3-7. 『罠師』、異変の理由に気付く。
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
静寂。
静かに風が吹き、木々が小さく揺れる音も遠くから鳴っているように聞こえ、湧き水が地面を音も立てずに流れている。ケンの作るこの静かな領域に、アーレスやメルはもちろん、ミィレやソゥラ、ファードまでもが息を呑んで立っていた。
「……『怠惰』?」
その静けさを綻ばせたのはアーレスだ。彼女は先ほどケンから言い放たれた『怠惰』という言葉を復唱し、彼に訊ねるように金色の双眸を向けて問いかける。
「…………」
しかし、ケンは答えるどころか黒い瞳を焦点も合わさずに虚ろにしたまま、アーレスの方を振り向くことさえしなかった。
いつもと様子の違うケンに、アーレスは調子が狂ったようで口を覆うマスク越しに頬をポリポリと掻いている。
「えっと、ケンさん? 『怠惰』って……たしかにケンさんがやる気なさそうな感じにはなりましたけど」
再度、アーレスが呼び掛けてもケンは返事1つよこさない。
そこで彼女が諦めると、交代とばかりにファードがメルの方を向く。
「おい、メル」
「はい、師匠」
ファードは突然呼ばれて不思議そうに見つめ返すメルに向かって小さく笑った。
「ケンに攻撃してみな? 本気で」
メルは少し驚いて、赤銅色の瞳を硬貨のように丸くして目をぱちくりとさせつつも、受けた指示に対して手足の動きに澱みを見せなかった。
彼は『銃器生成』によって、自身の目の前に設置型のガトリング砲を出現させて銃口を素直にケンへと向ける。
「え? いいんですか?」
「そこまで準備しておいて今さらだろ。いいから早くしろ」
ファードが面倒そうにけしかける。
メルはそれに頷き、ガトリング砲をしっかりと握りしめつつ、脚をほどよく開いた。彼はスキルの恩恵によりどのような銃火器も無反動状態で撃てるのだが、当てやすいイメージがあるようでそれに沿った動きをしてしまう。
ほんの少しの間だけ静寂が占めていく。
「はい、いきますよ! えええええいっ!」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
先ほどまで場を支配していた静寂が瞬時に砕かれて、ガトリング砲の連射音が聴覚を麻痺させるかのごとく轟き響く。無数の金属弾は鉛の嵐となってケンを穿とうと殺到した。
やがて、メルが撃ち尽くして様子を窺ってみると、散らばる土砂や立ち込める水蒸気と硝煙の臭いの中に微動だにしない人影がゆっくりと輪郭を露わにしていく。
「…………」
もちろん、ケンだ。
彼は虚ろな瞳で何事もなかったかのように、お得意の自動で動くロープを張る罠で自分に対する攻撃を難なく防いでいる。
その幾重にも重なるロープたちが蛇のように重なり合って彼の足元を横たわって蠢いていた。
「うーん、ロープがいつもより多くて周りにあるくらいで、それ以外はいつもと変わらない気がするけどなあ」
撃ち尽くしたガトリング砲そのものを消し去って、結局いつもと変わらないじゃないかと口を尖らせるメルに、ファードが正解とも言いたげに軽く肯いた。
「まあ、ケンの『怠惰』は一応常時発動型だから、変わらないように見える部分もある。しかし、さらに意識的に発動加減を強めているから、ちょっとずつ変わっているんだ」
「ちょっとずつ変わっている?」
ファードの解説を聞いて、アーレスは目を凝らすようにケンの方をまじまじと見つめてみる。
ケンは『怠惰』と呼ばれるように先ほどから身じろぎも減って、瞬きさえも少なくなってきているため、まるで生きたまま石膏像にでもなったかのように動いていない。彼の周りだけ時間が止まってしまったかのようだ。
しかし、周りから見て変わっていること言えば、たったそれだけである。むしろ、ケンの動きがほとんどないために集中的に狙われやすそうな状況だ。
訝し気なアーレスとメル、その様子を少しニヤニヤとイジワルそうな笑みを浮かべて眺めるファード、ソゥラ、ミィレ。
「じゃあ、そろそろいいか。次は、ソゥラ、思いきりぶん殴ってやれよ」
ファードは次のヒントを出すといった具合に、もったいぶった雰囲気でソゥラをけしかけている。
ソゥラは首を少し傾げつつも笑みを消し去ることなく、ニコニコニコとしながらもゆっくりと確実にケンへと近付いていく。その桃色の瞳に敵意は宿していないが、何かをしてみようという企みを静かに湛えている。
ソゥラが背負っていたハルバードを右手でひょいと握ると、ハルバードがバカでかいハンマーへと変形していく。
ハンマーには「Mt」と大きく刻印されていて、ソゥラが振り回すと辺りに風切り音がビュンビュンビュンと伝わっていく。
「さすがに思いきりはあ……うーん……どっせえええええいっ!」
「ええええええっ!?」
ソゥラが手加減をするような物言いをした直後に、メガトンハンマーが大上段から思いきりフルスイングされた。
本気の一撃。
ケンの全身を打ち砕かんばかりの勢いに、メルが思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。
「敵を欺くにはあ、まず味方からです♪ と思ったのですがあ、不意打ちなんて全然ダメですね」
ソゥラの騙し討ち気味の一撃は、ケンのロープ数本によって難なく止められた。
