死神の小話
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』15
・死神の小話
キャンは目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。自分の姿を見てみると、死ぬ前の老婆の姿ではなく若返っており、かつての傷は無かった。手足も家族から移植されたものではなく、自分の手足だった。そして目の前にもう一つスポットライトが当たった。そこには黒いフードを被り、大きな鎌を持った人物が立っていた。その人物は、いつか出会った死神のゴンだった。
「やぁ、迎えに来たよ」
「君は……確か死神の……」
「覚えていてくれて光栄だよ。サイン・キャン先生。その節は世話になったね。ゴンだよ」
「ここは?」
「ここはこの世とあの世の狭間。君達で言う所の、三途の川って所かな」
「そう……じゃあ、死んだんだ、私……」
「まさか悪魔と契約して生き残った人間を二人も、この三途の川で担当するとは思わなかったね」
「悪魔と契約した人間?それって、シエ・コードーの事?」
「そう。彼女が空爆で死んだ時、僕が彼女を担当したんだ」
「そうなんだ……」
キャンは胸ポケットから煙草を取り出そうとしたが、ポケットに煙草は無かった。それを見て、死神はキャンが普段吸っている煙草とライターを胸ポケットから取り出してキャンに渡した。
「あら、よく分かったわね」
「君はヘビースモーカーだって聞いてたからね」
「誰から?」
「色んな人達から」
「色んな人達って?」
「まぁ、それは後々分かるよ」
「そう」
「それに僕も吸ってるメーカーだからね。たまたまあっただけだ」
「じゃあ、一本貰って良い?」
「どうぞ」
キャンは煙草を一本取り、ゴンから火を点けてもらい、吸った。
「どうだい?美味いかい?」
「あぁ、美味い。ありがとう」
キャンは煙草を大きく吸い、吐いた。
「さて、私は生きている間、何度も罪を重ねてきた。行くのは地獄かな?」
「いいや、地獄じゃないさ」
「じゃあ天国?まさかね」
「天国でもないね」
「じゃあどこに逝くの?」
「それは逝ってからのお楽しみって事で。まぁ天国も地獄もどちらもつまるところ一緒なんだよね」
「ふぅん……?」
「ただ、一つ言える事は、死んだ者は皆、等しく同じ場所に逝くよ」
「そうなんだ」
キャンが煙草を吸い終わると、ゴンは携帯灰皿を取り出した。携帯灰皿をゴンから受け取り、キャンは火を揉み消して吸い殻を入れた。そしてゴンは言った。
「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」
「仕事?」
「そう、仕事」
「何の?」
「ここでは、君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」
「願いを、叶える……?」
「そう。生き返らせてくれ、なんていうのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげる」
「何でも……か……ちょっと考えさせてくれる?」
「良いよ」
ゴンは煙草を吹かした。それを見てキャンは煙草をもう一本くれないか頼んだ。
「あ、でもこれ、最期の願いになっちゃうか……」
「これくらい善意であげるよ。はい」
ゴンは煙草を箱ごと、ライターと携帯灰皿と一緒に渡した。
「優しいのね」
「それほどでも」
キャンは煙草を吸った。暫く考えた後、一つ思い付いた。
「私の死体って、どうなってる?」
「死体?ちょっと待ってて」
ゴンは鎌を一振りすると、二人の目の前に大きな光の球を出現させた。
「これは?」
「まぁ、防犯カメラ的な物だよ」
「ふぅん……?」
そこに映っていたのは、自室のベッドの上に、粉々になった灰のような塵のような物があった。
「これはどういう事?何か、灰みたいな物があるけど」
「これは君だよ」
「は?」
「君は長く生き過ぎた。癌細胞を食べなくなった事で、急激に老化が進み、体が耐えられなくなって崩れ落ちたんだ」
「そう……」
キャンは煙草を吸い終わり、ベッドの上の灰を見た後、煙草の灰を見た。
「私も、こんな感じで灰になっちゃったんだ……煙草の灰みたいに……」
「そうだね」
「そうだね、って、もうちょっとデリカシーってものが無いの?」
「自覚したなら気にする必要も無いかなと思って」
「酷い死神さん」
「そうかい?法外な値段で手術をしてきたモグリの君から『酷い』と言われるなんて、光栄だな」
「そうかい」
二人は微笑んだ。そしてキャンは煙草をもう一本取り出して吸った。
「どんな風に灰になっていったか見せてくれる?」
「早送りで良い?」
「うん。そんな長く見てられないし、その方が助かるわ」
「じゃあちょっと待ってて」
ゴンは鎌を一振りすると、キャンが最後にベッドに寝た後、灰になるまでの様子を流した。キャンは暫くボーッと自分の体が灰になっていく様をリピートして眺めた。煙草を何本も吸いながら眺めているうちに、キャンは願い事を思い付いた。
「私の灰、集められる?」
「灰を?何で?」
「私の灰を集めて、カイト……旦那の墓に入れてほしいのよ」
「それが願いかい?」
「そう。駄目?」
「良いよ。それくらい」
ゴンは鎌を一振りすると、骨壺を出現させ、光の球の中にあるキャンの灰を浮遊させて集め、光の球から取り出して骨壺に入れた。そして光の球をスライドさせ、映している場所を墓地へと変えた。そして鎌を一振りし、手元にある骨壺を倉部家の墓に瞬間移動させ、墓の中にすり抜けるように入れた。
「これで良いかい?」
「あぁ。ありがとう」
キャンは煙草をゴンに返した。しかしゴンは受け取らなかった。
「プレゼントだ。あげるよ」
「そう?じゃあ遠慮なく」
キャンは胸ポケットに煙草をしまった。そしてゴンは鎌を一振りし、光の球を消して、光の階段と光の扉を出現させた。
「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」
「あぁ。ありがとう、死神さん」
「あそこに行けば、あの世に逝けるよ」
「分かった」
キャンは光の階段の方へと向かって行き、途中でゴンの方に振り返った。
「ねぇ。向こうでも煙草とか、美味しい物ってあるの?」
「あぁ。あるとも」
「そう。じゃあ、少しは楽しめるかもね。病気とか癌とかってあるの?」
「それは無いね。怪我も病気も無い、平和な世界だ」
「そうなんだ……じゃあ暇ねぇ」
「そうかもね」
「あ、そうだ。あの世に行っても、癌細胞は食べなきゃいけないの?」
「いいや。君はちゃんと犠牲を払った。もうその呪縛からは解放されているよ」
「そうなんだ。じゃあ、逝くね」
「あぁ」
光の階段の方に改めて向かうと、突如光の扉が開いた。そこから、若い頃の姿のカイトが現れた。
「……カイト……!?」
「待ってましたよ、キャンさん」
「カイト!」
キャンは光の階段を駆け上がり、カイトを強く抱き締めた。カイトはキャンを優しく抱き返した。
「良かった……!また会えて……!」
「死神さんが言ってたでしょう?あの世があるって」
「それでも会えるとは思ってなかった……!」
「ずっと待ってましたよ、キャンさん」
「カイト……!」
二人は口付けをした。すると、光の扉から、ゾロゾロと人が現れた。父の誠一郎、母の初子、妹の美代子、元旦那の公彦、公彦の父の一平、公彦の母の明美、春樹、深雪、孝之、清三、芳江、メイド喫茶サトーの元従業員達、かつて世話になった医師で師匠の渋井重信、そして見知らぬ女の子がいた。
「皆……!」
一同は口々に「キャン」「キャン君」「キャンちゃん」「キャンさん」「サイン」「サインさん」「サインちゃん」「お姉ちゃん」「お母さん」と呼んで歩み寄ってきた。キャンは一人一人にハグをしていった。そして最後に、見知らぬ女の子の前に立った。
「この子は誰だい?」
キャンがそう聞くと、公彦が答えた。
「僕達の子だよ」
「えっ……?」
「あの儀式の時、身籠っていただろう?その子があの世で成長したんだ」
「そうだったの……初めまして。貴方のお母さんの喜屋武紗音よ」
「知ってる。お母さん。私は阿久亜」
「阿久亜……素敵な名前だね。誠一郎さんに付けてもらったの?」
「ううん。自分で名付けた。お母さんが蟹座の名前なら、私は水瓶座のアクエリアスに倣って、お母さんがこっちに来た時、癒してあげたくて」
「優しい子ね……でも、まさかあの世に居るなんて……」
「あの瞬間からもう命は宿っていたらしいよ。だから、私は死神に拾われて、あの世で暮らしてたの。お母さんがこっちに来るのをずっと待ってた。ずっと、立派に手術している姿を見ていたよ」
「立派ってもんじゃないけどね」
「ううん、立派だったよ。自慢のお母さんだよ」
「ふふっ、ありがとね。阿久亜」
キャンは阿久亜をそっと抱き締めた。
「これからはずっと一緒よ……阿久亜……」
「うん、お母さん……」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。そしてキャンはふと思った。
「あの、公彦さん、カイト、君達は、その……」
公彦とカイトは笑った。
「あぁ、大丈夫だよ。そこら辺の話はこっちで解決しているから」
「ど、どうやって……?」
「同じ女性を愛した者同士、キャンさんがこっちに来たら、一緒に暮らそうって決めたんですよ」
「それで良いの?二人共」
「あぁ。君さえ良ければね」
キャンはポロポロと泣き出した。
「私、こんな幸せで良いのかな……」
「これまで大変な思いをしてきたんだ。幸せになる権利があるよ」
「そうですよ。頑張って生きてきたんですから。これくらいの幸せ、足りないくらいですよ?」
「そうかな……?」
「そうですよ。さ、逝きましょう?」
「あぁ」
カイトと公彦はキャンの手を引いて光の扉の向こうへ行った。
「ねぇ、向こうでも料理、作ってくれる?」
「勿論!いーっぱい、食べさせてあげますよ!」
清三と芳江と元従業員達も言った。
「我々もいるしね」
「キャンちゃんの家のすぐ側にお店を建てたから、いつでも来てね。何だったら、またメイドとして来て頂戴ね?冥土のメイド、何て言っちゃったりして」
一同は笑った。そして公彦も言った。
「僕もカイト君から教わったから、僕のも食べてほしいな」
「うん!いっぱい食べる!皆のご飯、楽しみにしてる!」
キャンはふとある事を思い出した。
「あっ……皆がここに居るって事は……」
一同は微笑み、次々と光の扉の中に入っていこうとした。
「ねぇ、皆は最期の願いは何て言ったの?」
「それは向こうで話すよ」
「そう」
キャンは振り返って、下で様子を見守っているゴンの方を見た。
「死神さん、ありがとね」
「さっきも聞いたよ」
「改めて、よ」
「そうかい。まぁお節介かもしれなかったけど、知り合いを集めて呼んで、喜んでもらえたならこちらとしても嬉しいよ」
「呼んでくれたの?わざわざ?」
「うん」
「尚更ありがとうだわ、それ」
「サービスだよ、サービス」
「素敵なサービスだったよ。ありがと」
「うん」
そしてキャンはある不安が過ぎった。
「あっ……皆がここに居るし、死んだ者は皆同じ所に逝くって事は、シエ・コードーもいるの……?」
「あぁ、その事は心配しなくて良いよ。彼女、会社をクビになって政府によって遠くに飛ばされたから。向こうは非常に広い世界だからね。そうそう二度と会う事は無いだろう。政府から接近禁止命令も出されたしね」
「何が何だかよく分からんが、とにかくもう私に関わって来ないって事だな?」
「掻い摘んで言うとそうなるね。詳しくはこの後、役所に行ってもらうからその時に聞かされると思うよ」
「分かった」
「あぁ、それと、君の貯金の事なんだけどね」
「何だい?」
「あの世では現世の貨幣は使えないんだ」
「あっそう。じゃあ、募金か何かに使って良いよ」
「いや、話は最後まで聞き給え。向こうでは全世界の人間がいるから、貨幣は統一されてるんだ。HP、ヘルポイントとしてね。だから君の資産の数百億円は既にこちらで口座を作っておいて、換金させたから、自由に使うと良い」
「そうなんだ。分かった。何から何までありがと」
「ほら、早く逝きな」
「うん。じゃあね」
キャン達は光の扉をくぐり、やがて扉は閉まった。ゴンは煙草を取り出して吸った。そして光の扉があった方とは反対方向を向いた。
「何?見学?」
すると空間が裂け、そこからぞろぞろと、同じ死神で同僚のゴース、ベイ、ゴーマ、後輩のポップ、コーン、上司の七篠、シオウ、元同僚で、人間界で別の死神業をしている夜見フロッグと里場イヴが現れた。ゴースは笑いながら言った。
「バレてた?」
「最初からね」
ベイはメモを眺めながら腕を組んでいた。
「俺達も伝説と言われていた闇医者を一目見ようと思ってな。なぁ、ゴーマ?」
ゴーマもメモをしながら答えた。
「うん。悪魔と契約した人間がどんな人なのか知りたかったし」
ポップは気を付けして元気良く言った。
「俺達も勉強になりましたッス!」
コーンは一礼して言った。
「はい……次に繋げます」
七篠は仁王立ちで腰に手を当てて言った。
「こんな事は滅多に無い事だからな。私も興味があった」
シオウは隣の七篠を指差しながら言った。
「右に同じく」
フロッグは眉間に指を当てて俯いていた。
「私にとっては商売敵だったからな。平均寿命が延びている要因の人物がどんな者なのか、一目見ておこうと思ってね」
イヴは溜め息をついてヤレヤレと両手を広げた。
「私は止めたんですが、店長がどうしても見たいと仰ったので」
ゴンは溜め息を吐き、一同を見渡した。
「だったら堂々と出て来たら良かったじゃないですか」
七篠は髪をかき上げて言った。
「大勢で囲んで最期の願いを言え、だなんて圧を掛けられてるみたいだし、焦ってしまって深く考えずに軽い願いを叶える事になるかもしれないだろう?未練を残さないであの世に逝ってもらうのが我々の仕事だからな」
