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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第10話「王女様の嘘」
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10-B

 2日後の朝、朝食を食べ終えて1時間ほど経った頃、アレットが私の家にやってきた。

 事前に約束しておいた通りの時間だ。


「おはよう、ティナ」

 肩から斜めにバッグを下げたアレットは、そう言って微笑んだ。


 私は挨拶を返しつつ、「どうぞ」と彼女を招き入れる。


「いらっしゃいませ、アレットさん」

「!」

 玄関のドアを閉めてすぐに、リビングの方からフランカが顔を出す。


 まさか、隠れもせずにいきなり姿を現すとは思ってなかった私は、ドキッとして隣のアレットを横目で窺う。


「あ、どうも。お邪魔します……」

 あれ? 案外普通だな。もっとこう、何かしら表情に出るものだと思っていたんだけど。


「後でお飲み物などをお持ちしますわ」

 それにしても、やっぱりフランカは余裕綽々だ。にこにこしながらそう言うと、その顔のままリビングへ戻っていった。


 ……私としては、あんまりアレットの前に出てきてほしくはないけどね。

 ちょっとおとなしくしててほしいっていうのが本音だ。


「ティナの部屋って、そこだよね」

「え? あ、うん。覚えてたんだ」

「もちろん」


 だけど、アレットの顔にも特に変化は無い。

 もしかしたら、もうフランカのことを疑ってはいないのかもしれないな。私の言葉を信じてくれたのかもしれない。


 うん、たぶんそうだ。




 私の部屋に入ったアレットは、きょろきょろと室内を見渡し始めた。


「なんか変かな」

 思わずそう問うと、アレットは「ううん」と首を横に振る。


「ここも、あの頃と全然変わってないなって思ってさ」

「まぁね。もうちょっと女の子らしくした方がいいのかな」


 正直、女の子らしくっていうのがなんなのかわからないし、そもそも、部屋にそこまでのこだわりが無い。

 とりあえず、寝たり着替えたり勉強したり、あとは1人になる時間さえ作れる場所であれば、問題無いと思ってるから。


「う~ん、別にこのままでいいと思うけど。すっきりしてていいじゃん。それに、きれいだし」

「きれい? まぁ、掃除はしっかりやってるからね」

 さすがに毎日ってわけにはいかないけど、週に何回かは軽く掃除をしている。


「へぇ~。私は、結構ちらかしてそのままってことが多いかな。で、いつも親に怒られて掃除をするの」

「そうなんだ。なんかちょっと意外だなぁ」

 でもまぁ、学校の成績が良いからって、部屋がきれいとは限らないもんね。


「欲しい物をそばに置いておけば、すぐに取れるでしょ? そんなふうにいろいろ机やベッドの周りに置いてるうちに、積み重なっちゃったりしてさ。片付けるの大変なんだけど、やめられないんだよね~」

