狼狩り
結局夜に差し掛かってもアラートラットは現れなかった。
戦果はゴブリンの武装とスライムの綺麗な石、それと薬草だけだ。やはり【妖精眼の射手】の効果を確かめられなかったのは痛い。
「チャルナ。後で正座してカットしたレモン頭に乗っける刑。」
「うにゃ?マスター、せいざってなに?」
「座り方の一つだな。反省する時やかしこまった時にする座り方だ。」
「よくわかんないけど座ってるだけならだいじょぶだよー?」
「あとで同じ事言えたら褒めてやる。」
今日の探索はもう終わりにして、街道に出た。その時、遠くから警報が聞こえてきた。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
しめた!この音はアラートラットの警報魔法だ!最後の最後にツキが回ってきたぜ!
「チャルナ!音の方向はわかるか!?」
「えっとね。この道を街の方向に行ったとこだよ!」
「よし行くぞ!」
初っ端から全力で走り出す。チャルナも送れずについてきてる。ようやく見つけた獲物だ。絶対に逃がすわけにはいかない。
しばらく走ると、何かの叫び声や戦闘の音が風に混じって聞こえて来る。目を凝らすと薄闇の中に何人かの人影と、馬車、それにいくつもの地を走る獣の姿が見えた。警報の魔法で集まった獣が丁度居合わせた商隊にでも襲いかかっているらしい。ならばそこにラットが現れる確率が高い。
さっさと戦闘を終わらせて、ラットをおびき出すか。ラットは戦闘で死んだ死体を喰らうから、戦闘中は絶対に出てこない。だからこいつらをさっさと片付ける!
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を撃つ 破敵の弾丸 いざここに!』」「『魔法弾!』」
手にしたフライクーゲルではなく、詠唱した魔法弾を空に向けて打ち出す。属性は光。形は球型。性質は浮遊しながらその場に留まること。要は照明弾の代わりだ。
打ち上がったバレットが鮮烈な光を放つ。前もって準備していた俺はともかく、戦っていた連中はたまったもんじゃない。暗闇に慣れてきていた目は突然の光で何も見えないに違いない。全てをモノクロに染める強い光の中、襲っていた獣の正体を確認する。
「灰色狼か!」
それはギルドで警告されていた灰色狼の群れだった。元々、未開地から東の森へ流れて来た魔獣だったが、最近様々な場所で目撃され、多くの被害が出ている。
その名の通り、灰色の毛皮を持つ狼で、特徴として非常に獰猛で群れで狩りをすることから危険な魔獣として度々討伐されているという。今も10匹の群れが馬車を襲っていたように人にも躊躇なく襲いかかってくる。
その厄介な特徴は――――
ルゥオオオオオオオオオオオオオオーーーーーン!!
照明弾の光が落ち着き、軽い失明状態から回復した1匹が空に向かって声を上げる。あたりの空気を震わせる大音声。その間に他の狼も回復して体勢を立て直す。
そしていっせいにこちらに視線を向けた。
金色に輝く瞳が10対。新たな闖入者である俺に向けられていた。
先ほどの組織だった動きからもわかるようにこいつらの連携は厄介だ。なにせ魔法で意識を接続・同調しているので、『10匹の狼』ではなく、『1個の集団』として機能する。ある意味こいつらは軍隊なのだ。それぞれ役割を分担し、目的のために個々を切り捨てることさえする。間違っても駆け出しの冒険者が戦う相手ではない。
―――普通なら。
俺は獲物を見据えながら、手の中のフライクーゲルを握り締めた。消えかけた照明弾が薄く辺りを照らす中、俺は笑みを浮かべた。
個々の狼はそれほど強くない。だが集団戦となると俺でも勝てるかどうかわからない。その力の無さが腹立たしいと共に、強くなるためのエサが目の前にいると思うとワクワクしてくる。 鍛錬をやり始めた時と同じだ。ドルフにはかなわない。だが、己がまだまだ上に行けるのが楽しかったのだ。己の体が思った通りに動くことも拍車をかけた。そうでなければ旅の途中で剣の鍛錬などやめている。
道をひたすら突き進む快感。それは転生前の俺には馴染みがなかった感情。
目の前の獲物を倒すことでそれを得られるというのなら―――
「分の悪い賭けも悪くない、な。」
そう呟くと同時に照明弾が消え、堰を切ったように狼どもがこちらに走ってくる。そのうち4匹が途中で立ち止まった。そして咆吼魔法の詠唱を始める。
「「「「ルゥオオオオオオオオオオオオオオーーーーーン!!」」」」
4重に重なった咆吼と共に展開される魔方陣。
灰色狼の魔法『ハウリング・ホラー』。音を媒介に対象の精神に影響を与え、恐怖を増幅し萎縮させる魔法だ。これを喰らった相手は普段のような動きができなくなる。俺はそれに対して息を思いっきり吸い込む。そして腹の底から声を出した。
『うるせえええええええええええええーーーーーーーーッ!!』
こちらも魔法を使い、何倍にも増幅した怒声を吐き出す。ビリビリと空気が震え、周りの木々が揺れた。狼どもは俺の声に驚き、その足を止めた。
「ビビったか?」
俺はフードの下でニヤリと笑いかけた。
声を媒介にするならこちらもそれを打ち消すほどの音を出せばいい。そもそも恐怖を増幅するというのなら、恐れを抱かなければこの魔法は効かないんだ。獲物に恐れを抱く奴がどこにいる。
止まった個体に向けて、引き金を引き、魔法弾を放つ。
ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!