「仕事熱心ですねぇ、七篠さんは」
「あ?そういう君は、真面目に仕事をしてなかったって事か?あ?」
「いえ、そういう訳では……」
「まぁ良い。今日はもう定時で帰ろう。飲みに行くぞ。皆も良いよな?」
一同は「はい!」と答えた。しかしゴンはさっきから気になっている事をフロッグとイヴに聞いた。
「ちょっと待って。フロッグ、イヴ君、君達部外者だろう。何シレッと混ざってるんだ?」
「駄目?」
「駄目だろ。部外者だろ」
「良いんだ。私が許可した」
「七篠さん」
「サイン・キャンさんがどれだけ立派に仕事をしていたかを見て、今の自分達を見直して、シエ・コードーの件も振り返って、例の件をフロッグ君とイヴ君に反省してもらおうと思ってな」
「全然反省してるようには見えませんが?」
フロッグとイヴは声を揃えて「ハンセイシテマース」と言った。
「こんな態度でも良いんですか?」
「良しとした」
「あ、はい。そうですか……」
「じゃあ飲みに行くぞ!」
一同は「おー!」と拳を上げた。そして鎌を出現させ、鎌を一振りしてその場から消えた。
光の扉から中に入ったキャンは役所に辿り着いた。そこで住民票を得る為にカイトと共にしばし待っていた。辺りを見渡すと、色んな時代と国の恰好をした人間が日本語を話していた。
「ねぇ、ここは日本語しか話せないのかい?」
「いいえ?あの世では全ての言語が自分の一番理解している言語に変換されて聞こえるんですよ」
「ほぇ~」
結構な人が待っているのか、なかなか自分の番が回って来なかった。しかし不思議と苛々しなかった。それどころか逆に多幸感に溢れていた。
「何か、ここ、ふわふわする……何で……?」
「それもこの世界の影響ですよ。この世界は多幸感で溢れる空間なんです」
「ほぇ~」
暫くしてキャンが役員に呼ばれ、住民票を獲得した。そしておおまかなあの世での法律を聞いた。ここでの法律は単純だった。人を傷付けてはならない。それだけだった。但し、不慮の事故や、何らかの理由があれば、人を傷付ける事は不問とする事が認められていた。そしてあの世の時間について現世との相違点を聞いた。現世と違い、一日の時間は48時間、一週間は10日間、日月火水木金土天海地曜日、一ヶ月は等しく四週間で区切られており、十二ヶ月で一年とし、現世と時間の流れが異なる。更に、この世界では働く必要は特に無く、月初めに10万HPがあの世の人間全てに配布される。という内容だった。働かなくても金に困らないように、また好きな物を好きなように買う事が出来るように、死神から死者へのお供え物であるとの事だった。しかし大抵は自分で何かしらの仕事を見付けて起業したり、就職したりする事が多いと言う。食と睡眠は必要無い世界でも、人間は仕事を探すものらしい。また、食と睡眠を取らなくても良い理由の一つとして、あの世では疲れを感じないらしい。そしてこの世界は現世、あの世、天上界、悪魔界があると言う。現世は前に過ごしていた世界、あの世は人生を終えた者達が来る永遠の世界。ここでは死神が死人を管理している。死神は天上界の神とは違い、本当の神もいるが、今は死んだ人間で主に構成され、手伝いをしているという関係である。死神になるには、相当難関な試験と面接をクリアし、入社後に行われるオリエンテーションの後の実技試験を突破した者だけが成れる。高配給で、唯一、各世界に自由に行き来出来る存在である。天上界は神や天使、仏、聖人が住む世界。俗に言う天国と呼ばれる場所である。悪魔界は悪魔が住む世界。俗に言う地獄と呼ばれる場所である。悪魔と天使と神は儀式をして呼び出すか、自分の意思で他の世界に現れる事が出来る。というものだった。仏は現世にしか出向く事は無いらしいが、時折、悪魔界に行って、誰かを救おうとしているらしい。神も天使も悪魔も仏も聖人も高尚な存在の為、普通の人間は自分から迂闊に声を掛けると、消えない傷を付けられたり、存在を消される可能性があるのであまり関わらない方が得策との事らしい。
そして月一で死神のガイドの下、天上界と悪魔界の見学ツアーに参加する事が出来る。更に、お盆とハロウィン等の行事の際だけは魂だけ現世に降りてお祭り等に参加する事が出来る。
シエ・コードーのその後は、死神業をクビになり、更生施設に入って刑期を終え、どこか遠くの場所に飛ばされたと言う。接近禁止命令をあの世の政府から言われている為、もし接触があった場合には黄泉死神委員会という警察のような組織に通報するように、と言われた。
キャンは一通りこの世界の事を聞いた後、カイトに連れられ、家に着いた。家と言うにはあまりにも広大で、お屋敷と言うのが相応しい物だった。
「こ、ここに住んでるの……?」
「そうですよ。家族全員で住むとなったら、これくらい広くないとね」
「えっ、全員で住んでるのかい……?」
「はい」
「えっ。あっ、そう、ですか……」
最初の数日間は、キャンは新しい家族と共に過ごして体と心を慣らしていった。
ある日、多幸感で酔ってしまっているキャンの感覚を普通にするべく散歩がてら商店街でキャンの小物を買おうとしていた。そこへ、カイトの祖父の義文と祖母の恵子と出会った。
「あ、ジーチャン、バーチャン」
「あれ?カイト?それに、キャン先生?」
「あ、えーっと、義文、さん?」
「はい。カイトの祖父の義文です。こっちは妻の恵子です。百十年程前、カイトが貴方と出会って癌手術してもらったおかげで、天寿を全う出来ました。ありがとうございました」
「いえいえ。私は癌細胞を切除しただけです。最期まで立派に生き抜いたのは、義文さん自身の力ですよ」
「ご謙遜なさらずに。改めて、ありがとうございました」
「私の夫を助けて下さり、ありがとうございました」
「こちらこそ、カイトさんと出会わせて下さり、ありがとうございました」
キャンと義文と恵子は暫くペコペコと頭を下げ続けた。そして義文は顔を上げた。
「では我々はこれで。デートの続き、楽しんで行って下さい」
「あはは。では失礼します」
義文と恵子と別れ、商店街を歩いて色々物色していると、かつてキャンが手術をして助けた患者達やその家族、そして渋井大学附属病院の医師達が狙ったかのように集まってきた。彼らは口々に「キャン先生!」「あの時はありがとうございました!」と頭を下げてきて握手を求めてきた。それに一瞬戸惑い、「あ、はい、ども……」と次々と握手していった。何人かの患者やその家族は先に死んでしまい、支払いを終える事が出来ずにいて申し訳なさを感じて支払いをしてきた。中にはキャンに助けてもらったにも関わらず、借金を踏み倒してきた者もいた。彼らはキャンに助けてもらって恩を感じている人達から無理矢理引っ張って来られ、渋々金を渡した。キャンは「えぇ!?良いんですかぁ!?いやいや!あの世でも金を取り立てようとは思いませんよ!?」と一旦断った。しかし周囲の人達が「良いから良いから」と無理矢理に渡してきた。キャンはあの世の多幸感酔いでテンションがおかしくなっているのか「悪いねぇ~!ども~!」とお金を受け取り、手を振って買い物に戻っていった。
小物を買い揃えた帰り道、カイトは向こうから来る一人の中年男性にお辞儀をした。その男性もお辞儀をし、二人で「こんにちは~」「あ、どうも~」と言って通り過ぎた。キャンは誰か分からずカイトに聞いた。
「カイト、今のは誰だ?」
「あぁ、俺を車で轢いた人ですよ」
「何っ!?そうなのか!?」
「え、えぇ……」
「あの野郎……ちょっとぶん殴ってくる……」
ノッシノッシと男性に近付いていこうとするキャンをカイトは羽交い絞めにして止めた。
「止めて下さい、キャンさん!もうその話は俺の方で終わってるんですから!」
「私の方では終わってない!」
「仕方ない事故だったんです!あの人も故意でやったんじゃなくて、病気で突然起こった、不幸が重なった事故だったんです!謝罪もされましたし、誠意を示したいとの事で慰謝料も頂きましたから、もう済んだ事なんです!」
「それでも失った時間は取り戻せない!」
「俺はもう良いんです!あの時間があったから、キャンさんはあの世に来たんでしょう!?」
キャンはカイトの言葉に落ち着きを取り戻し、息を整えてカイトの方に向き直った。
「本当に良いんだな?」
「はい。今では良いご近所さんですよ」
「……カイトがそう言うなら、私も許そう」
その後は二人は帰って食事をし、風呂に入って寝た。
とある日、キャンは重信の家に挨拶に行くと言った。それを聞いてカイトも菓子折りを持って着いて行く事にした。重信の家は豪華な家で、家族と使用人で暮らしていた。インターホンを押すと、すぐに門が開き、二人は中に入っていった。そこでは、重信がにこやかに出迎えた。
「久し振りだな、キャン」
「師匠!お久し振りです!」
キャンは頭を下げた。重信は「まぁまぁ」とキャンに頭を上げるように促した。
「君は誰だい?」
カイトは姿勢を正した。
「キャンさんの夫で、生前は渋井重信さんの創設された病院で何度も手術をさせて頂いた者です!倉部カイトと申します!」
「まぁまぁ、そんな固くならないで。とりあえず、上がりなさい」
キャンとカイトは重信宅に上がり、応接室に通された。
「あの、これ、つまらない物ですが……」
カイトは菓子折りを重信に渡した。
「おぉ、これ、最近有名になった羊羹じゃないか。ありがとう。早速三人で食べよう」
「いえ、ご家族とご一緒に召し上がって下さい」
「私とキャンは家族みたいなものだ。そしてキャンの家族だった倉部君だ。私の家族同然だよ。ささ、食べよう」
重信は使用人にお茶を用意させ、羊羹を切り分けてそれぞれの前に置かせ、三人は談笑した。
「師匠のおかげで現世では本当に助かりました。ありがとうございました」
「いやいや、君の努力の結果だよ」
「渋井先生、我々は先生が創設された病院があったからこそ、現世で十分な仕事が出来ました。ありがとうございました」
「それも倉部君の努力の結果だよ。私はあの病院を建てただけだ。それを自由に使って良いと言っただけで、後は本人の努力次第だ。だから礼を言われるのは筋違いだよ」
「それでも、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
そこへノックの音が鳴った。重信が「誰だ?」と聞くと、ドア越しに使用人が「拓雄様と勝彦様と美優様がおいでです。如何致しますか?」と言った。重信は「通しなさい」と答えると、拓雄と勝彦と美優が現れた。
「お久し振りです、キャン先生、倉部先生」
「お久し振りです」
「お久し振りですぅ……」
重信は拓雄と美優を睨み付けながらドスの利いた声で言った。
「何しに来た?」
「謝罪です、曾々曾々お爺さん」
「謝罪?何にだ?誰にだ?」
「勿論、キャン先生と倉部先生にです」
「今更何ですか?」
「キャン先生、倉部先生、生前は大変申し訳ありませんでした」
「はい。心身共に大分被害を受けました」
素っ気無く答えるキャンに、拓雄は深々と頭を下げた。
「許してもらおうとは思っておりません。ただ生前、正式に謝罪が出来なかったので、この場を借りてお詫びを申し上げようと思いまして」
勝彦は美優を小突いた。
「ほら、お前も謝りなさい」
「申し訳ありませんでした……」
「私からも、申し訳ありませんでした。今後この二人の監視は私が行いますのでご安心下さい」
「はぁ。まぁ、この先はもう死ぬ事も苦しむ事も無いんで、どうでもいいです。ただ、二度と私達の前に現れないで下さい。私達からはそれだけを望みます」
「はい……」
「あのぉ~、私はぁ~?」
「お前もだよ。生前は仕事として仕方なくお前と関わっていたが、もう正直、顔も見たくない」
「すみませんでした……」
「我が一族の恥だ、お前達は」
吐き捨てるように言う重信に、拓雄と美優は「申し訳ありませんでした……」と頭を下げ、勝彦は「ほら、行きますよ」と言って二人を連れてその場を後にした。
「……まぁ、私の子孫の教育不足でもある。申し訳なかった」
頭を下げる重信にキャンは慌てて顔を上げるよう言った。
「師匠のせいではないですから!頭を上げて下さい!」
「いいや、私の責任だ。すまなかった」
それから暫くいやいや合戦が始まったが、やがて馬鹿らしくなってこの話は終わりになった。そしてカイトは前々から気になっていた事を二人に聞いた。
「あのー……ちょっと良いですか……?」
「何だい?」
「お二人はどうやって出会ったんですか?」
「えーっと、まだ私が町医者をやっていたある日の深夜、癌細胞の研究の為に病院に残ってたんだ。そうしたら髪もボサボサ、眼も血走ってる、服も破れて裸足で所々傷だらけでボロボロ姿のキャンが病院に忍び込んできて、錆びた包丁を握りしめて私に問い掛けてきたんだよ」
「何て言ったんですか?キャンさん」
「いやぁ、それはちょっと恥ずかしいというか何というか……」
「じゃあ私が代わりに言ってやろうか?」
「えっ。ど、どうしても言わなきゃ駄目……?」
「お願いします」
「えーっと……『その肉を下さい。さもなければこの包丁で刺します』……だったかな?」
「へー。意外と下手に出てたんですね」
「へへへ……まぁね……」
「おんやぁ?私の記憶と大分違うなぁ。確かあの時は私を睨み付けながら『その肉を寄越せ!でなければお前を刺し殺す!』だった気がするんだけどなぁ」
「ちょっ!師匠!」
「まぁ、そっちの方がキャンさんらしいですね」
「だろう?」
「カイトまで……もう恥ずかしくて死にたい……」
「もう死んでるから死ねないよ」
「気持ち的にって事ですよ、師匠」
「で、どうしたんですか?」
「キャンは臭いで癌細胞を嗅ぎ分けてたらしいんだよね。で、ここに辿り着いたんだ。痛いのは嫌だったから大人しく癌細胞を渡したら、要らない部分は捨てて癌細胞だけを目の前で貪り食っていたんだよ」
