11-B
商業都市ビダオラの北東には、いくつもの小さな山が連なっている。そのほとんどが、貴族の所有物らしい。
豊かな自然はあるものの、特に何かしら資源が採れるわけでもない、何の変哲もない山。
どうしてそんな物を貴族が欲しがったのかはわからないけど、有り余る金であらゆる物を買い漁るのが貴族でしょとノエリアに言われ、ああ、なるほどと納得してしまった。
たぶん、ちゃんとした理由なんて無いんだろう。
山があったから買ったとか、周りの貴族が買ったから自分もとか、たぶんそんな感じなんだろうな。
ただ、欲しくもないのに買ったせいだろうけど、管理が全くされていないのが問題だ。
人を雇って、定期的に見回りさせるだけでも、だいぶ違ってくると思うんだよね。
管理が行き届いてないから、この辺りの山々には、やたらとファミリアが棲み着いてしまう。倒しても倒してもキリがないほどらしい。
ノエリアも、今まで何度も、山に棲み着いたファミリアを倒しに来ていたようだ。
だから、仕事に行く前、「またか~」と辟易とした顔でいたんだろう。
「まぁ、管理が杜撰なおかげで、私たち傭兵は仕事に困らないわけだけどね~」
苦笑いを浮かべながら、ノエリアはアースウォームの歯茎に剣を突き立てた。
2体だけでも苦労したというのに、ノエリアは1人で7体ものアースウォームを倒していた。
しかも、さほど激しい戦いにもならなかったようで、彼女の身体にはほとんど返り血はついていない。剣や、それを握っていた手は血でどろどろだけど。
ノエリアはさっきから、ぶつ切りにしたアースウォームの先端、その口をめくり上げ、歯茎に剣を刺しては、そこに生え並んでいる牙を抜き落としている。
アースウォームの牙には金属が多く含まれていて、加工すればいろんな物が作れるんだとか。
仕事前に、鍛冶屋やら金物屋やらに、ついでに牙を持って帰ってきてくれと頼まれていたようで、ノエリアはこうしてせっせと牙を抜いているというわけだ。
……ただ、この臭いはキツい。
生臭い血の臭いと、アースウォームの口内から漂う何かが腐ったようなツンとくる臭い。
それらが混ざり、私の嗅覚を襲う。鼻まで腐ってしまいそうだ。
「こんな臭いの、使い物になるんですか?」
鼻をつまみながら問うと、ノエリアは「なるんだってさ」と苦笑い。そしてまた一つ、牙が落ちる。
「ごめんね~、手伝わせちゃって」
苦笑いのまま、次の牙を落としにかかるノエリア。
私とフランカは、地面に落ちた牙を拾い上げ、ノエリアが持ってきた丈夫な革袋へ詰め込む。
「……」
アースウォームの牙は、とにかくヌメヌメしていて気持ち悪かった。それは、牙についている血だけのせいではなく、唾液や牙にこびりついた汚れも原因だ。もちろん、牙自体もとんでもなく臭い。
「こんなの持って街なかを歩いたら、通行人に嫌な顔されそうですね」
私の言葉に、ノエリアは「まぁね」と笑い混じりに応じる。
「でも大丈夫。私たちが持っていくのは宿の前まで。宿まで取りに来いって言ってあるから、嫌な顔をされるのは依頼人の方だよ」
「そうなんですか」
よかった。そう思ってから、全然よくないじゃんとすぐに思い直す。
「でも、街まで持って帰らなきゃいけないんだ……」
「我慢、我慢だよ、2人とも。これも仕事だからね」
……仕事なら仕方ない。仕方ないし我慢もするけど、辛い。
早くお風呂に入りたい。ざばーっと全身の汚れと臭いを洗い落としたい。
新たに地面に落ちた牙を拾い上げた私のそばで、フランカが袋の口を開いてくれる。
「ティナさん」
「ん?」
呼ばれて顔を上げると、ちょっと曇った表情のフランカが私を見ていた。
