14~IF~2「新しい季節」
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』14~IF~
・新しい季節
カイトは眠りに着いた。キャンはカイトの頭を撫でた。すると、急激に眠気がキャンを襲い、カイトの隣で寝た。深夜、キャンはふと目を覚ました。隣にはカイトがいなかった。ベッドから落ちたのかと床を見たが、どこにも居なかった。そしてダイニングで物音がし、泥棒かと思いダイニングの方に出てみると、そこには結婚した頃の若い姿のカイトが自分の足で立ってコーヒーを淹れていた。
「か、カイト……?」
「あぁ、キャンさん。起こしちゃいました?」
「カイト、貴方、喋れるの……?」
「勿論。もうすぐコーヒーが出来ます。飲みますか?」
「あ、あぁ……」
キャンはソファに座り、カイトはキッチンから癌細胞の料理を食卓に並べた。
「久し振りですから、味の保証はありませんが」
「いや、君が作ってくれたんだ。きっと美味しいよ」
キャンは料理を食べた。
「……うん、美味しい……!」
「良かったです」
「久し振りだな。こんなに美味い肉を食ったのは」
「せめて炒めるくらいの事はしたらどうです?」
「油とか跳ねて怖いじゃん」
「全く、貴方って人は……」
カイトはとても和やかに笑った。料理を食べ終え、丁度コーヒーが出来たので、二人でゆっくりと飲んだ。
「煙草、吸わないんですか?」
「えっ……?」
「キャンさん、いつもコーヒー飲む時、煙草を吸ってたから」
「あ、あぁ……じゃあ、一服するよ」
キャンは煙草を吹かした。カイトは微笑んだ。
「安心する。コーヒーと、煙草の香り」
「そうかい?」
「えぇ。最近、あまり構えず、すみませんでした」
「いやいや。怪我と歳のせいだ。謝る必要は無い」
「じゃあ、ありがとうございました、キャンさん」
「うん」
「今まで、大分可愛がってくれましたね」
「あぁ。逆源氏物語だったな」
二人は笑い合った。
「なぁ、何で蟹座の悪魔の儀式を断ったんだ?」
「人生は人と出会う。でも、必ず別れが訪れる。そういう運命です。それに従ったまでですよ」
「……そうかい」
「そしてまた、新しい出会いがありますよ」
「……そうかな……?」
「そうですよ。だから、また幸せになって下さい」
「……うん」
二人は口付けを交わし、ベッドに向かった。事が終わると、夜が明けてきた。同時にキャンは急激に眠くなった。
「何か、凄く眠くなってきた……」
「じゃあ寝ましょう」
「うん……何か、夢だけど、実感がある……」
「これは現実ですよ」
「そうなの?」
「はい。死神さんに頼んだんです」
「そうなんだ……」
キャンは横になり、カイトも隣に寝た。キャンはカイトに抱き着き、震える声で言った。
「死なないでくれ、カイト……!」
カイトはキャンの頭を撫でながら答えた。
「自然の摂理には逆らえません。俺は、死にます」
「死んでほしくない……!一人にしないで……!」
「ごめんなさい。でも、俺は逝きます。先にあの世に逝って、ずっと待ってますから」
「カイト……大好きだ……!愛してる……!」
「俺も大好きです。愛してます」
二人は口付けをした。
「さぁ、寝ましょう。おやすみなさい」
「おやすみ……」
二人は眠りに着いた。昼になり、キャンが目を覚ますと、年老いたカイトが亡くなっていた。昨晩の事はやはり夢だったのだろうと思い、病院に搬送し、改めて死亡を確認した。翌日、死亡届を出した時、役所で驚かれた。長寿のギネス記録が更新されたと。百二十三歳と四十五日。そんなに生きていたのかと無関心だったキャンでも驚いた。でも実際は自分の方がカイトよりも二百年以上生きているんだけどね、と思いながら。
「いつの間にかギネスに載ってたよ、カイト……」
キャンは思わずそう呟いた。そして葬儀だが、他に親しくしていた親戚はおらず、友人、知人もとっくの昔に亡くなっていた為、こぢんまりとした、キャンだけの参列で葬式を行い、火葬した。倉部家の墓に納骨して拝んだ。黄色く色付いた銀杏並木を一人歩いて事務所に帰った。
それから数日、虚無感に襲われ、何もせずただ煙草を吸って一日を終える日々を過ごしていた。何もしなくても腹が減る。もうカイトの料理を食べる事は出来ない。生肉の癌細胞をそのまま食べた。美味しく感じなかった。でも自分は料理が出来ない。今更だが料理を覚えるのも有りかと思った。しかしやる気が起きない。だから生の癌細胞をひたすら食べ続けた。
ある日、カイトの遺品整理をしていると、数冊のノートが出てきた。それらは、キャン用に考えられた人肉料理のレシピ本だった。それを見て、「嗚呼……私は本当にカイトに愛されてたんだな……」と実感し、涙を流した。それからキャンは我流で台所に立つようになった。最初こそカイトのレシピ通りにはいかず何度も失敗をしたが、日を重ねる毎に上達していき、ようやくカイトの味を再現出来るようになった。アレンジは敢えてやらず、レシピ本通りにやった。
そんな数十年を生きた。ある時、あの日の晩のカイトの言葉を思い出した。
「人生は人と出会う。でも、必ず別れが訪れる。そういう運命です。それに従ったまでですよ。そしてまた、新しい出会いがありますよ」
必ず、別れが来る。
「自然の摂理には逆らえません。俺は、死にます」
キャンは自然とカイトが眠る墓の前に足が向いた。
「人は必ず死ぬんだな……カイト、君の言うように、私も一歩前に出そうと思うよ」
そう言い残し、墓地を去った。
数日後、通常業務に戻り、モグリの医師の噂は復活した。キャンは近所にメイド喫茶が出来た事を知り、そこで働くようになった。そして桜舞う季節。いつものようにメイド喫茶で働いていると、一人の少年が入店して来た。
「お帰りなさいませ!ご主人様……!?」
その少年は、公彦にも、カイトにも似た面影がある男の子だった。衝撃の出会いに、キャンは固まった。同時に、カイトのあの言葉を思い出した。
「そしてまた、新しい出会いがありますよ」
キャンは微笑んだ。
「あの、何か……?」
「……あ、いえ!ご主人様、こちらのお席へどうぞ!」
新しい春が、訪れた。




