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16.主の剣にて、汝は滅べ

 レクトは目の前のリンドブルムを改めて見て――

 ……そして、気持ちを落ち着けた。


 今、この世界では……例の叫び声は、何も聞こえてこない。

 そして叫び声の主は、こうして目の前にいる――

 ……だから、リンドブルムさえ倒してしまえば、リゼを助けることが……きっと、できる。


 レクトは改めて、右手にリベリオンを生み出した。

 それを見て、リンドブルムは苛立ちを露わにする。


「……ほう。心を砕かぬとは、見上げたものだな。

 異物たる貴様は……何故こうも、我に向かって来るのだ?」

「お前が――リゼを苦しめているからだッ!!」

「……貴様が、それを言うのか?」

「何だと!?」


 リンドブルムは、地響きを伴いながら地面に降りた。

 そしてレクトに顔を近付け、そのまま話を続ける。


「我は――リゼという、人間の少女と契約した者なり。

 一方の貴様は何なのだ? リゼの身体に、憑依なんぞしおって」

「え……? お前が、リゼの……召喚獣?」

「そんなことも知らずに、我を攻撃したのか?

 我らの関係に、勝手に入ってきたのは貴様ではないか」


 ……レクトとしては、予想外の話だった。

 つまるところ、それは――


「お前は……リゼの、味方なのか……?」

「ああ、契約は為されたからな。

 そういえば、貴様が言っていた『叫び』とやらだが――」

「そうだ、それが元凶だったんだぞ!?」

「高位の召喚獣は、主と魂同士が結合する。

 リゼの魂は成長途中だ。それゆえ、我に適応できなかったのであろう」

「……そんな簡単に言うな!

 リゼは、死を選ぼうとしたんだぞ!!」

「未熟な……。我が偉大なる力を手に入れるには、弱いにもほどがある……」

「――まだ、子供なんだぞッ!!」


 レクトが吠える。

 しかし、リンドブルムはそんなレクトを嘲笑う。


「……我には関係のないこと。

 リゼが子供だというなら、儀式を行った大人どもが悪いのだろう?」

「ぐ……ッ!」

「まぁ、良い。貴様のおかげで、我とリゼの問題は解決したからな」

「何だと……? どういうことだ……?」

「貴様の攻撃で、我の魂は傷を負い……そして、魂の結合が穏やかになった。

 ――直接繋がっていたリゼの魂にも、かなりの痛みが伴っただろうがな」


 リンドブルムの言葉に、レクトは思い当たる節があった。

 心象世界から一度抜けたとき、リゼの身体の中で、凄まじい痛みを感じたのだ。

 どこが……ということはなく、自分の存在自体に痛みが走った――というべきか。


「リゼは、大丈夫なのか……?」

「ああ。傷を負ったのは、我が魂だけだからな。それゆえ――

 我は貴様に、殺す理由ができたッ!!」

「な、何だと……!?」


 リンドブルムは再び翼を動かし、重い身体を宙に浮かせた。

 レクトは巻き起こる風によって、身体が吹き飛ばされそうになってしまう。


「リゼを助けようとした――それには礼を言おう。

 しかし貴様のような人間に、我はもう……用が無いッ!!」


 リンドブルムは突然、レクトに襲い掛かった。

 レクトは何とか避けるも、空から迸る稲妻に弾き飛ばされる。


「――ぐぁッ!?」

「おうおう、健気なものよのう。クカカッ!!

 ……さて、どうする? 貴様には、逃げる……という選択肢は、もう無いぞ?」

「何故だ? 心象世界から覚める……、という手段もあるだろう?」

「我がそうさせぬのだッ!!

 貴様が我の魂を斬ったあと――……我と貴様の魂が、一時的に繋がってしまったからな!!」


 リンドブルムの魂を攻撃した際、完全には上手くいかなかった――

 ……しかし、あの行動はベストだったはず。


「……それなら、逃げはしない。俺はお前を……倒すッ!!」

「ほう!? 貴様の理想の剣も折ってやったぞ!?

 他には持っているのか? 我を倒すイメージをッ!!」

「持っているさ――

 ……ここは、理屈ではない世界だからなッ!!」


 そう叫んだ瞬間、レクトの身体から……湧き上がるようなオーラが溢れ出した。

 レクトが理想とする存在――レクトが憧れる、剣聖という存在。

 そして、その剣聖が使用する……剣気という存在。


「何と!?

 貴様、剣聖の才を持つのか……ッ!!」


 強大な竜といえども、剣聖の剣気は脅威に値する。

 それほどまでに、その存在は強力なのだ。


「これが……剣気。力が漲ってくる――」


 レクトはリベリオンを両手で構え、力強く踏み込んだ。

 心象世界では、右足もしっかり動いてくれる。

 身体から剣に、一体化したオーラが迸っていく。

 この強大な力を、そのまま敵に撃ち放つ――



 ――ドゴオオオオォオオンッ!!!!



 ……轟音が響いた。

 辺りは砂煙に覆われ、徐々に静まり返っていく。

 さすがに強大な竜であっても、この攻撃には――


「ふははははっ!! しょせん、これしきの威力かッ!?」


 砂煙の中から巨大な影が現れ、息をつく暇もなく、リンドブルムの腕が伸びてくる。

 レクトは油断こそしていなかったが、咄嗟のことに回避が間に合わなかった。


「うおおおぉッ!!?」

「クカカッ! 心象世界でイメージした力なんぞ、こんなものよ!!