「あの頃が一番荒んでる時期でしたから……」
「で、何か訳アリだろうと思い、事情を聞いて、助手にならないかと提案したんだ」
「そうしたら?」
「最初は私を騙して町奉公所、今で言う警察に渡すんじゃないかと思ったんだけど、怪我してる私の体を手当てしてくれて、寝床も作ってくれて、師匠の事を信じるようになったんだ」
「優しいですね」
「じゃないといつしか人を殺してでも人肉を喰らいそうだったからね。そして医者の弟子になれば好きなだけ癌細胞を分けてあげられるし、将来、医者として一人立ちした時、自分の力で癌細胞を得られるように、ってね」
「本当、素晴らしい師匠だったんですね」
「ははは、それほどでも」
「いやいや、本当、最高のお人でしたよ、師匠は」
「どれくらい一緒に医者として過ごしてたんですか?」
「あー、どれくらいだ?」
「私が四十の時くらいに出会ったので、二十年くらいでしょうか?」
「あぁ、そうだな。私も四十くらいだったから、六十くらいで死んだな」
「そうでしたか」
「何か気になる事でも?」
「あ、いえ、その……二人は、男女の関係にはならなかったのかなって思いまして……」
カイトが恐る恐る聞いた。しかし二人は「いや、無かったよ?」と答えた。何故かと問い掛けると、「好みのタイプじゃなかった」と声を揃えて言った。それにカイトはズッコケた。
「何か、加藤先生の時にも聞いたな、この話……」
「だってタイプじゃなかったのは事実だったし。ねぇ?師匠?」
「あぁ。そりゃ、キャンが酒を飲んだり、風呂上りに火照ったりした姿にはドキッとする事もあったさ。でもだからといってそのままの勢いだけでするのは人としてどうよ?って事があったからね。っていうか私はその時、既に既婚者だったしね」
「私も同じ気持ちでしたよ。男らしい筋肉質なところにトキメク事もあったけど、だからといって勢いだけでってのもねぇ。見た目は二十代でも、中身は四十代だからねぇ。そこは律しなきゃと思ってたよ。それに既婚者に手を出す程私は馬鹿じゃなかったからね。っていうか師匠と奥様がラブラブだったから付け入る隙も無かったし」
「は、はぁ……随分真面目だったんですね……」
「私にはもうとっくに女房もいたし、成人間近の子供もいたしね。キャンに手ぇ出したら女房に殺されてしまっていたよ」
「ハハハ」と笑う重信に、突如後ろの扉から腕がニュッと伸びて来て重信の髪を掴んだ。
「何の話をしているんですか?アナタ?」
「お、お前……!?何で……!?昨日同窓会で、ゆっくり帰ってくる筈じゃあなかったのか……!?」
「奥様!?」
キャンが叫ぶと、その人物が顔を出した。その人は重信の妻の光江だった。
「お久し振りね、キャンちゃん」
「お久し振りです!奥様!」
「何でお前がここに……?同窓会は……?」
「あぁ、折角キャンちゃんが来ているなら一言二言話そうと思って帰ってきました。それより何ですか?さっきキャンちゃんにドキッとしたとか何とかって?」
「いや、あれはだな……その、まぁ、生理現象というやつで……」
「私と師匠は何もありませんでした!」
「アナタとキャンちゃんを疑う訳ではありませんよ。ただの冗談です」
光江はニッコリと笑った。重信は「そ、そうか……」とお茶を飲んで自分を落ち着かせた。そして光江はカイトの方を見た。
「それで?この殿方はどちら様ですか?」
カイトは立ち上がり、姿勢を正した。
「はい!私は倉部カイトと申します!キャンさんの夫です!生前はキャンさんと一緒に渋井病院で手術をさせて頂いていた者です!」
「あら、そうなの?」
光江はカイトをジッと見た。そして真っ直ぐカイトの眼を見詰めながら、肩を叩いた。
「キャンちゃんを、幸せにしてあげなさいね」
「はい!」
光江は微笑んだ。
「じゃあアナタ、また晩ご飯の時に」
「あ、あぁ……」
光江は部屋を後にした。カイトは胸を撫で下ろし、席に着いた。
「随分闊達な奥さんだったんですねぇ……」
「奥様にも良くして頂いたから、そんな師匠に私は着いていったんだよ」
「そんなキャンだったから、私の病院を使わせ続けようと思ったんだ」
「渋井先生はキャンさんの蟹座の悪魔の話は知ってたんですか?」
「あぁ、あの頃はその悪魔の噂で持ちきりだったからね。すぐには信じられなかったけど、キャンの切り刻まれた体と、自分と同世代の話が出来る事と、歳を取っても姿が変わらないキャンを見て、納得したよ」
「そうだったんですか……」
その後は他愛もない話をして、キャンとカイトは帰っていった。
翌日、キャンとカイトは孝之の住む家に行った。キャンは菓子折りを持って行った。カイトとは頻繁に会っていたが、久し振りに会うキャンに、心から嬉しそうな顔で孝之は玄関に出向いた。
「いらっしゃい、キャン、カイト君」
「お邪魔します」
「お邪魔~、孝之センセ」
「おいおい、私はもう医者じゃあないんだ。センセはよしてくれよ」
「いいや、いつまでも私にとっては孝之センセは孝之センセだよ」
「ははっ、そうかい」
孝之はカイトとキャンを応接室に案内し、使用人にお茶を持って来させた。キャンは菓子折りの入った紙袋を無造作に孝之に差し出した。
「はい、これ。ここら辺で有名になった羊羹」
「えぇ?別に良いのに~」
「いらないなら私とカイトでこの場で喰い尽くす」
「キャンさん、俺、甘いのあんまり得意じゃないんですけど……」
「カイト君、キャンの悪ふざけにいちいち乗っかってたらキリがないよ?」
「酷ーい。折角持ってきてあげたのに」
「分かったよ。ありがとう」
孝之は菓子折りを受け取った。
「これで良いか?」
キャンは「うん」と頷いた。孝之は使用人を呼び、羊羹を切り分けさせてそれぞれの前に置いた。
「しかし、キャンはずっと生き続けると思ってたんだけどなぁ。まさか死ぬとは……」
「最初の二百年は師匠以外、深い関りを持つ人物と会わなかったからな。君達が死んでから初めて思ったんだ。あんな悲しい思いをするなら、もう二度と誰とも会いたくないって思ったんだ。それに……」
「それに?」
「あの世で私を待ってくれている人がいる。そう思ったら、また出会いたかったんだ」
「キャンさん……」
「キャン……」
「あー、手術以外で真面目な話は性に合わんわー」
キャンは照れ隠しでお茶をズズズッ!と飲んだ。カイトと孝之は微笑み、お茶を飲んだ。そしてカイトはとある事を孝之に聞いた。
「そうだ。前から加藤先生に聞きたい事があったんですが」
「何だい?」
「いつからキャンさんの事を呼び捨てにしてたんですか?」
「ほぼ最初からだね」
「ほぼ?」
「あぁ、コイツ、コミュ力お化けで、すぐに色んな人に懐く性格だったんだよ。初めて会った時は『キャンさん』と言っていたけど、翌日からは『キャン』っていきなり呼び捨てにしてたんだよ」
「そ、それは何故に……?」
「キャンの事を好きになったから、親睦を深めようと思って。一目惚れってやつだね」
「あ、そうですか……翌日会いに行ったのは、お金を渡す為ですか?」
「いいや?」
「じゃあ、手術の内容を聞きに行ったとか?」
「いいや?」
「じゃ、じゃあ何故……?」
「コイツさぁ、本当、コミュ力お化けだったんだよ。ただ単純に『私に会いたいから会いに来た』って言ったんだよ」
「えっ?下手したら営業妨害になるんじゃ……」
「まぁほら、基本的に暇じゃん?だからそこまで邪魔じゃあなかったんだけど、鬱陶しかったね」
「嫌がったりとかはしなかったんですか?」
「それがねぇ、コイツ、本当面白い奴で、学校であった面白い事をまるで漫談みたいに話すからもうゲラゲラ笑っちゃってさぁ」
「フィクションも交えてだけどね」
「だとしても面白かったんだよ。だからそこから仲良くなっていったんだ。で、将来医者になりたいって言うから、受験勉強と大学の勉強と国家試験の対策を手伝ってやったって訳」
「ほぇー……俺と同じくらい仲良くやってたんじゃないですか」
「そうだねぇ」
「で、国家試験合格した時に告白したんだよねー。でもフラれたんだよねー」
「好みのタイプじゃなかったからね」
「大学受験で進路を決める前に告白していたら医者じゃない道を選んでいたかもしれなかったね」
「何で告白を国家試験合格の時にしたんですか?」
「そっちの方が格好良いかなって。同じ医者としてこれから共に同じ病院で働きたかったんだよね」
「残念でしたね、加藤先生……で、何でキャンさんは国家資格を取って病院で働く道に進まなかったんですか?」
「私の血を入れるなんて普通じゃないからね。それに、癌細胞を手に入れる為に生きていたし、孝之センセの評判に関わる事でもあったから、迷惑を掛けたくなかったんだ。せめてもの愛情だったんだよ」
「そうだったのか……生きているうちにそれを聞きたかったなぁ」
「これでも人並みに愛情というものは持ってるのでね」
「それなら尚更生きているうちに聞きたかった」
「はっはっはっ、すまなかったね」
キャンはお茶を飲み、一息吐いた。
「ありがとね。孝之センセ」
「何だい?急に?」
「生前は君に大分助けられた。改めて礼を言う。ありがとう」
「…………」
「……何だよ?」
「気持ち悪っ」
「は……はぁ!?何だよ!折角人がお礼を言っているのに!」
「キャンらしくない。もっとぶっきらぼうに言うと思ってた」
「解釈違いで悪かったな!」
「あはは!でも嬉しいよ!ありがとう、キャン!」
「……ふんっ」
それからは暫く談笑し、キャンとカイトは帰っていった。
翌朝、キャンは朝食後、公彦と応接室で待ち合わせた。キャンは先に待って煙草を吸っていた。そこへ、公彦がやってきた。キャンは慌てて煙草の火を消そうとしたが、公彦は「あぁ、良い、良い。僕も吸うから」と言って止め、自分も煙草を取り出して吸った。
「で、サイン。何か話でもあるのかい?」
「うん……その、貴方を裏切った事になるから、謝っておこうと思って……」
「裏切る?何を?」
「カイトと結婚した事……」
「あぁ、その事?じゃあ当事者のカイト君も呼んだ方が良いんじゃないか?」
公彦がスマートフォンでカイトを呼び出そうとすると、キャンはそれを止めた。
「いいや、ここは私達の方の夫婦の問題だから」
「ふぅん?そう?」
公彦はスマートフォンをテーブルに置き、煙草を吹かした。キャンは煙草を揉み消した。
「しかしサイン。君も煙草を吸うとはね」
「おかしい?」
「おかしいというか、出会ってから僕が死ぬまで煙草は吸わなかったじゃないか」
「あぁ……その事なんだけど……」
「何だい?」
「公彦さん。貴方を忘れられなくて、今まで吸ってたの」
「僕の事を忘れられない?どういう事だい?」
「貴方との思い出と言ったら、煙草を吸う貴方と一緒にどこかに出掛けたり、ご飯の後の一服しながら会話するくらいしか無かったから……」
「煙草くらいしか思い出を作らせてあげられず、すまない」
公彦は頭を下げた。それに対し、キャンは慌てて顔を上げるよう言った。
「謝るのは私の方だよ!貴方を裏切って他の男に惚れ込んで結婚した事は謝ります!ごめんなさい!」
頭を下げるキャン。しかし公彦はあっけらかんとした態度で答えた。
「別に気にしなくて良いよ」
「いや、一応ケジメとして言っておかないとな、と思って」
「ケジメ?」
公彦は煙草を揉み消した。
「カイト君の事、好きなんだろう?」
「えっ?いや、うん。好きだけど……今は公彦さんの話をしてるんだ……」
「じゃあ、良いじゃないか、それで」
「良いって……男二人を愛しているんだぞ?不倫になるかもしれないんだぞ?それでも良いのかい?」
「僕は構わないよ」
「公彦さん……」
公彦は新しい煙草に火を点けた。
「カイト君にも言ったけど、僕達はお見合いで出会って結婚して大蟹に殺されるまで五年程度しか過ごさなかった。でもカイト君は僕の二十倍以上君を支え続けた。それだけで、僕は彼に感謝しか無いんだ」
「公彦さん……」
公彦はテーブルに置いたスマートフォンを手に取り、耳に当てた。
「って事で、カイト君?これで良いかな?」
そう公彦が言うと、応接室にカイトが入ってきた。
「はい。俺は構いません」
「カイト!?何でここに!?」
「公彦さんから何かキャンさんが話があるらしいから電話掛けるかもって言われて、案の定電話が掛かってたので黙って聞いてました」
「生々しい話だからあまり聞かれたくなかったんだが……」
「俺はこれからも公彦さんと一緒に暮らすのに異論はありません。以上です」
カイトは一礼して去ろうとした。それをキャンは止めた。
「待て待て待て!公彦さん!カイト!本当に良いのか!?二股だぞ!?」
「僕は別に」
「俺も別に」
「だって愛してくれてるんだろう?それぞれを、それぞれ別の愛し方で」
「えっ、あっ、ぐっ……!」
「じゃあこの話は終わりね。戻ろうか、カイト君」
「はい」
公彦とカイトは部屋を出て行った。キャンは慌てて追いかけ、何度も何度も「本当に良いのか!?」「倫理的にどうなんだ!?」「二股を掛けているんだぞ!?」「怒らないのか!?」と問い詰めたが、二人は「じゃあ別れる?それは自分は嫌だ」と頑なに拒み続け、最後にはキャンが根負けしてこの生活を続ける事に落ち着いた。公彦とカイトからは「だから最初から言ってるじゃん。解決してるって」と言われ「五月蠅ぇ……」とキャンは呟いた。
それからの日々は、カイトや、深雪、初子、公彦、阿久亜の色んな料理を食べさせてもらい、どこに名所、観光地があるかを探索し、今まで肌の露出が出来なかった海やプールに行って泳いだり、銭湯や温泉に入ったり、遊園地に行ったりして約四百年振りに目一杯今まで出来なかった事をして、遊んで暮らした。たまにカイトと二人きりでデートもした。公彦は快くそれを受け入れていた。逆もまた然りだった。怪我も病気も存在しないあの世では、医者は無用の存在だった。
