3-1. 『罠師』と肥沃の大森林
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
湿り気のある腐葉土の上に無数の木々が立ち、その木々を繋ぐかのように絡まっているツタ、木々から養分をもらって育つ多種多様な菌糸類、川や沼も数多く存在し、森林に生息するような鳥獣系の動物や獣人と呼ばれる亜人、そして、大量の虫が広大な場所の中でひしめき合っている。
大森林国家フォーテス。
人口の9割以上が獣人であり、獣人たちを主とした国家を形成している。
動植物の多い森林のために食糧資源が豊富な場所だが、隣国との間が山や大きな川に囲まれていることもあって、これまでに小競り合いはあっても大きな戦争を経験したこともない比較的平和な場所でもある。
「おぉ……これはすごい……」
その大森林を眺められる山間の検問所にて、唸るような声を発している男はケンだ。
茶色のぼろきれマントで体全体を覆っている軽装姿のケンは20歳前後の若い風貌をしている。彼は精悍な顔つきと言えば聞こえは良いが、少し整っている程度の平凡といえば平凡な顔である。
ケンは異世界から転移してきた勇者だ。魔王を倒した者のみが冠する勇者の称号を持つ彼は、これまでに5つもの異世界を魔王の手から救い出した歴戦の強者だ。
彼の両隣には2人の女性が寄り添っていた。
「いろんな動物がいそうね……リスとかウサギとかもいるのかしら」
かわいらしい動物を思い浮かべたのかフッと笑みをこぼしている女性は、ケンの隣にいる内の1人で、ミィレと呼ばれる重騎士用の全身甲冑を身に纏った女騎士だ。白い肌のスレンダーな体型に、金髪の長い髪が縛らずとも綺麗にまとまっている。
重騎士用の鎧は、武骨な感じもなく女性向けに誂えたのかのような可愛らしいデザインをしていて、彼女の背中には大きな盾が背負われている。
「ここまで鬱蒼としているってことはあ……虫もたくさんいそうです……」
まだ見ぬ虫にぶるりと身体を震わせたのは女戦士のソゥラだ。褐色気味の豊満な身体つきを彩るような肌の露出が多い女戦士の鎧、自身の身長を超える長いハルバード、そのような装備が似つかわしくない純朴そうな可愛らしい顔をしている。
「ちょっとソゥラ、変なこと想像させないでよ」
「だって……ケン、お姉ちゃんがあ、いじめてきます」
ミィレとソゥラは見た目こそ似ても似つかないものの美人姉妹とも言われる双子だ。
2人ともケンが最初に辿り着いた異世界の住人で、ケンに惚れた弱みもあってそれ以降の旅に付き添っているために付き合いもかなり長い。
「なっ!?」
ソゥラがケンにひしっと抱きつくと、ミィレは目を見開いた。
ケンはソゥラの頭を撫でながら、静かに口を開き始める。
「ソゥラ、ミィレはいじめているわけじゃないでしょ? ミィレもそんな顔をせずに落ち着いて、ミィレが悪くないことは分かっているから」
ケンは優しそうな丸型の目でソゥラとミィレを交互に見る。髪色と同じ黒色の瞳はまるですべてを見透かしているかのような彼の奥深さを印象付けている。
「そんなことよりも! なんでケンはソゥラにべったりされて跳ね除けないのよ!」
ミィレの怒りはいつの間にかケンに向けられていた。その事実に彼は驚きを隠せずに首を思わず傾げてしまう。
「ええ……」
「こういうのはあ、やった者勝ちです♪」
「っ! 私も!」
ソゥラが舌をチロッと出して、ミィレを煽る。その煽りに堪えることもないミィレがすぐ隣にいるケンに向かって勢いよく突っ込んだ。
「ぐふっ!? ミィレ、勢いが……っ! つう……」
「ごめん、だ、大丈夫?」
ケンは脇腹に衝撃を受けつつも、彼の手がそこをさすることもなく、ソゥラと同様にミィレの身体を抱き留めてからゆっくりと頭を撫で始める。
「大丈夫だよ、ちょっと痛んだだけ」
「ケン……優しい……好き……」
ミィレが顔を赤らめながらケンの身体にその顔を埋めていく。
「ぷぷっ……お姉ちゃん勢いよすぎ。力加減できてない」
「あんたが煽ってくるから! だいたい、あんたの方がバカ力で私はそんなでもないからいいのよ!」
「今、バカ力って言いましたあ!? お姉ちゃんはあ、いっつも私が気にしていることを言うんだからあ! デリカシーがないんです!」
「でりかしぃ? あんたの口からそんな言葉が出るなんてね! デリカシーないのはそっちでしょ!?」
