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虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


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第43話:旅の荷物と、父の抵抗


 朝食の食卓に、久しぶりの家族の時間が流れていた。


 リーサが用意してくれたパンと野菜のスープ、それだけのシンプルな朝食が、テーブルの上に並んでいる。エレナが「やっぱりおいしい……!」と感動しながら食べていた。カイルが「お前、本当に毎回そんなに驚くのか」と笑った。


 一通り食事が落ち着いた頃、アルスが口を開いた。


「改めて、旅のことを話しておきたいんだ。ヴァルナへは馬車で数日かかる。エレナさんとリディアさんが一緒に来てくれる。それとフィナも」


「私も行くよ!」


 フィナが元気よく言った。カイルがスープのスプーンを止めて、フィナを見た。


「フィナちゃんの親御さんは、なんて言ってるんだ?」


 フィナの表情が、一瞬だけ微妙になった。


「……言ってある」


「ちゃんと話したの?」と僕が聞くと、フィナが「……今日話してくる」と少し目を逸らした。やはり、ちゃんとは話していなかったらしい。


「ちゃんと話してきた方がいいよ。フィナが来てくれるのは嬉しいけど、親御さんが心配するから」


「うん。今日の午前中に話してくる」


 フィナが素直に頷いた。その素直さが、フィナらしかった。


 カイルが「それと」と言いながら、箸を置いた。


「俺も行く」


 リーサが「あなた」と一言言った。


「でも、フィナちゃんだけじゃ心配だ。俺が護衛についていけば……」


「アルスにはエレナさんとリディアさんがついているでしょう。あなたが行く必要はないわ」


「……エレナか」


 カイルがエレナを見た。エレナが「カイル様、ご安心ください。アルスくんは私が……いえ、私たちがお守りします」と真剣な顔で言った。熟練魔法使いとしての確信が、その言葉に込められていた。


 カイルが「……まあ、エレナなら心配ないか」と渋々認めた。「頼んだぞ」と言った時のカイルの顔が、元勇者の顔をしていた。エレナが「はい」と短く、でも確かに答えた。


 ◇


 午前中、フィナが家に帰って親に話しに行った。


 その間、アルスはカイルの家の庭で、荷物の確認を始めていた。セリスの旅の記録の本、羽ペンとインク、着替え、著者の研究書の写し。机の上に並べると、思ったより少ない。でも、必要なものはちゃんとある。