カイトとはメイド喫茶サトーに向かって食事をしたりした。何日か通っている内に、清三と芳江から、またウチで働かないかと提案された。少し悩んだ。一旦持ち帰り、家で家族会議をした。すると皆、快諾した。暇だし、働いている方が二人にとっては性に合ってるのではないかと。そしてその日の晩、メイド喫茶サトーに電話して面接をしてもらう事にした。翌日、履歴書を持って従業員専用出入口から入り、中に入って清三と芳江に連れられて休憩室に入った。カイトとキャンは履歴書を清三に渡したが、そのまま横に置かれて、すぐに採用と言われた。でも一応キャンは接客の仕方を復習し、カイトも料理の腕をチェックをされた。どちらも合格。翌日から週四、一日十二時間、休憩込みで十三時間働く事となった。帰り道、二人は笑顔だった。
「キャンさん、そっちはどうでしたか?」
「合格だって。そっちはどうだい?」
「合格です。明日から来てくれと言われました」
「私もだ。また一緒に働けるな」
「そうですね。何だか懐かしい気持ちです」
「だな」
二人は家に帰り、明日から働くと家族に伝えた。家族は自分の事のように喜んだ。翌日、キャンとカイトは出勤した。最初の数日は普通に過ごしたが、ある日を境に店は大忙しとなった。「あのキャンちゃんが帰ってきた!」という話があの世のSNSで拡散され、キャンを一目見ようと客が店の前に長蛇の列を作った。そこには、古株だった客もいた。お昼時のピークを過ぎ、一旦落ち着いた頃、キャンとカイトは休憩に入った。キャンとカイトは従業員専用出入口から外に出た。キャンは煙草を吸った。
「何か、懐かしいですね」
「あぁ、そうだな。ここじゃあないけど、会ったよな、あの夜」
「そうでしたね。おかげで祖父は助かって、キャンさんと俺が一緒に住み始めましたよね」
「長かったな。それまでの二百年はあっという間だったけど、カイトと出会ってからの百十年は長く感じたよ。新しい事の毎日で」
「暇な日が多かった気がしますが」
「それでも、長かったよ……」
「そうですか……」
そこへ従業員専用出入口から芳江が出てきた。
「あ、店長。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ」
カイトとキャンは頭を下げ、芳江は一服した。
「流石キャンちゃん。大人気ね」
「それほどでも……恐縮です」
「いやいや、助かってるよ。忙しいけど、楽しいよ」
「店長まで厨房に入って料理するんですから。相当忙しかったですよね」
「えっ、そうだったんですか?」
「そうよぉ。私、一応店長兼料理長だからねぇ」
「そうだったんですか。お疲れ様です」
「どうもぉ……」
芳江は煙を大きく吸い、吐いた。
「そういえば、この前、商店街でキャンちゃんのお母さんに会ったよ」
「えっ、私、何も聞いてませんよ?何か話しました?」
「実年齢の事」
「あっ……」
「これまではキャンちゃんって呼んでたけど、私よりも遥かに年上だし、これからはキャンさんって呼んで、敬語で話した方が良いのかなって思って……」
「止めて下さい、店長!こんな年寄りをずっと若造扱いしてくれたのは店長とオーナーくらいだったんですから、今更態度を変えたりしないで下さい!」
「良いのかい?」
「はい!」
「そうかい……じゃあ、これからも宜しくね、キャンちゃん」
「はい!宜しくお願いします!」
キャンは頭を下げた。すると従業員専用出入口から清三が顔を出した。
「私もいつも通りで良い……?」
「あ、オーナー!勿論です!」
「そうか……」
清三は休憩室と厨房、フロアに向かって叫んだ
「おーい!皆ー!いつも通りで良いってさー!」
そう清三が言うと、スタッフ一同が「おー!」「宜しくねー!」という声が聞こえてきた。
「ちょ、オーナー!」
キャンが声を掛けると、清三は舌を出して部屋の奥に引っ込んだ。お茶目な一面がある方なのだなと初めてキャンとカイトは思った。そんな会話が終わると、芳江は煙草を揉み消した。
「さーて、仕事仕事!キャンちゃん、もう一本くらい吸うでしょ?」
「はい」
「だよね。じゃあ先に戻ってるから」
「分かりました」
「倉部君もキャンちゃんと話すでしょ?」
「はい」
「じゃあまた後で」
「はい、分かりました」
芳江は厨房に戻っていった。すると入れ替わりでスキンヘッドに真っ白なスーツとネクタイと靴を身に付けた一人の男性が店の裏路地に入ってきた。
「やぁ!キャンさん!倉部君!ごきげんよう!お久し振りですね!」
その男が誰か分からなかったが、どこか聞いた事があるような声だった。カイトはおずおずと聞いた。
「だ、誰ですか……?」
それを聞いて、その男性は名刺を取り出した。
「あぁ!この姿で会うのは初めてだったね!はい!これ名刺ね!」
男は名刺を二枚、カイトとキャンに渡した。そこには「芸術家 真島秀太」と名前が書かれていた。
「真島先輩!?」
「真島君!?」
「更生施設からようやく出てこれてね!挨拶に来たよ!」
キャンはカイトに耳打ちした。
「ちょっとカイト。真島君、この辺の地域に来てたの?」
「前に一度だけ包丁を持って襲ってきたんです。その時に通報して、ここ数十年更生施設に入れられていた筈なんですですが、いつ出てくるかは聞いてなかったです」
「何しに来たんだ?」
「さぁ……」
秀太はズズイッと二人に近寄った。
「今度個展を開く事になってね!是非お二人に来て頂きたくて参りました!」
「個展?じゃあ今は本当に芸術家なんだね?」
「はい!絵画、彫刻、生け花、書道と色々なアートをやっています!」
「そ、そう……え?で?それを言いに来たの?」
「はい!」
キャンはキッと秀太を睨み付けた。
「あの日の事、忘れてないぞ」
「あの時は本当に申し訳ありませんでした!そして、三十年前にも倉部君に接触した事も反省しております!更生施設で毎日自責の念、反省の文を四六時中書き続けて目が覚めました!私はもうあんな事は致しません!それだけは信じて下さい!」
秀太のあまりの長文と早口に二人はドン引きし、カイトは言った。
「接近禁止命令、出されてませんでしたっけ?」
「いいや!出てないね!なるべく関わるなっていう注意だけ受けたけど!」
「なるべくって……関わってきてるじゃないですか……」
「あぁ!だが今回は理由があって来た!危害を加えるつもりもない!」
「そ、そうですか……でも一応、更生施設の方に連絡はさせて頂きますね。注意を受けたにも関わらず、会いに来たって事で」
カイトが更生施設にスマートフォンで電話しようとすると、秀太は慌てて近寄ろうとし、足を滑らせて顔面からすっ転んだ。カイトはしゃがみ、秀太を助け起こそうとした。
「だ、大丈夫ですか……?」
助け起こそうとしたその時、秀太はカイトに縋り付いた。
「通報は止めてくれ!あそこにだけはもう戻りたくないんだ!」
「え、あ、いや、でも一応規約違反ですし……」
「頼む!金ならいくらでも払うし、またここで無償で永遠働いても良い!だから!だからあそこにだけは!」
涙を流しながら絶叫する秀太を見て、カイトは「分かりました!分かりましたから!とりあえず立って!」と言って秀太を立ち上がらせた。秀太はさっきの取り乱しが無かったかのようにスン……と静かになり、ポケットからハンカチを取り出して服の汚れを払って元の調子に戻った。
「じゃあ今日は挨拶だけって事で!二人共、是非お越し下さい!お待ちしております!ではごきげんよう!」
秀太はそう言って一礼し、去っていった。
「……何だったんだ?アレ……」
「さぁ……」
「一応反省したって報告は本当なのかね?」
「どうなんでしょう。で、行きます?」
「行かない」
「でしょうね」
そろそろ店内に戻ろうかとした時、ビルの陰から秀太が顔だけニュッと出してきて、「あのー……」と言ってきた。カイトとキャンはまた驚いた。「何っ!?」と声を揃えて二人は言った。秀太はそのままの態勢で問い掛けてきた。
「あのー、確かお二人はご結婚されたんですよね?」
「あぁ、そうだが?」
秀太はハンカチを取り出して噛んだままフェードアウトしていった。
「本当に何だったんだ、アイツ……」
「未練タラタラなんでしょうね。キャンさんに」
「私はアイツには勿体無い。で、通報は?」
「します」
「だろうな」
それから一ヶ月後、給料日になった。業務を終え、手渡し式で渡されて家に帰った。明細表を見て、二人は驚いた。日本円で時給3000円。以前のバイトの時と比べて二倍になっていた。何かの間違いだろうと思い、キャンは清三に電話した。電話はスピーカーモードにして話した。
「はい、メイド喫茶サトーのオーナーの佐藤です」
「もしもし、キャンです」
「倉部です」
「あぁ、キャン君、倉部君。どうかした?」
「先程のお給料の件でお話が」
「えっ、何?どこかおかしかった?」
「明細に書かれている給料の数字が……」
「あっ!?足りなかった!?おい、バーサン!バーサン!」
「違います違います!多いんです!以前は時給1500円だったのに、今回は倍の3000円になっていて、間違いじゃないかと思って電話したんです」
「あ、なーんだ。そういう事か。大丈夫。合ってるよ」
「へ?」
「一生懸命働いてくれたし、キャン君のおかげでお客さんは増えるし、倉部君のお陰で提供する料理のレベルも、まかないのレベルも上がって皆喜んでるし。その対価を払っただけだよ」
「オーナー……」
「それに、また一緒に働けるのが嬉しくてさ。あの世でまた一緒に働ける事になったら給料は倍にしようってバーサンと決めてたんだ」
「そうだったんですか……」
「じゃ、まぁ、そういう訳だから。これからも宜しくね」
「はい!宜しくお願いします!」
「宜しくお願いします!」
「はいはーい。じゃあまた明日ね~」
そう言って清三は電話を切った。
「……良かったんですよね?」
「……あぁ、多分」
その日は夕食を食べて風呂に入って寝た。翌日、また二人は出勤した。ピークのお昼過ぎ、休憩を終えて業務に戻ったカイトとキャン。カイトは厨房で仕事を再開していた。そこへ、一人の男性客が入店して来た。キャンが出入口の方に体を向け、笑顔で挨拶した。
「お帰りなさいませ、ご主人さ……」
「やぁ、来たよ」
来たのはキャンの父親の誠一郎だった。紙袋を持ってやって来ていた。
「ただいま、メイドさん」
キャンは笑顔の誠一郎にツカツカツカツカ!と足音を立てて近寄り、小声で怒った。
「な、何で来たの……!?」
「娘が真面目に働いてるかどうか様子を確認しに来たに決まってるじゃないか。前は不真面目なモグリの医者をしてたと聞いている。全然違う職場に着いて行けてるか心配でな」
「だったら前もって言っておいてよ……!吃驚するじゃない……!」
二人がコソコソと話していると、客からは二人がイチャイチャしてるように見えてしまい、芳江にクレームが入った。芳江は二人に近付いた。
「ご主人様、何か御座いましたか?」
「あ、オーナーさんと店長さんをお願い出来ますか?」
「何か不都合でも……?」
キャンは溜め息を吐いて嫌そうな顔をしながら言った。
「これは私の父です」
「サインの父の水月誠一郎です。ちょっとお話がしたいのですが、宜しいですか?」
「キャンさんのお父様で御座いましたか!後程伺いますので少々お待ち下さい!キャンちゃん、ご主人様をお席にご案内して」
「はい。コチラヘドウゾ」
キャンは渋々一番端の席に案内した。キャンはメニュー表を誠一郎に渡した。
「ゴ注文ガオ決マリニナリマシタラ、オ呼ビ下サイ」
あまりの棒読みに誠一郎は呆れた。
「おいおい、私は仮にも客だぞ?そんな投げ遣りな態度で接客して良いのか?」
「お客様は当店の決まりのご主人様でも旦那様でもお嬢様でも奥様でもありません。マニュアル外なので対応に困って焦ってるだけです」
「困って焦ってる割にはスラスラ言えるじゃないか」
「意地悪だね。実の父親に営業スマイルなんて恥ずかしくて見せられないじゃない」
「プロにあるまじき発言だな」
「メイド喫茶に来る実の父親なんか見たくなかったわ!」
「娘を心配して何が悪い!」
「あー!もう!さっさと注文してよ!」
「分かったよ!あー……じゃあ、このオムライスで」
「よりによってそれぇ!?スパゲッティにしてよ!」
「嫌だ。私は今日はオムライスの気分なんだ」
「分かったよ!ここからなら店内が良く見えるから、私が如何に真面目に働いているかその目に焼き付けとけ!」
キャンは注文を取り、厨房に注文票を置いた。
「テーブル10番、オムライス一つでーす!」
「はーい!」
二人のやり取りに、周りの客はヒソヒソと話した。
「何、あのイケオジ?」
「何か親しくない?あの二人」
「家族?」
「恋人?」
「でも歳離れてそう」
「実の父とか聞こえてきたぞ?」
「あんなキャンちゃん初めて見た」
「レアだねぇ……」
「俺もあんな態度で見下されながら接客されてぇ……」
それから客から誠一郎との関係性を聞かれたが、キャンはうやむやにした。それからはいつも通りに他の客に丁寧な接客、萌え萌えな声での掛け声、チェキ、ライブでセンターで歌って踊ったりした。それを見て、誠一郎は微笑んだ。あぁ、真面目に働いているんだなと。場所は、まぁ、自分には理解出来なかったが、需要はあるんだなと思った。清三と芳江が行く前に、先にオムライスが出来た。カイトはキャンにオムライスを渡し、キャンはヤケクソになりながらオムライスとケチャップを誠一郎に持って行った。
「お待たせしましたご主人様ぁ!こちら、特製オムライスになりま~す!」
キャンはオムライスをテーブルに置いた。
「ケチャップは私がかけま~す!」
キャンはケチャップでオムライスに大きくハートを描き、ハートの中に文字で「カエレ」と書いた。そして身振り手振りをしながら言った。
「最後はご一緒に美味しくなる魔法の言葉をお掛け下さい!『美味しくな~れ!萌え萌えきゅん!』です!」
「も、萌え萌えきゅん……?」
「さぁ、ご一緒に~!美味しくな~れ!萌え萌えきゅん!」
「……萌え萌えきゅん……」