 ……本当に我に勝てるつもりだったのか? もう一度、想像上の剣気を放ってみるか?」


 レクトを完全に捕まえたリンドブルムは、容赦なくレクトを攻め立てた。

 しばらくすると、そのまま――手に握ったまま、レクトを岩場や地面に叩き付けていく。


「――ぐあっ!? ――つぅッ!?」


 深いダメージを確認すると、リンドブルムはレクトをようやく手放した。

 レクトは無造作に、地面に放り投げられる。


「ふむ……。これまでか、人間よ」

「まだ……まだ……ッ!!」

「――折れぬな。それについては、見上げた奴よ」

「俺は……こんなところで、死んでいるわけにはいかないからな……」

「ほう? 生き残って、何とする?」


 まるで戦意を失わないレクトに、リンドブルムは尋ねていく。

 レクトはリベリオンを新しく作り出し、それを構えて――問いに答える。


「約束したんだよ……。剣聖になって、一緒に戦おう……って」

「その約束が、そんなに大切なのか?」

「ああ……。それが、俺にとっての原点だからな……」

「ふむ――」


 リンドブルムは天を仰いで、何かを考えていた。

 しかし、すぐにレクトを再び見下ろす。


「――確かに世界には、未曽有の異変が迫っておるからな。

 人間どもにとって、剣聖という存在は救いになるであろう」

「異変……? お前は、何か知っているのか……?」

「人間の言葉で言うなら――

 『黒い海』に、『守護者』……といったところだろう?」


 ……それはフローラに憑依したとき、彼女の住居で見た情報。

 おそらく、詳しいことはまだ知られていないはずだが――


「それは一体、何なんだ!?」

「興味があるのか? 黒い海とは……異なる世界との接合面。その先に、何があるのかは分からん。

 互いに世界の法則が違うのだから、我にも理解することは出来ぬのだよ」

「そ、それなら……守護者、は!?」

「異なる世界から放たれた存在。

 こちらの世界を調査するため――……まぁ、何をするのかまでは知らんがな」

「そんな存在が、あるのか……」


 レクトの言葉に、リンドブルムは口元を緩めた。


「――だが、貴様には関係あるまい?

 何せ、ここで死ぬのだからなッ!!」


 リンドブルムは突然、巨大な口からブレスを吐いた。

 稲妻を伴うそれは、否応なくレクトの身体を切り刻む。


「……くそッ! 世界が大変なことになるんだろう?

 俺たちが戦っている場合か……?」

「うぬぼれるなッ!! 貴様ひとり、いようがいまいが何も変わらぬッ!!

 ――ただ、どうしても戦いに加わりたいというなら……我を倒すが良い」

「何だと……?」

「そうすれば、リゼと共に……そのときは、貴様に力を貸してやろうではないか」


 しかし、そうは言っても――最初から、何も変わっていない。

 リベリオンも剣気も……心象世界では使うことができるが、それだけではリンドブルムに届かない。

 他の何か――レクトのイメージだけに留まらない、他の何かが必要なのだ。


「……俺はもう……、なりふりは構っていられないぞ……?」

「構わなければ、我に勝てるとでもッ!?」

「ああ……。

 召喚士と召喚獣は――主従関係があるんだろう?」


 レクトの言葉に、リンドブルムは動きを止めた。


 心象世界の果てで――

 ……レクトとリゼ、リンドブルムの魂の端を見たレクトは、何となく理解をしていた。


 同じ身体の中でも、上下関係がある。

 例えばリゼの身体の中では、リゼの方がレクトよりも上……なのだ。

 それと同様に、リゼの方がリンドブルムよりも上……なのだ。


「それがどうした!? 貴様と我の魂は、何の関係も――」

「俺とお前は……一時的に、繋がっているんだろう?」

「何……ッ!?」

「それなら……俺の魂が、リゼの形になれば――

 お前は、混乱するんじゃないか?」


 何度にも及ぶ憑依によって、レクトはひとつの理解に至った。

 憑依スキルというのは、魂の形を変えるスキル。

 レクト本人の魂も、他の魂の形に変えられる――


 ……その瞬間、レクトの姿は消えて――リゼの姿が現れた。

 剣聖を目指す男の姿ではなく、召喚の契約を交わした華奢な少女の姿――


「ぬ、ぬぅ……ッ!? こ、これは一体……!?」

「憑依の深化――

 ……魂の変容。どうだ、この形は?」


 リンドブルムの身体が震えた。

 この世界だからこその、解決策。上下関係があってこその、解決策。


 ……召喚獣は、主を攻撃することはできない。

 偽物だと分かっていても、同じ姿、同じ形を取られてしまえば、契約に従うしかない。


 忌々しく思うリンドブルムの前で、目の前のリゼは――

 ……右手にはリベリオンを。全身には剣気のオーラを生み出した。


「ま、待て……ッ!!

 我を今、攻撃すると――貴様の魂にも傷を負うぞ!?」

「大丈夫だ。お前だって、俺を殺そうとしただろ?

 それくらいのダメージ、今さらだ」

「ち……ちくしょうッ!!」


 リンドブルムは巨大な翼を羽ばたかせて、宙に浮いた。

 そしてそのまま、遥か彼方を目指して――


「――お前の力は、リゼに必要だ。

 だから、お仕置き程度にしておいてやる――」


 レクトがリゼの姿で――

 リベリオンを力強く振ると、剣気のオーラが巻き起こり、渦になってリンドブルムに襲い掛かった。


「ぐ……ぐおおおおおおぉッ!!!!?」

「まぁ――

 ……大体、引き分け……って、ところだ……な……」



 リンドブルムは地面に堕とされ、そしてレクトも……その場に崩れ落ちた。

 ふたりが意識を失うと、そのまま周囲も――灰色の世界へと、戻っていった。

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