「何? フランカさん」
「あ、いえ……」
フランカは誤魔化すような笑みを浮かべて、目を逸らしてしまう。
「早く、シャワーを浴びたいですね」
「ん、そだね」
私の横を通り、牙を拾いに行くフランカ。私は、首を傾げる思いでその背中を見つめた。
……本当は、何が言いたかったんだろう。そういえば、さっきから口数が少ないな。
後で、2人になったら聞いてみよう。
これで、帰り道が長かったら最悪だけど、幸い、ビダオラまでは歩いて1時間もかからない。
それでも、その間ずっと強烈な悪臭に包まれ続けるというのは、地獄以外の何物でもなかった。
西の山の稜線に太陽が沈みかける頃、私たちはビダオラに到着。
いつも使ってる宿の前でアースウォームの牙を引き渡し、フランカと一緒に急いで部屋の浴室へ直行。ぽぽーんと服を脱いで中へ入り、2人並んでシャワーを浴びる。
そして、2人揃って大きく息を吐く。
気の済むまでシャワーを浴びた後は、いつものように、頭から足の先まで泡だらけにして順番に洗い合う。そうして再びシャワーで洗い流せば、全身すっきり。
この1ヶ月、仕事の時は、ほとんどこんな感じで2人で一緒にお風呂に入ってる。
1人ずつ入ってもいいんだけど、泊まった宿の浴室がそれなりの広さの場合は、2人で入った方が楽しいしってことで、いつの間にかこれが当たり前になっていた。
2人して、浴槽に浸かって疲れた身体を癒す。
隣のフランカは、いつも通り穏やかな表情でいるけど、やっぱりいつもより口数が少ない。
そろそろ頃合いかなということで、さっきのことを聞いてみようと口を開く。
「ねぇ、フランカさん。今日っていうかさっきからさ、なんかおとなしくない?」
するとフランカはゆっくりと、私の方へ顔を向ける。
「……そう、ですか?」
「うん。なんか、急に喋らなくなったよね。何かあった?」
聞くと、フランカは一瞬視線を下げ、「あのぉ」と顔を上げた。
「私も、ティナさんに同じ事をお聞きしたいのです」
「え?」
同じ事? え? 私、今日無口だったっけ?
「最近になってですが、ティナさんは時々、どこか思い詰めたような顔をしておられることがあります。そしてそれは、決まって仕事の時です」
「……」
心当たりは、ある。いや、その理由ははっきりとわかる。
「何か、悩んでおられるのですか? 私でよろしければ、お話を聞かせていただけないでしょうか」
その悩みの原因はあなただよ、なんて、言えるわけがないよね。
「……えっとね、私、最近伸び悩んでるなって思ってさ」
「伸び悩む? 何がですか?」
やっぱり、何も察してないか。
いや、それは当然だよ。
超能力者じゃあるまいし、暗い顔を見ただけで、一発で悩みを理解できるわけがない。
「……最近さ、仕事、キツくなってきたじゃない? で、結構強いファミリアと戦うことが増えてさ。最終的にはどうにか勝つことはできるんだけど、なんかこう、ギリギリなんだよね」
言葉を選びながら、慎重に喋る。でも、うっかり本音が漏れてしまいそうだ。
「そりゃあ、まだ私は傭兵じゃないし、ファミリアとの戦闘経験だって乏しいよ。でも、……もっと強くなりたいんだ。ノエリアさんみたいに」
フランカはじっと私を見つめたまま、黙って私の言葉に耳を傾けていてくれた。
そしてゆっくりと私から視線を外し、やや伏し目がちになる。
「焦っちゃ、駄目ですよ」
形のいい唇が、言葉を紡いでいく。
「私も、ティナさんと同じ気持ちです。ノエリアさんのように、たくさんの強いファミリアを1人で倒せるようになりたいと思っています」
そこで言葉を切って、再度私を見つめるフランカ。
