14-A
翌日早朝、私たちはノタリオに別れを告げ、馬車でフェンテスへ向かった。
私のバッグの中には、リネットが妹に宛てた手紙が入っている。
それを届けることについてノエリアに相談したところ、あっさり承諾をもらえた。
これも仕事だと思って、あなた自身が責任を持って必ず届けなさい、とも言われた。
予定通りに、昼前にフェンテスに到着した私たちは、店で食事をした後、汽車に乗って北東へ出発。
その車内で、ノエリアやフランカと話をしながらも、頭の中ではずっと手紙のことを考えていた。
だって、思えばこれって、私が初めて自分で請け負った仕事みたいなものじゃない?
……しっかり、やり遂げなくちゃ。
もちろん、傭兵候補生としての仕事も、ちゃんとやらなきゃいけないけど。
3時間ほどの汽車の旅を経て、私たちはキュラールの駅に降り立った。
「相変わらず、静かなところね」
ノエリアの言葉通り、駅のホームには私たち以外の人影は無く、改札を抜けて駅舎を抜けても、まだ人とすれ違わない。
汽車の中から見ていても、この辺りは青々とした草原地帯が広がる自然豊かな土地で、その中に突然ぽつんとこの街が見えるようになるまで、民家はまるで無かった。
遠くに大きな山が見えるこの街は、リネットが言っていた通り、それほど規模は大きくないようで、駅を出てしばらく歩いてみても、人の姿はまばらだった。
だけど、長閑な田舎町という感じでもないようだ。
「ん? なんか、やたらと警官がいるなぁ」
訝しげに呟くノエリア。
「確かに。何かあったのでしょうか」
フランカも、少し不安げだ。
通りを歩く住民よりも、制服を着た警官の方が多いように思える。
彼らは辺りに目を光らせながら歩いていて、私たちを見つけた2人の警官が、厳しい目つきで歩み寄ってきた。
「お前たち、旅行者か」
2人のうち、若い方の警官が、私たちをジロジロと見ながら聞いてくる。上から見下ろすような態度に、ちょっとムカッと来た。
「いいえ? 私たちはこの街へ仕事に来た傭兵だよ」
淡々としたノエリアの返答に、2人の警官は目を見合わせる。
「何か、身分を証明できるものは持っているか」
「ああ、……はい、これ」
ノエリアはマーセナリーライセンスを出して、若い方の警官に渡す。そして、私とフランカを手で指し示す。
「私は、傭兵候補生であるこの子たちの担当官なの」
「傭兵候補生ぃ?」
ライセンスの確認を終えた若い警官が、それをノエリアに返しながら私たちを睨む。
すると、彼の横にいる中年警官が、「ああ」と思い出したように声を出した。
「そういえば、聞いたことがあるな。確か、今年から試験的に始まった新しい制度だとか」
「そう、それそれ」
ノエリアが中年警官を指差し、若い警官は「へぇ~」と、珍しい物でも見るように私たちを見てきた。ムカつくので、目を逸らしてやる。
「引き止めて悪かったね。行っていいぞ」
中年警官は私たちにそう言い残し、若い警官と共に歩き去ろうとする。
その背中に、「あのぉ」とノエリアが声をかけた。
「宿の場所、教えてもらえます?」
振り返った警官たちに、ノエリアは愛想笑い全開で問いかける。すると、中年警官がある方向を指差した。
「街の中心の方へ行ってごらん。そこにいくつかあるから、好きなとこに泊まりな」
「どうも~」
再び歩き出した警官らの背に手を振ってから、ノエリアは思い出したように「あ」とやや大きめの声を発した。その声に、警官たちはまた振り返る。
「ところで、何かあったんですか?」
そうにこやかに問うノエリアに、中年警官が「ああ」と頷く。
「一昨日、数人の住民が行方不明になってな」
「行方不明?」
不穏な単語に、ノエリアの笑みが薄れる。そこで、若い警官が割って入ってきた。
「余所者のお前たちには関係のないことだ。気にするな」
そう言い捨て、中年警官に「行きましょう」と声をかける。
「ん、ああ、そうだな。まぁ、そういうわけだ。じゃあな」
そうして、2人の警官は立ち去って行った。それを見送り、私たちに「行こう」と促すノエリア。
私は、わずかな胸騒ぎを覚えながらも、あまり気にすることなく、フランカと並んでノエリアに続いた。
中年警官が教えてくれた通り、街の中心部にはいくつかの宿が並んでいた。
街は小さいけど、周辺には豊かな自然があるから、そういうのを観光にくる客がいるのかもしれないな。
一番大きい宿を選んだ私たちは、その宿で最も広い部屋を取った。
広いと言っても、これまで泊まった宿と比べるとそれほどでもないし、ちょっと見劣りはする。
掃除は行き届いているようだけど、壁の色や家具の古さから、それなりの歴史を感じる。
ベッドも古いけど、枕やシーツは新品のようにきれいだったので、ちょっと安心。
ただ、そのベッドは二つしかなくて、もう一つ運び入れられるようなスペースも無い。
「それでは、一緒に使いましょうか、ティナさん」
「へ?」
それを見てそんなことを言い出すフランカ。楽しそうな満面の笑みを浮かべて。
