3-2. 『罠師』、大樹の城に赴くことになる。
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンの目の前に現れた猫の姿をした女性の獣人。彼女は決して、猫耳や猫尻尾をつけたようなヒトの姿ではなく、大きな猫が二足歩行になって服を着ているような獣人だ。
「単刀直入にお訊ねしましょう。私たちに接触する目的は?」
ケンは入国してすぐに歓待を始める目の前の獣人を一つも信じられないと言った様子で半ば睨みつけていた。ミィレやソゥラ、ファードもまた警戒とまで至らずとも若干怪訝そうな表情で突如現れた猫の獣人を視界に収めている。
「そんな、目的なんてにゃあ」
ケンやほかの仲間たちの様子を適切に捉えただろう猫の獣人は、ことさらにこやかな笑顔で敵意のないことを示す。
もちろん、状況は何ら変わることなどない。
「率直に申し上げましょう。正直に言ってくれた方が私たちもあなたの提案に乗る可能性が高いかと。それでも隠し立てするような内容であれば、そもそも後ほど無理でも断る可能性が高いです」
ケンの最後通告に猫の獣人はピタリと楽しそうな動きを止めて、静かに片膝を地面に着けて恭しい態度へと変貌する。
「……正直に申しますにゃあ。私はこの国の王、ハイングバットより遣わされた者ですにゃあ」
猫の獣人の口から出た国王の名前でケンたちもまた少し気が引き締まった。
ケンとミィレが互いに目配せをして、目の前の獣人を見る。
「この国の王ですか」
ケンの反応に猫の獣人がゆっくりと1度だけ大きく肯く。
「はいですにゃあ。私たちの王が皆さまにお願いしたいことがあるそうですにゃあ。使者となった私が皆さまをお連れしないと私や家族……子どもの命も危ぶまれますにゃあ……皆さまにとって私が見知らぬ者であることは重々承知ですが、どうか私を助けると思って、ハイングバット王に謁見していただきたく存じますにゃあああああっ!」
しばしの沈黙。
ケンとミィレが再び目配せをして、お互いにゆっくりと頷く。
2人の判断はこの獣人に嘘偽りがないというものだった。
「……仕方ないですね。勇者が断って、罪のない人が命を散らしたとなれば、こちらの沽券にも関わりますから」
ケンは猫の獣人の前まで近寄り、そっと手を差し伸べた。
猫の獣人は自分の使命が果たせそうと確信したからか、緊張で強張った表情から一転して声を掛けたときと同じような満面の笑みでケンたちを見回し始める。
「やったにゃあ! ありがとうございますにゃあっ! 本当に助かりましたにゃあ! 命以外なら何でも差し上げますにゃあああああっ!」
猫の獣人の言葉にケンがピクリと反応し、その反応を見てソゥラとミィレが追うように反応する。
「ふむ……命以外ならなんでも?」
「はい……命以外なら何でもにゃあ」
ケンの視線にぞくりとした猫の獣人は乾いた笑いをしながらも約束を違えないという意思を示した。
「ケン?」
「ケン?」
「……何かな?」
その2人のやり取りを見て、ミィレとソゥラが冷たい視線をケンに向けた。
ケンはケンで2人の突き刺さるような視線に作り笑いを貼り付けている。
ファードやアーレス、メルは関わらないように露骨に離れていく。
「まさかあ、子どももいるような方によからぬことを企んでいませんよね?」
「ははは……そんなまさか」
ソゥラの問いにケンはそっぽを向きつつも答える。
ソゥラの顔がいっそう険しくなった。
「いつだったか、何か付けさせられた気がするわね?」
「……ははは……どうだったかな?」
ミィレの問いにもケンは空を仰ぐように顔を上に向けて答える。
ミィレの顔が鬼のように怒りでひしゃげていく。
「へえ……あれはあ、たしかあ、私やお姉ちゃんがあ、あーんなことやこーんなことをさせられたようなあ?」
「…………ははは……その節は大変お世話になりました」
ソゥラのこの一言で、ケンがうな垂れるように顔を俯かせていたが、2人に過去の過ちを謝るようにも周りから映っていた。
「なるほど。ケンさんはそういう分野も好みだということですか」
最初は距離を取っていたアーレスもケンの好みの話をしているように思ったのか、ミィレやソゥラに気を遣う素振りを見せながらも話に参戦し始めた。
ケン1人に対して、ミィレ、ソゥラ、アーレスの女性3人が牽制を始めたのでたまらず、彼は弁明をしようと口を開く。
