2-26. 『罠師』、巨大龍と巨大龍モドキの戦いを見る(中編)
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楽しんでもらえますと幸いです。
ケンによってなだらかなすり鉢状に抉られた地形は、ダンジョンも魔力が消えて脆くも崩れ去り、動物や魔物の気配もほとんどない。
そのため、その中でひと際目立つ二つの塊のために誂えられた闘技場と呼んでも差支えはまったくなかった。
「ゴアアアアアッ!」
塊の1つはケンたちの仲間であり、ファードに隷属を誓ったこの世界に住む古代龍ラース。この真っ赤な鱗を纏った赤き古代龍はある程度伸縮自在であり、普段はファードの肩に乗れるほど小さい姿でいるが、今は小高い丘と見紛うほどの大きさで威嚇の声を轟かせている。
その威嚇もただの大きな声を出せばいいとする獣と異なり、その金色の瞳で相手の様子を見ながら、古代龍という誇りもふまえて圧倒的な力を示そうとする静かで威圧的な威嚇だった。
「ヴウウウウウッ……」
もう1つは火の魔将ケルツェがダンジョンを暴走させて生み出した疑似炎龍。ケンたちは別の異世界にいるサラマンドラと似ているとして、その仮称をつけて呼んでいた。この疑似炎龍サラマンドラもまた人に比べればひどく大きく、小高い丘と見紛うほどの大きさで、こちらもまた威嚇の声を響かせている。
身体に鱗はなく、少しぶよぶよとしているような見た目に周りを粘性のある高温の液体で覆っている。奇しくもラースのように赤い姿をしているため、そのことが尚のことラースの嫌悪感を増幅させていた。
「……ゴゴゴ……」
「……ヴヴヴ……」
その動き回る小高い丘が2つ、お互いを警戒しながら相手の出方をじっくりと見て付かず離れずの距離で見据えている。一瞬で決まるような戦いでは決してないが、特有の間合いか、先制攻撃をどうにか上手く繰り出そうとしているのか、時間が待たずして流れていく。
「……ケルツェはあそこだね。特に何かをする素振りはないけど」
「…………」
ケンの目はケルツェの姿を捉え、それに応じるかのように、彼女の目もまた彼の姿を捉えているような視線を彼に向けていた。
ケルツェはケンたちやラース、サラマンドラからも少し離れた場所で高みの見物を決め込んでいるのか大剣を背中に背負った鞘に収めている。
「ケルツェを討ちに行きませんか?」
「それも考えたけど……位置的にケルツェとサラマンドラの挟み撃ちに遭う可能性もある。僕が判断するなら罠が効かない敵を相手に挟み撃ちに遭いたくない。片方がケルツェだ、君たちを守りきれる自信がない」
「なっ……分かりました」
アーレスは一瞬身を乗り出した後、ふるふると両腕を振るわせた後に力なく下げて、拳だけをぎゅっと握りしめた上で了承の言葉を口にした。ケンの「守りきれる自信がない」という言葉は裏を読めば、アーレスやメルの力不足の意味も含まれている。
まだ独り立ちできていない自分のワガママなど聞くに値しないと彼女は自ら悟ったのだった。
「……ごめんね」
ケンもまた自信を持ちきれない自分の不甲斐なさに誰にも聞こえないほどの小さな声で呟くのだった。
それからしばらくして、そのやりとりを聞いていたからというわけでもないはずだが、ケルツェが突如口の端を上げてにっこりとする。
その敵意のなさそうな様子こそが開始の合図となった。
「ヴウウウウウッ!」
サラマンドラが喉を鳴らしながらラースに突撃を仕掛ける。その単調な動きを躱せないわけもなく、ラースは横にズレて直撃を避けた後に、尻尾をしならせてサラマンドラの顔に叩きつけた。
サラマンドラが怯んだその隙にラースがサラマンドラの横から思いきり突進する。サラマンドラが衝撃を受けきれずに二転三転と仰向けとうつ伏せを繰り返した後、ひっくり返ることなく体勢を整える。
サラマンドラが反撃として圧し掛かりを仕掛けようとしたが、ラースの方が素早いために間一髪でサラマンドラの攻撃を避ける。
傍目から見て、ラースの危なげない戦い運びに、誰もがラースの勝ちを想像できた。
サラマンドラもそれに気付いてか、まるで怒りの感情をぶちまけるように粘性の液体をさらに分泌させて、場全体をどろどろとした足場へと変えていく。
「ヴアアアアアァァァァァッ! ゴパアアアアアッ!」