「それじゃあ美味しくなりませんよ!それに、美味しくな~れ!を言って下さい!」
「恥ずかしい……」
「こっちはもっと恥ずかしい思いをしてる!早くやれ!」
「……はい」
二人は大きな声で「美味しくな~れ!萌え萌えきゅん!」と言って、キャンは裏に戻っていった。誠一郎は2000円のオムライスを食べた。こういった店は見るからに出来合いと分かる物を温め直したりするものだ、と偏見を持っていた誠一郎は驚いた。美味しい。レベルが高かった。てっきり店の雰囲気とコンセプトでオプション料金が付いて値段が高いのだと思ったのだが、これは値段に合っている。いや、それ以上かもしれない。とにかく美味しかった。誠一郎が食べ終えた頃に、キャンと共に清三と芳江がやって来た。
「遅くなってしまい申し訳ありません。オーナーの佐藤清三です」
「店長で妻の芳江です」
「サインさんにはお世話になっております」
誠一郎は立ち上がって頭を下げた。
「いえ、いつも娘がお世話になっているので、ご挨拶をと思いまして」
その言葉に安堵し、清三と芳江は「サインさんにはいつもお世話になってます!」と頭を下げた。
「サインさんのおかげでいつもこの店は大繁盛でして。所謂、看板娘ってやつですかね。実の娘ではありませんし、我々がこういうのも失礼かと思いますが、実の娘のように思っております。彼女無しではこの店は成り立たないです」
「そこまで仰って頂けるなんて、光栄です」
「いきなりこんなに褒められると、私、恥ずかしいんだけど……」
誠一郎は紙袋を手に取り、清三に渡した。
「あ、これ、近所で有名な和菓子店の羊羹です。良かったら皆さんで食べて下さい」
「これはこれは、ありがとうございます!」
「ここのオムライス、とても美味しかったです。もしかして、作ったのは倉部カイト君ですか?」
「はい。倉部君が作りました」
「そうですか。美味しかったと伝えておいてくれ、サイン」
「分かった。ではお帰り下さいませ、ご主人様」
「じゃ、また来るよ」
「もう来なくて良い!」
誠一郎は会計をして帰って行った。清三と芳江は休憩室に羊羹を持って行き、業務に戻った。キャンは休憩に入ると言って従業員専用出入口から外に出て煙草を吸った。カイトはアイスコーヒーを持ってキャンの所へと向かった。
「お疲れ様です、キャンさん」
「あぁ、本当に疲れた……」
カイトはコーヒーをキャンに渡した。
「何かフロアが騒がしかったですけど、何かあったんですか?」
「父が来てな」
「えっ、お義父さんが!?」
「あぁ」
「何でですか?」
「私がちゃんと働いてるかどうか確かめに来たんだと」
「抜き打ちテストですか」
「あぁ」
「まぁ、自分の娘がちゃんと接客出来るか不安になる気持ちは何となく分かりますよ」
「前はモグリの闇医者をしていたから、今は真面目に働いているかの確認だとさ。まだ信頼してないみたいだったが、何とか認めてもらったよ。休憩室に父が持ってきた羊羹がある。食べると良い」
「ありがとうございます」
「ところで、あのオムライス作ったの、カイトだよな?」
「10番テーブルですか?」
「そう」
「はい。俺です」
「父が注文したやつだったよ」
「そうだったんですか!?いつも通り作っちゃいましたけど!?」
「良いんだよそれで。きっといつも通りの君の味を食べに来たんだろうし。それに、君は客によって特別扱いするのかい?」
「いいえ!そんな事は!」
「まぁ、真面目な君の事だ。きっと父からの注文だったとしてもレシピ通りに作ると思っていたけどな。父は美味しかったと言っていたよ」
「そうですか!良かった~……!」
キャンは煙草を揉み消した。二人は厨房とフロアに戻っていった。次に来た客はまたも身内だった。
「お帰りなさい、お嬢さ……」
「ただいま、お母さん」
「阿久亜!?何でここに!?」
「お母さんが働いてるところ見たくて」
「さっきオジーチャンも来たよ?一緒に来ればよかったのに」
「用事があって出掛けてたんだ。それで帰りに晩ご飯食べたくなったから寄ったの。迷惑だった?」
「そんな事無いよ。じゃあ、あのテーブル行こっか」
「うん」
「10番テーブル入りまーす!」
キャンは阿久亜をさっき誠一郎が座っていた席に座らせた。
「ここからなら、お母さんが働いてる姿が良く見えるから、見ててね?」
「分かった」
「これ、メニュー表。決まったら声掛けてね」
「じゃあオムライス」
「決めるの早いね」
「今日はオムライスの気分の日だったの」
「そう。じゃあ今から作るからちょっと待っててね?」
「うん」
キャンは厨房に「10番テーブル、オムライス一つ!」と言ってフロアに戻った。他の客はまたヒソヒソと話し出した。
「あの子、何?」
「キャンちゃんにどこか似てるけど?」
「姉妹?」
「可愛いじゃん」
「キャンちゃんの事、お母さんって呼んでたぞ?」
「キャンちゃん結婚してんの?」
「シングルマザー?」
他の客は疑問符を頭の上に浮かばせながら、黙々と食事を摂った。他の客に接客し、萌え萌えな掛け声、チェキ、ライブではセンターで歌って踊ったりする実の母親であるキャンの姿を見て、阿久亜は複雑な気持ちになった。こんな恥ずかしい事を楽しそうにやっている自分の母に何とも言えない気分になった。やがてオムライスが出来て、キャンは阿久亜のテーブルにケチャップと共に運んだ。
「お待たせしました~!特製オムライスで~す!」
「ありがとう、お母さん」
「ではお嬢様?ケチャップで文字を書かせて頂きますね~!」
キャンはケチャップでオムライスにLOVEと書いた。
「最後に、より美味しくなる魔法の言葉を掛けます。一緒に言って下さいね?」
「は、はぁ……」
「美味しくな~れ!萌え萌えきゅん!です!さぁ、ご一緒に~?美味しくな~れ!萌え萌えきゅん!」
「美味しくな~れ、萌え萌えきゅん……」
「ありがとうございま~す!」
キャンは屈んで阿久亜に耳打ちした。
「ゆっくり食べてってね……」
阿久亜は頷き、オムライスを食べた。非常に美味しかった。思わず笑顔になり、マクマクと食べていく阿久亜に、周りの客はチラチラと見ていた。
「可愛く食べるな、あの子……」
「あの子もここで働いてくれねぇかな……」
その声は、阿久亜には聞こえていた。そして「う~ん……」と考えた。オムライスを食べ終え、帰ろうと身支度をしていると、キャンがやって来た。
「もう帰る?」
「うん」
「お母さんはまだ仕事で帰れないから、気を付けて帰ってね」
「うん。あ、お会計……」
「いいよ。お母さんが出すから」
「良いの?」
「うん。また来てね?」
「分かった」
阿久亜は帰って行った。それから二時間後、店を閉めてカイトとキャンは片付けをし、帰って行った。
「疲れを知らない世界だって、役所の死神、言ってませんでしたかね?」
「あぁ、言ってたな。普通に疲れたわ」
「そりゃあ生きてた頃よりは体は軽いままですけど、心身共にそれなりに疲れが出てる気がするんですけど」
「何もしなくても暮らしていけるってのは、本当に何もしなければ疲れも眠くも病気にもならないって事だったんじゃないか?」
「成程。嘘は言ってない、と」
「役所の連中は口が上手いんだな」
そう二人は話しながら家の前に着くと、一人の女性が門の前で立っていた。
「誰ですか?」
カイトが声を掛けた。暗がりの中、電柱のライトに照らされ、顔が見えた。そこに居たのは、意外な人物だった。
「シエ・コードー!?」
「史枝先輩!?」
その人物は、意外にも黄道史枝こと、シエ・コードーだった。二人は驚いて後ずさりした。まさかこんな所で会うなんて。接近禁止命令も出されていたのに、場所も知らされていない筈なのに何故家まで来ていたのか謎だった。
「久し振り、二人共……」
史枝は憔悴し切っているのか、フラフラしながら歩み寄ってきた。どこか痩せ細ったようにも見えていた。後ずさりをするカイトとキャンに、史枝は言った。
「大丈夫。襲いに来たとかじゃないから。話がしたくて来たの」
カイトとキャンは顔を見合わせ、頷いた。あれだけの事をしでかし、死神業をクビになり、接近禁止命令も出されたのにここまで来て待っていたのには何か余程切羽詰まった訳でもあるのだろうと。キャンはカイトにいつでもスマートフォンから黄泉死神委員会という、死神を管理する団体と連絡が取れるよう準備させておいた状態で家に上げる事にした。
「ただいま」
二人は史枝を連れて応接室に向かった。途中、キャンの母の初子から声が掛かった。
「あら、おかえり。あれ?お客さ……!?」
史枝の姿を見て初子は絶句した。
「ちょっと話があるらしい。お茶持って来てくれる?」
「い、良いの……?」
「話だけだから。そうだろう?」
史枝は頷いた。それを見て初子は深呼吸をした。
「分かったわ」
「皆には黙っててね」
「……うん」
カイトとキャンと史枝は応接室に入った。史枝を座らせ、カイトとキャンは並んで向かいに座った。キャンとカイトは改めて史枝を見ると顔色が悪くやつれており、生前のような煌びやかな服装と真逆の質素な服というより、あまり身なりに構っているようには見えなかった。そこに初子がお茶を持ってきて、三人の前に置いた。キャンは初子に席を外すように言って追い出した。沈黙が流れた。お茶を飲み、キャンが切り出した。
「何でここが分かった?」
「雑誌にメイド喫茶サトーが取り上げられてて、キャンの写真が載ってたから、探偵に頼んで調べてもらったの」
「で?今更私達の前に現れて何の用?」
「謝罪しに来たの……」
「謝罪ぃ?今更何だよ?私達にした事をどう思ってるんだ!」
「だからそれを謝りに来たのよ!本当に、あの時はごめんなさい!」
「ごめんで済む話じゃないだろう!そもそも私を実験台にしておいて!カイトだって随分苦しんだんだぞ!」
「キャンさん、少し落ち着きましょう」
キャンはお茶を飲んだ。史枝はカイトの方に向き直り、頭を下げた。
「カイト君も、ごめんなさい!」
「史枝先輩、貴方がした事は、決して許される事ではありません」
「はい……ごめんなさい……」
「貴方のせいで俺は苦しい思いもしましたし、逆恨みで真島先輩から背中を刺されました。死にかけたんですよ、その時は」
「ごめんなさい……!」
ひたすら「ごめんなさい」を言い続ける史枝に苛立ち、キャンは史枝を睨み付けながら言った。
「で?ただ謝りに来た訳じゃあないんだろ?」
「えっ……?」
「分かるよ。何か要求があるんだろう?」
「それは……」
「金か?」
「違います……」
「じゃあ住む場所を貸せとか?」
「違います……」
「じゃあメイド喫茶サトーで働きたいから許してほしいとか?」
「違います……!」
「じゃあ何なんだ!言ってみろ!」
沈黙が流れた。暫くして、意を決して史枝は口を開いた。
「キャンに、死神になってほしいの……!」
「……はぁ?」
「死神になって、働いてほしいの!」
「何で?」
「また闇医者として、働いてほしいの!」
「だから何で?」
「また癌医療の専門医になって、癌細胞を私に売ってほしいの!」
カイトとキャンは絶句した。何を言うのかと思えば、何て事を言うのかと。
「何で死神にならないといけないの?」
「死神は、特別に現世に自由に行ける権利があるの。実際、そこで休日に現世に出掛ける死神や、葬儀屋として活動している死神がいるの。他にも色んな職業で現世で暮らしてる死神もいるの。死神になれば、また闇医者として荒稼ぎも出来るし、どう?」
キャンは煙草を取り出し、吸って、煙を吐いた。史枝は咳き込んだ。しかしお構いなしにキャンは煙を史枝に浴びせた。
「何で私達がそんな事をしなきゃならないの?メリットは?」
「私からお金を受け取れる」
「それだけ?」
「それだけって……これはビジネスよ。私は元死神だから、死神になる為の勉強は的確に教えてあげられる。絶対、一発で死神にさせる自信はあるわ。どう?悪くないでしょう?」
キャンは煙草を大きく吸い、吐いた。
「……ハッキリ言って、答えはNOだ。帰れ」
「何で!?」
「お前とはもう二度と会いたくない。それが理由だ」
「今まで振り回してしまった事は謝るわ!ごめんなさい!どうか許してほしいの!」
「駄目だ。もう帰れ」
キャンとカイトは席を立った。すると史枝は二人に縋り付いた。
「お願い!頼れるのは貴方達だけなの!お願い!何でもするから許して!カイト君!君でも良いの!私を助けて!何でもするから!」
「何でもするんだな?」
「えぇ!何でもするわ!」
「じゃあもう二度と私達に関わるな。二度とその姿を現すな」
「そんな……!」
カイトは扉を開けた。
「お帰り下さい」
「カイト君まで……!貴方達に捨てられたら、私、もう限界なの……!」
「限界?何が?」
史枝はボロボロと涙を流し、目を真っ赤にしてカイトとキャンを交互に見て消え入るような声で懇願した。
「癌細胞を食べられなくなってから、もうずっと体の調子が悪いのぉ……!ここ100年以上、ずっと苦しいのぉ……!あの癌細胞を食べた時に感じる、快楽を得たいのよぉ……健康な状態でいたいのよぉ……!」
俯き、泣きじゃくる史枝にキャンとカイトは侮蔑の眼を向けた。この女、何も反省していない。数々の人間を犠牲にしてきた、哀れな自業自得の女。こんな女を許せる筈がなかった。キャンは史枝を突き飛ばした。史枝は倒れ込み、俯いて醜く泣き続けた。キャンはカイトに目配せをし、カイトは黄泉死神委員会への通報ボタンを押した。スマートフォンを耳に当てようとしたその瞬間に喪服姿にサングラスを掛けた死神が現れた。キャンとカイトの目の前にいきなり出てくるものだから思わず「ひぇっ!?」と二人して素っ頓狂な声を出してしまった。史枝は死神を見て「あぁ!?」と叫び、後退った。死神はキャンとカイトの前に立った。
「シエ・コードーの件ですね?」
「は、はい」
「シエ・コードーは、何処ですか?」
「アソコです」
キャンが死神の後ろにいる史枝を指差し、死神は史枝に近付いた。
「止めて!来ないで!」
