2-19. 『罠師』、ダンジョン周りを調べる
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楽しんでもらえますと幸いです。
ケンたちはレンオに言われた場所に辿り着いた。そこは湖のほとりからほどよく近い森の中にある洞穴である。風の通る音がヒューヒューと鳴り、昏く深い地下へと誘う入り口は息も絶え絶えな死者を連れている通り門にも錯覚する。
「レンオさんの言う通り、少し不気味な感じがするね」
「少しというかかなり……あと、嫌な感じがします」
「うん、ボクも背筋がぞわっとしちゃう……」
ケンの何気ない一言に、アーレスとメルが自身の感じたことや気持ちを素直に吐き出していた。
ここには何かがある。
全員がそれを確信できたために、攻略の対象となった。
「少し周りを調べてみようか」
ケンの言葉で、各自がダンジョンの周りを歩き回ったり、木々の上から眺めたりして、思い思いの方法で調べ始める。
しばらくして、誰から言うわけでもなく、ケンの下に全員が集まって情報共有を開始した。
「基本的に獣の足跡だけですね」
「ボクも木の上からぐるっと見た感じ、獣が多いって感じで、魔物も少なさそうだった」
「あとはあ、ちょっとだけ人の足跡があるかなあ」
「ソゥラの言う通りね。それでも、あのダンジョンの周りまでは来ないで引き返しているわね」
「おそらく、ここらで狩りをしている奴らだろう。獣がダンジョンの周りをうろつかないから行く必要もないし、あのダンジョンの嫌な雰囲気に近付かないんだろうな」
その後もいろいろと全員で共有した後、ケンは何かに気付き、その様子を見て、ほかの全員も気付いた。
「じゃあ、ちょっと聞いてみようか」
「そうですね」
「罠発動」
ケンはチラッと視線をある方向へ移してから、自動で相手に巻き付くロープの罠を発動する。
「おわっ! な、なんだ、このロープは!?」
木の枝の上からケンたちを見下ろすような形で様子を窺っていた声の主は、何もない所から急に現れたロープに驚き、とっさに逃げようとするも既に遅く、足を絡めとられてしまってからあっという間に体までぐるぐるに巻かれてしまい、ミノムシ状態で吊るされてしまう。
声の主は若い男の狩人のようで、矢筒と弓を後ろに背負っていた。ケンの見立てでは、その狩人の戦闘力はさほど高くないため、地元で自分の知っている範囲の中で獣を狩って生きている冒険者と判断された。
異変があったかどうかを聞くには好都合だった。
「ごめんね。手荒な真似はしたくないんだけど、話が聞きたくて逃げられると困るからさ。僕たちにできる範囲ならお礼も弾むよ」
ケンが柔らかな表情でそう話しかけると、狩人はしばらく彼を見た後に仕方ないと言った感じで首を縦に振った。
「……じゃあ、逃げねえから解いてくれるか? 捕まっていると居心地が悪い」
「たしかに。いいとも」
狩人は下ろされてロープを解かれると、少しストレッチをした後に立ち上がって、逃げる素振りも見せずにケンたちを順繰りに見回す。
数もさることながら、強さも明らかに段違いであることを狩人は理解したようで、言われた通りに大人しくするという選択肢を選び続けることにした。
「ふぅ……で、お前らは何が聞きたいんだ?」
「あっちにダンジョンがあるのは知っているよね?」
ケンの問いに狩人はゆっくりと縦に首を振る。
「あぁ、もちろんだ」
「あれは昔からあんな感じだったの?」
次の問いには狩人の首が横に振られた。
「いや、それは最近だな。あー、少なくとも、前にはあんな感じじゃなかったな。えっと、そうだな……そう、本当、最近だ。なんでかは分からないが、急におどろおどろしくなって、獣が近付かなくなった。だから、俺も最近はあまり近寄らなかったな」
「なるほどね」