 しばらくして、フィナが戻ってきた。


「……お母さんが心配してて。アルスくんの親御さんに挨拶したいって」


「じゃあ、カイルとリーサと一緒に行こう」


 四人でフィナの家へ向かった。フィナが「どんな話してるんだろう」と心配そうに僕の隣を歩いている。その横顔が、いつもより少し緊張していた。


「大丈夫だよ。カイルとリーサだから」


「……うん。なんか、アルスくんのお父さんとお母さんって、すごく頼りになるよね。お父さんは怖そうで怖くないし、お母さんは優しいのに一番強そうで」


「そうだね」


「……いいな、そういう親御さんがいるの」


 フィナがしみじみと言った。その言葉に、深い意味が込められているような気がして、でも聞き返す前にフィナが「あ、でも私のお母さんも大好きだよ!」と慌てて言い足した。


 フィナの家の前で待っている間、中からカイルの声とリーサの声が、穏やかに聞こえてきた。何を話しているかは聞こえなかったが、笑い声が混ざっているのがわかった。


 しばらくして、カイルとリーサが出てきた。


「許可もらった。ただし、何かあったらすぐ連絡すること、それが条件だ」


「やった!」


 フィナが飛び上がった。その笑顔が、一気にいつものフィナに戻った。


「フィナちゃんのお母さんも、アルスのことは信頼してくださっているわ。しっかりね」


 リーサが僕に向かって言った。


「うん、ちゃんと守るよ」


 フィナが「……守られるだけじゃないよ」と言った。


 声が、さっきより少し真剣だった。


「私もアルスくんを守るから。一人で全部抱えないで、困ったら言って」


 フィナが真っ直ぐにこちらを見ていた。その目に、澄んだ光がある。整理しようとしなくても、ちゃんと届く言葉が、そこにあった。


 耳が熱くなった。


「……うん、ありがとう」


 カイルが「仲いいな、お前ら」と苦笑いした。リーサが「そうね」と微笑んだ。


 ◇


 午後、フィナとアルスで旅の荷物を準備した。


 アルスの荷物は、机の上に並べたものがそのままだった。セリスの本、羽ペン、インク、着替え、研究書の写し。これだけだ。


「少なすぎない?」


 フィナが心配そうに見ている。


「これで十分だよ。必要なものだけあれば」


「……アルスくんらしいね」


 フィナが自分の荷物を広げ始めた。着替えが数日分、お菓子の袋、それから押し花の道具一式。本、紙、重しにする板、乾燥させるための道具。


「押し花の道具、持っていくの?」


「当然。旅先で見つけた花を押したいから。どんな花があるか、今から楽しみで」


「それはいいね」


 フィナが道具を丁寧に荷物にしまいながら、「あのね」と言った。


「実はもう、旅のために一つ押してあって」


 フィナが鞄の奥から、丁寧に包まれた薄い紙を取り出した。ゆっくり開くと、白い花の押し花が現れた。村の庭に咲く、小さな白い花だ。


「出発の記念に、と思って。旅が始まる前の、この村の花だから。……いる?」


「うん、もらう」


 受け取ると、フィナが「えへへ」と俯いた。


 セリスの旅の記録の本と一緒に、荷物の一番大切な場所に入れた。整理しなくていいものを、旅に持っていく。それが、一番しっくりくると思った。


 ◇


 夕食の後、カイルが「やっぱり俺も……」と言い始めた。


「あなた」


 リーサが一言言うだけで、カイルが止まった。それだけで止まるのが、夫婦の長年の関係というものだろう。カイルが「……わかった」と引き下がった。


 その後、カイルがエレナを呼んで、少し離れた場所で話していた。


「エレナ、本当に頼んだぞ。あいつは整理のことになると周りが見えなくなる。体のことも、ちゃんと見ててくれ」


「はい、カイル様。アルスくんのことは、私が必ずお守りします」


 エレナが真剣な顔で答えた。いつもの、アルスへの熱烈な好意とは少し違う、確かな責任感がその言葉に宿っていた。


「……頼んだ。本当に頼んだぞ」


 カイルがもう一度言った。元勇者として数々の修羅場を潜り抜けてきた人間が、息子のことを本気で心配している時の声だった。


「必ず、お返しします」


 エレナが静かに、でも揺るぎなく答えた。


 二人の間に、親子のような空気が流れた。カイルがエレナの肩を一度だけ叩いて、何も言わずに離れていった。エレナがその背中を見送りながら、少し目を細めていた。


 ◇


 夜、荷物の最終確認をした。


 セリスの旅の記録の本。フィナの白い押し花。羽ペンとインク。着替え。著者の研究書の写し。


 それだけだ。これだけで十分だと、脳内で静かに確認した。


 フィナの押し花をもう一度取り出して、ランプの光に透かした。白い花びらが、薄く光を通している。この村の花。旅が始まる前の場所から持っていく、整理しなくていいもの。


「この花が生まれた場所から、旅が始まる」


 その言葉が、脳内で静かに灯った。


 窓の外に、昨日と同じ星空が広がっていた。明日の朝、この景色を見るのは最後になる。でも、帰ってきた時にはまた同じ場所に同じ星がある。


「明日の朝、出発しよう」


 荷物を丁寧にまとめ、ランプを消した。


 整理すべきものは、全て整理されている。持っていくものも、残していくものも、ちゃんと決まっている。


 そういう状態が、一番スッキリしていた。

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