宝物庫からの脱出
教会を出て花畑を超え、パタリと宝物庫奥の扉を閉めると同時に、豪華な扉が消滅していく。
胸元のポケットは、呼応するようにシャラリシャラリと、アルヴェイン様に託されたアクアマリンの髪飾りが、音を鳴らしていた。
「わ、本当に消えちゃった……」
「時期にここも崩れるだろう。先を急ぐぞ」
アルヴェイン様の言った通り、『可愛がってくれるご主人』の元へ旅立ったのだろうか、目にも耳にも賑やかだった宝物庫は、ガランと静まり返っていた。
ルカ様の後を追い宝物庫の中を駆ける。
ここには優雅な絵画のマダムが、ここにはおだやかな古時計のおじいさんが、ここには寡黙だけど流暢に文字を綴るガラスペンが。
宝たちと過ごした日々が脳内を駆け巡る。
終幕。パタンと、物語の幕が落ちるように宝物庫の扉が閉じられた。
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夕焼けが目を焼くようで目を細める。
外の景色を見るのは、空気を浴びるのは、一体どれほどぶりだろうか。
これからどうなってしまうのか、その不安にはいつだって駆られてしまうけど……。思考を巡らせていた時、はたときづく。
「ん?外の空気?」
私のようなちっぽけな人間は、魔界の魔素に触れるとすぐに死んでしまうのではなかったか。
「ルカ様!!私まだ死にたくないです!!!」
「ここまで場を騒がしくできる人間が、そう簡単にくたばるとは思えないがな」
喧しそうに耳を軽く塞ぐルカ様には申し訳ないが、私は今それどころでは無いのだ。このままだと、私は直ぐに死んで、死んでないな?
「あの曽祖父の宝物庫でそこそこ長く生きてきたんだ。その髪飾りの力もあれば……、まぁ二、三ヶ月は人の身を保っていられるだろ」
「じゃ、じゃあその間に元の世界に帰れれば……帰れれば……。帰れますか?」
「さぁな」
「他人事!!!!!!」
少し考えたあと、すごく面倒そうなげんなりとした顔をしながらルカ様が口を開く。多分、舌打ちもした。この人お綺麗な顔に似合わず、結構横柄だ。
「セナ、俺の眷属になれ」
「眷属、ですか……?」
「その名の通りだ。俺に付き従う従者になれ」
『眷属』とは、これまたファンタジーな言葉が出てきたな。事態をいまいち飲み込めず『は、はぁ……』と曖昧な返事を返す。
「時期に日も暮れる。早く済ませるぞ」
ルカ様の端正な顔が近づく。
この人は人間じゃないから、当然のように契約書を巻くなんてことはない。吸血鬼が眷属を生み出すって、それってつまり、おそらく、血を……!
『せめて痛くありませんように……っ!』と胸のうちで願いながらぎゅっと目を閉じる。
スルリと右手が絡め取られルカ様の口元に寄せられる。首筋じゃないのか、なんて思うまもなく指先にガブリと牙が、突き立てられ、突き立てられ……ない?
「……?」
「何を間抜けな顔をしてる。続けるぞ」
「は、はい」
次の瞬間、コツンと額に感じる僅かな熱。目の前にルカ様のご尊顔があられる。
『ひえっ』と声にもならない悲鳴をあげかけ、ギロリと視線に射抜かれる。
「ルシェヴァル・アルヴェインの名を持って人間、セナを眷属とし、契約を交わす。異論は無いな?」
「はっ、はい。ルカ様の仰せのままに」
呆気にとられながら返事をした直後、ぼうっと身体が熱くなる。絡め取られた右手から、合わさった額から、何かが流れ出し、入り込むような感覚に陥る。
細胞単位で、身体が作り変わるような、そんな感覚。
耐えきれずフラリと身体が倒れ込みそうになるのを、ルカ様の左手で支えられる。
記憶があるのはそこまでで、そこから先、私の意識はない。
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どこかひんやりとしているような生暖かいような不思議な空気が私の頬をくすぐる。なんだか、同じような体験を前にしたことがある。思い出してどこか懐かしい気持ちに駆られた。
「ん……っ」
目を覚ませば、蔦の這う古びた洋館の前にいた。
起き上がろうと身を起こそうとして座り込む。パサリと黒地のいかにも高級そうな上着が、地面に落ちる。
見覚えのあるそれを慌てて手に取っていれば、そっと影が落ちた。
「ようやく目を覚ましたか」
「ルカ、様。私、あのあと……」
「意識を失った。身体が耐えられなかったんだろうな」
ルカ様曰く、無事眷属にもなれたらしくホッと胸を撫で下ろす。
