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異世界転移し続ける『罠師』勇者ケンの英雄譚  作者: 茉莉多 真遊人
第1部5章 『罠師』、風の魔将と戦いに備える。

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1-Ex5. シィド、暇つぶしに武闘王への道を目指す。

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

「ここがコロシアムか」


 武闘家のような服を着こなす老人が目の前にある建物の名前を呟く。


 彼はシィド、ケンとともにこの異世界にやってきた男だ。肌は黒く、髪は白い。目を見開くことはなく、薄目なのか、閉じていても見えるのか、周りからは常に閉じているように見える。


「楽しそうじゃのう」


 コロシアムは古めかしい石造りの建物で数年、数十年の建築物ではない風格が漂っていた。


 その中から聞こえるのは上位ランクの闘い。コロシアムでの試合は人々の娯楽として定着して根強い。昔は奴隷闘士などが大半だったが、最近は名声や富のために自らコロシアムの門を叩く闘士が後を絶えない。


「おい、爺さん。観客席はあっちだぞ?」


 警備員がシィドを止める。


「いや、わしも戦ってみたいんじゃよ」


 シィドが後ろに手を組みつつ、散歩の途中のような雰囲気でにこやかにそう言うと、警備員は口を開く前に目を見開く。


「うーむ……冗談かと思ったが、どうして中々面白いな」


 闘士を何十人、何百人と見てきた警備員はシィドの隠している力に気付いたようだ。シィドはその言葉に微笑みを絶やさない。


「ほー。分かるのか? これは楽しみじゃのう。強そうな奴がゴロゴロいそうじゃ」


 異世界の勇者と並ぶほどの者がいるわけもないが、シィドは少しワクワクし始めていた。


「すぐにでも上位へ、と言いたいところだが、すまない。こんな荒くれでもルールがあって、登録して、ランクごとに勝ち上がっていくシステムだ。Eから始まって、Sが最高ランクだ。そして、Sの中でも上位であれば、Sの中のS、武闘王と闘える」


 警備員は申し訳なさそうに言うが、シィドはさして気にした様子もない。


「武闘王か。それは楽しみじゃ。いつ戦えるかのう。すまんが、Eランクの手続きをさせてくれ」


 すぐに終わってしまっては楽しみがないと言わんばかりの表情を浮かべ、シィドは手続きをお願いする。


「いいだろう。爺さん、運がいいな。今日が手続きできる日だ。ついてこい」


 警備員はコロシアムの中へと案内する。観客席への道とは違い、少し複雑に入り組んだ中を歩いていくと、物々しい扉があった。そこを開けると6人が準備体操や会話などをしている。


