2-24. 『罠師』、ダンジョン崩壊後の大暴走を防ぐ。
約3,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンたちが脱出した後、ケンは即座にダンジョンから出ていった魔物たちの処理を指示する。
彼は、風の魔将フリュスタンと交戦する前に魔物がダンジョンから飛び出したことがあるという話を聞いて、予めある範囲でダンジョンをドーム状に取り囲むような罠を張っておいた。
先んじて出て行った魔物たちはその罠に阻まれて、範囲内で暴走しているだけだった。
「相変わらず用意周到だな……じゃあ、こっからは俺たちも張り切らねえとな」
ファードが空へと飛び、空を徘徊する鳥型や有翼獣型の魔物、および、木々の間からでも目立つ大型の魔物などを魔力の矢で片っ端から撃ち抜いていく。魔物は突然のことに戸惑う間も与えられずに絶命して消失していく。
「ゲエエッ!」
「ガアアッ!」
「オゴオッ!」
ファードに気付いて攻撃に向かおうとする鳥型の魔物もいたが、近付く前に撃ち抜かれるか、彼の傍で出番になったと言わんばかりに登場した古代龍のラースが吐く超高温のブレスに焼き尽くされる。
「近付こうなどと不届き者め」
「やるじゃねえか、ラース」
「お褒めの言葉、恐悦至極」
「割と難しい言葉を使うんだな……もっとラフに喋ってもいいんだぞ?」
空は完全にファードとラースの独壇場と化した。
その頃、ソゥラとミィレ、さらにメルの3人が地上を駆け回っていた。
「ファードさんがあ、空からがんばってくれるからあ、私たちは小物を処理しますかあ」
「さあ、とろとろしていないで、ちゃっちゃと処理してケンとアーレスの所に戻るわよ! 守りは気にせず、バンバン、ジャカジャカ、ガンガンやっちゃって!」
「ミィレさん、圧が……ちょっと怖い……」
「なに? なんか言った?」
「いえ……」
「なに?」
「なんでもありません!」
3人は素早く動き回る小型の魔物を処理していく。基本的にはソゥラとメルが攻撃を加えていき、メルが攻撃を受けそうになった時に限り、ミィレが守るといった構成で辺り一帯を殲滅する。
「そう……早くケンを守りに行かなきゃ……」
「グウウッ!」
「ガガガッ!」
「ブワアッ!」
メルからすれば、突如襲ってくる魔物たちよりも、早くケンの所に戻りたくて苛立つミィレの方が何万倍も怖かった。
ケンはミィレを信用しているからこそ、自分がいない別部隊でのリーダー的な立ち回りをお願いしてしまう。
しかし、頼られていると頭では分かっているものの、彼女は彼の傍に居たいし、彼を何があっても大丈夫なように守りたいという気持ちが強い。
彼の期待に応えたい気持ちと、彼の期待が自分の気持ちに沿っていないことの間で彼女は板挟みになって苛立つのである。
その苛立ちの矛先の1つでもあるケンはアーレスとともに、ダンジョンの出入り口で魔物たちを待ち構えている。
「さて、みんなが頑張ってくれているから、こちらも頑張ろうか。出てきた魔物を取りこぼさずに倒していくよ」
「はい!」
「もちろん、僕も手伝うよ。取りこぼしたら処理する」
ケンはアーレスの実戦での訓練も兼ねて、あえて2人で持ち場を担当することにした。
アーレスは布の隙間から見える頬を若干赤らめており、先ほどのお姫様抱っこの余韻が残っているようだった。だが、視線と気持ちはダンジョンの出入り口に集中している。
「アーレス、不謹慎かもしれないけど、賭けをするかい?」
「賭けですか?」
アーレスは『刀剣生成』でショートソードやダガーをばらまきつつ、握って振るったり、射出したり、敵を見て的確に自分の持ちうる手段を使って倒していく。
その最中、ケンから突然賭けを申し出てきたため、彼女は少し訝しげな表情で彼を見た後、復唱した。
「うん、調子が良いからね。ご褒美がある方が頑張れるかなってね。これから1匹も取りこぼさなかったらアーレスの勝ち、1匹でも取りこぼせばアーレスの負け、でどう?」
