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虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


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第9話:王都の澱みと、十枚の衝撃

 庭先に停まった一台の馬車の前で、エレナは準備がすべて整っているにもかかわらず、何度も馬車の扉に手をかけては、名残惜しそうにアルスの姿を振り返っていた。その手には、自らの魔法観を根底から作り替えてしまった「十枚の紙」が、世界で最も尊い真理の断片であるかのように大切に抱えられている。


「……アルスくん。本当は、一秒でも長く君の隣で、この術式の美しさを眺めていたいわ。王都の虚飾にまみれた慣習に戻るのが、これほど惜しいと感じるなんてね」


 エレナは、アルスの襟元がわずかに乱れているのに気づくと、吸い寄せられるように歩み寄り、震える手でそれを丁寧に直した。かつてレグリア大陸に名を馳せた熟練魔法使いとしての凛とした佇まいは保ちつつも、その指先には、自らの魂を救い上げた七歳の少年に対する、重く、逃げ場のないほどに深い敬愛と好意が宿っている。


「大丈夫だよ、エレナさん。エレナさんも、王都で魔法をスッキリさせてきてね」


 アルスが一点の曇りもない瞳で見つめ、丁寧に応える。そのあまりにも無垢で誠実な姿に、エレナは胸の奥を突き動かされるのを感じ、断腸の思いで頷いた。


「ええ。アルスくんが導き出したこの最短の術式を、この国の誰もが認めざるを得ない形にしてみせる。それが、救われた私にできる、唯一の恩返しだもの」


 エレナは、耳を赤くして見送るアルスを最後にもう一度だけ目に焼き付けると、決然とした表情で馬車に乗り込んだ。馬車が動き出してもなお、彼女は窓から身を乗り出し、アルスの小さくも偉大な背中が完全に見えなくなるまで、何度も、何度も、名残惜しそうに手を振り続けていた。


 王都ルミナスに到着したエレナは、休む間もなく「王立至高魔導師団」の本部へと向かった。そこは、この国の魔法体系の頂点であり、同時に「詠唱が長いほど高貴」「儀式が複雑なほど強力」という虚飾まみれの常識が、最も分厚く積み上がった澱みの中心地でもあった。


 招集された魔導師団の幹部たちは、円卓を囲み、エレナが提示した「十枚の紙」を、不快そうに、あるいは滑稽なものを見るような目で見下ろしていた。


「エレナ、君ほどの者が何を言い出すかと思えば。この、子供が殴り書きしたような薄っぺらな紙が、我々が百年かけて磨き上げてきた秘伝を凌駕するというのかね?」


 鼻で笑いながらそう言ったのは、魔導師団長バルトだった。彼の人生の九割は、冗長な詠唱の暗記と、複雑怪奇な儀式の作法に捧げられている。彼にとって、魔法とは積み重ねた苦労の量で価値が決まるものであり、アルスが導き出した最短の術式は、自分の人生そのものを否定する不浄なものにしか見えなかった。


「団長の言う通りです。見てください、この記述。魔力の増幅工程がすべて省略されている。これでは、現象を引き起こすための圧力が足りない。論理的な欠陥品だ」


 若手エリートのガウェインも、眼鏡の奥で冷ややかな視線を向けた。彼は理論を複雑に飾り立てることを知性の証だと信じて疑わない、虚飾の体現者だった。


「よければ、実際に試してみて。これまで私たちが積み上げてきたものが、どれほど遠回りをしていたか……一瞬で理解できるはずよ」


 エレナの静かな、しかし確信に満ちた言葉に、魔導師たちは「よかろう」と立ち上がった。彼らは広大な演習場へと移動し、半信半疑のまま、紙に記された「最短の術式」をなぞり始めた。


 団長バルトは、これまで三分間の詠唱を必要としていた高位の火炎魔法の項を読み、鼻を鳴らす。


「『魔力を右に一回転させる』……ふん、馬鹿馬鹿しい。そんな子供騙しで、私の至高の炎が――」


 バルトが、紙に記された通りに魔力を動かした、その瞬間だった。


 シュッ。


 一切の溜めもなく、一点の濁りもない巨大な劫火が、真っ直ぐに演習場の標的を射抜いた。轟音さえも置き去りにするほどの純度。


「…………は?」


 バルトの口から、情けない声が漏れた。三分の詠唱がいらない。複雑な印もいらない。ただ、最短の術式を通しただけで、自分の人生のすべてを賭けた魔法が、より強く、より鮮やかに発動したのだ。


 隣ではガウェインが、自分が一時間かけて説明していた防御陣を、紙に記されたたった一行の指示で展開し、「ありえない……。この整合性は……美しすぎる……」と、ぶつぶつ呟きながらその場に膝をついていた。


 演習場のあちこちで、最短の術式を試したエリート魔導師たちが、一人、また一人と沈黙し、崩れ落ちていく。彼らが守ってきた虚飾に満ちた権威、積み上げてきた冗長な修行。それらすべてが、アルスの「十枚の紙」という真理の前に、無慈避なまでに粉砕されていった。


「……馬鹿な。たったこれだけの手順で、私の百年が、塵のように吹き飛ぶというのか……」


 団長バルトは、真っ白な灰になったかのように呆然と立ち尽くし、やがて現実との距離を見失って、深い沈黙の中に沈んでいった。大人の余裕など、そこには欠片も残っていない。演習場は、あらゆる属性の最短魔法が放つ眩い光と、常識を破壊された魔導師たちの阿鼻叫喚で埋め尽くされた。


 この王宮全体を揺るがす大騒動は、もはや誰にも止められない。虚飾まみれの魔導師団が崩壊していくこの報せは、波紋のように広がり、ついに王都の最高権力者のもとへと、最短距離で届こうとしていた。


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