「ですが、焦ったところでいいことはありません。それが原因で、仕事で大きなミスをしてしまうかもしれませんし、精神衛生的にも良くないと思います。ですから、私は、とにかくコツコツと経験を積み重ねていくべきだと考えています。その結果として、私たちが求める強さというものが身につくのではないでしょうか」
フランカの静かな言葉は、私の心に深々と入り込み、じわ~っと染み渡っていった。
と同時に、自分の浅はかさを思い知る。
それを気付かされていなかったら、そのまま自分で自分を追い込み続けて、そこから生まれた苛立ちを、フランカにぶつけていたかもしれないのだから。
「……そう、そうだよね。ありがとう、フランカさん」
なんか、ちょっと泣きそう。
「いえいえ。私の言葉が、ティナさんのお役に立てたのでしたら、幸いです」
そして、フランカの顔にいつもの優しい笑みが戻る。私も、自然と頬が緩んでいくのを感じていた。
そうだ。焦っちゃ駄目だ。
今はとにかく、しっかりと、自分に与えられた役目を果たそう。
……何より、自分のために。
私たちが浴室から出てすぐに、支部へ報告に行っていたノエリアが帰ってきた。
「あ、お疲れ様です」
いつもなら、何かしら反応が返ってくるのに、ノエリアは何も言わなかったし、そもそも私たちの方を見ていない。
まるで、私たちの存在に気付いていないかのようだった。
「ノエリアさん?」
フランカが顔を覗き込んでようやく、ハッとしたようにこちらに顔を向けるノエリア。
「……あ、何?」
? どうしたんだろう。なんか、様子が変だな。
「どうかしたんですか、ノエリアさん。あ、もしかして、シャワー浴びずに報告に行ったから、臭いとか言われちゃいました?」
冗談めかしてそう言ってみると、ノエリアはちょっとだけ間を置いて、「そうそう。うっかりしてたわ~」とわざとらしく笑った。
……こりゃ、なんかあるな。
「ちょうど空いたみたいだし、私もシャワー浴びよっと」
ノエリアは、作り笑いを浮かべたまま、浴室へ歩いて行った。
「……どうされたのでしょうか、ノエリアさん」
フランカも、彼女の異変を察していたようだ。だけど、その答えを私は持ち合わせていない。
「さぁ。……ノエリアさんがお風呂から上がったら、どうしたのか聞いてみよう」
「そうですね」
そうして私たちは、頭に被せていたタオルで髪を乾かしながら、ノエリアを待つことにした。
30分くらいして浴室から出てきたノエリアは、難しい顔のまま部屋の隅にある備え付けの保冷庫から銀色のポットとコップを取り出し、ポットの中の水を注ぐと、一気に飲み干した。
そして大きく一息ついて、テーブルについている私たちの方へ振り返る。
表情は、相変わらずすっきりとしない感じだ。
「あのぉ、やっぱり何かあったんじゃないですか?」
遠慮がちに問いかけてみると、ノエリアは意外とあっさり、「まぁね」と答えた。
そしてもう一度コップに水を注ぎ、私たちの方へ歩いてきて、テーブルにコップを置きつつ、空いている椅子に腰を下ろした。
「……あなたたちさ、ヘルヘイムって聞いたことある?」
「ヘルヘイム?」
まるで聞き覚えの無い単語だ。
フランカの方を見ると、彼女も聞いたことが無いのか、きょとんとした顔を私に向けてきた。
「そのヘルヘイムというのは、何なのでしょうか」
フランカが質問し、私もノエリアの方へ顔を戻す。ノエリアは濡れた髪をかき上げて、「う~ん」と腕を組んでから、返答の口を開いた。
「……胡散臭い組織、かな」
それだけ聞かされても、どう反応すればいいのかわからない。
そんな私たちの気持ちを察したかのように、ノエリアはヘルヘイムという組織についての説明を始めた。




