹で座り込んでしまう。

他の生き物の音が一切しない世界で、

私の心臓と、呼吸の音が静かに響く。


と、ふいに、


(おと)


が聞こえた。


「え?」


最初は気のせいかと思った。


だけど、

このすっかり静まり返ってしまった街で

(おと)―はよく響く。


―ビチャッ、、


濡れた雑巾を壁にぶつけたような音が階段の下の方から聞こえてくる。


―ベチャッ、、


少し間を空けて同じような音がする。


―ビチャッ、、ベチャッ、、


―ビチャッ、、ベチャッ、、


まるで"足音のようだ"と認識した途端に、思い出す。


()()()()


足音の鳴り続けている階段の下に目を凝らす。


夕闇のなかに、

足音の主がこちらにゆっくり向かってくるのが見える。


最初はどういう形なのか、認識できなかった。


ぼんやりとした輪郭、

人のようにも動物のようにもみえる……


そして、

ソレがほんの10段ほど下に来て、

その姿をはっきり捉えた時、


“お願い”など聞いてもらえるような存在ではないと、本能が理解した。


泥の塊から二本の足が生え、

その足からニンゲンの手のようなものが無秩序に生え蠢いている。

そしてその足がゆっくり持ち上げられ―


―ビチャッ、、


石段を登る。


ソレは真っ直ぐこちらを見ている。


目のようなものがある様には見えない。

だけど、わかる。

私に向かってきている。


逃げたほうがいい。

でも、力が入らない。

ただ、ソレが上がってくるのを待つだけだった。

頭に浮かぶのは根源的な恐怖。後悔。


―そして、


――桜木さんの寂しそうな顔。


「あ、あの、カミサマ……お、お願い、、お願いがあるんです、」


無駄だと解っていながらもお願いを試みずにはいられなかった。


「わ、わたし、私のクラスメイトが――


その先を言うことは出来なかった。

いつのまにか私のすぐ下まで来ていた

ソレの"足"が、わたしの脚を掴んだからだ。


酷く不快な感覚が全身を駆け回る。


「い、いやぁ!!カミサマ!!お願いです!!助けてください!!」


この"お願い"は、自分自身に対してなのか、

クラスメイトの現状に対してなのか私にも判らなかった。


"カミサマ"から返事はなく、ただ、無言。


掴まれた脚が痛む。


"カミサマ"の泥のような身体がこちらに近づく。


恐怖で一杯になりながらも、必死にお願いを繰り返す。

「カミサマ!カミサマ!!お願いします!!私の!!」



――「そいつは神などではない」



「えっ?」

私以外の声の無い世界で、

私の後ろから誰かの声が聞こえた。


次の瞬間、

私の目の前を光が横切る。


私の後ろから人影が現れて、"カミサマ"に飛びかかる。

気づいたときには私の脚に"足"を残してカミサマと"誰か"は視界から消えていた。


「えっ?えっ?」

夢でも見ていたのかと思うような出来事に、ただただ困惑するだけの私。


だが、足にぶら下がったままの腕が私を現実に引き戻す。


――これは夢じゃない。

もし夢だったとしても、まだ覚めてない。


階段の下で激しく争う音が聞こえる。


たぶんさっき後ろにいた"誰か"と"カミサマ"だろう。

脚についた"カミサマの足"を振り払い、私も階段を下りる。


何が起こっているのか確かめないといけない。そう感じた。


階段を降りきった私の目に飛び込んできたのは、

落ちる夕陽が反射して、美しい緋に染まる銀の長髪。

金の鎧に、シルバーのライン。


そしてその存在が放った銀の光の縄で"カミサマ"が縛り上げられる瞬間だった。


「これで終わらせる」

そう呟いた彼(容姿や声から成人男性のようだと思った)は腰の辺りの石の様なものを取り外した。

すると、彼の身体は引き締まり、

髪はまるで、夕陽の色を吸い込むかの様に深紅に染まっていった。


もし()()()神様がいるのなら、

こんな姿をしているだろうという美しさだった。


彼がふたたび腰の石に触れると彼の全身が輝きはじめ、

辺りは明るさを取り戻した。


そして、その光景は、