「なるほど、いいですね。私が勝ったら何がもらえますか?」
「バアウッ!」
アーレスは犬型の魔物が飛びかかってきたため、ショートソードを空中に固定して出現させる。魔物が自らの勢いで深々とショートソードに刺さると、彼女は犬型の魔物が突き刺さったままのショートソードを次に向かってきた人型の魔物目掛けて射出した。
「グオオッ!」
犬型の魔物を受け止めた人型の魔物は、その中から勢いよく飛び出してくるショートソードを受け止めきれずに顔面に貫通穴が開く。
ドサドサっと鈍い音が立て続けに鳴る。
「アーレスが勝ったら、僕のできる範囲で何でもしてあげるよ」
ケンは「何でも」と言ったものの、アーレスの性格を鑑みて、大したものを要求されることなどないと高を括っていた。
一方のアーレスは「何でも」という言葉にドキッとして、黄金色の瞳が爛々と輝かんばかりに強い生気を帯びる。
「言いましたね? では、私が負けたら?」
アーレスがそう問うと、ケンは困ったような顔をして彼女の方を見る。
彼女は彼のその顔を見て不思議そうに見つめ返すが、決して余裕があるわけでもない。次の瞬間にはかなり素早い鼠型の魔物が飛び出してきたので、ダガーを十数本ほど地表から空へ射出して対応する。
その後、彼女はチャクラムと呼ばれる円形状で外側に刃がぐるりと一周している投擲武器をいくつも生成し、次々と現れる魔物たちに向かって、チャクラムを高速回転させて射出して切り裂いていく。
そこから取りこぼしたら、彼女自らがショートソードで処理する。
「うーん。アーレスが負けることを想定していなかったな。あくまでご褒美だからね」
「では、負けても私が決めるでもいいですか?」
ケンはアーレスの提案に目を丸くしてから口の端を上げて、我慢できず笑い声を漏らす。
「ははっ……面白い。自分で罰を決めるのか。信賞必罰、アーレスなら自分に甘くないだろうからいいよ、もちろん、少なくとも自分が不利になるものにするよね?」
「もちろん!」
ケンがアーレスの言葉に首を縦に振り、彼女は布に隠した口が笑う。
彼女は手に持っているショートソードやダガー以外を一旦消失させて、生成できる数のすべてをチャクラムに充てることで増やせるだけ増やす。その後、そのチャクラムすべてを出入り口すぐの場所に空中固定して、高速回転させていた。
「ギャアッ!」
「ギュエッ!」
「ギョウッ!」
魔物たちは出入り口を通ろうとしただけだが、チャクラムに四肢や頭を切り刻まれたり抉り取られたりしてそのまま絶命するか、かろうじて通り抜けたとしても、待ち構えていたアーレスの一太刀を浴びていずれにしても絶命して終わった。
「もうだいぶ片付いたみたいだね」
「そう思っています」
「ただ、まだ保有されていただろう魔力から察すると、魔力の減りが足りないというか、大きな魔力が隠されているようなんだけどね」
徐々に出てくる量も少なく頻度も疎らになってくると、ケンもアーレスもアーレスの勝ちで決まりそうだと確信し始めていた。
ただし、ケンは魔力の消費量の点で魔物が足りないと思っている部分も感じていた。
その彼の懸念に呼応するかのように、グラグラグラと地響きが起こる。
「何かが……」
「アーレス、気を付けて」
「ヴォォォォォッ!」
地響きにも似た重低音の鳴き声が響いた後、ダンジョンの出入り口をもぶち壊してケンたちの数十倍以上の大きさの魔物が現れた。
ケンとアーレスは思わず固まる。
「えーっと、ケンさん……これも掛けの内ですか?」
「……いや、これは別にしよう。君の勝ちだよ、アーレス」
「ありがとうございます」
こうして、ケンとアーレスの賭け、ケンによるアーレスのご褒美大作戦はアーレスの勝ちで終幕を迎えた。
「でも、ご褒美は後だ。まずはこいつを何とかしないとね」
ケンは大きな魔物に目を向けて冗談を言うかのように笑って呟いた。
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次回予定:9/1(日)