ミィレのつり目がちな目の中に浮かぶ青い瞳と、ソゥラの人の目を引く垂れ目がちな目の中に据えられた桃色の瞳が互いに睨むように向かい合う。
「ちょっと、ちょっと……僕を挟んで喧嘩しないで」
ケンはミィレとソゥラの甲高い声を両側から聞こえてきて困った顔をして2人を撫でていた両手をすっと上げる。そのまま、別の仲間に助けを求めようとしたが、別の仲間たちは既に3人から離れてフォーテスの広大な風景をまじまじと見つめていた。
「うわあああああっ! すっごい! 見渡す限りの森なんて初めて見た!」
飛び跳ねるくらいの大はしゃぎで赤銅色の瞳を輝かせている少年は銃士のメルで、この世界でケンの仲間になった『銃器生成』のスキルを持つ勇者候補だ。
瞳と同じ赤銅色をした髪をしている彼は、自分の頭より大きい派手なオレンジのキャスケットを被って、カーキのジャケットと黒のズボン、手袋にブーツという出で立ちで男らしい格好良さをアピールしようとしているが、残念なことに一目見ただけでは男と判断できないほどに華奢で小柄な女の子のような容姿だった。
今もケンたちは彼が男かどうか半信半疑の状態である。
「あぁ、メルは初めてなんですね?」
メルにそう問いかけて茶色のショートヘアを揺らす女性は女剣士のアーレスで、彼女もまたこの世界でケンの仲間になった『刀剣生成』のスキルを持つ勇者候補だ。
彼女は口元を含む全身のほとんどを影の中に溶け込むような藍色の布で覆っており、ぴたりとした服装がスレンダーな体型をはっきりと表している。目は猫目がちでくりくりっとした瞳が黄金色に輝いていて、小麦色の肌が彼女を健康的に見せている。
彼女はケンがこの世界で初めて仲間にした勇者候補であり、ケンの弟子のような存在だ。
「うん! ボクはランドンケラから出たことなかったからね! ランドンケラの湖もでかいけど、フォーテスはどこまでも木々に覆われていてすごいなあ!」
「はしゃいでコケるなよ?」
メルのはしゃぎように釘を刺す言葉を放った男は男弓士のファードだ。
深紅の瞳と髪を持つ彼は肌が少し浅黒く、所々に爬虫類の鱗のようなものがあって、さらに背中に大きな翼を畳んでいる。服装は少し着崩されているスーツ姿であり、真面目と不真面目が共存しているような出で立ちだ。
「師匠! さすがにそこまでおっちょこちょいじゃ……うわっ!?」
ファードの注意はあまり効果がなかったようで、メルが不意に体勢を崩して前のめりになった。
目を細めたファードがすかさずメルの服の襟を掴み持ち上げる。
「ったく……言わんこっちゃない」
「あ、あはは……ごめんなさい」
メルはまるで首根っこを咥えられてしまった子猫のようにしゅんとした感じで申し訳なさそうに縮こまっている。
「ったく……ラースでも背中につけてやろうか?」
ファードが自分の肩に乗っているミニチュアなドラゴンを指差してそうメルに言い放つ。
ミニチュアなドラゴンはむくりと身体を動かして首をぐっと上に持ち上げた。
「我は転倒防止装置ではないが?」
ラースと呼ばれたドラゴンは真っ赤な鱗を持ち、その金色の目がぎょろりとメルを見る。
ラースは伸縮自在な体躯をしており、今は肩に乗るほどの小ささと軽さだが、大きくなれば小さな丘ほどの大きさにもなれる大怪獣と呼ばれても遜色のない古代龍だ。
ラースもこの世界出会った仲間で、龍神族の末裔であるファードと自ら契約して付き従っている。
しかし今はちょっとムスッとした様子で非難めいた言葉を口にしていた。
「ちょっとゴツゴツしていて重そうだし、紐もないから背負うのはちょっと……」
「我はリュックサックではないが? だいたい、我はファード殿の従者であって、メルのためのお助けグッズではない」
ラースはすっかり機嫌を損ねて再びファードの肩の上でそっぽを向くように丸まり始めた。
その時だ。
「異世界の勇者ご一行の皆さん、フォーテスへようこそ!」
そんな下らないやり取りをしているケンたちの前に猫の姿をした獣人が急に現れて話しかけてきてから恭しく頭を軽く下げてくる。
ケンは自分たちを待ち構えていたであろうその獣人を見て、怪訝そうな顔を隠さなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
この話から第3部の開始です。
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