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23.ドレスに袖を通して

「――は? 舞踏会……ですか?」

「うん。レクト君、憑依して代わりに出てよ!」


 ディアナの研究室を訪れると、レクトはそんな依頼を受けた。

 舞踏会……というのは社交界の催しのひとつで、王族や貴族が多く参加する。


「いやぁ……、イヤですね! 何で俺が……!?」

「まぁまぁ。あたしもそんなのは面倒――じゃなくて、レクト君も良い経験になると思うんだよぉ」

「確かに、普通に参加すればそうかもしれませんが……。

 でも、令嬢として参加するんですよね!?」


 ディアナは伯爵令嬢である。

 そのため、舞踏会への参加というのは――いわゆる、政略結婚の相手を探しに行くようなものだ。

 男の自分が、何で男から求婚されないといけないのか……レクトは頭が痛くなった。


「ほら? レクト君が作りたい剣……リベリオンは、特別な技術が必要なんだよ。

 だから、鍛冶で有名な家門に依頼しなきゃいけないんだけど――」

「……いや、だからといって、ですね……」

「えー? 結局、その程度なのー?

 レクト君、そんなに欲しくなかったんだ? リベリオン……」

「……あー、もう……。分かりましたよ!

 でも、舞踏会なんて初めてなんですからね? どうなっても知りませんよ!?」

「やったー! 助かるよ~♪」


 あきれ果てたレクトに、にこやかに笑うディアナ。

 笑顔の向け先が違うだろう――……レクトは心の中で、大きく叫んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――……はぁ」

「うん? どうしたんだい、ディア」


 レクトが溜息をつくと、隣の紳士――ディアナの父が、声を掛けてきた。

 ディアナの実家の伯爵家を訪れ、使用人たちと王都に向かい、様々な準備を経て――

 ……今、レクトは舞踏会の会場を目の前にしている。


「いえ、何でもありませんわ。お父様」


 入念にセットされた髪に、美しいドレス。

 宝石のあしらわれた髪飾りに、イヤリングやネックレス。

 嫌味でないほどの煌めきたちが、ディアナを美しい淑女に仕立て上げていた。


 ――ただし、中身は男である。


「お前も舞踏会は久し振りだろう? 学院生活も良いが、貴族の付き合いにも参加しないとな」

「ええ、お父様。今後はそのようにいたします。これ以上、ご迷惑はお掛けできませんから」

「あ、ああ……。

 それにしても、この前会ったときより……ずいぶんと大人びたな」


 その言葉に、レクトは思い切り微笑んで返す。

 ――が、内心ではぞわぞわしたものを感じていた。


 ディアナから押し付けられた、舞踏会。

 レクトは初体験であり、ディアナは今まで適当に参加していた。

 真面目なレクトとしては、ディアナのようには振る舞えないので――

 ……今回はもうヤケで、レクトの想像する令嬢を演じきってやろう。そう思っていた。


 中途半端にやるくらいなら、たとえやり過ぎたとしても、全力の方が楽だ。

 レクトは改めてそう思いながら、舞踏会の会場へと足を踏み入れた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今回の舞踏会は王都で行われており、主催は国王だった。

 まさか初めてお目に掛かるのが、こんなタイミングだなんて――

 ……レクトは複雑な思いを胸に抱いた。


 本来であれば、剣聖として活躍をして、その功績を認められて……と、想像していた。

 しかし現実は、伯爵令嬢の身体に憑依して、美しく着飾って……と、そんな流れになろうとは。


 丁寧に礼を尽くし、ひと言ふた言、言葉を交わす。

 頭の中では何度も復習したものの――以前セシリアから受けた淑女講座も、ここで役に立った気がする。


「――はははっ。ディア、緊張したかな?