「それじゃあ私は、一つ丸ごと使わせてもらおうかな」
すかさずといった感じで、ノエリアはニヤニヤしながらベッドに腰掛ける。
そんな2人の様子に、私は不満を抱えつつも、何も言えないのであった。
ここでの仕事は、いつも通りファミリアの駆除だ。
駆除対象の名前は、デビルミール。
私たちが食用として採るキノコにそっくりの見た目をしていて、専門家でも見ただけでは判別できないほどに酷似しているらしい。
でも、いくら似ているといっても、そいつはファミリア。当然、人間を襲う。
普段は動かずにいるけど、人間が近づいてくれば途端に動き出し、襲いかかる。
1体動き出すと周りにいる奴らも一斉に動き出すため、襲われればかなりの脅威となる。
だけど、奴らには見た目通りの特徴もあって、キノコが生えるような湿気のある場所でないと生きていけないのだという。日の光にも弱いため、その行動範囲はかなり狭い。
だから、最初にデビルミールに遭遇してしまった住民も、すぐに逃げることができたらしい。
デビルミールが発見されたのは、ここキュラールから西へ30分ほど歩いたところにある森の中。
住民が発見してからは、誰も森に立ち入ってはいないようだ。
発見から、すでに3日が経っている。
奴らは、普通のキノコと同じように胞子で増えることに加え、その成長速度は著しく速い。
そのため、発見時よりも群生範囲は広がっているだろうと、ノエリアは予測した。
だからこそ、できるだけ早く片付けるべきなんだろうけど、仕事は明日からの予定。
しかも、今回は街の人たちの協力も必要になるため、私たちだけ準備ができていても意味がない。
というわけで、私たちは、宿の部屋でゆったりと過ごしていた。
私は、ずっと考え事をしてたけどね。もちろん、手紙のことだ。
「とりあえず、街の役所に挨拶に行かないとね。あ、それと、燃やしてもいい服も買っておかなきゃ。レインコートが、安くていいかも。あと、長靴も……」
思い出したように喋り出したノエリアは、思案顔のまま、コップの水を飲み干した。
「……森、燃やしちゃうんですよね」
私の呟きに、ノエリアは「ええ」と答える。
「自然を破壊することに何も感じないわけじゃないけど、そうでもしないと奴らを完全に駆除することができないからね」
今生えている奴らを倒すだけでは、意味が無い。デビルミールの説明をする際、ノエリアはそのことをしつこいくらい言っていた。
まず、奴らを剣で斬ったり、踏み潰したりするのは駄目。なぜなら、そうすることでそいつらは死んでも、奴らの胞子が死ぬわけじゃない。
だから、殺した奴の死体からまた新しいデビルミールが生えてきて、結局元通りになってしまう。
次に、たとえ生えているデビルミールをきれいに片付けられたとしても、おそらくまた近いうちに元通りになってしまう。
なぜなら、すでに奴らが放出した胞子が、森の中に広がっているだろうからだ。
そういった理由により、デビルミールを完全駆除するためには、群生地帯ごと全てを焼き尽くすしか無い。
奴らは胞子に至るまで非常に熱に弱いため、燃やせば一瞬で方がつく。
それ以外に、奴らを殺し尽くす方法は、無い。
私たちの仕事は、森の中へ入り、デビルミールの群生範囲がどの程度まで広がっているのかを確認することだ。
人が近づけば奴らは動き出すため、戦闘の可能性はある。だから、一応剣は持っていく。
でも、おそらく倒してもキリがないだろうとノエリアは予測し、火を灯した松明も持って行こうと決めた。
奴らは火を恐れるため、無駄な戦いを避けることができる。
そうして群生範囲を特定したら、あとはその範囲よりも一回り大きな範囲を焼く。
そのために、街の人々の協力が必要になるわけだ。
森を焼くことについては、当然、反対意見も多かったらしい。
それでも、このまま森全体を駄目にするか、範囲が広くとも一部だけを犠牲にするかを天秤にかけさせられた住民らは、森を焼くことを選んだ。
「焼いた森は、すぐには元に戻らないだろうけど、新しい木を植えれば、いずれ元の姿を取り戻す。街の人たちは、そうやって自分たちを納得させたんだよ」
そう言って、ゆっくり立ち上がるノエリア。
「その森は、この街の人にとってそこまで大切なものじゃない。失っても、街周辺の自然のほんの一部が消えるだけ。だけど、今まで当たり前にそこにあった物や景色が変わるのは、やっぱり嫌なものなんだろうね」
……なんだか、わかる気がする。
「まぁ、中には、木々はもちろん、森に暮らす生物たちの住処や命を奪うことに、本気で心を痛める人たちもいたようだけど」
その気持ちも、わかる。
「それでも住民たちは、全体を守るために一部を切り捨てる決断をした。私たちは、それに従うだけだよ」
壁に掛かっている鏡で簡単に身だしなみをチェックしたノエリアは、ベッドに座る私たちの方へ振り返って、「さ、行こうか」と言った。
私たちは「はい」と返事をして立ち上がり、ドアを開けて廊下に出て行くノエリアの後を追った。