「シエ・コードー。接近禁止命令違反に付き、また更生施設に戻ってもらう。無期限でな」
「あそこだけは嫌!もう戻りたくない!」
史枝はへたり込んだまま後退りした。死神は史枝の腕を掴んで無理矢理立たせ、鎌を出現させた。鎌を一振りすると、死神と史枝の体が足元から消えていった。
「助けて!助けて!キャン!カイト君!あそこだけは!あそこだけは嫌ああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!」
やがて顔まで消えかかったその刹那、史枝は絶叫して消えていった。すると突然、高身長で黒髪ストレートロングの喪服を着た女性がキャンとカイトの後ろに立っていた。
「お話、宜しいでしょうか?」
「だ、誰ですか!?」
カイトが聞くと、その女性は名刺を二枚取り出してカイトとキャンに渡した。
「……死神の方でしたか」
「はい。七篠と申します。この度はウチの元部下がご迷惑をお掛けしました」
キャンは皮肉交じりに答えた。
「はい、大分苦しめられました」
「身柄確保の際に抵抗しなければまだ更生施設には送らずに済んだのですが……あの調子では無理でしょう。彼女は今後、一切外には出さず、永遠に更生施設で過ごしてもらいますので、ご安心下さい。ちなみにシエ・コードーとは何かお話はしましたか?」
「私を死神にして、手術をさせて癌細胞を調達させようとしたんですよ」
「そうですか……お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
七篠は大きな鎌を出現させ、帰ろうとした。
「では私はこれで……」
カイトは七篠が帰るのを止めた。
「あの、ちょっとお聞きしても宜しいですか?」
「何でしょう?」
「更生施設ってそんなに辛い場所なんですか……?」
「人によりますね。食事は必要が無いので出ませんし、寝る必要も無いから睡眠も許されませんし、毎日反省文を原稿用紙百枚以上書かされるか、更生施設内の庭の土を五メートル掘ったら今度は元通り埋め、また掘っては埋めを繰り返すという事をしますし、何より、外にある多幸感が遮断されている造りになっているので、日々病んでいきますね」
「思ったより辛い施設なんですね……」
「外に出た時、改めて感じる多幸感で満足させる為です。犯罪は許されませんからね。大体は一回の拘留で二度と捕まらないのですが、たまに複数回拘留される人間もいます。永久に帰って来れない人間も稀にいます」
「そうなんですか……」
「では私はこれで失礼します」
七篠は鎌を一振りし、その場から消えた。
「シエ、ここの多幸感だけで満足しておけば良かったものを……」
「蟹座の悪魔の代償って、それだけ苦痛なんでしょうね」
「私はラッキーだったんだな。しかし、馬鹿は死んでも治らないとはよく言ったものだな」
「そうですね」
二人は応接室を出て、広間に向かった。そこでは家族全員が揃って心配で心配で仕方ないという顔をして二人を待っていた。
「待っていたぞ。どうだったんだ?」
キャンは「何の事?」とすっとぼけたが、初子が「ごめん、やっぱり不安になって皆に喋っちゃった……」と言った。公彦はキャンに聞いた。
「もう大丈夫なのか?」
「うん。もう大丈夫。永遠に」
「そうか……良かった……!」
キャンは全員に向かって言った。
「もうシエ・コードーは私達の前には現れないから安心して!」
一同は「本当に……?」と不安が拭えない表情でキャンとカイトを見た。キャンは席にどっかりと座り、大声で言った。
「さぁ!美味しいご飯を私に食べさせて!」
「あはは、キャンさんらしいですね」
満面の笑みを浮かべる彼らを見て、一同は胸を撫で下ろした。それから食事の準備をし、席に着いて食べ始めた。暫く談笑していると、誠一郎が今日あった事を話し出した。
「そうそう。今日、サインが働いてるメイド喫茶サトーに行ってきたんだよ」
「どうでした?」
「キャンは真面目に働いてて安心した。接客はアレだったけど」
「身内が来るって凄く恥ずかしいんだよ!」
「私も行ったよ。お母さん、外ではあんななんだって思うとちょっと恥ずかしくなった」
「あれは仕事!普段外であんな姿見せた事ないだろう!?」
「仕事熱心で良い娘さんですねぇ。我々も今度行こうか」
「そうね、アナタ」
「マジで止めて下さい。一平お義父さん、明美お義母さん」
「カイトの料理はどうでしたか?」
「美味しかったですよ。絶品ですね」
「カイトさんがご飯当番の日は、本当に食事が楽しみですからねぇ」
「いやいや、それ程でも……母さんや初子お義母さん、明美さんのご飯も美味しいですよ?」
「今まで私達に作ってくれた料理はメイド喫茶サトーのレシピ通りなのかい?」
「基本はレシピ通りですね。でも私のアレンジを含めた物もあれば、私オリジナルの物も作りました。あのお店にもアレンジメニューやオリジナルメニューを提供した事もあります」
「どこか専門学校に通ったり料理教室に通ったりしてたの?」
「いえ、独学です」
「凄いねぇ。独学であそこまで美味く作れるなんて。才能だよ」
「今は便利な世の中で、ネットで検索したらすぐにアレンジ方法とか出てきますよ。私というより、ネットが凄いんです」
「それでも自分のものに出来るのは才能だよ。誇って良いと思う」
「ありがとうございます」
一同は笑い合った。食後のお茶の時、キャンはある事を聞いた。
「そういえば、皆は死神に魂を回収されたんですよね?」
一同は「うん」と頷いた。
「何を願ったんですか?」
「そういうサインちゃんは?」
「私は、最後、ベッドの上で灰になってしまったので、それを集めてもらって骨壺に入れてもらって、倉部家の墓に納骨してもらいました」
公彦と一平と明美はガックリと肩を落とした。
「私達の墓には入らなかったのか……」
「あ、いや、その!気が回らなくてすみません!」
公彦と一平と明美は笑った。
「冗談だよ。それに死んだ者が行き着く先は皆等しく同じ場所だからね。お墓なんて生きてる者の為に存在する形だけの物なんだから」
「何なんですか全く……で、公彦さんは何を願ったの?」
「私達お義父さんとお義母さんと美代子ちゃんの四人は同時に同じ死神に回収されたんだよ」
「そうだったんだ」
公彦は右腕の袖口を捲り上げた。
「私は儀式があったあの時、右腕だけが残ったから、君に移植してくれと頼んだ」
誠一郎は袴を捲り上げた。
「私は脚だけ残ってたから移植してくれって頼んだよ」
初子は左腕の袖口を捲り上げた。
「私も左腕だけが残ったから移植してって頼んだわ」
美代子はお腹を擦った。
「私は手足と頭を切り刻まれたから、内臓を可能な限り移植してって頼んだ。私達は同時に死んだから、死神が用意した外科手術に強い死神の医者を派遣してもらってね」
「そうだったんだ……皆、ごめんなさい。私が軽はずみな事をして……皆を殺してしまって……」
「サインのせいじゃないよ。全て、あの女が悪いんだ」
「ありがとう、お父さん、お母さん、美代子、公彦さん……皆が私に生き続けてほしいと体をくれたのに、裏切って死んじゃってごめんなさい……」
キャンは頭を下げた。公彦は微笑んでキャンに言った。
「私達はサインにはずっと生きていてほしいと思っていたよ。でもいずれこっちに来てくれるのを待っていた、というのも本音だったんだよ」
「ありがとう、皆」
それを見て四人は笑顔で頷いた。
「で、阿久亜は?」
阿久亜はスマートフォンを取り出した。
「私はいつでもお母さんの現世での生活を見れるように死神さんに専用のスマホを持たせてもらって眺めてたよ。いつかこっちに来た時、間違えたりしないように、お母さんをずっと待ってたよ」
「そっか……ありがとね、阿久亜」
阿久亜は「うん」と頷いた。そしてキャンはカイトに聞いた。
「カイトは?」
「俺は、キャンさん……サインさんに会いたいって言って、若い体で一晩だけ蘇ったんですよ。覚えてるでしょう?サインさん」
「そうだね」
「サインさんは永遠に生き続けると思ってたので、最期にお話がしたかったんです。死神も『それが良い』って言ってくれました。でも、死神からサインさんが亡くなったと聞いた時は正直驚きましたよ」
「悲しさが増して無気力になってな……それに君が言ったんじゃないか。自然の摂理に従ったまでだって。だから私もそれに従ったんだ」
「サインさん……」
今度は公彦が聞いた。
「そういえば父さんは何て願いを叶えてもらったんだ?」
一平はお茶を飲み、「ん?」と言って湯呑をテーブルに置いた。
「私は私達を残して先にあんな亡くなり方をしたお前に会って真実を知りたいって言ったんだが、いずれ向こうで会えると言われて別の願いを叶えた方が良いよと提案された。で、それならじゃあ母さんに夢の中に出させてもらって、話をしたんだよ。あの世で待ってるぞ。ってな」
「そうなんだ。母さんは?」
明美は一平の湯呑にお茶を淹れながら言った。
「私もお父さんと貴方に会いたいって言ったんだけど、お父さんと同じくあの世に逝けば会えるから、別の願いにしなよって言われたわ。だから海外の美味しい物を食べたいって言って、色々食べさせてもらったわ」
「そうだったんだ」
今度はカイトが聞いた。
「父さんは何て願いにしたの?」
春樹はお茶を飲み、湯呑をテーブルに置いた。すると深雪が春樹を小突き、春樹は姿勢を正した。
「私はとにかく飲みたくてな。肝硬変が治ってる体だったから、ひたすらビールを浴びる程飲んで、つまみを暴食して、煙草をこれでもかってくらい吸ってた。途中で母さんとカイトの事を思い出して、会いたいって言ったんだけど、二個目は許されなくてな……」
深雪はボソッと呟いた。
「最初から私達に会いたいって言わなかったのがアナタの悪いところよ」
「ごめんなさい」
シュンとする春樹に、カイトはフォローした。
「俺はまぁ良いけどさ。気にしないでよ。で?母さんは?」
深雪は姿勢を正してコホンと咳払いをした。
「お父さんに会いたいって頼んだけど、あの世で会えるから別のにしときなさいって言われたわ。だからカイトに会って感謝を言いたいって言ったんだけど、カイトもいずれあの世に来るからそれも別のが良いよと提案されたわ。だから世界一周の旅を一年間やったわ」
「じゃあ結構色んな所、詳しく見て回れたんじゃない?」
「そうね。透けてたから食べ物は買えなかったし、眠る事も出来なかったんだけど、その分ユラユラと彷徨ってたわ」
「へー。死神も案外働き者なんだなぁ。本当に最期の願いを考えさせてくれるなんてさ」
一同は「確かに」と笑った。その後は寝る必要は無いのだが、それぞれ寝室に向かい、寝た。翌日、キャンが朝起きるとカイトと初子と美代子と阿久亜が朝ご飯の用意をしていた。
「おはよ~……」
「あ、おはようございます、サインさん」
「おはよ、お姉ちゃん」
「おはよう、お母さん」
「おはよう、バーチャン、美代子、カイト、阿久亜」
「おはよう、サイン。アンタも女なんだからご飯くらい自分で作れるようになりなさい」
「誰にでも得意不得意はあるよ。それに、今の時代、女が料理作れないのって普通だよ?」
「全くお姉ちゃんってば……公彦義兄さんとの結婚生活はどうしていたの?」
「店屋物頼んだり、外食してた。公彦さん、稼ぎは良かったから食事で不都合な事は無かったんだよね」
「ああ言えばこう言う……今からでも遅くないから、料理しなよ、お姉ちゃん」
「え~……面倒臭い……」
渋るキャンに、初子は厳しい口調で言った。
「いいからやりなさい!」
「はいはい……」
「じゃあ味噌汁の具にするから、大根切って」
「は~い……」
キャンは渋々了承し、大根を切ろうとした。そこで阿久亜が止めた。
「お母さん!それじゃあ危ないよ!」
「え?」
「そんな指をむき出しにして切るなんて、絶対指切るよ。切る時は手を猫の手にするんだよ。こうやって」
阿久亜は手を猫の手にしてみせた。キャンは手を猫の手にし、恐る恐る大根をゆっくり切っていった。時間は掛ったが、何とか朝食を作り終え、食卓に並べていった。続々と家族が起きて来て、席に着いて食べた。
朝食後、カイトと阿久亜が洗い物をしていた。そしてキャンはここのところ阿久亜に感じていたある事を聞く事にした。
「阿久亜、ちょっと良い?」
「何?お母さん」
「今来れる?」
「どこへ?」
「応接室」
「今洗い物やってるから、後で行く」
「分かった。待ってるから」
それから洗い物が終わり、阿久亜は応接室に向かった。扉を開けると、そこにはキャンが座って煙草を吸っていた。
「何?お母さん」
「あぁ、阿久亜。まぁ、座って?」
キャンは煙草を揉み消し、阿久亜を向かいのソファに座らせた。
「で、何?」
「前々から言おう言おうと思っていたんだけどね?私、貴方の事、娘だって実感が無いのよ」
「あ、奇遇だね。私もお母さんの事、お母さんって実感がなかったんだよね」
「やっぱり……」
「産んでもらって、育ててもらった事が無いから、お母さんとの思い出も、こっちに来てからのものしか無いし。ずっとお父さんとオジーチャンとオバーチャンに育ててもらってたし、オバーチャンの方がお母さんって感じがする」
「じゃあどう思ってたの?」
「うーん……気が合う、仲の良い友達?遠い親戚の優しいお姉さん、かな?」
キャンは「あっはっはっはっは!」と笑った。
「その表現は良いねぇ!」
「何?何か変?」
「いやいや、私達の関係、それがピッタリだと思ってさ!」
「そう」
阿久亜もフフフと笑った。
「ま、その確認をしたかったんだ。ごめん、こんな事で呼び出して。もう戻って良いよ」
「うん」
その日はキャンとカイトはバイトに向かい、帰って食事をして風呂に入り、寝た。翌日、バイトは休みでゆっくり過ごした。阿久亜が昼過ぎに出掛けて行って、暫くしたら帰ってきたくらいで、特に問題無い日だった。そして更に翌日、キャンとカイトはいつも通り出勤した。朝礼の場で、清三が新しいメイド店員が入る事となったと伝えた。厨房の裏から一人の女の子が現れた。その子は阿久亜だった。
