試験
「あー。かったりぃー。」
俺は試験の終わった部屋から出ると大きく伸びをしながら呟いた。ヤベッ。今の聞こえてないよな?思わず周りを見回す。・・・よし。誰も居ないな。
今日は『学校』の入学試験日だったわけだが・・・。
「いくらなんでも簡単過ぎんだろ・・。」
国語は基本的な文字が書けるか。要するに『あいうえお』を書けるかどうか、というレベル。算数もそれの数字版。歴史に至っては知ってる偉人の名前を書くだけ。
むしろこれで何が測れるのか疑問だったが、肉体的な年齢を考えるとこんなもんだろう。地球でいうと、えーと小学校くらいか?こっちの学校の7歳って微妙だな。向こうだとたしか6歳じゃなかったか?いや誕生日早いヤツは7歳からか。
こんなどうでもいいことを考えているのは筆記試験の時間が盛大に余っていて暇だからだ。だいたい1時間ほどあったがあんなもんさくっと10分でカタがつく。字数が多いだけで何も考える必要ないしな。
面接も既に終わっていて後は帰るだけだ。答案も試験官に押し付けて部屋から出てきた。びっくりした顔をしていたが、終わった者から抜けていくのは問題なかったらしい。
「お、早いですな。もう終わったんですか?」
門の所の守衛が話しかけてきた。太ってはいるが鍛えられた体つきを銀色の鎧で包んでいる。言葉遣いが変だが、ある意味この学校らしい。俺は学校側で用意したローブを脱いで返しながら答えた。
「おう。楽勝すぎてナメてんのかと思ったぜ。」
「ふふふ。随分余裕ですな。これは期待できそうです。」
「何がだ?」
「将来の優秀な『ツガイ』候補に、ですよ。」
「・・・。そうか。それじゃまたな。」
「はい。気をつけて。」
手をふって守衛に別れを告げる。やたらイカつい門を抜けたところで学校を見上げた。
幾つかの尖塔が立ち並び、中心に大きな白亜の建物が見える。それを囲う無骨な石の外壁。王都の中では王城の次に巨大な建造物。これが俺の通う予定の学校。
『ワライラ王立学校』だった。
このワライラ王立学校には、国内に幾つかある他の学校には無い、とある特色がある。
それのひとつが『魔法ツガイ養成カリキュラム』だ。
このアビブ大陸においては戦争が多い。今までずっと重ねてきた歴史の中で、アビブ大陸を統一しようといくつもの国が生まれ、消え、合併し、分裂し、新興し、退廃していった。魔法ツガイはそんな中で生まれたひとつの可能性だった。
それまで生活にしか役に立たないと思われていた人類の魔法は、たった二人の男女が力を合わせるだけで、その何倍もの兵士を倒すことが出来た。それまでの兵士教育に比べ、はるかに安全に、安価に強い駒を育てることができた。なにせ怪我をするような訓練をすることもなく、ただ言葉を交わすだけだ。各国の為政者はこれに飛びつく。
しかしここで誤算が生じる。感情が強ければ、その分強い魔法を行使できるとあって、感情のままに過ごしていた人々は、それぞれが理性のリミッターを外し始めたのだ。
強要、浮気、暴行、略奪、監禁、エトセトラエトセトラ・・・。およそ恋愛関係における全ての醜態が晒された。むき出しの感情にさらされて次第に人々は荒れていく。戦場では敵の魔法ツガイにやられるより、痴情のもつれでの死傷者のほうが多くなる、という笑えない事態になった。
痴話喧嘩なんて表現が可愛らしく思えるほどの暗黒期が訪れた。それぞれの国は乱れに乱れ、あわやすべての国がなくなる寸前までいった。
ことここに至ってようやく為政者たちは気づく。
『このツガイのシステムはとてつもなく危険だ』と。
いくら安価で、いくら強力でもそれが制御できなくては意味がない。いつ火が着くかわからない爆弾を抱えて敵陣に向かうのと変わらない。
そこで考えられた対策が教育――――貞操観念、モラルについて教えることだった。
何を悠長な、と思うかもしれない。
しかし理性を無くした人々が今更、元のような生活に戻れるわけもない。そういった期待を託すのは次世代から。為政者たちはそう決めて、生まれた子を親元から引き離し徹底した教育を施した。
その甲斐あって次第にモラルは回復していった。当然、前世代の批判は大きかった。しかしそうした前世代の中でもこのままでは滅亡する、といった懸念もあったため、改革は受け入れられていった。
その理念の元に設立されたのが『ワライラ王立学校』の前身となる教育機関だった。そうしてモラル改革が終わり、健全な風紀が民衆に満ちたとき、現在の学校に再編された。
『ツガイ』のために乱れたモラルを正しく教える場所から、
『ツガイ』を守り、優秀な者を正しく育てるための場所へ。
さて、では優秀なツガイとはなにか。
それぞれの役割ごとに考えると求められるものがわかる。
女性の役割は力の源。求められるものは感情の揺れ幅(=行使できる魔力量)と魔力保有量。
男性の役割は魔法の調整者。求められるのは魔法を構築する技術、魔法展開速度、そして魅力だ。
魔術初級編に書いてあったように『最も強く感情が揺れ動く、他者とのつながり』とは『恋愛』だ。そしてその状態にするために必要なのが魅力だ。要するに異性を惹きつけるもの。
それは容姿だったり、財力だったり、性格だったり、はたまた武勲だったりする。
それらは持ってるだけでは役に立たない。それを活用するためにある程度の教養も必要になる。
容姿ならば女性に気に入られる仕草、財力ならばその使い道、性格ならば相手に気に入られるコミュニケーション方法。
それらを教えることが今のワライラ王立学校の教育方針だった。
まぁざっくりまとめるとこの学校は『リア充養成学校』というわけだ。
しかしなにも男性だけが特別にこの学校で教えられるわけではない。
男性がいくら努力をしても、それを受け入れる女性の側に問題があれば関係は成立しない。その意識教育をすると同時に、学校にいる間は感性も育てられる。『感情の揺れ幅』を大きくするために『純粋』に育てられるのだ。
『何年もの人生経験を積んできた老人』と、『何も知らない幼女』では同じ出来事でも純粋な幼女の方が感情が大きく揺れ動く、といえば理解できるだろうか。
ある意味、洗脳に近いわけだが、これを狙って親が花嫁修業代わりに学校へ通わせる場合もある。礼儀作法も教えるとあって大人気なのだが、前述の効果を狙って学校へ送る場合、ジャジャ馬である事が多い。
ジャジャ馬、というのはきっと――――
「ちょっとあなた!先ほどの皆さんへの態度!失礼にも程がありますわッ!」
コイツみたいなやつの事だろうな、と目の前で翻る金髪を見ながらそう思った。