エピローグ(2/2)
伊能の男爵就任から、はや半月が経った。
その間、伊能がこの地に降り立ってから出会った人々は、それぞれの道へ進んでいった。
ジスカは相変わらず伊能にべったりで、護衛として常に同行している。
ルーベンは伊能村の副村長として、毎日忙しくしている。
旧東村の男たちは狩人として活躍したり、急激に人が増えたことによる治安悪化を防ぐために自警団を組織・運営している。
旧東村の女性たちや少年少女らは、増えた人々に対して様々な商売をしている。
弓や服を直したり、宿や料理を提供したり、内職をして販売したり。
テオたち子供組は、街が賑やかになって小物屋などの娯楽が急激に増えたので、毎日が楽しそうだ。
母親たちはハラハラしながら見守っているようだが。
難民のうちドワーフ鍛冶師以外の者たちは、イノーブルクに戻って復旧作業に忙しい。
ドヴァリンは伊能村に住み着いている。
ミスリル全体の流れを管理監督しつつ、ときに自らハンマーを握って、ずいぶんと楽しそうだ。
ドワーフ鍛冶師たちは大半がイノーブルクでミスリル鋼を製品化する仕事に従事しているが、一部は伊能村に残ってミスリル精錬の仕事をしている。
錬金術師のリベカは伊能村に治療院を開いてくれた。
採掘場では仕事柄、どうしても一定数の怪我人が発生してしまう。
ポーションを製造しつつ怪我人に備えてくれているリベカに、伊能は頭が上がらない。
ギデオンら砲兵派遣隊は、大砲を引いて帰っていった。
だが、すでにルーベンたちは砲兵としての最低限の練度を身に着けている。
伊能はミスリル製のライフルドカノンの製造を目論んでいる。
一番お世話になった将軍サムソンは、週一くらいのペースで遊びに来てくれている。
彼が来ると、治安を低下させている荒くれ冒険者たちが震え上がるので、伊能としてはとても助かっている。
そして忘れてはならないのは――、
「ミスリル製のツルハシが大特価だよ!」
「腹が減ったらナタン食堂へ! 『よろず屋ナタン』の製品を購入している方なら、なんと2割引!」
「お疲れならナタンの宿で休んでくれ!」
一番最初に伊能を助けてくれ、商人らしからぬ人のよさで伊能やリリンを惹きつけた若き商人・ナタンだ。
伊能は彼の善性を見込んで、ミスリル採掘場・旧西村・イノーブルク・旧東村をつなぐ大動脈――そのすべての一等地をナタンに貸し与えた。
ナタンは降って湧いた巨大利権を前に小躍りしていたが、同時にミスリル産業で一山当てたい王国中の商人たちを敵に回すことにもなった。
彼は、時に自らの人柄や政治手腕や利権の切り売りで衝突を回避しつつ、時に伊能やリリンに泣きついたりして、上手いことさばいている様子だ。
(ナタンめ、また従業員を増やしたな。順調なようで何よりじゃ)
ナタンがいなければ、伊能は野垂れ死にしていた可能性がある。
ナタンがいなければ、テオたち子供組はオオカミのエサになっていた可能性が極めて高い。
ナタンがいなければ、伊能とリリンが結びつくこともなかった。
ナタンがいなければ――。
(あの若造は、きっと大物になる。男爵家と一緒に大きくなっていければよいのぅ)
賑やかな伊能村を歩いていると、治療院が見えてきた。
「あっ、イノー男爵様!」
リベカが駆け寄ってきた。
「男爵様、はやめてくれぬか」
「うふふっ。確かに、こんなに可愛い男爵様なんて普通はいらっしゃいませんものね」
「そうではなくて。調子はどうじゃ?」
「お陰様で、順調です。ただ……」
「問題か?」
「ミスリル坑道が深くなればなるほど、やはり怪我人が増えますね。今はまだ足りていますが、そのうち癒し一角ウサギのツノが足りなくなるかと」
「ううむ」
伊能は西の森を見つめる。
「『迷いの森』にまで入れば、まだまだウサギを見つけることもできようが……」
「駄目だからね」
ジスカがピシャリと言う。
「男爵様が森で迷って野垂れ死に、なんて冗談にもならないんだから」
「そうは言ってもじゃなぁ」
伊能は『迷いの森』――あの世につながっているとも言われている森へ、思いを馳せる。
『あなたは生きて、あなたの成したいことを成してください』
亡き妻の最期の言葉、そして、亡くした幼い我が子の顔を思い出す。
そのとき、
――クルッポー
と、伊能の足元で鳩が鳴いた。
鳩は、足に手紙を帯びている。
「ワシ宛てかのぅ?」
――クルッポー
「この世界の鳩は、ほんに賢いのぅ」
伊能が優しく手紙を解くと、鳩は東の空へと飛び去っていった。
「イノーちゃん、誰から?」
「おお、国王陛下からじゃ」
「王様から直々にお手紙!? イノーちゃん、すごいっ」
「ええと、なになに」
『村の開発は順調か? 資金が足りない場合は無利子で貸してやれるので、遠慮なく言うように。ところで、そなたに依頼したいことがある。【測量】スキルを持つそなたにしかできない仕事だ』
「ほほぅ?」
『迷いの森の探検・測量の仕事である』
「おおっ!」
『地図化した土地は、イノー男爵領に組み込んでしまって構わない。ただし、有用な資源が見つかった場合は、王家が優先的に買い付けできるよう取り計らうように』
「うおおおおっ!」
「イノーちゃん……」
ジスカの顔が、暗い。
「いくら王様からのお願いでも、あの森だけは……断ることはできないの?」
「いやいや、心配はいらぬ。ここを見よ」
『万が一森で迷ったときのために、【帰還】魔法と【飛翔】魔法が使える宮廷魔法使いを派遣する。受け入れ準備をしておいてくれ』
「……まぁ、王様がそこまでしてくれるのなら」
「つまり、大量の癒し一角ウサギのツノが手に入るということですか?」
うれしそうなリベカ。
伊能もうれしい。
測量こそは、伊能の天命にして娯楽。
王の許可のもと、大手を振って測量できるのだ。
楽しみで楽しみで仕方がない。
「うっひょ~っ! 宮廷魔法使い殿、早く来てくれぬかのぅ!」
「ちょっとイノーちゃん? 片付けなきゃいけない仕事は、まだまだたくさんあるんだからね?」
「分かっておる、分かっておるとも。じゃが、測量も立派な仕事じゃぞ? ツノも肉も集められるし、あわよくば次なる鉱脈を見つけることもできるやもしれぬ。まだ見ぬ新資源もな」
「はぁ~……そんなこと言って、本当は測量したいだけでしょ?」
「そうじゃが?」
「いや、『そうじゃが?』って」
「だって、測量じゃぞ!? 土地を測る! と・ち・を・は・か・る、のじゃぞ!? こんなに楽しい仕事が他にあるか!? いや、ないっっっ!!」
「はいはい」
「あらあら」
大興奮の伊能。
ジスカが呆れ果て、リベカが微笑ましそうに笑う。
そんな3人の様子を、路行く人々がホッコリしながら眺めている。
「待っておれ、『迷いの森』! ワシが隅から隅まで測量して、丸裸にしてやるでのぅ!」
伊能の測量の旅は、まだ始まったばかりだ。