「ほー。なんじゃ、実技試験か?」


 シィドがそう訊ねると警備員は首を縦に振った。


「まあ、そんなところだ。その時の受験者数にもよるが、5~10人がまとめて闘って、半分が合格だ。殺したり重傷を負わせたりすると失格になる」


「ケガは分かるとして、半分も合格者を出すのか?」


「すそ野は広い方がいい。今は弱くてもこれからに期待する意味もある。不合格の場合、次に受けられるのは一か月後だ」


「ほー、そうか」


 警備員とシィドが話し込んでいると、6人のうち、1番大柄な男がずんずんと2人に近付いてくる。その男は見るからに力自慢で多少動きが鈍重だ。


「おい、じじい。もしかして、受験者か? 本気か? まず一人目の不合格者が決まったな。こりゃ合格しやすくていいな! はっはっは」


「そうじゃの。1人目が決まったのう」


 その後、間もなく今日の募集が締め切られ、シィドと6人の計7人で始めることになった。合格者は4名と告げられる。


「では、始めっ!」


 試験官から開始の声が掛かる。


 全員がまずは互いの顔を見て様子見をした。半数が落ちればいいのだから、やり過ごすという選択肢もある。しかし、硬直した状況では何も始まらない。


「さっそく、お前からだ! じじい!」


「最初に動く勇ましさは褒めようかのう」


 その状況を打ち破ったのは、先ほどの大柄の男だ。パワーとタフネスによほどの自信があり、周りの目をもはや気にすることなく、シィドの前までやってくる。


「まずは1人だっ!」


 直後、大柄の男のその太い腕がシィド目掛けて大きく振り上げられた後にピタリと止まった。


「…………」


 周りの人間は何が起きたのか分からなかった。


 大柄な男が止まって10秒程度した頃、男は後ろへと倒れ込んだ。泡を吹いて気絶したようだった。


 シィドは指先1つ動かさず、気を少し強めに放っただけだった。


「なんじゃ? もう気絶しおったのか。寝不足か? 試合前の準備不足は感心せんな。さて、残りは5人か」


 明らかに格が違う。5人はそう思い、内4人が戦い始める。1人はやはり強いと判断されたのか、蚊帳の外になった。


「まあ、そうなるわな。合格者は半分なんじゃから、わざわざ、面倒そうなわしを相手することもあるまい」


「お手合わせを願いたい」


 シィドがそう呟いた矢先に、蚊帳の外になった1人が素早く彼の前に立ってそう話しかけてきた。やはり、彼のように武闘家の服を着こなす受験者は恭しくそう申し出る。


「ん?」


 シィドは武闘家を見る。黒い髪は短く、身長も小柄な部類に入る。キリっとした目の中には澄んだ瞳が青色をしており、真っ直ぐ彼を見つめている。


「お主は残り物か? 油断せずに警戒していれば、高みの見物も悪くないはずじゃろ?」


「私は修行と路銀稼ぎでここにしばらく居ようと思っています。強い人との闘いこそ、私の望むところです」


 その言葉にシィドは笑みを浮かべる。


「ほー。よかろう。せっかくじゃ、お前さんの力にだいたいで合わせてやろうかな。いくぞ」


 シィドはその後、一瞬で跳躍する。まるで消えたかのような動きに惑わされ、武闘家は左右を見るがすぐに上と気付いて、両腕でシィドの蹴りをガードした。


「ぐっ」


「ほー。受けて少し流したか。基礎は悪くないのう」


「はっ!」


 シィドの着地に合わせて、武闘家は拳を繰り出すもシィドはあっさりと手のひらで受け止めてしまう。


「スピードはあるが、パワーがないのう。さっきのガードで腕が痺れとるのか? タフさもちょっと辛いところじゃな」


「まだまだ!」


 武闘家が両手で数10発の突きを繰り出すもシィドはすべて避けきる。逆に彼は、武闘家の肩、腕、腰、尻を叩いた。尻は少し撫でているようにも見える。


「ほらほら、スピードを上げ過ぎて、型が疎かになっておる。今叩いたところが疎かじゃな。それじゃ、パワーは乗らんぞ」


「はあっ!」


「いい感じじゃな。スピードを上げても型を崩さぬようにできれば、いずれパワーも伴ってくるじゃろ。さて、周りもそろそろ終わりのようじゃから。しまいだ」


 シィドは武闘家の胸の辺りに手を当てて気を流す。武闘家は1mほど吹き飛ばされた。


「うぐっ……かはっ……強い」


 武闘家は少しよろけつつも膝を着くこともなく立っている。


「そこまで! 今、立っている者が合格者だ!」


 気付けば最初の大柄の男と別に2人ほど倒れている。


 合格者が決まった。その後、名前を記載する簡単な手続きを終えて、木製のカードを配布される。名前は先ほど彫られたようで、少しばかり粗い。


 シィドは宿屋に戻ろうとしたところ、先ほどの武闘家に呼び止められた。


「私はシニョンと申します。お名前を聞かせてもらっても?」


「わしはシィドじゃ。わしもシから始まる名前じゃな。しかし、お主、そんなにきつく縛り上げて辛くないのか?」


 シィドのその言葉に、シニョンはハッとする。


「お気付きでしたか」


「流れている気の感じから、そうじゃと思ったよ。尻はちょうどいい感じじゃった」


 そう、シニョンは女性だ。シィドは女性と気付いて少し身体を触っていたようだ。彼女は彼を少しスケベなところがあると感じる。


「勝手なお願いではありますが、しばらく稽古をつけていただけますでしょうか」


「うーむ。暇とはいえ、そこまでお人よしではないぞ? わしに何のメリットがある?」


 シィドはしばらくコロシアムにいるつもりなのか、暇と言ってのける。まだ魔王討伐の予定は彼の中で組まれていないようだ。


「炊事や洗濯などの小間使いにお使いください。それでもダメならこの身を捧げます」


 シニョンが差し出せるものはそれほど多くない。


「女性がそう気軽に身を捧げるなどと言うもんじゃない。だいたい、わしはもう喜ぶような歳でもない。もちろん、元気じゃがな! はっはっは」


「どうすれば稽古をつけてもらえますか?」


 シニョンの退かない言動に、シィドは困ったように頬を掻く。


「……目的を申せ」


「ある男を倒すために旅に出て修行をしております。父母の仇、よくある話です」


 シィドはこれで何度目だろうか、と考える。こういう話もまた勇者一行としてはよく聞く話で、よく巻き込まれてしまうものの1つだった。


「そやつは強いのか?」


「少なくとも今の私では到底敵いません。数年前にここで1度武闘王を取った男です。しかし、傲慢になったその男はあまりの残虐さから武闘王を下ろされました。その後、いろいろな場所で人殺しを行っています」


 シィドは不思議に思う。


「ん? そんな危険人物なら捕まらんのか?」


「あくまで決闘ですから、周りも強く言えません」


「なんじゃ。決闘で父母の命がなくなったのか。恨むのは筋違いではないか?」


「そうかもしれません。それでも、私の気持ちは、心はそう叫んでいるのです」


 気持ちの問題と言われてしまえば、それ以上はシィドも何も言えない。たしかに、決闘でも命まで奪われてしまっては復讐の念に駆られてもさほどおかしくはないと彼は思う。


「まあ、わかった。小間使いになるなら、稽古をつけてやろう。だいぶきついぞ」


「ありがとうございます! 覚悟の上です!」


 シニョンは恭しく礼をする。


「では、まず、これを着けて」


「はい!」


 シィドは腕輪と足輪をシニョンに着けさせる。分かりやすいくらいの修行用アイテムだった。


「じゃ、これで力をある程度抑制しておるから、このまま3回くらい死ぬかの」


「はい! ……え?」


 こうしてシィドの地獄の特訓が始まるのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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