先ほどの威嚇と異なる声を出し、サラマンドラが精一杯に大きな口を開く。出る声よりも奥、喉奥のさらに奥から粘性の高そうな音を出し、その音ともに固形物を含む液体を吐き出す。吐しゃ物にも似たそれは決して逆流した食物などの汚物ではなく、サラマンドラの出す攻撃の1つであり、高熱を発する溶岩のようなものだった。
ぬかるんだ大地で踏ん張りきれず、さらに直撃はまずいと判断したラースが大きさをそのままに翼を広げて、暴風を巻き起こしながら空中へと羽ばたいていく。それこそ小さくなれば飛ばずともいくらでも避けようはあったが、そこまで安全を鑑みて動けばラースの中で負けを認めることになると判断したのか、あくまで大きさは維持したままで回避する。
「貴様、龍を呼ばれるくせに魔法も使えんのか! 【アースクウェイク】!」
ラースが人語でサラマンドラを叱責し、そのままその口は土魔法【アースクウェイク】を唱えた。ラースの尾がまるでゴムのようにしなやかに長く伸ばされて、尾の先には合わく茶色に光る魔法陣が現れて、そのまま魔法陣を叩きつけるように地面へと突き刺す。
ゴゴゴゴゴ……。
その低く鳴る地響きとともに、尾が突き刺された地面を起点として、辺り一帯の大地は暴れ狂って踊り出す。地割れが起こり、割れた地面ごとに上がったり下がったりをランダムに繰り返すため、とても歩けるような状態になく、さらには飛び跳ねた岩や木などが容赦なくサラマンドラへと襲い掛かる。
「ヴヴヴヴヴ……」
さまざまなものがサラマンドラへと降り注ぐも、サラマンドラを覆う粘度の高い液体が潤滑油のように降り注いできたものをつるつると滑らせて致命傷を与えることがなかった。
ビチャ……ベチョ……グチュ……。
不快音を立てるサラマンドラに、ラースは目を細めてから眉間にシワを寄せつつ視線に嫌悪感を混ぜて睨み付ける。
「ベトベトと気持ち悪いやつだ……疑似龍……龍を騙る汚物がっ!」
「ゴパッ……ゴパパッ……ゴッ……ゴパアアアアアッ……」
やがて、【アースクウェイク】の威力が収まっていくと、サラマンドラは先ほどと異なる真っ黒な液体を喉奥から吐き出し、それを攻撃に使うことなく自身の下へと流し込むようにだらだらと垂らしていく。
その液体の異臭は、程よく離れているはずのケンたちにもすぐ届き、耐えられないといった様子でしかめっ面も隠すように顔の半分を腕や衣類、帽子などで覆う。
「すごい臭い……」
「もうここまで臭いが……あの液体は揮発が早いのか?」
ギョロリとサラマンドラの爬虫類じみた暗褐色の目がラースを捉える。サラマンドラの舌は意外と長く、口からはみ出た舌が獲物を捕らえる前の舌なめずりとばかりに口元を動いていった。
「ヴガアアアアアッ!」
サラマンドラの威嚇が再び行われると同時に、サラマンドラを覆う液体が発火し、サラマンドラは全身に炎を纏い始めた。
「え? 自滅?」
「まずいわ!」
「まずい! 罠発動!」
目を丸くしたメルの素っ頓狂な声とほぼ同時に、ミィレの『審美眼』による危険察知とケンの『観察眼』による危険察知が一致して警鐘を鳴らす。
ケンは罠で味方にバリアを張り、ミィレもアーレスやメルを守るように防御態勢を取る。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
サラマンドラの纏った炎が真っ黒な液体の発火点を優に超えて、真っ黒な液体は大爆発を起こす。爆発の衝撃、爆風、爆炎、その全てが猛り狂う龍の如く、天へと高く昇っていく。
それは幸運にもケンの誂えた土壁が大砲の筒のような役割を果たしたことで、全方位にぶつけられるはずの威力が丸々上空へと誘導された結果であった。
ただし、それは不幸にも、空に逃げ場を得ていたラースに直撃したことをも意味する。
爆発直後から立ち込めていた黒い煙が徐々に薄まっていき、すり鉢状だった地形を大きく抉った光景が露わになった。
薄れゆく黒い煙の中、大爆発に呑まれて煤けた身体を見せるラースは、身体的ダメージよりも精神的なダメージを多く受けたようだ。
「……ぐぐっ……ああああああああああああああああああああっ!」
ラースの固く結ばれていたはずの口は、次の瞬間に怒りの叫びを上げていた。
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