「…………」
ケンは微動だにしない。
「……ですけど、このまま押しきってみましょうかあっ!!」
ソゥラは止められてしまったものの、そのまま押し潰そうしてメガトンハンマーの勢いを増していき、ソゥラの足元とケンのロープの下にクレーターのような窪みができあがっていた。
「…………」
「らあああああっ!」
最終的にどうなったか。
ソゥラの強烈な攻撃に負けることなく、ロープがギチギチギチと音を立てながらもケンをすんでのところで守りきっていた。
やがて、地面を抉るほどに踏ん張っていたソゥラが諦めて攻撃をやめる。
「さて、見てわかっただろうが、あのソゥラですらもはや手出しができない」
「ふっ……ふうっ……ファード? あのって、どういう意味ですかあ?」
ファードの言い方にソゥラが引っ掛かって文句を口から出すも、ファードは相手にせずにアーレスとメルの方へ目を向けて話しかけている。
「もしかして、防御が……罠が強くなっている?」
アーレスはケンの動くロープを見ながら、普段よりも強度の高そうだと判じた。いつもであれば、ケンが出すロープはソゥラの軽い一撃を受けるためならもっと多いからだ。
ファードはアーレスの解答に口の端を小さく上げた。
「まあ、半分正解だ。だが、それだけじゃない」
「え?」
「なんだ、まだ感じないのか?」
ファードの少し呆れたような返事に、アーレスとメルは自分に起こっているであろう変化を感じ取ろうと必死になった。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚などを頼りに、やがて2人はあることに気付いた。
「……あれ? ねえ、アーレス、もしかして」
メルがそう口にした瞬間、アーレスもまた違和感に気付いていた。
「あぁ……さっきよりも身体が……重……い? それに、気付くのにも遅れた?」
アーレスは自分の身体を動かそうと意識しているが、筋肉の反応がわずかに遅れて緩慢になっている。さらに思考も鈍化しているのか、動きが鈍っていることに気付くのも遅れていた。
ほんの少し、意識しなければ気付かないほどの違いだが、感覚やそれらを認識することも含めたすべての動きが鈍っている。普段なら問題はないだろう。しかし、いざ戦闘になれば、その小さな違和感や劣化、弱体化はすべて敗北へと繋がる。
「それがもう半分だ」
「結局、どういうこと?」
メルはケンや自分たちの状況が『怠惰』の能力とどう関連しているのか、今一つピンと来ていない様子で臆面もなく答えを求めた。
「しかたねえな。『怠惰』は自ら動かない選択をすることで自身のスキルをパワーアップさせることができ、またさらに自分の動きを極限まで止めることで周りの動きやスキルに制限を掛けていくことができる」
「……強すぎませんか?」
動かないことが何らかのカギだとアーレスも至っていたが、ファードの説明が予想を超えていたのか、彼女は低めの声でズルいとばかりにそう言い放った。
その言葉に、ミィレやソゥラ、ファードは完全に同意と言いたげに目を瞑って肩を竦ませて頷いている。
そこに至って、ケンがいきなり自分のロープに押し飛ばされて地面を転がり始め、ロープがすーっと消えていった。
「!?」
「!?」
アーレスとメルが声を失ったまま何が起こっているのかと瞳を左右に動かしている。
「あぁ、安心しろ。あらかじめ解除方法として、ケンが自分の身体を動かすように仕向けているだけだ」
「っふう……はぁ……はぁ……あー……はあ……はあっ」
「おーい、大丈夫か?」
ケンはまるで今まで忘れていた息の仕方を急に思い出したかのように胸部を大きく動かす。
ファードがケンの方へと近付き、彼をゆっくりと起こした。
「ありがとう、ファード。さて、ここからは僕が説明するよ。この『怠惰』の代償として、1つ目は自分が動けないことだね。動かなければ動かないほど強いから、『罠師』や『観察眼』との相性なら良いけれど、『神速』のような動きを速めるものとの相性が悪いんだ」
「それはなんとなく分かりました」
アーレスがケンの説明で頷いている。
「で、最大の弱点なんだけど、自分はともかく周りにまで影響を与えようと思うなら、自分の生命活動を……つまり心臓すら動きをギリギリまで止めないといけない」
ケンが自分の胸をトントンと叩いて、苦笑いを浮かべている。
「心臓!?」
メルは代償の大きさに戸惑いの表情を隠せなかった。
「しかも、周りの影響は敵味方問わずだから、俺たちまで影響を受けちまう」
「ははっ、だから、自分の能力を高めるくらいにしか使えないかな。それも最大限利用するならじっとしていないといけないけどね」
「戦闘において、じっとしているのは難しいですね」
ファードとケンの説明をじっくりと噛み砕いているアーレスは小難しそうな顔で唸るような声を出している。
「まあ、でも、能力が披露できてよかった。ついでに、異変の理由にも気付けたしね」
「えっ?」
「『怠惰』によって研ぎ澄まされた『観察眼』に分からないものはないよ。そう、答えはやっぱり……これだったね」
ケンがそう呟いて手にすくっていたものは、地表を流れる何の変哲もない湧き水だった。
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