14-B
デビルミールは、渡り鳥などに偶然付着した胞子を元に、群生地を増やしていくファミリアらしい。
最初の仕事で戦ったマンイーターといい、今回のデビルミールといい、オルトリンデには、隣国から運ばれてくるファミリアが非常に多い。
でも、それはどうしようもないことだ。そして、そうやって入ってきたファミリアたちを殺すために、傭兵がいる。
逆を言えば、奴らが入ってきてくれなきゃ、傭兵は仕事にありつけないわけだ。
ファミリアのおかげで、傭兵たちが生活できている事実。
これもまた、受け入れざるを得ないんだよね……。
街の中心部にある役所で、私たちは所員らを交え、明日の仕事についての打ち合わせを行った。
明日は、役所の人間ほぼ総出で、私たちに同行するようだ。
私たちがデビルミールの群生範囲を調べ、彼らが森に火をつける。
事前に、ノエリアから説明を受けていた通りだ。
打ち合わせが終わり、会議室を出ようとした時、まだ座ったままだったノエリアが、何かを思い出したように「あ」と発した。
席を立って歩き始めていた所員たちが、彼女の方へ振り返る。
「そうだ。これとは別に、聞きたいことがあったんだ」
「なんですかな?」
そう言って席に戻ったのは、同行班のリーダーで、環境課の課長さん。丸いメガネをかけた、人の良さそうな小太りのおじさんだ。
「先ほど、街の警官から聞いたんですけど、この街の方が数人行方不明になったとか」
私も、そのことは少し気になっていた。
それを聞いた課長は、「ああ」と漏らして苦い顔になる。
そして、その目がゆっくりと私を捉えた。
「行方不明になったのは、……えぇと、ティナさんでしたかな。あなたと同じくらいの年齢の、3人の女の子だそうです」
そう言ってから、テーブルに肘をついて重ねた手の上に、顎を乗せる課長。
「彼女らが行方不明になったことが判明したのは、一昨日の朝。森でデビルミールが発見された次の日です。我々は管轄が違うので、そこまで詳しく知っているわけではないのですが、警察署の方では相当な騒ぎになったようですよ」
そして課長は、部屋の隅で立ったままでいる部下たちに、手で退室を命じた。
ぞろぞろと会議室を出て行く部下たちの方を見ながら、課長は続ける。
「まぁ、私も気になりましてね、後で警察へ話を聞きに行ったんです。ちょうど、知り合いに警官をやっとる奴がいるものでね。それで、そいつにいろいろと話を聞かせてもらったところ、一つ、気になることがあったんですよ」
「気になること、ですか」
わずかに身を乗り出すノエリアに対し、課長は「ええ」と頷く。
「彼女らが姿を消す前日の夕方頃に、街の近くを一台の馬車がうろうろしていたそうなんです」
「馬車?」
「ええ。幌付きの、大きな馬車だったそうです」
「――!」
私だけでなく、ノエリアとフランカも、その言葉に硬直した。
「少し離れた場所を走っとったようでして、どんな人間が何人乗っていたのかはわからなかったようですがね」
私は、動かない首を無理矢理動かして、隣のフランカを見やる。
彼女もまた、私と同じようにして、こちらに顔を向けていた。
課長は、一息ついて椅子の背もたれにもたれかかり、腕を組む。
「……警察は、今日になっても失踪事件として捜査を続けとるようですがね、私は別の可能性を考えとりますよ」
「誘拐事件……」
ノエリアがぼそっと言った言葉に、課長は少し驚いたような顔をしてから、頷いた。
「私だけじゃない。馬車のことを聞いたここの連中の中にも何人か、ただの失踪事件じゃないんじゃないかと思っている者たちがいる。……あなたのようにね」
無言のまま見つめ合っていた私とフランカは、ノエリアの方へ視線を移す。そうして、彼女の言葉を待った。
しかし、先に話し始めたのは課長の方だった。
「気になるなら、協会支部へ行かれた方がよいのでは? あそこなら、我々や警察とは異なる情報を掴んでいるかもしれませんよ」
確かに、彼の言う通りだ。私が「ノエリアさん」と声をかけると、ノエリアは「そうね」と呟いて立ち上がった。
「協会支部へ行きましょう、ティナ、フランカ」
私たちが「はい」と返事をすると、ノエリアは課長の方へと顔を向ける。
「それでは、また明日。よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして会議室を出た私たちは、役所を後にした。
そうして、キュラールの協会支部で、私たちは行方不明になった3人の少女の名前を知ることになった。
……胸騒ぎの正体は、これだったのか。
シーラ・クレイン。ノタリオで出会った美人娼婦、リネット・クレインの妹。
彼女の名が、行方不明になった3人の中に含まれていた。
その名前は、ノエリアやフランカにも伝えていたので、彼女らも言葉を失った。
「もしかして、お知り合いですか?」
応対してくれた若い男性協会員は、私たちの様子から何かを感じ取ったようだ。
それに対し、ノエリアは「ええ、まぁ」と曖昧に頷く。