両手でそれぞれ3発ずつ、計6発の光球が高速で狼に迫る。前衛を勤めていた6匹の内、4匹が魔法弾に当たり後方へと吹き飛んでいった。残り2発はギリギリでよけられる。
硬直から立ち直った奴から俺に向けて走り出した。前衛が2匹、詠唱をしていた後衛が4匹。合流して計6匹か。
魔法が効かないからと、接近戦で俺を仕留める気か?いいだろう。俺はフライクーゲルを仕舞い、格闘戦に応じることを決めた。
こちらからも走り寄りながら、俺は叫ぶように詠唱した。
「『我と我が名と我が標ッ! 誓いによりて敵を断つ 破敵の双剣 いざここにッ!』」「『ツイン・ソード・クラフトッ!!』」
半透明の光る双剣が俺の両手に現れる。それを手に取って俺は体を低く沈みこませた。
一瞬前まで俺の頭があった位置を先頭の狼の爪が通りすぎる。体をひねって回転させながら左手の剣を振り抜き、そいつの両前足を足首の辺りから切り落とした。
狼の体が地面に激突する音を聞きながら、俺は右から突っ込んでくる狼の眉間に剣を突き刺した。月光を反射しない、鈍い色合いの毛皮に半透明の剣が埋まる。
「ギャウッ!」
短くうめいてそこに倒れる。3匹目は2匹目の影にいたようでいきなり飛び出してくるが、仲間の死体が邪魔をして踏みとどまっているところで首を落とされた。これで3匹。
連携をとっている分、一度そこを崩されると案外脆い。最初の奴が役目を果たさず死んでいくならなおさらに。
残った3匹が左右と正面から同時に攻めてきた。数に頼ればなんとかなるって?甘いな。
俺は稽古で兄二人を同時に相手取っていた時を思い出す。なにかしら計画を立てても最初の行動を抑えて、残った方の動きに注意すれば負けることはなかったんだよな。
俺は正面に向かって走り出す。
左右の敵が方向転換使用と動きが止まった瞬間を狙って、両手の剣を投げつけた。
このタイミングで攻撃されると思っていなかったのか、2つともあっさりと首と眉間にそれぞれ突き刺さった。それを横目に最後の1匹に向かって、腰のナイフを抜き放った。
噛み付こうとする狼を横にステップしてかわし、その首に鋼鉄のナイフを突き立てた。強化された身体能力で無理やり押し込み、最後に思いっきり引き抜いた。そいつはその場にドウッ!と音を立てて倒れこみ、少しの間もがいていたが、そのうち動かなくなった。
はぁ。ようやく終わったか。おっと、最初に足だけ切って放置してあるやつもトドメを差しておかないと。
そう思って振り返ると、そこにいたのは前足から血を流してピクリとも動かなくなっている狼。
そして目を回して倒れているチャルナだった。
「・・・・。チャルナ。お前は何をしているんだ?」
「うにゃー・・。だってマスター、いきなりピカー!ってするんだもん。びっくりしちゃったよ。」
「お前ってやつは・・・。」
さっきまでシリアスな展開していたのにこいつのせいで一気に気が抜けた。ネコなだけに感覚が鋭い分、あのいきなりの閃光に驚いたのかもしれないが、それでもやっぱり正座レモンの刑で確定だな。ため息をひとつついてこいつのことは頭の隅に追いやる。
さてと、ようやくお目当てのアラートラットを探せる。辺りの地面を見回していると銀色の鎧を身につけた足が目に入る。
「ん?」
視線を上に向けると鎧姿の男がこちらを伺っていた。俺が意識をそちらに向けたのに気づいたのだろう。姿勢を正して声をかけてきた。
「この度は私たちにご助力くださり、まことにありがとうございますッ!おかげさまでこちらの損害は少なくて済みました!」
ああ襲われていた馬車の連中か。こいつらのことは正直、眼中になかったんだよな。どうでもいいつーか。獲物に襲われていただけなので形的には助けたように見えるが、丁度居合わせただけなんだよな。適当に礼だけ受け取ってお帰り願うか。
「礼を言われるまでもない。」
「それでこの件で我が主が礼を申し上げたい、と仰っているのです。」