 アレットにとっては、そんな感じの方が勉強が捗ったりするのかもしれないな。


「あ、バッグはそこに置いていいよ」

 そう言って、私はベッドを指差す。


「私、椅子を持ってくるね。一つしか無いからさ」

 先に用意しとけばよかったなと思いつつ、部屋を出ようとした時、眼前でドアがノックされた。


 すぐにドアを開けてみると、そこに立っていたのはフランカ。


「もしかしたら足りないのではないかと思いまして、椅子をお持ちしました。私が使わせていただいている部屋にあった物です」

 彼女の横には、確かに椅子が一つ。


「え、あ、ありがと。ちょうど椅子を取りに行こうとしてたとこなんだ」

「それはよかった。では、これをどうぞ」

 そして、部屋の中にいるアレットを一瞥した後、「それでは、また後で」と言って、軽やかな足取りでリビングへ戻っていった。




「じゃあ、始めようか」

 勉強机の前と横に置いた椅子にそれぞれ座り、勉強開始。


 メインで机を使うのは私で、アレットは机の横に座って私の勉強を見る。

 小さい机だから仕方ないんだけど、今更ながら、テーブルを持ってきて床に座ってやるようにすればよかったなと思った。


 するとまた、ドアがノックされる。まさかテーブルまで? と思ったけど、さすがにそんなことはなく、フランカが運んできたのはプレートに乗った二つのティーカップだった。


「お飲み物をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか」

 フランカの穏やかな微笑みが、カップの中のミルクティーにも映っていた。


「あ、うん。ありがと」

 横によけて入室を促すと、フランカは「失礼します」とゆっくり部屋に入ってきて、アレットと目を合わせた。


 そして無言のまま彼女に近づいていき、「どうぞ」と机の上に二つのカップを置く。


「ありがとう……ございます」

「?」

 あれ? なんかアレットの様子がおかしいな。目の前に置かれたカップには見向きもせず、じーっと、フランカの顔を見つめている。


 やっぱり、まだ疑ってるんだ。

 マズい。どうしよう。


「あ、アレット。続きを……」

 慌てて歩み寄る私の目の前で、「あの!」とアレットが立ち上がった。


 その双眸は、しっかりとフランカを見据えている。


「はい。なんでしょうか」

 プレートを脇に抱え、フランカは悠然と応じる。


 動揺の全く無いフランカに対し、アレットは一瞬ためらうように目を逸らしたけど、すぐにまた前を向き、口を開いた。


「違っていたらごめんなさい。でも、あなたの口から直接答えが聞きたいんです」

 フランカの横顔から、わずかに柔らかさが減った気がした。


「あなたは、フランチェスカ・オルトリンデ王女ですか?」

「!」


 ついに、言った。私は何もできないまま、対峙する2人をただ見つめるだけだ。


 アレットの顔をじっと見たまま黙っていたフランカは、やがてふっと笑って返答の口を開く。


「似ているとよく言われますが、私はフランチェスカ王女ではありません」

 穏やかではあるけど、決して優しくはないはっきりとした口調で、フランカはそう言った。


 彼女が言ったことは嘘なんだけど、嘘であることを知っている私にさえ、あたかもそれが真実であるかのように聞こえた。


 それくらい、フランカの演技は完璧だったんだ。


「でもっ、本当に瓜二つなんです。他人の空似とはとても思えない」

 だけど、アレットはまだまだ食い下がる。彼女の様子を見るに、相当溜め込んでいたことがわかる。よっぽど聞きたかったんだろう。


 それこそ、初めて2人が出会ったあの日、あの時に、面と向かってズバッと聞いてしまいたかったのではないだろうか。


「いいえ、他人の空似です」

 それでも尚、フランカは否定する。いや、認めるわけにはいかないから違うと言い張るしかないんだけど、彼女の穏やかさは揺るがない。


 フランカは一体、今どういう心境でいるのだろうか。

 どういう気持ちで、嘘をつき続けているのだろう。


「私は以前、それなりの身分の方のもとで暮らしていました。その時、その家の方に話し方や所作、マナーなど、多くのことを教わりました。ですから、あなたは私に普通の女の子と違う特別な何かを感じ取られたのかもしれません」

 それなりの身分、ね。実際はそれなりどころの話じゃないけど、少しだけ真実に近いことが今の言葉には混ざっていた。


「ですが、私は王女ではありません」

 あくまで落ち着き払って淡々と否定するフランカに対し、アレットはついに折れたのか、「そうですか」とフランカから視線を外して俯いた。


「……ごめんなさい。しつこく変なことを聞いてしまって」

「いいえ。それに、王女様に似ていると言われるのは、それほど嫌ではないですから」

 そう言って笑みを濃くするフランカ。


 まぁ、本人だもんね。嫌なわけがない。


 すとんと椅子に座ったアレットは、机に置かれていたカップをおもむろに手に取り、揺れるミルクティーに口をつけた。


「……おいしいです」

「ふふ。お口に合って良かったです」

 さっきまでの緊迫感が嘘のように、2人の間には穏やかな空気が流れ始めていた。


 今度こそ、アレットのフランカに対する疑いは晴れたのだろうか。

 いや、もしかしたら、まだ疑っているのかもしれない。

 でも、アレットの顔は晴れやかだ。望み通り、フランカの口から直接答えを聞けたからだろう。


 これできっと、疑惑を口にするようなことはないと思う。

 フランカがミスを犯さない限りは。


 私が再び机につくと、フランカは「頑張って下さいね」と声援を残し、ドアへ向かう。


 ドアが開く音を聞き、ホッとした次の瞬間、「あ」というフランカの声が背中に当たった。

 おそるおそる振り返ると、こちらを向いているフランカが目に入る。

 彼女は、私ではなくアレットを見ていた。


 後ろ手にドアを閉めたフランカは、「一つお聞きしたいことがあります」と喋り始めた。


「もし私が本当にフランチェスカ王女だったなら、あなたはどうなさるおつもりだったのです?」

 ん、確かに、それは気になるな。そう思ってアレットへ視線を移すと、彼女は俯き気味の視線をうろうろさせてから、口を開いた。


「……もしあなたがフランチェスカ王女だったら、私は嬉しすぎてはしゃいでいたと思います。それで、2人でお話したり、握手なんかしてもらっちゃったりして。想像するだけで、幸せな気持ちになります」


 数年前に一度見ただけなのに、こうも好きになれるものなのか。

 いや、そういう人もいるんだろう。現に、私の目の前にいるし。


 そうしてフランカの方へ視線を戻すと、彼女は嬉しそうににっこり笑っていた。

 おいおい、会えたら嬉しいなんて言われて浮かれて、自分からバラしたりしないだろうな。


 ハラハラしながら観察していると、フランカはアレットに歩み寄り、そっと手を差し出した。

 それを見て、アレットは「え?」とフランカを見つめる。


「でしたら、フランチェスカ王女にそっくりの私と握手しませんか? 私は本物ではありませんが、本物の王女と握手しているような気になれるかもしれないですよ?」

 差し出された手のひらとフランカの顔を、交互にしげしげと見つめていたアレットは、やがておかしそうに笑った。


 そして、フランカの手をそっと握る。


「やっぱり、あなたはフランチェスカ王女じゃないですね。王女はきっと、そんな冗談は言わないと思うから」

 いやいや、意外と言うよ、この人は。


「あら。もしかしたら、結構お茶目な方かもしれませんわよ?」

 ほら、本人もそう言ってるし。


 ぎゅっと手を握り合いながら、フランカとアレットは笑い合う。

 とりあえず、これで一件落着かな。私は心の中で一息ついた。


 よかったねアレット。あなたの願い、叶ってるよ。


 それを伝えたいけど、いつか伝えられるかもしれないけど、今はまだ、無理だなぁ。

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