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虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


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第38話:ヒロインたちの静かな戦争


 朝、机の上にフィナからの手紙が置かれていた。


 セリスが届けてくれたのだろう。いつものように封を開けると、まだ勉強したてのフィナの文字が便箋いっぱいに並んでいた。


『アルスくんへ。旅に一緒に行く! 絶対行く! 王都に行く前にまた会いに来てもいい? 押し花、また新しいの作ったよ。今度は違う色の花にした。待ってて!』


 返事を書こうと羽ペンを手に取ったところで、エレナが書庫に入ってきた。


「アルスくん、今日は何の作業から始めますか? 上級術式系の封印が一冊、昨日で解析が終わったので渡せます」


「ありがとう、エレナさん。じゃあそれから始めよう」


「……その手紙、フィナちゃんから?」


 エレナの目が、机の上の便箋を見ていた。さりげない聞き方だったが、その視線が少し止まっていた。


「うん」


「……どんな内容?」


「旅に一緒に来るって」


 エレナが「……そう」と言って、静かになった。普段なら「アルスくんの旅に同行する人が増えるなんて……!」と反応するところが、今日は言葉が続かない。その沈黙が、何かを語っていた。


 セリスがその様子を見ていた。目録の作業をしながら、ちらりとエレナを確かめてから、静かに声をかけた。


「エレナ様、昨日解析が終わった封印の本、確認していただけますか」


「……わかったわ」


 エレナが持ち場へ向かっていく。その背中を見送りながら、セリスがアルスの方を向いた。


「アルス様、返事はゆっくり書いてください。午前中の作業が終わってからでも十分です」


「うん、そうする」


 セリスが静かに微笑んで、目録の作業に戻った。


 ◇


 昼食の時間、応接室に全員が集まっていた。


 なぜそうなったのか、正確にはわからない。気づいたら、エレナがアルスの隣の席に座っていた。セリスが向かいに静かに座っていた。リディアが少し離れた場所に実証記録を置いて座っていた。


 そこにクレアが「今日も来てしまったわ」と言いながら入ってきた。


 四人が揃って、クレアを見た。


「……邪魔だった?」


「いいえ、どうぞ」とエレナが言った。その声が、いつもより少し低い。空いている席はエレナの隣だけだったので、クレアがそこに座った。


「ありがとう」


「……どういたしまして」


 エレナとクレアが普通に会話しているのが、珍しかった。リディアが「……意外な組み合わせですね」と小声で言うと、セリスが「静かにしてください」と返した。


 昼食が始まると、最初はそれぞれが黙って食べていた。でも、しばらくして会話が始まると、自然に旅の話になっていった。


「私はアルスくんの魔法的な補助として同行するのは当然でしょう。封印された魔導書が相手なら、私の経験が必要になる場面が必ずあるはずで」


 エレナが言った。


「実証役として、私も必要なはずです。アルス様が整理した術式が正しく機能するかどうかは、私が確かめないと完成しませんから」


 リディアが続けた。


「……図書館に残る必要がありますが、最初の行程だけなら同行できるかもしれません。出発の準備を整えるまでの間だけでも」


 セリスが静かに言った。


「私は……見学として。他国の魔法体系を知ることは、王族として必要な知識だと思うので」


 クレアが、少し間を置いてから言った。


 四人の言っていることが、微妙に違う理由だった。でも全員が、同じ方向を向いていることは、はっきりとわかった。


「フィナちゃんも来るのよね」


 エレナがさりげなく聞いた。


「うん、手紙では来るって」


 四人が揃って、少し静かになった。


「フィナって……幼馴染の?」


 クレアが聞いた。


「うん」


「……どんな子なの」


 アルスは少し考えた。フィナをどう説明するか。賢いとか、明るいとか、そういう言葉では何か足りない気がして、一番正直な言葉を選んだ。


「整理しなくていい子だよ」


 四人が揃って「……」となった。


 エレナが「……整理しなくていい」と繰り返した。セリスが静かに目を伏せた。リディアが「……そういう言い方をするんですね」と小声で言った。クレアが「……どういう意味?」と聞いてきた。


「そのままだよ。整理しようとしなくていい、そのままが一番温かいってこと」


 クレアが「……そう」と言って、また黙った。残りの昼食を、四人とも少し静かに食べた。


 ◇


 午後の作業が始まった。


 エレナが、珍しく集中して封印解析に取り組んでいた。いつもなら一時間に一度は持ち場を離れようとするのに、今日はずっと自分の区画で作業を続けている。


 セリスが、目録をいつもより丁寧に更新していた。一冊ずつ、書誌情報を確かめながら、正確に記録していく。その手つきが、今日は特に丁寧だった。


 リディアが、実証の精度を上げようと、同じ術式を繰り返し試みていた。一度成功しても、もう一度試す。また試す。より確実な形を追いかけている。


 クレアが書庫の隅に座り、整理済みの棚から一冊を取り出して読んでいた。王女の正装のまま、本に向き合っている。


 全員が、それぞれの場所で、それぞれのことをしていた。


 アルスは脳内で今日の作業を整理しながら、その光景を静かに見ていた。


 みんながそれぞれに真剣だ。整理を手伝うことや本質を届けることに、それぞれの形で向き合っている。エレナは封印を解く技術で、リディアは実証する力で、セリスは記録する丁寧さで、クレアは知識を受け取ることで。


 「整理しなくていい子だよ」と、フィナのことを言った。


 でも、この人たちも、それぞれの形で、整理しなくていい温かさを持っている気がした。うまく言葉にできないけれど、それぞれがそこにいることが、なんとなく自然だった。


 ◇


 夕方、作業が終わった頃、フィナへの返事を書いた。


 便箋を引き寄せ、羽ペンを手に取る。色々と書こうかと思ったが、一番伝えたいことだけを書いた。


『フィナへ。来てほしい。待ってるよ』


 それだけで十分だった。便箋を折り、封をした。


 エレナがその様子を遠くから見ていた。手紙を封に入れる瞬間を見て、「……ずるいわ、フィナちゃん」と静かに呟いた。


 セリスが隣に来て、「……そうですね」と同じように呟いた。


 少し離れた場所で作業をしていたリディアが、「……そうですね」と小声で言った。


 クレアが三人の方を見て「……何がずるいの?」と聞いた。


「……なんでもないわ」


「……なんでもないです」


「……なんでもないです」


 三人が揃えて答えた。クレアが「……そう」と言って、なぜか一緒に少し俯いた。自分がなぜ俯いているのか、わかっていないような顔をしていた。


 手紙を机の隅に置いて、窓の外を見た。


 王都の夕暮れが、石畳の上に橙色の光を落としている。遠くに図書館の白亜の屋根が見えた。


(みんな、整理しなくていい温かさを持っているんだな)


 争奪戦のように見えて、誰も直接争っていなかった。それぞれが自分の場所で、それぞれのやり方で、真剣にそこにいた。


 そういうのが、一番スッキリしている気がした。


 ランプに火を灯すと、部屋が柔らかい光に包まれた。机の上は、どこまでも真っ白で、美しかった。

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