「阿久亜!?」
「阿久亜ちゃん!?」
驚くキャンとカイトを他所に、清三は続けた。
「キャン君とカイト君は家族だから知ってるだろうが、喜屋武阿久亜君だ。今日から働く事になる。阿久亜君、挨拶を」
「はい。一生懸命頑張りますので、これから宜しくお願いします!」
一同は「宜しく~!」と言いながら拍手した。
「そこでキャン君、ここではキャンという苗字が被るから、これからはサイン君って呼ぶからね」
「まぁ、それは、はい……」
「それと教育指導はサイン君に頼むよ」
「えっ」
「一ヶ月間、みっちり仕込んでやってくれ」
「え、あ、わ、分かりました……」
それから一ヶ月間、みっちり阿久亜を指導した。阿久亜は真面目で、メモを取りながら店の事を学んでいった。そして一ヶ月後、研修も終わり、合格になった。それから暫くして、お客さんの数がさらに増えた。新しく可愛い子が入ったという噂と、キャンの娘だという噂が流れたからだ。更に、前に阿久亜の事を見ていた客が「休憩中に彼女がまかないを食べている姿が見たい」という声も出て来た。以前、阿久亜がこの店で食べていた姿があまりにも可愛らしくて印象に残っていたからである。清三と芳江は休憩中、一回だけで良いからフロアでまかないを食べてくれないかと頼んだ。しかし恥ずかしいので断ったが、二人からの熱意に負け、一回だけならと了承した。そしてとある日、休憩中に美味しそうにまかないを食べる阿久亜を見て癒されている客が続々と出始めた。それを見て客は「阿久亜ちゃんが食べてる物、追加注文で!」と思わぬ経済効果が生まれてしまった。それから清三と芳江から頭を下げられ、阿久亜は渋々受け入れ、休憩中にまかないを休憩室ではなくフロアで食べる事を続けた。
それ以降は客が増え過ぎて、厨房スタッフとメイド店員の数も、フロアとキッチンの大きさも足りなかった。数日後、このままじゃいけないと思った清三と芳江は、店の拡大を計画し、少し離れた広い場所に建てる事にした。そして厨房スタッフとメイド店員の募集を掛けて大勢雇い、新しく雇った従業員に一ヶ月間の研修期間を設けた。新しい店は前より遥かに大きい店になっていた。朝礼で新旧従業員に清三が「今日から新装オープンです。心機一転、おもてなしの心で皆、気合入れて頑張りましょう!」と挨拶し、一同は「はい!」と答えた。店は大きくなったものの、相変わらず行列が出来る程、繁盛した。人手が若干足りなかったが、何とか無理矢理回していた。
「店をこれだけ大きくしてもこんなに忙しいのかよ!」
カイトは思わず叫んだ。すると芳江は言った。
「黙って手を動かせ!回らんだろうが!」
「分かってますよ!これで精いっぱいだ!」
忙しい日々は続く事となったが、それでも楽しい日々を過ごした。
ある日の休憩時間に従業員専用出入口でキャンが煙草を吸い、カイトと共に話をしていた。
「なぁ、カイト。ちょっと良いか?」
「何ですか?キャンさん」
「あー……うん、まぁ、その、『キャンさん』、ね……」
「どうかしましたか?」
「前々から思っていたんだが、君、私の事たまに『サインさん』って呼んでるだろ」
「はい。それが何か?」
「何と言うか、今は仕事だから仕方ないけど、家とか外でもそう言うだろ?」
「嫌でしたか?あぁ、体が痒くなるんでしたっけ?」
「今は大分慣れたが、まだ違和感がある。普段から『キャンさん』って呼んでくれないか?」
「うーん……でも家だと喜屋武さんって公彦さんと一平さんと明美さんと阿久亜ちゃんに被っちゃうから……それに最近だと仕事やその行き帰りで阿久亜ちゃんと一緒に居る事が多いからますます呼びにくいんですよね」
「そうか……どうしたもんかなぁ……」
「あぁ、じゃあこうしましょう。どこでも二人きりの時は『キャンさん』って呼ぶって事で」
「そうしてくれると助かる」
「じゃあ俺、厨房に戻りますね」
「あぁ」
そう言ってカイトは厨房に戻って行った。入れ替わりで阿久亜がやってきた。
「お母さん」
「阿久亜?煙草吸うの?」
「いや、ここを通り過ぎようとしたらカイトさんとの会話が聞こえてきて」
「あぁ、聞いてたのか」
「私、邪魔……?」
「えっ?何で?」
「ここで働いていると、二人の時間を邪魔しちゃってないかなって思って……」
キャンは阿久亜の手を取った。
「そんな事無いよ。私は一緒に働けて嬉しいよ。邪魔だなんてこれっぽっちも思ってないから」
「そう……?」
「うん!だからこれからも宜しくね、阿久亜!」
「……うん!」
そうして二人は繋いだ手を大きく振りながら店内に戻って行った。
ある日、いつも通りカイトとキャンと阿久亜は仕事を終えて家に帰ろうとしたその時、清三と芳江から呼び止められた。
「サイン君、倉部君、阿久亜君、ちょっと良いかな?」
「何ですか?オーナー。それに店長」
「まぁ、休憩室まで来てくれ」
カイトとキャンと阿久亜は顔を見合わせ、休憩室に入り、席に着いた。向かいに清三と芳江が座った。
「今まで君達には大変お世話になった。ありがとう」
清三と芳江は頭を下げた。それを見て、三人はある事を思った。キャンが代表して言った。
「クビ、ですか?」
清三と芳江は慌てて頭を上げて首を横にブンブン振った。
「違う!そうじゃなくて、今までお世話になったお礼を言いたくてこの場を設けたんだ」
「それと、もう一つあるのよ。提案なんだけど……」
「提案?何ですか?」
「三人を正規雇用したいと思ってるんんだ」
「正社員として働いてほしいと?」
「そう。今度第二、第三支店を造る事になってね。今まで仕事ぶりを見ててずっと想ってたんだけど、バイトじゃなくて、正社員として雇いたいのよ。どう?」
「どう?って言われても……仕事が変わるとなるとなぁ……」
「仕事は基本的に今までと変わらないわ。ただ、週五で、三人には本店と各店で新人研修の仕事をしてほしいの。そしてサインちゃんと阿久亜ちゃんにはランダムで各店に出勤してほしいの。こちらでシフトを組んで調整するから、お客さんにいつ出勤か分からないサプライズ感を与えたいのよ。倉部君には新メニューの考案や改善と、各店での料理の質のチェックをしてもらいたいの。給料は更に上げるし、末永くずっとここで働いてほしいのよ。どう?」
しばしの沈黙の後、三人は顔を見合わせ頷き合い、すぐに返答した。
「分かりました。正社員になります。頑張ってお店の為に力を入れて働きますので、これからも宜しくお願い致します」
三人は頭を下げた。
「ありがとう!」
清三は後ろの棚から三枚の紙を取り出し、三人の前に置いた。
「これにサインと印鑑をしてくれ。正規雇用の契約書だ。印鑑は無ければ母印でも良いから」
「分かりました」
三人は契約書にサインをし、母印を押して契約書を清三に返した。
「ありがとう!これからも宜しくね!」
清三と芳江は頭を下げた。カイトとキャンと阿久亜も「宜しくお願いします!」と頭を下げ、笑顔で店を出た。そして帰路に着いた。
「今日の晩御飯は何かな?」
「鯖の味噌煮ってお義母さんが仰ってたよ」
「たまには洋食が良いなぁ」
「お母さんが作れば良いじゃない」
「だって私、料理出来ないから……」
「私が教えてあげるよ」
「そう?スパルタは勘弁してよ?」
「スパルタ程じゃないけど、厳しくいくよ」
「うわぁ……大変だぁ……」
「あはは。阿久亜ちゃん厳しいなぁ」
「カイトさんにも責任あるんですよ?」
「何で?」
「お母さんを甘やかして料理を教えてなかったんですから」
「あぁ……それは申し訳なくなってきた」
「そうだぞ、カイト。お前のせいだ」
「すみません……」
「お母さんは責任転嫁しない!自分のせいでしょ!」
「すんません……」
そんな話をしながら、家に帰って行った。
数日後、カイトはキャンの部屋に訪れ、扉をノックした。
「キャンさーん?」
「んあー?開いてるよー」
キャンはベッドの上で紙媒体の小説を読んでいた。カイトはキャンの部屋に入り、キャンに促されて椅子に座った。キャンはベッドの上に胡坐を掻いて座った。
「何か用?」
「はい。コレなんですけど……」
カイトはそう言うと、一枚のチラシを取り出した。
「これは?」
「黄泉死神委員会で催してる地獄の見学ツアーなんですけど、行きますか?」
「地獄ぅ?って悪魔を見るのかい?」
「はい」
「もう悪魔はコリゴリだよ」
キャンは頭をガシガシ掻いて小説を手に取ろうとした。すると、カイトがそれを遮るように言った。
「それがですね、今回訪れる場所が、黄道十二星座にまつわる悪魔と会う事が出来るらしいんですよ」
「何ィ?」
キャンはカイトからチラシを受け取り、内容を読んだ。そこにはあの蟹座の悪魔もいると分かった。
「あの悪魔もいるのか……」
「えぇ。一言二言話す機会があるみたいですが、行きますか?」
キャンは少し考えた。そして今までの事を振り返り、あの事を聞こうと思い、答えた。
「……行こう。カイトも来るかい?」
「お邪魔じゃなければ」
「分かった」
キャンは黄泉死神委員会に連絡し、ツアーの申し込みをした。
「じゃあ後は当日を待つだけだな」
「蟹座の悪魔に何を聞くんですか?」
「一個に絞ろうと思ったが、二、三個聞く事になるかもしれん」
「そこまで聞いてくれますかね?」
「さぁな」
ツアー当日、キャンとカイトは集合場所の役所に向かった。役所の外に人だかりが出来ていた。おそらくそこが集合場所だろうと思い、その中に入っていった。すると役所の中から腕章を着けた死神が拡声器を使ってアナウンスを入れた。
「それではこれより地獄・黄道十二星座の悪魔ツアーを開始しまーす。点呼を取りますので集まって下さーい」
死神は点呼していき、全員がいる事を確認した後、各参加者にバッヂを配り、胸に付けるように言った。全員がバッヂを着けたのを確認すると、死神はツアーにおいての諸注意を言った。「勝手な行動を取らない事」「後れを取らないように着いてくる事」「悪魔に対しては敬いの心を持って接する事」を伝えた。その後、「地獄見学御一行様」と書かれた旗を取り出した。
「それでは私の後に付いて来て下さーい」
一同はゾロゾロと死神の後を着いていった。地獄に着くと、一同は名所をぐるっと巡り、やがて地獄には似つかわしくない音楽ホールのような広い講堂に向かった。そこでは黄道十二星座の悪魔達が集まって待っていた。人間達が席に座り、死神の司会で黄道十二星座の悪魔達は自己紹介をしていった。様々な恰好をしている悪魔だったが、意外にもフレンドリーで、冗談を交えた穏やかな空気となっていた。蟹座の悪魔の自己紹介の番になった時、カイトはキャンに聞いた。
「キャンさん、あの巨大な蟹ですか?」
「……多分……」
「この後一問一答があるみたいですから聞いてみましょうか」
「そうだな」
その後、自己紹介が終わり、一人につき一つ、悪魔に対して質問をする事が出来る時間になった。何人か恐る恐る手を挙げ、遠慮しがちに質問した。「悪魔様はやはり嘘は吐くのですか……?」という質問に対し、射手座の悪魔が「いいや?悪魔は嘘は吐かないよ。嘘はね」と答えた。和やかに一問一答が進んでいき、他に質問する人がいなくなったであろうタイミングでカイトは手を挙げ、司会の死神に指された。カイトは壇上に上がり、蟹座の悪魔の前に至近距離で問い掛けた。
「黄道十二星座の悪魔様は、後継者を作ったり、複数いるものなのでしょうか?」
蟹座の悪魔は答えた。
「我に言っているのか?」
「はい」
「いいや、絶対に代わりはいない。一代限りだ」
「そうですか。ありがとうございました」
これを聞くや否やキャンは勢いよく席を立ち、拳を握り締めて蟹座の悪魔の下に早歩きで向かった。その様子に蟹座の悪魔は「おぉっ!?」と驚き、他の黄道十二星座の悪魔達はどよめいた。死神はキャンを止めようとしたが跳ね除けられ、再び手を伸ばしたが蟹座の悪魔から「良い、良い」と止められ、死神はキャンから少し離れた所に立った。客席が凍った空気で包まれた。キャンは壇上で蟹座の悪魔に問い掛けた。
「蟹座の悪魔さん、私を覚えていますか?」
蟹座の悪魔は嬉しそうに答えた。
「あぁ!お前か!やっと死んだのか!我に挨拶にでも来たのか?このウスノロめ!」
「覚えていてくれて嬉しいよ、蟹座の悪魔」
「我の儀式で生き延びたのはお前、サイン・キャンとシエ・コードーくらいだったからな。シエ・コードーは他人を犠牲にしていたが、お前はどうやって生き延びたんだ?」
「家族が死神に頼んで色々体を継ぎ接ぎにして生き延びたんだ」
「そうかい」
蟹座の悪魔は少し考えた。
「あぁ、あの儀式の最中にやって来て我がバラバラにした人間達か?」
「そうだよ。お前が上手い具合に手足と内臓をバラバラに残してくれたおかげで生き延びたんだよ」
「へぇ。で?何か質問が?あと一個だけ特別に聞いてあげるよ」
「何でシエ・コードーに、儀式によってもたらされる代償の事を伝えなかった?」
「どういう事かな?」
「シエ・コードーは儀式の代償を知らなかった。それはお前が伝えそびれていたって事なんじゃないのか?」
「あぁ、そういう……最初にこの儀式を伝えたのはギリシャだったんだが、言伝に広がる過程で代償の話は消えていったんだろうねぇ」
「はぁ……?」
キャンは疑い深い目で蟹座の悪魔を睨み付けた。
「何だよ?」
「嘘吐いてんじゃないのか?意図的に伝えなかったんじゃないか?」
「いや?悪魔は嘘は吐かないよ。ただもう何千年って昔の事だから忘れちまったよ」
「ふざけやがって」
「っていうかお前さん、悪魔召喚の儀式に何も代償を払わずに願いが叶えられると本気で思っていたのか?」
「私はあの時、結核を患ってたからな。治るなら多少の犠牲は仕方ないと思ってたんだよ。それに、シエ・コードーからも代償の話は聞かされていなかったから安全だと信じ込んでいたんだ」