 それでは私は、他の家門に挨拶をしてこよう。お前はどうする?」

「私も、他の令嬢や令息に挨拶をしてきます。また後ほど、合流しましょう」

「うむ、わかった。変な男に引っ掛からないようにな?」

「ふふっ。嫌ですわ、お父様ったら」


 レクトはディアナの父と別れて……ようやく、ひとりになれた。

 令嬢の姿で、見知らぬ男を父親と呼んで――このままでは、頭が破裂するところだ。


「――とりあえず、飲み物でも飲んで……様子を見るか」


 会場の端から、全体を見てまわす。

 家門を守っているような人たちは、同じような人同士で集まっていて――

 まだ年の若い人たちは、同じような人同士で集まっている。


 ……レクトとしては、後者の方に向かうべきだろう。

 ただ、普段接点の無い高貴な人々に声を掛けるのは、なかなか緊張する……。

 そんなことを考えていると、ふと男性の声が聞こえてきた。


「――失礼。はじめまして、オールストン伯爵令嬢。

 お時間を頂いても宜しいか?」

「ええ。はじめまして――アディソン侯爵令息」


 何とか記憶から絞り出し、相手の家門を思い出す。

 それに対して、目の前の男性は嬉しそうに話を続ける。


「おお、私のことを知ってくれているとは……」

「当然ですわ。あまり社交界に来ない私でも、令息の名前は耳にします」


 そう言いながら、レクトは考え得る最高の笑顔を彼に向けた。

 何度も鏡の前で練習した笑顔――……正直、レクトでも惚れ込みそうな笑顔だ。

 しかし、その身体の主はディアナである。そのため、レクトが惚れ込むことは無かった。


「オールストン伯爵令嬢。私も、話に入っても?」

「あら。お久し振りです、ゴードン伯爵令息。3年ぶりですわね?」

「ええ。令嬢がヴァルセリア学院に入学する前ですから――」


 ふたり目の令息が割って入ってくると、彼らは競うようにしてアプローチを始めた。


「それにしても、ずいぶんと雰囲気が変わりましたね。とても美しくなられた」

「学院で、様々なことを学びましたから。今後、ゆっくりとお話したいですわ」

「……ッ!! それでしたら今度、私の邸宅でパーティを――」


 ――次のパーティの約束。

 レクトはどうしようか考えたが、どうせ参加するのはディアナのはずだ。

 とはいえ、勝手に受けてしまうのはまずいかもしれない。


「ありがとうございます。是非、招待状を送ってください。

 楽しみにしておりますわ」


 ……ただ、その言葉に他の令息たちも盛り上がってしまう。


「そういうことでしたら、アディソン家でもパーティを開くので、是非……!」

「私はグレマン男爵令息です。話に加わっても?」

「君! 今は私が話しているところではないか!」

「こんな美しい令嬢を、独り占めするのはよくないでしょう?

 私はグレネル侯爵令息――」


 ……徐々に人が増えてきてしまった。

 政略結婚――と考えたとき、ディアナの家門は有望だ。

 多くの事業を営んでおり、財政にもかなりのゆとりがあるから――


「……申し訳ありません。そろそろ他の令嬢とも、挨拶をしてきますね」


 何とかそう言って、令息たちの輪から抜け出していく。

 彼らはしばらくレクトを目で追っていたが、そのうち自然に霧散した。



 さて――……と思いつつ、会場の壁に沿いながら、令嬢たちが集まる場所へ近付いていく。

 ただ、貴族の令嬢なんて――レクトはディアナとしか話したことが無かった。

 そしてディアナもまた、他の家門の令嬢とは、ほとんど接点を持っていなかった。


 貴族社会よりも、錬金術。

 ディアナの立ち位置の、何と分かりやすいことか……。


「あら? そこにいらっしゃるのは、ディアナ様ではなくて?」


 その声に振り向いてみれば、ディアナの記憶にはある、侯爵令嬢だった。

 名前は確か――


「お久し振りです、ルーシャ様」

「ええ、お久し振り。今日は調子が良いみたいだけど、男漁りの方はどう?」


 ルーシャを補佐するかのように、後ろから別の令嬢がふたり現れ、くすくすと笑っている。

 レクトは女社会のことは分からないが――


「あら、男漁りだなんてはしたない。この場にいる令息たちが悲しみますわよ?」

「ふふっ、素晴らしい心掛けですこと。

 きっと皆さん、ディアナ様の言葉に感銘を受けますわね?」


 ――何か、嫌な感じがする。


 ひとまずレクトは、近場にいる令嬢たちの立ち位置を確認した。

 全員が裾の長いドレスを着ているのと――

 ……あとはそもそも、令嬢たちは運動のようなことはしないだろう。


 レクトは、令嬢たちがお互い邪魔になるように……少しずつ、立ち位置を変えていく。

 それに対して、令嬢たちも少しずつ動いていくが――しばらくすると、令嬢同士がぶつかった。


「――きゃぁ!?」

「ちょっと、こっちに来ないで――きゃッ!!」


 その結果、3人の令嬢は重なって倒れ――

 ……ひとりが隠し持っていた飲み物が、ルーシャのドレスに掛かった。

 美しいドレスに、毒々しい赤色が滲んでいく。


「ちょっと、あなた!