・・・めんどくさそうだ。こいつらマジでとっとと帰ってくれないかな。抵抗するのもアレなので誘導に従いついていく。
白塗りの馬車の眼の前まで来た。近くで見ると普通の馬車よりも金をかけたものなのがよくわかる。こんなのに乗るってことは貴族か、それに準ずる大商人だろうが・・・何故か家柄を示す紋章の部分が無い。
なんだこの馬車。怪しさ全開だぞ。・・・・いや、こんな夜中にフード被って灰色狼を全滅させた奴が言えるセリフじゃないけどさ。
「あなたがわたくし達を助けてくださった方ですか。今回の件、まことにありがとうございました。」
馬車の中から女、というよりも女の子の声が聞こえてきた。それほど、年は上じゃないみたいだな。下手すると同い年くらいか。幼さが残る声で精一杯背伸びしているような印象がある。声の主は馬車の中から出てくる気配はない。すだれのような覆いの向こう側から声をかけてくるだけ。まぁ出てきたら俺もフード取らなくちゃいけなくなるから都合がいいけどな。
「訳あって顔を見せない無礼をお許しください。それでよろしければあなたのお名前を・・・。」
「こちらにも訳があって顔と名前は教えられない。だが、感謝の意は十分受け取った。」
「あなたも?・・・もしやそちらも『ワライラ王立学校』に?」
ん?向こうさんも王立学校に行くのか。どうりで顔を見せないわけだよ。あの学校の決まりごとがあるからな。
「ああ、今年入学だ。」
「まぁ!すごい!すごいですわ!私と同じ年で灰色狼の群れを倒すなんてッ!」
えらく興奮した様子の女の子。このテンションで学校で話しかけられたら面倒そうだな。幸いフードで俺の顔はわからないはずだ。正体がバレる前にさっさと切り上げることにしよう。
「それでは俺たちはこれで。」
「あ!待って下さいまし!お礼の品がまだ・・・。」
「チャルナ!撤収するぞ!」
「うにゃあー。マスター、待ってよー。目がまだチカチカするぅ〜。」
フラフラしたチャルナを引っ張って森に駆け込む。後ろからは慌てた雰囲気が伝わってくるが付き合う義理はない。
しばらく進んだところで身を伏せて連中が遠ざかるのを待つ。横でチャルナは眠そうに欠伸をしていた。コイツめ、結局あまり役にたってないじゃねーか。
何分か待つと、チャルナが馬車の動く音を捉える。ようやく行ったか。
街道にまで戻ると、灰色狼の死体が片隅に積まれていた。こいつらの皮をはぎ取りつつ、アラートラットを待つことにした。
毛皮の下にナイフを潜り込ませながら、さっきの女のことを考える。あれほどの馬車、少なくとも地方の辺境貴族などでは買えないだろう。案外、大物貴族の娘だったのかもな。せめてお礼の品とやらを貰えば良かったが、なんとなくあの手の女は苦手なんだよな。なんつーか地球にいた時に、芸能人を見かけて大騒ぎしていたクラスメイトに似てる。
チャルナはペットだから除外するとして、俺の同年代の女って転生してから今までいなかったからな。そもそも同年代と言うと7歳くらいだから、『ツガイ』として見れるか、と言うと微妙だし。7歳を口説く28歳の男(精神年齢)。・・・うん。犯罪の匂いしかしねぇ。
そんなことを考えながら毛皮を剥いだが、結局ラットは現れず、俺たちは宿に帰っていった。
余談
「こんな時間までチャーちゃん連れてどこ行ってたの!?遊びに行くのもいいけど夜になったらきちんと帰ってきなさい!」
「想定外のトラブルはよくあるもんだ。気にするな」
「あんたトラブル起こす側でしょうがッ!というかチャーちゃんはなんでレモン頭に乗っけてるの!?」
「うぇぇぇぇぇ・・・。マスターこれ取っていい・・?なんかあたしこれの匂いキライ・・・。」
「ダメだ。言っただろう。お仕置きだって。」
「だからなんであんたは私に説教食らいながらチャーちゃんにお仕置きしてんのよ!?」
※補足
猫は柑橘類の匂いが嫌いです。
面白半分で猫の鼻に果汁をつけるのはやめましょう。