「アーレス、誤解がないように言うけれど——」
「にゃあん♪」
「わぅん、よね?」
ソゥラの猫の鳴き真似とミィレの犬の鳴き真似が決定打となった。
ケンは開いた口から言葉が詰まった後、ソゥラやミィレを見てから再び口を動かす。
「はい、返す言葉もございません。ただ、今回はそういうことがないようにいたしますので、どうか信じてください。あと、後で2人には僕の相手をお願いします」
「よろしい」
「よろしい」
「そこは『よろしい』なんですね……」
ケンはミィレとソゥラのご機嫌を取るべくそのような言葉を掛けておく。
ミィレとソゥラはまんまと彼の術中にはまり、数秒前まで見せていた怒りの形相から頬を赤らめた年ごろの乙女のような表情へと変わって首を何度も縦に振っていた。
アーレスはやり慣れたであろう3人のやり取りを呆れた様子で見る。
「よかったにゃあ。捨て身の色仕掛けなんてしたらどうなっていたか分からないにゃあ……はっ! 早く行きましょうにゃあ!」
猫の獣人は自身の選択にホッと胸をなでおろしながら、余裕をかましている場合ではないと思い直してケンたちに移動を促した。
「はい、行きましょう」
ケンも話が切り替わって助かったとばかりに猫の獣人の提案に乗って、ケンたちが阿武松場所へと歩き出す。
まずは山肌の見える道から森の中へと入っていき、腐葉土と化した地面の上を這う木の枝やツタに加えてそこから生える苔や菌糸類を踏みつつも進んでいく。
山道にしても、森の中の獣道にしても、凹凸が激しく障害物の多い道を通れるような乗り物などないようで、王の客人にあたるケンたちさえも徒歩での移動を余儀なくされた。
しかし、徒歩での移動に不平不満を漏らすような者はケンの仲間におらず、ちょっとしたピクニック気分で獣道を歩いている。
「それにしても、右を見ても左を見ても、上を見ても、緑、緑、緑と、緑ばかりね」
「はい、フォーテスはあの山間の関所から見た目の通り、国土の大半が森、残りが大きな川や国境になっている山々になっていますにゃあ」
ミィレが独り言のように呟いた一言を猫の獣人が耳ざとく拾い上げて問いのような愚痴に答えを投げかけた。
それをきっかけと判断したケンが猫の獣人の方を見る。
「ここにはどのような人たちが暮らしていますか?」
「はい、異世界の勇者さまたちなら既にご存知かと思いますが、9割以上が私のような亜人とも呼ばれる獣人たちですにゃあ。獣人の中での大きな区別はご存知ですかにゃあ?」
「えっと、たしか、プリミティとディリヴァでしたか」
ケンが別で覚えた知識を披露すると、猫の獣人は嬉しそうに軽く首を縦に振って頷いている。
「よかったにゃあ、ご存知なら話が早いにゃあ。プリモとデリヴ、より獣に近いプリモ、よりヒトに近いデリヴでして、プリモはその容姿からヒト族の国でも見かけますが、デリヴはあまり他所では受け入れられないためにこの森の国フォーテスや山の国とも呼ばれるニルタイモヌ、あと水棲動物だと海の国とも呼ばれるバージスあたりしかいませんにゃあ」
「なるほど。扱いに少し差があるんですね」
「……少しどころではないですにゃあ」
「……なるほど」
ケンは猫の獣人の曇った顔にこの世界の差別を理解した。
二足歩行で、会話ができ、お互いの理解に努めることができようとも、見た目の違いでヒト族と亜人にあたる他の種族で扱いの違いが出ている。
ケンは静かに、ただ静かにこの世界でも差別が生じているのだと嘆き悲しんだ。
ミィレやソゥラ、ファードはケンの様子を知り、ただし特別に声を掛けることもしなかった。
鳥獣の鳴き声、虫の出す音、どうしても出てしまう足音。
声はしばらく出なかったが、やがて、大きな木の根元に造られた石造りの建物と木の門扉が姿を見せる。
「さて、着きましたにゃあ。ここがハイングバット王の住む城、大樹城ですにゃあ」
「着きましたか。では、王の下へと行きましょうか」
門扉の前に立つヤマアラシの獣人が猫の獣人に気付いてから恭しく頭を垂れて、その後ケンたちに向かって深々とお辞儀をする。
「よろしくお願いいたしますにゃあ」
こうしてケンたちは招かれた客として大樹城へと入っていくのだった。
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