まだあまり実感が湧かないのは宝物庫から離れてまもないからだとか。
「あの、宝物庫は……崩壊するんじゃなかったんですか?」
「外見は変わらずにみえるだろうが、中身は崩壊している。もうレグナード・アルヴェインの宝物庫はここには存在しない」
「なる、ほど」
そうか、もう、ないのか。
アルヴェイン様と、宝物庫の宝たちと過ごした日々が、脳内に思い起こされる。
忙しない日々は、すごく、すごく楽しくて、異世界にひとりぼっちになってしまったことなんて、まるで感じられないほどだった。
「なんだ、どうし……、はっ!?」
ぽつりと頬を伝う雫。なんだ、雨でも降ってきたのだろうか。ギョッとした様子のルカ様が、見たこともないような声をあげるので、視線を合わせようとするが、どうしようもなく視界がぼやける。
「今までの落ち着き、おかしいと思ってたんだ……!あのジジィ、”魅了”をかけてやがったな!」
ルカ様が声を荒らげながら何事かを言っているのも聞こえないままボロボロと涙をこぼす。
「泣くな」
涙が指で掬われる。たった一言、そう言ったルカ様は、どこか困った顔をしていた。
「泣いてる暇があるなら、髪飾りに名前でもつけてやれ」
「え?」
「お前を愛し着いてきたんだ。名のひとつやふたつ与えてやってもいいだろ」
蕩けたアイスクリームみたいな瞳が私と視線を合わせる。変な話だが、さっきまでボロボロ泣いてたのが嘘みたいに簡単に、『それも、そうかもしれない』と頷いた。
晴れない心で考えるのは少しだけ申し訳ないが、あれだけおしゃべりした相手に名前をつけるというのは、少しだけ心が踊ったのも事実だった。
「マリン……は安直か。でも海要素も入れたいしなおかつ可愛い名前、名前……そうだ!」
「ようやく決まったか?」
アクアマリンの髪飾りを手に取りながら、たっぷり30分は唸っていたと思う。その間、ルカ様は難しそうな本を読んでいた。『いい加減にしろ』とも言わず待ってくれる様子をみるにおもったより優しい人なんだな、と認識を改めた。
「マリシェルにします。アクアマリンと海のマリンと、貝殻のシェルでマリシェル。愛称は、マリーなんてどうかな?」
その時だった。
ぽふんっと音を立てて、髪飾りが波のような水色の煙を撒き散らしながら回転し、手を離れる。
突然の刺激に目を瞬かせていると、そこには水色の瞳にくるくるとした同色の髪を揺らし、白と水色のミニドレスを纏った、身長130cm程の美少女の姿があった。
「だ、だれ?」
「誰、とは失礼なのだわっ」
聞き覚えのある特徴的な幼女の声に目を見張る。
「もしかして、えっと、アクアマリンの」
「もしかしなくても、セナのマリシェルかしら!」
私の言葉を遮るようにマリシェルが続ける。どうやら名前はお気に召したらしい。よかった。
「じゃなくて!どうして人の姿に……!?」
「アタシにもそれはわからないのだわ。アンタならわかるのかしら?」
随分とトゲトゲしい声でマリシェルがルカ様を指さす。
「俺の眷属になったんだ。それくらいの奇跡、あって然るべきだろ」
「な、なるほど……?」
よく分からないけどルカ様もアルヴェイン様と同じくらいすごい人なんだろう。
そんな思考もお構い無しにマリシェルが不満そうに告げる。
「それより!セナに言っておきたいことがあるのだわ!」
「な、なんでしょう」
目を三角にして腕を組み、いかにも『怒ってます』という風貌のマリシェルに、思わず背筋が伸びる。
「……のだわっ」
「え?」
「〜〜っセナはひとりぼっちなんかじゃないのだわ、ずっとアタシが着いているのだわっ!!」
胸がほわっと暖かくなるのを感じる。そうだ、この髪飾りの少女は、ずっとそばに居てくれたのか。そっか。そっかぁ……。
「ありがとう、マリシェル……っ」
「なっ、なんでまた泣いているのかしら!?」
「俺がせっかく泣き止ませたってのに。大層なことだな髪飾りの」
「う、うるさいのだわ!というかその呼び方辞めるのだわ!アタシにはマリシェルって可憐で立派な名前があるのかしら!」
泣きじゃくる私と、ワタワタと慰めてくれるマリシェル、そしてやれやれと肩をすくめるルカ様。
そこにはもうひとりぼっちの空間なんて、どこにも無かった。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
無事に第1部[完]です( ›_‹ )