彼が神の化身であると信じ込むのに充分だった。


それから、全身の光を右手に集めた彼は

一瞬で"カミサマ"の直前まで移動し、そのまま光の拳を振り抜いた。

"カミサマ"の全体に光が広がり、ついには破裂して、

"カミサマ"は、浄化されるように消えていった。


さっきまで根源的な恐怖を感じていた存在が消えて、私は安堵のあまり、

その場にへたり込んでしまった。

そしていろんな感情が一度に湧き上がって、

抑えようとした結果、


私は泣き出してしまった。


声を漏らして泣く私の側に、

いつの間にか彼がきて、

慰めるでもなく、手を差し伸べるでもなく、

――ただ、力強く。

側に立っていてくれていた。


それがなんだかとてもうれしかった。



「落ち着いたか?」

呼吸を整え、涙を拭う私に、彼はやさしく声を掛け、

そして、手を差し伸べてくれる。

私はうなずき、彼の手を借りて立ち上がる。


「あの、話を聞いてもらってもいいですか」

私は思わずそう言っていた。

彼はゆっくりとうなずいて、私が話し始めるのを待った。


そこで私は、ここに来た理由、

クラスメイトの桜木さんがいじめられてること、

都市伝説のこと、

それから、私の"願い事"を話した。


「桜木さんがみんなと話せるように……か」

黙って頷きながら、私の話を聞いていてくれた彼が、ふと、私のお願いを復唱する。


「それは君が本当に望んでいる事なのか?」

えっ、と私は疑問の声をあげる。


「ここに来る途中、君の叫び声を聞いた。

 君はあんなに怖い目に遭いながら、桜木さんに対するお願いを続けようとしていた。

 一度も話したことの無いクラスメイトにそこまでできるものじゃない」



「――君が本当に望んでいるのは彼女、

桜木さんと『君』が仲良く話せるようになることじゃないのか?」


そう言われて、はたと気づいた。


私がいつも想像するのは誰かと楽しそうに話す桜木さん。

そうだ。私は誰かと話している桜木さんが見たいんじゃない。

桜木さんの笑顔が見たいんだ。


「俺は君の思っている様な存在じゃない。魔法みたいに人の心を変えたりは出来ない」


私の目を真っ直ぐに見つめて彼は言う。


「だが、君ならその願いを叶えられる」


だけど、と私は言う。

もし私も無視され始めたら?

……もしも、桜木さんがそんなこと望んでなかったら?



「一人を無視し続けるのは簡単だ」


「――だが、二人なら?」



「誰にも頼れず、誰とも話さず、ずっと一人で耐え続けるのはとてもつらいことだろう」


「――だが、二人なら?」


「もし、二人でもつらいと思ったなら三人目を探せ」

「必ず力になってくれる人がいるはずだ」


そう言って、トン、と私の胸に手を当て、優しい声でいう。

「それを本人が望んでいるかどうかは直接聞いてからでも遅くはない」


言い終わると、彼は踵を返してどこかへと去っていった。

彼が触れた所から温かいものが広がって、私の全身を満たしていく。



いつのまにかカラスがけたたましく鳴いている。

この辺りに巣があるのだろう。

帰ろう。すっかり暗くなってしまった。


私は喧騒の戻った街に歩き出した。




 翌日、放課後。


少し早めに教室を抜け出した私は靴箱の前で桜木さんを待っていた。

心臓がバクバク言っている。


だけど。


昨日、彼に触れられた感触を思い出すと、

不思議と心が静まって、勇気が湧いてくる。


私ならできる。

私は"神様"に力をもらったんだもの。


もう、決めた。

たとえこの先みんなに無視されてもいい。

桜木さんと仲良くなれる可能性があるなら。

私は行動を起こす!


桜木さんとの楽しい学生生活のために!



――桜木さんが廊下の向こうに現れ、うつむきがちに靴箱に歩いてくる。


私は、その前に立って、声をかけた。


「桜木さん!一緒に帰らない?」


彼女は相当驚いたように目を見開き、

数秒固まった後に、



小さくうなずいた。


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