協会員は「そうですか」と小さな声で言ってから、手元の資料に目を落とす。
「馬車の件は、すでに周辺の支部へ電報を打ってあります。そこからさらに遠くの支部へ情報が送られていくでしょう」
「返信は?」
ノエリアの問いに、首を振る協会員。
「まだ、どこからもありません」
「そう……」
溜め息をつき、頭を掻くノエリア。
「それじゃあ、今以上の情報は無いわけね」
「ええ」
協会員の答えを聞いてから、ノエリアは「ありがと」と言って、私たちの方へ振り返る。
「行きましょう」
私は大きな不安を抱えたまま、ノエリアたちに続いて支部を出た。
夜になっても娘が戻らないことを、母親は動かない身体を必死に動かし、近所の家に知らせたらしい。
その母親とはもちろん、リネットとシーラの母親。リネットが言っていた通り、ほとんど寝たきりの状態だったようだ。
それと時を同じくして、ほか2人の少女のことも、警察に連絡が入った。
その日、街の大人たちほぼ総出で街の中や周辺を探して回ったけれど、結局、3人を見つけるには至らなかったらしい。
そして、2日が経った今もまだ、有力な手がかりは無い。
「……やはり、ヘルヘイムの仕業なのでしょうか」
コートや靴など、明日の仕事に必要な物を買い揃え、宿へ帰る道すがら、フランカのこの質問から会話が始まった。
「う~ん。まだなんとも言えないかな。幌付きの馬車くらいしか情報は無いわけだし」
ノエリアの答えに、「そうですよね」と溜め息をつくフランカ。
「でも、偶然の一致とは思えませんよね。幌付きの馬車が目撃された次の日に、女の子が姿を消す。ほかの街で起きた事件とそっくりですもの」
「そうだね。同一犯、もしくは同じ組織の仕業って可能性は、充分考えられる。でも、それ以上の進展が無い限り、どうしようもない状況は続くよ」
……もしも、その馬車が人身売買を目的としてこの街へやってきたのだとした場合、少女たちが姿を消した理由はただ一つしかない。
「……行方不明になった女の子たちは、売られてしまったってことですか?」
「まだ、その結論を出すのは早いけど、可能性はあると思う」
でも、そうだとしたら一つ、解せないことがある。
「私は、その可能性は無いと思います。少なくとも、シーラさんに限っては」
「どうして、そう思うの?」
ノエリアもフランカも、真剣な目つきで私を見る。
「だって、シーラさんのお母さんは、ほとんど寝たきりの状態だったんですよ? リネットさんが言うには、シーラさんとお母さんは2人暮らし。ということは、シーラさんがお母さんの世話をしていたと考えるのが普通じゃないですか。……シーラさんを売ってしまったら、一番困るのはお母さんのはずです」
フランカは「確かに」、ノエリアは「そうね」と声を漏らす。
「……もしかしたら、人身売買っていう考えが、そもそも間違っているのかも」
ノエリアの言葉に、私はピンと来た。
「売買されたんじゃなくて、……攫われた?」
フランカは息を呑み、ノエリアは小さく頷いた。
「その可能性も、考える必要が出てきたかもね……」
全く別の可能性を見出したところで、私たちは宿に到着した。
入浴を済ませた私は、ベッドに腰掛けて、ある物を眺めていた。
それは、リネットに託された、彼女の妹シーラへの手紙。
「……」
今すぐにでも、彼女を探しに行きたい気持ちはある。どんどんその思いが強まっていくのを感じる。さっきから、その感情を抑えることに必死な自分がいる。
……でも、そんなことをしても無意味だということも、充分に理解していた。
探しに行くにしても、手がかりも無いんじゃどうしようもない。
闇雲に探し回っても、時間を無駄にするだけだ。現実的でないことは、わかってる。
「くっ……」
強烈な焦燥感が、私の理性を削り落としていく。
そのあまりのもどかしさについ手に力が入り、手紙を握り潰しかけたところで、ハッと思考のトンネルから抜け出した。
少しシワになってしまった手紙を伸ばし、バッグの中に戻す。そして、溜め息。
「ティナさん……」
そこへ、いつの間にかお風呂から上がったフランカの声が届く。
顔を上げると、何かを言いたそうな表情のフランカがすぐそばまで来ていた。
「……大丈夫だよ、フランカさん。あてもなく飛び出していくなんて馬鹿な真似、するつもりはないからさ。明日の仕事のこともあるし」
努めて平静を装ってそう言い、笑顔を作る。
その時、ドアが開いて、水を取りに行っていたノエリアが部屋に入ってきた。
「あら、2人共もう入ったんだ」
そう言いながら、水の入ったポットを保冷庫に入れる。
「それじゃ、私も入ろうかな」
浴室へ入っていくノエリアの姿を見送ってから、私は再びベッドに座る。
その横に、フランカが腰を下ろした。そして、そっと私に肩を寄せてくる。
石鹸の優しい香りが、心地いい。
「大丈夫です。必ず、見つかります。……信じましょう」
囁くような声が、心にしみる。
小さく頷き、目を閉じる。
……そうだ。信じよう。
私たちには、信じることしかできないのだから。