「お前は自分で考える事を放棄した自業自得だったんだな。でもお前はキチンと代償を払った。今はあの世で楽しくやっているんだろう?」
「お前には関係無いだろ」
「はっはっは!そうか。そうだろうな。また儀式がしたければいつでも呼んでくれ。お前なら喜んで話を聞いてやろう」
「二度と呼ぶかよ。このインチキ野郎」
キャンの言動に、死神は割って入った。
「サイン・キャン様、あまり悪魔であるキャンサー様に無礼を働いては……」
蟹座の悪魔は死神の方をハサミでトントンと叩いた。
「あぁ、良い、良い。この人間は特別だ。現世で我を呼んで死んでいった人間達の事は我の責任でもある訳だし」
「は、はぁ……キャンサー様がそう仰るなら……」
キャンは死神を押し退け、蟹座の悪魔に向かって言った。
「一問一答とは別に、一つ、願い事を叶えてもらいたい」
「何だ?」
「一発、殴らせろ……!」
死神は顔を青くしてキャンの頭を掴んで下げさせた。
「申し訳ございません!キャンサー様!このような無礼は、今後起きないよう……!」
「止めろ!何をする!離せ!」
二人がもがいていると、蟹座の悪魔は大笑いして答えた。
「良いぞ。一発くらい、遠慮無く殴ってくれ」
「キャンサー様!?宜しいのですか!?」
「人間から痛い目に遭わされるなんて貴重な経験だからな。ちょっと興味が出た」
「興味本位で喰らわせる一撃じゃないぞ」
「本気で掛かって来い」
黄道十二星座の他の悪魔達は事の成り行きを興味津々に眺め、中には「凄ぇぞネェチャーン!」「やったれやったれー!」「蟹座の悪魔に制裁をー!」と囃し立ている悪魔達もいた。そしてキャンは大きく振り被り、蟹座の悪魔の顔面を殴った。蟹座の悪魔は少し仰け反ったが、特にダメージが無い様子で「ふん……」と鼻を鳴らした。
「良いパンチだ」
蟹座の悪魔は目を瞑りうんうんと頷いた。次に目を開けた時、そこには下から大きく振り被って殴りに来ているキャンの姿があった。
「えっ、ちょっ……!」
「オラァ!」
蟹座の悪魔は顎に思い切りアッパーカットを入れられ、少し仰け反った。
「何をする!」
「身構えてない状態の方がリアルな衝撃が来るだろう?」
「あぁ、そういう……吃驚はしたな」
そこへ死神が顔を更に青くして、キャンに詰め寄った。
「サイン・キャン様!一発とのお約束と仰ったじゃないですか!」
「これくらいサービスしてくれよ」
「これ以上問題を起こさないで下さい!私の出世に関わる事なんですからー!」
すると蟹座の悪魔がハサミで死神の方を叩いた。
「あぁ、良い、良い。悪魔は嘘は吐かないが、人間は嘘を吐く生き物だからな」
「そ、そうですか……?キャンサー様……?本当に宜しいので……?」
「黄泉死神委員会には報告はさせてもらうけどな」
「うわぁー!私の出世がぁー!」
死神は泣き崩れた。キャンは蟹座の悪魔の方に向き直った。
「殴られるのは痛いだろう?」
「いや、痛くは無かったが?」
「そうかよ。しっかし、殴るのって痛いんだな」
「我の甲羅が硬いのさ」
「あぁ、そうだな。じゃあな、蟹座の糞悪魔」
席に戻ろうとするキャンに、他の黄道十二星座の悪魔達は「おー」「やるなぁ」と拍手を送っていた。蟹座の悪魔はふとキャンを呼び止めた。
「ちょっと良いか?」
「あ?何?」
「シエ・コードーは今どうしてる?」
「シエ?今はあの世で更生施設に入れられてるよ。多分もう出てくる事は無いだろうがな」
「そうか。もし面会とかで会えたら『自業自得』と伝えてくれ」
キャンは舌をベッと出し、眉間にしわを寄せて嫌そうな顔で答えた。
「ヤだね。自分で言え」
「ハハッ!本当にお前は面白い!今度は酒でも飲みながら語り合おうじゃないか!」
「蟹味噌にしてツマミにしてやるよ」
「はっはっはっ!その意気や良し!」
そうしてそのツアーは終わり、「うぅ……うぅ……私の出世が……!私の出世が……!」とおいおいと泣き続ける死神をツアー客達で立ち上がらせ、キャンは「分かったから。私からも黄泉死神委員会に一言謝っておくから。もう、分かったから。ほら、帰るよ」と励ましながらあの世に帰ってきた。二人は家に帰り、キャンの部屋で話をした。
「吃驚しましたよ。いきなり無礼な態度を取るなんて。殺されるかと思いましたよ」
「の、割には助けに来てくれなかったな」
「キャンさんを信じてましたから」
「そうかい。そこまで信用してくれていたのかい」
「えぇ。それにしても、よくあそこまでやれましたね」
「言葉が通じようが通じまいが思い切り言ってやった上でぶん殴ってやるつもりだったからな」
「危険な賭けでしたね」
「あぁ。しかし、復讐を終えてもスッキリしないな……逆に虚無感に襲われてしまっているよ……」
キャンは煙草を吹かし、窓の外を見た。
「蟹座の悪魔、か……長生きはしてみるもんだな。現世で貴重な経験を沢山を得られたよ。お腹いっぱいだ」
「キャンさんの切り刻まれた苦痛とじゃあ釣り合いませんよ」
「ははっ、そうかい」
「ここで、また一から楽しみましょう。普通の生活ってやつを」
「そうだな。付き合ってくれるか?」
「勿論。ね、皆さん?」
カイトがそう言うと、電気の明かりを消した。そしてスマートフォンから壁に映像を映し出した。そこには家族一同とメイド喫茶サトーのメンバーがリモートでそれぞれの小窓から顔を出して微笑んでいた。皆が口々に「これからも宜しくねー!」「こっちでいっぱい遊ぼうねー!」「美味しいご飯、食べようねー!」と言って手を振っていた。
「皆……!」
「さ、これからはもっと楽しめますよ。いっぱい、いーっぱい幸せになって下さいね!」
「うん……!ありがとう、皆!」
それから数年の月日が流れた。ある日の昼下がり、キャンとカイトに客が来た。死神のゴンと七篠だった。初子が出迎え、応接室に通した。キャンとカイトは何事かと思い、少し緊張していた。席に着き、二人の話を聞いた。
「何の御用でしょうか?」
「突然の訪問、失礼します。実は仕事を頼みたいのです」
「仕事?何の?」
「外科医としての仕事です」
「外科医?この世界ではもう怪我も病気も無いでしょう?何故我々にそんな事を頼むんですか?」
「この世界じゃないんです。現世での仕事です」
「どういう事ですか?」
「現世でかなりの腕の医者が必要なのです。死神の仕事で、最期の願いをご所望する人が多くてですね。今の死神が契約している医師では数が足りないんですよ。それで、腕の立つ医者を探しているんです。そこでお二人のお力をお借りしたいのです」
「我々を、ですか?」
「はい。勿論、謝礼は致します。如何でしょう?」
キャンとカイトは少し相談した。何しろもう百年以上医師として活動していない。自分の腕が鈍ってないか不安があった。
「引き受けたいのは山々ですが、一応、試験してもらえませんか?」
「試験?」
「知識と技術が劣っているかもしれませんからね。一応、試験させて下さい」
「分かりました。では今から模擬手術をしてもらいます」
「今からですか?」
「はい。なにかこの後ご予定が?」
「いえ……急に決まるものなのだなと」
「合格か不合格か、早く結果が出た方が良いでしょう?」
「えぇ、まぁ……」
カイトはキャンに耳打ちした。
「俺達がこのセリフを言う側になるとは思いませんでしたね」
「ははっ。確かに」
「では善は急げと申しますので」
ゴンと七篠が鎌を出現させ、キャンとカイトと共に試験会場に移動した。カイトとキャンは瞬きする間に場所が変わって驚いた。「あぁ!吃驚したぁ!」と驚いていると、七篠が「あぁ、申し上げてませんでしたっけ?我々は鎌を一振りするだけで様々な能力が得られるんですよ。今回は瞬間移動ですね」と淡々と説明した。キャンとカイトは「へ、へぇ……」と理解が追い付いていない様子だった。そしてそこで筆記試験を受け、それは無事合格。次に模擬手術を行った。カルテと診断書を渡され、被検体のホログラムが目の前に現れた。
「おぉ……今の技術って凄いんだな……」
「ここはあの世ですからね。技術の進歩も凄いんですよ」
「ほぇ~」
二人は模擬手術をそれぞれ行い、見事合格。七篠とゴンは大層喜んだ。四人は鎌の力で応接室に戻った。
「流石お二人共、名医ですね」
「いやぁ、それ程でも……」
「ではこの案件、引き受けて頂けますね?」
「はい」
「それではこちらの契約書にサインと印鑑を。印鑑が無ければ母印でも構いません」
「印鑑はあります」
「私もあります」
キャンとカイトは契約書をじっくり読み、サインし、印鑑を押した。
「契約完了ですね。では早速向かいましょう」
「今からですか?」
「はい。申し上げたでしょう?数が足りないと。それだけ最期の願いで誰かを助けてほしいと願う人が多いんです」
「はぁ、そうですか」
「では行きましょう」
キャンとカイトはゴンと共に現世に降り立ち、手術をした。手術が終わると、人目が付かない所に向かい、ゴンによってあの世に連れ戻された。仕事から帰ってきたキャンとカイトはキャンの部屋で缶コーヒーを飲み、キャンは煙草を吸って一息吐いた。
「腕が鈍っていなくて良かったですね」
「あぁ。私は数十年だが、君は百年程ブランクがあったのに全盛期と同等の知識と技術だなんて驚きだよ」
「意外と忘れないものですね。一度覚えたものって」
「あぁ……」
二人が話している所へ、ゴンが突如現れた。二人は「うおっ。吃驚したっ」「慣れないなぁこれには……」と声を漏らした。
「お疲れ様、二人共」
「ゴンさんね。何か用?」
「さっき言いそびれた事があってね。君達は元々試験に合格する人間だったんだよ」
「どういう事ですか?」
「人間は元来、一度見聞きした事は脳に永久保存される。それが現世では大半の出来事は忘れるという状態になって思い出せなくなってしまう事になるが、あの世に行くと、それらを全て思い出している状態になるんだ」
「じゃあ知識や手術の腕が鈍っていなかったのも、あの世の理通り、ブランクが無い状態だった、と?」
「そういう事」
「ふぅん……」
ゴンは数枚のカルテを取り出してキャンに渡した。
「何コレ?」
「次の仕事」
「えっ、まだあるのかい?」
「あぁ。まだまだこれからが本番だよ。宜しくね、先生方。準備が出来たらこのキーホルダーの鈴を鳴らして。あ、もうさっきの手術の報酬は銀行に振り込んでおいたから」
そう言ってゴンは死神の姿と鎌の形をした鈴が付いたキーホルダーをキャンに渡し、鎌を一振りしてその場から消えた。キャンはカルテをソファに置き、煙草を揉み消して缶コーヒーを一気に飲み干した。
「ん~!さぁて!次の仕事に行きますかぁ!」
カイトはカルテを拾い、読んだ。
「そうですね。次の仕事はこの後一件、その次は明日の午前と午後に三件、ですか……」
「休み無しとかブラックも良い所だな」
「明後日はメイド喫茶の方ですよね?」
「あぁ。カイトもだろう?」
「はい。暫く、仕事仕事で忙しい毎日になりそうですね」
「それでも良いじゃないか。私達が現世でメイド喫茶サトーでバイトしながら闇医者やってた、あの頃みたいでさ」
「ふふっ。そうですね」
「よーし!張り切って行こー!」
「おー!」
キャンとカイトはメイド喫茶サトーの休みの合間に現世に出向いて手術していった。数日後、キャンとカイトはふと手術の報酬がちゃんと振り込まれているかどうかを確認しに銀行に行った。通帳には黄泉死神委員会から一回の手術に付き、1000万円がそれぞれの口座に振り込まれていた。キャンは七篠から貰った名刺に書いてあった電話番号にスマートフォンで連絡し、スピーカーモードにして七篠に聞いた。
「はい、七篠です」
「キャンです」
「倉部です」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、報酬が私とカイトに1000万円ずつ振り込まれていたのですが、宜しいのですか?」
「契約通りの筈ですが?」
「報酬は私と倉部カイトのそれぞれ500万円、計1000万円だと思っていたので」
「それだけの価値があるという事ですよ。貴方方の手術は」
「そうですか。では遠慮無く頂きます」
「はい。お話は以上ですか?」
「はい。お忙しい中失礼しました」
「いえいえ。また何かありましたらお気軽にご連絡下さい」
キャンは電話を切った。キャンは自分とカイトの契約書を取り出して内容を読んだ。そこには確かに「一手術、一人につき、1000万円支払うものとする」と書かれていた。
「随分太っ腹だなぁ」
「良かったんですかね?」
「まぁ、良いんじゃないか?貰えるもんは貰っとこう」
「キャンさんらしいですね」
「ははっ。そうかい?」
二人が談笑していると、初子がキャンの部屋に一つの封筒を持ってやってきた。初子は扉をノックして開けた。
「サイン~?貴方宛てに何か届いてるわよ~?」
「は~い」
キャンは封筒を受け取り、中身を開けた。そこには次の手術のカルテと診断書が入っていた。
「またか」
「仕事ですか?」
「あぁ。今回も着いて来てくれ」
「勿論」
キャンは白衣を手に取り、バサリと羽織った。
「やっぱりキャンさんには白衣が似合いますね」
「メイド服は?」
「ちょっとキツいですよね」
「何だとこの~!」
キャンはカイトの頭を締め、拳をグリグリとカイトの頭に押し付けた。カイトは「止めて下さいよ~!事実なんですから~」と言うと、キャンはより力を入れて「何だと貴様ぁ~!」とカイトの首を絞めて頭をグリグリした。そして一通りイチャイチャが終わったところで、二人は仕事モードに入った。
「さっ、遊びは終わりだ。仕事に行くぞ」
「はい、キャンさん」
カイトも白衣を纏い、キーホルダーの鈴を鳴らした。するとゴンが瞬時に現れた。
「あ、ゴンさん」
「お疲れ様です」
「何だ。もう驚かないのか」
「いい加減慣れましたよ」
「そっか……残念」
ゴンは鎌を一振りし、キャンとカイトを次の仕事場に連れて行った。
それからキャンとカイト達家族はあの世でいつまでも、永遠に、幸せに暮らしたのだった。