狩人は記憶を取り出すために虚空に目を向けて、時系列の整理をじっくりとしていた。その掛かっている時間からも狩人が嘘を言っているようには見えないため、ケンは情報を吟味する。
ケンの相槌の後にも、狩人の言葉はさらに続く。
「あぁ、それでも、相変わらず冒険者が近寄っていたが、入らずに逃げ帰るか、入ってそのままどうなったか分からないかだ。少なくとも入ったと思われる奴らが戻ってきたところを見たことないな。まあ、俺もずっと眺めているわけじゃないから戻って来た奴らもいるかもしれねえけどな」
「まあ、でも聞けてよかった」
ケンは嬉しそうに表情を変える。お礼とばかりにこの世界の通貨を狩人に渡すと、ケンが思ったよりも高価だったからか、狩人、アーレス、メルの顔は少し驚いたものへと変わっていた。
「ちょっと多いかも」
「情報料としては高すぎます」
「ん? いいんだよ。むしろ、聞きたかった情報が聞けるなら、もっと払ってもいい」
メルとアーレスの言葉にやんわりとケンは問題ないと伝える。
「おぉ、ダンジョン周りだと、こんなところだろうが、なんか他にあるか?」
「そうだね。ちなみに、ダンジョンが変になる前に、何かいつもと違ったことはあった?」
ケンの金払いの良さにご機嫌な狩人は何にでも答えるぞ、といった様子でゴソゴソともらった通貨を早々としまい込みつつ、他に何かあるかと訊ねてくる。
ケンはもう1枚、同じ通貨を手に取って、質問を投げかけた。
「変わったことか」
「たとえば、知らない人物がうろついていたとか」
「バカ言うな。ダンジョン目当てに見知らぬ野郎がウロチョロするのは当たり前だろうが」
「それもそうだ」
ダンジョンがあれば、地元の人間以外にも人はやってくる。レベルの高いダンジョンであれば、強い冒険者が現れ、レベルの低いダンジョンであれば、駆け出しの冒険者がこぞって現れる。
見知らぬ人間など当たり前のようにいる。
だが、狩人は見知らぬ中でも特徴的な人物をふと思い出した。
「あ……」
「ん? 何か?」
「いや、そういや、見知らぬ綺麗な女が1人でうろついていたな、と思ってな」
「よく覚えているね。綺麗って……そんなに美人だった? どんな感じ?」
ケンの問いかけに反応したのは狩人だけではない。ミィレやソゥラもピクリと反応する。
「あぁ、美人っちゃ美人だが、なんか気迫がすごくてな。それに、一人でここいらを歩いているから」
「どんな女性だった?」
「ああ、特徴は……」
狩人の伝えた女の特徴は赤色のショートボブにキツめの目つきに真っ赤な紅を唇に塗っており、遠巻きに見てもソゥラと同じくらいの身長でかつ彼女と同様にビキニアーマーということだった。
さらに女は自分の身長ほどのバカでかい大剣を持っていたということだ。
「ありがとう」
ケンが手に持っていた通貨を狩人に手渡すと、狩人はニヤケ顔が止まらなかった。
「毎度。ダンジョンに潜るのか? 変な技を持っているとはいえ、気を付けてな」
もう質問もないだろうと理解した狩人は元々予定していた狩りをやめて家路へと足を運んだ。
「さて、行こうか」
「美人を探しに?」
「え?」
ケンがダンジョンに行こうと促すと、ミィレが青筋を立ててケンを睨み付けていた。
「……美人を探しにダンジョンに潜るのね?」
「ミィレ、待って。別に美人だから探したいわけじゃ……魔王の配下か、別の勇者の可能性もあるからさ」
「どうだか……」
ミィレは吐き捨てるようにそう呟いてから我先にとダンジョンへと潜っていた。
ケンは冷や汗を掻きながら、ミィレを刺激しないようにしながらも彼女が危険な目に遭わないように、他の全員も連れながら彼女についていくのであった。
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