 何てことをするの!? 私のドレスを――」

「も、申し訳ございません!?」

「お許しください、ルーシャ様……!」


 レクトは面倒になったので、そのままその場を後にした。

 女性には優しく――とは思うものの、今は自分も女性なのだ。

 その上で、敵意のある人間には関わり合いたく無かった。


 ……そんな中、どこぞの家門の令息が声を掛けてきた。


「オールストン伯爵令嬢は、何か剣術でも嗜んでおられるのですか?」

「あ……いえ。多少、知っているだけですわ」

「それにしては……先ほどの、見事な足捌き。ルーシャ様たちをあんなにも……くくくっ」

「あら、彼女たちを笑うだなんて……酷いお方ね?」


 そんな話をしていると、再び他の令息たちも集まってきた。

 そして結局、また8人程度の集団になってしまう。


 話はルーシャたちが酷い目にあったところから始まり、足捌きの話になり――

 ……そして、貴族の男性は剣術を嗜む文化があるため、自然と剣術の話になっていった。


 剣術談義は熱を帯び、令息たちもディアナと一緒に盛り上がる。

 基本的に同い年の令嬢たちは、剣術などには興味が無い。

 令嬢が好むのは、ドレスの話やアクセサリの話、色恋話や噂話などで――

 ……そんな話は、令息たちには興味が無い。


「――あ、そういえば。私、武器製造に詳しい方を探しておりましたの」

「それならうちが!」

「いやいや、うちが!!」

「何を言う、一番詳しいのは我が家門ッ!!」


 レクトは本題を思い出しつつ、話を切り出すと……それはそれで、食い付きが良かった。


「みなさんの家門は、とても素敵ですのね。大変興味がありますわ」

「それなら招待させて頂きます!」

「鍛冶場にも興味はおありですか!?」

「我が家門には、抱えの鍛冶師が多数おりまして……!!」


 レクトが何かを言えば、全員が食い付いてくる。

 オールストン家の財力に、ディアナの美しさ。

 それに加えて、まるで男友達と話しているような、魅力的な話しやすさ――


 ……ふと、会場に音楽が流れ始めた。

 この会場で行われているのは舞踏会であり、つまりダンスが中心の催し事なのだ。


「オールストン伯爵令嬢! 是非、私と一緒にダンスを……!」

「いや、私が先だ! 抜け駆けをするな!」

「我が家門のダンスは世界一ィ!!」


 レクトに対して、ダンスの申し込みが集中する。

 中身が男の令嬢に、こんなにも声が掛かるなんて――

 ……レクトは何故か、面白くなってしまった。


「――まとめてお相手いたしますわ。

 それと、私のことは……気軽に、ディアナとお呼びください♪」


 最後の最後で、一気に距離を詰めてくる美しい令嬢。

 高嶺の花にして、そこら辺に咲いているような花――

 ……令息たちの心は、ディアナという令嬢にがっしりと掴まれていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――それから1週間後、レクトはディアナに呼び出された。

 彼女の研究室に行くと、彼女は拗ねるように怒っている。


「ちょっと、レクト君!

 舞踏会に参加した人たちから、パーティの招待が殺到してるんだけど!?」

「ああ……話が盛り上がりましたからね。緊張しましたが、俺も楽しかったですよ!」


 レクトは満足そうに答える。

 自分なりに、思い描く最高の令嬢を演じきったのだ。

 ……仮にあんな令嬢がいたら、自分でも惚れてしまう自信がある。


「あのときの記憶、あたしも見たけど……。あたし、あんな風に振る舞えないからね!?」

「でも、鍛冶が得意な家門の令息とは話が付きましたし――

 結果オーライですね!」

「レクト君はそうなんだろうけどッ!!」

「うーん……。でも、俺に任せたのはディアナ先輩ですし……?」


 ディアナは珍しく、レクトに文句を言い切ることができなかった。

 確かに今回は、ディアナ自身の失敗――


「――あ、そうだ!

 それなら今後、舞踏会は全部代わりに参加してよ!」

「い、嫌ですよ! 一生代われって言うんですか!?」

「一生代われって言ってるのーっ!!」


 ディアナは泣きついたが、レクトを説得することはできなかった。

 ……初めて、レクトが心情的に勝利した瞬間だった。

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